第12話 決着
教会総本部。
総教主が、とある報告を受けていた。
「……そうですか。
では、彼らの独断による暴走として処理しなさい。ヤケを起こして我々の関与を暴露しようなどと考える暇を与えないように、速やかにお願いしますよ」
指示を受けて、男が退室する。
総教主は、大きな鏡の前に立った。
鏡に映る姿は、20代前半の若者のようだ。
だが、その実年齢は――
「ふふふ……96歳にして、この肉体美。
やはり我が能力『One more light』こそ至高です」
国際的な大規模宗教団体の長であり、戴冠式では国王に冠を授ける役を担う、まさに国王以上の権力者。
当然その信者の数の多さに比例して、資金力も凄まじい。しかも宗教団体ゆえに国家と違って「組織の維持費」というのが非常に小さい。安全保障と防衛、社会保障、インフラ整備といったものが一切不要になるから、教会の資金は増える一方だ。
まさに世界の頂点を取った男。
その欲望の向かう先は、古今東西みな同じ――不老長寿だ。
◇
王城。
「……とか言ってたぜ」
クロが教会総本部の様子を報告した。
聞いた面々――国王、ダイハードマン、ヤマト、その他の対策担当者たちは、揃って渋い顔だ。
「悪い方へ上振れた……いや、下振れた、と言うべきか?
しかし予想の範囲内ではあるな」
国王が言った。
総本部が関与しているなら、蜥蜴の尻尾切りを図るだろう、というのは予想済みだ。
「では、次のフェーズへ移りましょう」
外務大臣が言った。
国王が頷く。
「近隣諸国への協力要請だな。
すぐに書簡を完成させるゆえ……ヤマトよ、配送を依頼したい。なんでも速達が得意だそうではないか」
「冒険者ギルドを通していただけますと幸いです」
「もち――」
「貴様! 国王陛下に向かって何たる態――! ……? ……! ……!?」
口をパクパクさせる男。
消音魔法。
クロが闇魔法で声を「隠した」のだ。
「黙ってな。王様が喋ってる途中だぜ」
冷淡に言うクロだが、内心では「ざまぁ」と思っているのを、ヤマトだけが見抜いていた。
声を隠された男は、前回も同じことを言って、ヤマトたちを地下牢へ入れるきっかけになった男だ。クロはその匂いを正確に覚えていた。そして今度は、あの時やられた事をそのまま返してやったのだ。
「その通りだ。控えておれ。
さて、ヤマトよ。もちろん冒険者ギルドは通す。今度は『記録に残せる』依頼だからな」
「それは幸いです」
と、そこで軍務大臣が手を上げた。
「提案がございます」
「申してみよ」
「正攻法で行けば、この後は周辺国と連携して教会から徐々に距離を取りつつ、一方で1箇所ずつ教会の不正を暴いて勢力をそいでいく……という形になりますが、教会もこれを防ぐために隠蔽工作を働くでしょう。これは非常に時間のかかる作戦になります。
そこで、隠蔽工作をさせないために、総教主を暗殺してはいかがかと」
「なるほど。さすれば教会は混乱し、隠蔽工作どころではなくなる。その間に一気に片付けてしまおうということか。
しかし問題は、誰がそれをやるのか……いや、誰ならそれができるのか、だな」
「大勢で押し入ってしまうと、結果的に証拠を見つけても、それでは順序が逆ということになりますからな。法的に無効となります。
順序を逆にしたとバレないように、暗殺は極秘裏におこなわれなくてはなりませぬ」
法務大臣が言った。
バレなきゃオッケー、と法務大臣が言ってしまったことに、一部はブラックジョークを感じて苦笑していた。
「俺にやらせてくれ」
ダイハードマンが名乗り出た。
状況はすでに組織対組織。
ダイハードマンという個人で教会へ報復の、その最大の痛打を加えるのは、ここしかない。
「ふむ……Sランク冒険者の君なら、戦力としては申し分ないな。
しかし君は、忍び込むのは苦手だと思ったが」
国王が「どうかね?」と視線で尋ねた。
ダイハードマンは「それでもやる」と言わんばかりの眼力で王の視線を受け止めたが、数秒後には「実際のところどうやって」ということに頭が回って、ヤマトを見た。
するとダイハードマンの視線を追って、全員の視線がヤマトに集まった。
「こっちから誘っておいて、随分待たせてしまいましたね。
あなたを配送するのは2度目です。まあ、ダンジョンの中よりは簡単でしょう」
「では騎士団に突入の準備をさせておくのだ」
国王が言って。
「御意」
軍務大臣が答え。
「ではダイハードマンよ。暗殺が成功した後に……そうだな、爆発でも起こしてくれ。その調査を名目に突入する」
「了解です」
ダイハードマンが力強く頷いた。
そして会議は解散となった。
◇
それからヤマトはクロとよく話し合って、教会内部の見取り図を書いた。
そうして侵入経路を選定し、ダイハードマンと共有する。
計画は、意外とシンプルなものになった。
「ダンジョンと違って、全体が地上にあるってのが楽でいいな」
「そういう事ですね」
夜。
教会総本部に近づいたヤマトは、能力を自分に使って質量をゼロに。
光の速度で動き、物体をすり抜け、教会の屋根の上へ。
「いくぞ」
「優しく頼むぜ」
地上からダイハードマンがクロを投げた。
屋根の上で、ヤマトが受け止める。
「ロープを」
「はいよ」
クロが影の中からロープを取り出す。
ヤマトが受け取り、屋根についた教会のマークの根本へロープの端を結びつけた。
そして反対側の橋を、壁伝いにぺろんと落とす。
ダイハードマンがそれを掴んで壁を垂直によじ登った。
「この真下だぜ」
クロが言って闇魔法を使う。
闇魔法は「隠す」のが本質。屋根という物理的存在を隠すことで、通り抜けられる穴を作る。見た目は塗りつぶしたような黒い円だ。
「じゃあ、行ってくる」
ダイハードマンが買い物にでも出かけるように踏み出した。
黒い穴へ、すぽんと落ちて。
直後、教会の最上階にある一室で、戦闘が始まった。
「クロ」
「はいよ」
こっそりと、クロが消音魔法の壁で部屋を包んだ。
◇
クロの魔法で屋根をすり抜けたダイハードマン。
天井から落ちるようにして床へ着地。
落下の途中で総教主の位置を確認していたダイハードマンは、着地と同時に床を蹴った。
「むっ……?」
総教主が気付いた直後。
「オラァ!」
ダイハードマンは背丈ほどもある剣を、すでに振り抜いていた。
「ぐはっ!?」
腰から上下に両断された総教主は、2つに別れながら床に倒れた。
しかし直後に、総教主は光魔法を発動。2つに別れた上半身と下半身が、磁石のように引き合ってくっつき、たちまち治ってしまった。
「化物か」
それは再生能力を持つダイハードマンゆえの感想だった。
ダイハードマンの能力では、あのレベルの傷を治すには何日もかかる。
「驚きましたよ。約束のない来訪はご遠慮いただきたいのですがね」
総教主は立ち上がり、メイスを取り出した。
「ま、たまには運動するのもいいでしょう」
「オラァ!」
「無駄ぁっ!」
大剣とメイスがぶつかる。
総教主のメイスさばきは、Sランク冒険者と渡り合えるほどレベルが高かった。
伊達に年は取っていない。
金属同士がぶつかる音が何度も響き、常人には目にも止まらぬ動きで戦う2人。
その中に少し違う音が混ざるたび、血しぶきが飛び、床が赤く染まる。
「あなたも能力者ですか。どうやら再生能力のようですが、治りは遅いようですね。
それなら光魔法を学んだほうがいいですよ」
「ぬかせ。能力者は魔力がないんだ。使えるわけないだろ」
故にダイハードマンは魔法を使えない。
ヤマトも同じだ。
「私はこの通り、使えますがね」
傷を負ってもすぐ治せる総教主。
治りが遅いダイハードマン。
戦いが互角である以上、どちらが有利かは明らかだ。
しかしダイハードマンに諦める理由はない。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」
斬り、打ち、血まみれになっていく。
どんどん傷だらけになるダイハードマン。
いくら斬られてもきれいに治る総教主。
しかしダイハードマンの動きは鈍らない。鍛え込んだ分厚い筋肉は、メイスの打撃に耐える盾となり、見た目よりもダメージが小さかった。
「しぶといですね。しかし、いつまで続きますか?」
総教主がニヤリと笑う。
直後、総教主の左腕が斬り飛ばされた。
しかし総教主は意に介さない。すぐに光魔法で再生した。
「どうやら、そいつはこっちのセリフのようだぜ」
ダイハードマンがニヤリと笑った。
総教主は肩をすくめる。
「痩せ我慢は体に毒ですよ」
そして再び猛攻撃の応酬が始まった。
すると今度は、明らかに総教主の被弾が増えていた。
「な、何っ……? これは……! いったい……!?」
「動きが鈍ってきてるぜ? 魔力ってのは使えば減るもんだからな。能力と違って」
「ば、バカな……! 我が『One more light』は至高の能力……!
集めた魔力が尽きるなど……!」
正確に言うと。
集めた信仰心に応じて魔力が増える。
それが総教主の能力「One more light」の効果だ。そして大量の魔力は肉体を活性化し、若さを保つことができる。
ゆえに国際的宗教団体ライト教会の長たる総教主という立場は無敵のはずだった。国家人口の数倍になる信者の数が、そのまま総教主の魔力の源なのだ。
「バカな……! バカな……! バカな……!」
「調子に乗って魔法を使いすぎだぜ」
冒険者が魔法を使う回数は1日に数回が限度。
威力が高ければ消費する魔力量も多いので、ランクに関係なく回数はそれほど違わない。
では総教主は今、何回光魔法を使った? 目にも止まらぬ高速戦闘で、何度も切り傷を受けて、そのすべてをすぐさま治して。
「く、くそ……! あの薬まで使って信仰心を集めたというのに……!」
「それが間違いだぜ。薬物中毒の『欲しがり』は、信仰心じゃあねーからな」
かなりに動きが鈍った総教主に、ダイハードマンは容赦なく大剣を振り下ろした。
総教主の首が切り落とされ、転がっていく。
「……『In the end』……お前の抵抗も無駄になったな」
ダイハードマンは剣を納めて、窓から脱出した。
戦っている間にヤマトがロープの位置を変更して、ちょうど掴める場所へ用意していた。
ダイハードマンが地面まで降りたあと、ヤマトとクロは部屋の中へ。
「……おや? しぶといですね」
首だけになっても生きていた総教主を、ヤマトが発見した。
その顔つきは、40代後半ぐらいに変わっていた。
初めて総教主の顔を見たヤマトは、その変化に気づかなかったが。
それはもう、どうでもいい事だった。
「だ、誰だ、貴様? 奴の仲間か?」
「こんばんは。黒猫ヤマトです」
「た、助けてください……! 私を逃がせば、必ずや相応の……!」
「遠方への配送ですね。承りました」
ヤマトは総教主の首に触れた。
瞬間、総教主の首は消えた。
「『Lost in the echo』……宇宙の彼方まで送って差し上げます」
東へ向かって光の速度で。
射程距離5mを超えれば、質量を取り戻して空気抵抗で減速するとはいえ、圧倒的な高速度の前でその影響はごく小さい。
王都の夜に、東の空へ飛ぶ流れ星がひとつ、走っていった。
「ついでに首から下も送って差し上げましょう」
表面的には合法的に教会を糾弾するため、実際には暗殺という非合法の方法を使う今回の作戦。配送という形でとどめを刺したヤマト。
表面的には合法的な配送依頼だったが、実際には違法薬物を運ばされたヤマトの報復は、こうして静かに終わった。
「さて、後片付けをしましょう。クロ」
「はいよ」
クロの影から小麦粉の袋を取り出すと、盛大にぶちまけた。
そして着火と同時に脱出。
粉塵爆発が起きて、騎士団が急行する。
爆発が起きた教会総本部への救助と調査のため――と押し入って、証拠品を確保していき、後日その証拠品を理由に一斉捜査を開始。
同様の動きは協力要請を受けた周辺諸国でも続き、ライト教会は大混乱した。
こうして「焼畑」的な作業が終わると、大炎上を生き延びようと分裂した神官たちが、一部でうまく逃げ切って新たな宗派を起こしていった。
「今度は腐らねぇように、清く正しい方法でやってほしいもんだ」
「ええ。……まあ、手を汚した私達が望むのも、おかしな話かもしれませんがね」
役割を終えたヤマトとダイハードマンは、酒場で酒を酌み交わす。
祭が終わった直後のような、少しさみしい何とも言えない気分が、あれからずっと続いている。
暴れてスッキリした様子のダイハードマン。しかし母親を失った陰りは残る。当然取り戻せたわけでもなく、やったことは八つ当たりも同然だ。その結果、宗教を失った人々は大混乱している。
結局ルールを破ってしまったヤマト。友人のためにやったこと。後悔はない。だが個人的な復讐心が無かったわけでもない。
自分は正しい、と言い切れるか?
再生し始めた各宗派が、この先どういう結末を迎えるのか?
今それは誰にも分からない。




