第11話 権力
平民だと思ってナメてるだろ、と怒るクロ。
事情があるのだ、と説明する国王。
その内容は、教会に忍び込んで総本部の様子を見てこいというものだった。
制度に従い冒険者ギルドを通して依頼を、と求めるヤマト。
それは困る、と国王。
両者の意見は対立した。
「やっぱりナメてんだろ?
ルールを作る側だからって、作ったルールを無視して物事が進むと思ってんのか?」
クロが不快そうに言った。
そして不快に思ったのは、ヤマトも同じだった。
「陛下がルールに縛られない存在だとしても、我々はルールに縛られる存在です。
しかもそのルールは陛下がお決めになりました。冒険者ギルドはこのように運営され、冒険者はこのように活動する。『それでよい』と認可なさったのは陛下ではありませんか。だから冒険者は今の形で活動しているのです。
陛下は、ご自分で我々を縛っておいて、不都合だからと『その縄から自分で抜け出せ』とお命じになるのですか。せめて縛った本人が解いてくれるのが筋ではありませんか。
それは、神が人間を水中では呼吸できないように作っておきながら『水中で暮らせ』と命じるぐらい無茶な話だというのが、お分かりになりませんか?」
「堅いのぅ……。
ちょっとやってくれれば良いではないか。余が決めたルールに従うというのなら、余が『良い』と言っているのだから良いではないか。ん?」
「良いと『言っているだけ』で、良いという『ルールにした』わけではありませんから。我々は、あくまでルールに従います。そうでなければ後になって『言った』『言ってない』の水掛け論になり、権力の横暴がまかり通ってしまいます。
権力に従うのではなくルールに従う。このことが、権力弱者が権力者を相手に身を守るための、唯一の方法なのです。どうかご理解を」
「むう……。
仕方がない。今日は引き下がろう。気が変わったら、牢番にでも申し伝えてくれ。
ああ、それから、牢の修繕費は君たちに請求するぞ。不正に破壊したものを修繕する費用の負担については、すでにルールで決めてあることだからな。
それと君たちを牢に入れたことは、無礼な方法ではあったが、ルールに従った方法だ。勝手に出ることは許さん」
ルールを盾にしたヤマトとクロが、今度はルールを武器にして縛られた。
反論のしようもない。
国王は立ち去った。
◇
2週間後。
国王が再び牢へやってきた。
「さて、今日で君たちは釈放だ。
平伏していて敵対の意志もなく、ただ姿勢が間違っていたというだけの事だからな。ルールに従って、これ以上は拘束できない。
ところで、気持ちは変わったかね?」
「変わるわけないぜ。あれから2度目の説得にも来なかったしな」
クロが鼻で笑う。
国王はうなずいた。
「であろうな。国王という仕事も、これでなかなか忙しい。教会のことは重大な事案だが、すぐに解決しなければどうにかなってしまうというものではない。というか、今がすでに、どうにかなってしまっている状態だからな。従って、どうしても優先度は1段階劣る。
よって、今日が2度目の説得だ。
前回、君たちは、ルールに従う、ルールから外れた要求には応じない、と、そういう話だったな」
ヤマトとクロは黙ってうなずいた。
「では、ルールとは、どのようにして維持されるものか。
これを考えたことはあるかね?」
「ルールを維持する方法について、ですか?
究極的には武力で制圧できることが前提になるかと」
ヤマトが答えた。
そのための軍隊であり、その軍事力を後ろ盾にして様々な政策――特に徴税関係の実施がおこなわれる。
「エクセレント! それこそが軍隊の本質だ。
他国の侵略から自国民を守るためにある、というのは軍隊の存在理由としては二次的だ。軍隊とは、自国民を制圧し、支配力を担保するためにある」
「国王がとんでもねぇこと言いやがる……」
クロが呆れた。
だがまあ、ここは「裏」だ。
決して「表」に出せない裏事情も、ここでは気兼ねなく出せる。
「しかし、ここで1つ懸念しなければならない事がある。
なんだか分かるかね?」
「軍隊の裏切り、ですね?」
「グッド! その通りだ。より正確に言うなら、軍隊が秩序を失うことだな。
軍隊は国家の武器として、振るうべきところに振るわれねばならない。それが狙いと違うところへ向かってしまうようでは、軍隊の存在意義を満たせないのだ。
そうなると、もはや国家全体でルールを維持できなくなる。
そして重要なことは、軍隊の秩序を乱す方法の1つが、教会の手にあるということだ」
「なるほど。
ルールに従うというのなら、ルールを維持できるように協力しろという事ですね」
「エクセレント! まさに――」
「ですが、それはルールを作る側の仕事であって、従う側の仕事ではありませんね」
「……エクセレント。憎たらしいほどの理解力だな。
君はいっそ、どこかの貴族にでも養子に取らせて、我が国に仕えてみないかね?」
「お褒めに預かり光栄です」
でもそんなのはお断りだ、と言わんばかりにヤマトはしれっと流した。
国王はため息をついた。
「では、こちらも方法を変えよう。
君には、ルールに従って……という方法を取ることにして。
入り給え」
「失礼します」
呼ばれて地下牢へ現れたのは、冒険者ギルドの支部長だった。
「記録に残さず、指名依頼を出したいのだが、やってくれるかね?」
「陛下のご要望とあらば」
支部長が頭を下げた。
これで「ギルドを介して依頼を」というルールに従った方法が可能になった。
まさに国王。まさに権力者。ルールを作る側の振る舞いだ。
「汚ぇ……そんなのありかよ」
クロが言う。
だが、まかり通る。それが権力。
クロの声にも力がない。
「というわけだ」
国王がドヤ顔でヤマトを見た。
これが権力だ、と言わんばかりの顔だ。
たしかにそう。
むしろヤマトに通じないことのほうが異常なのだ。
「ヤマト。国王陛下からの指名依頼を受けろ」
支部長が言う。
受けろと言う割に困り顔だ。
断れるわけないだろ、とその顔に書いてあった。
「どうすんだ?」
クロが尋ねた。
「どうもしませんよ」
ヤマトは肩をすくめた。
「どの依頼を受けるかは、冒険者の自由です。
たとえ指名依頼でも例外ではありません。
それが冒険者ギルドのルール。そして陛下も『それで良い』と認可されたために、実際そのように運用されています」
「「断るというのか?」」
国王と支部長の声が重なった。
2人とも驚いた顔をしている。
これだけお膳立てして外堀を埋めたのに、なぜ。
据え膳食わぬは男の恥……とはちょっと違うが、この状況で?
「私は臆病者ですから。
討伐依頼もまったく受けていませんしね」
威風堂々たる臆病宣言。
正々堂々の逃げ腰だ。
とんだ小心者も居たものである。
「ヤマトだなぁ……」
クロは思わずニヤッと笑っていた。
ガビーンとする国王と支部長。
誰もが言葉を失った。
が、その実、ヤマトは少し揺らいでいた。自分を守るためにルールを盾にしたら、支部長という迂回路を使って崩された。こうなると仕事を選ぶ自由というルールも、いつまで有効なのか怪しくなってくる。
……と、そこへ、騒がしい声が近づいてきた。
「通してくれ」
「この先は駄目です! 今は陛下が……止まってください!」
「状況は分かってる。その件なんだ」
「しかし……! せめてお伺いを立てて……」
「ならさっさと行け。俺も行く」
「いやだからここで待っててくださいってば」
騎士と押し問答しながら入ってきたのは、ダイハードマンだった。
「おや? なぜここに――」
「ヤマト!」
ダイハードマンは、がばっと床に伏せた。
土下座だ。
その様子は、周囲に戸惑うことも許さないほどだった。
見るからに、追い詰められている。
「手を貸してくれ」
ヤマトはダイハードマンの前へ、床に座った。
あぐらだ。しっかりと聞く姿勢である。
頭を上げてくれ、などとは言わない。
代わりに尋ねた。
「何をすればいいですか?」
ダイハードマンは、伏せたまま顔だけ上げて言った。
「教会を叩き潰す手伝いを」
その顔には、鬼が宿っていた。
「初めてお前と出会ったときの事を覚えているか? ダンジョンから魔物が溢れそうになって、俺はその殲滅に……だが魔物が思ったより強くて多かったせいで、Aランク冒険者が大勢死んだ上、俺もけっこうヤバかった。
この情報が変に混ざって伝わったらしくて、久しぶりに故郷へ戻ってみたら『俺が死んだ』ことになっていた。しかも教会から例の『薬』まで届いたせいで、故郷の家族はすっかり信じてしまったらしい」
「飲んだのですね? アレを……」
「もともと俺は能力を利用して、何度も死にかけながらSランクに上り詰めた。
だから家族には何度も心配をかけて……それでとうとう、という話になった。
いつかそうなるだろう、と覚悟ができていたのは親父と弟たちだけで、届いた薬は全員分。それをおふくろは1人で全部飲んじまった。
結果、俺は生きてるのにおふくろは……半分は俺が殺したようなもんだ……だがもう半分は、教会のせいだ。あんな薬を……!」
「わかりました。
では、教会をまるごと大掃除しなくてはいけませんね。
ちょうど、そこの2人がいい話を持ってきてくれています」
ヤマトは国王と支部長を指した。
ダイハードマンが振り向く。
「あ、ああ……実は教会を処罰する準備をすすめているところだ。
その第1段階を手伝ってもらおうとしていたところでな……」
国王がちょっと気圧されながら答える。
――と同時に、クロはヤマトに囁いた。
「いいのか? 受けることになっちまうぞ」
「ルールに従う側の権力は、そのルールを破るべきタイミングを判断するためのものです。Eランクなんて、小さな権力ですけどね」
「つまり?」
「ダチを見捨ててお前は、明日食う飯がうまいかよ? ということですよ」
ダイハードマンがヤマトを振り向くと、ヤマトは手を差し出していた。
「ご一緒しませんか?」
ダイハードマンは、その手を取った。




