試練の入り口
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パネルからチュートリアル3を選択すると、ミネルバさんが現れた。
「次のチュートリアルでは戦闘を経験していただきます」
「はあ……」
あまり自信がないな。
剣術はそれほど得意じゃないのだ。
「エビダスの世界を旅すれば、魔物やときには人間と戦うこともあるでしょう。いまのうちに戦闘の基礎を覚えてください」
「もし怪我をしたら? 負傷したら死ぬこともあるのですか?」
「エビダス内で負傷しても現実世界の体が傷つくことはありません。死んでしまった場合も同じです」
「ここで死んでも、現実では死なないってことですね?」
念を押すとミネルバさんは静かにうなずいた。
よかったぁ……。
「ただし、負傷による痛みはあります。死の苦しみも同じです」
「そうなの!?」
「感覚は限りなくリアルです。傷ついた場合は魔法での治癒、ポイッチュなどでの速やかな回復をお勧めします」
痛いのは嫌だもんなあ。
ジョブを魔法剣士にしたのは正解だったかもしれない。
「準備ができましたら【試練の入り口】へ向かいましょう」
「それはどこに?」
「郊外にある洞窟です。こちらの地図をお持ちください」
ミネルバさんが渡してきた地図には赤い点と緑の点が打たれていた。
「緑の点はセドリック様がいる現在地です。赤い点が目的地である【試練の入り口】です」
「へぇ、これは便利だな」
僕は地図に従って【試練の入り口】を目指した。
エビダスは仮想世界とは思えないほど細かく作りこまれていた。
温かい太陽の光、揺れる雑草、匂い立つ花々、頬を撫でる風、すべてが本物であるかのようだ。
五分ほど歩いたけど、世界は途切れることなくどこまでも広がっている。
やがて僕は地図が指し示す地点へとたどり着いた。
「あれ、洞窟なんてどこにもないぞ?」
「よく目を凝らしてください。ヒントは必ずありますから」
「ヒント……?」
むき出しになった岩肌を注意深く観察していると、赤く点滅する光を見つけた。
点滅はすぐに消えてしまったけど、不自然な岩の突起がある。
「ヒントってこれのことかな?」
突起をグイグイいじっていると、ガコンと回転して洞窟の大岩が横にスライドした。
「おお、入り口が現れた!」
「これが試練の入り口です。最深部にある【ヴィレクト金貨】を手に入れれば、このチュートリアルは終了です」
「金貨を手に入れるだけでいいの?」
「洞窟の中には五体のゴブリンがいます。これらを排除しなければ入手は難しいですね」
戦闘は避けられないということだな。
僕は腰の剣を抜いて軽く素振りした。
「私はここで待ちます。もし死んでしまうと街の広場からやり直しです。気を付けて行ってきてください」
「わかったよ……」
じんわりと手のひらに汗が広がっていく。
当然だ。
剣の修練はしてきたけど、実践なんて初めてなんだから。
大きく息を吸ってから、僕は洞窟へ踏み込んだ。
洞窟の中は不気味だった。
壁に松明が掲げられているので視界はある。
だけど薄暗くて、炎に揺らめく岩場の陰からいまにもゴブリンが飛び出してきそうな錯覚に襲われてしまうのだ。
大丈夫、これはチュートリアルだ。
チュートリアルとはエビダスの世界を体験する手引きのことだと、ミネルバさんだって言っていたじゃないか。
いきなり強敵に襲われることはない、と自分に言い聞かせて進んだ。
じりじりと慎重に進んでいくと、通路の向こうに焚火が見えた。
僕は思わず岩場の陰に身を潜める。
焚火の周りには二体のゴブリンがいて、鍋で何かを料理しているようだ。
薬草の臭気が鼻をついたが、さいわいゴブリンたちはこちらに背を向けている。
足音を殺して僕はゴブリンに近づいた。
ふいに一体のゴブリンが振り向いた。
「ギャッ!」
僕に気が付くとすぐに立ち上がり、腰のナイフを抜いて威嚇してきた。
となりのゴブリンもすぐに臨戦態勢を整える。
戦闘はもう引き返せないところまで来てしまったようだ。
だったら先手必勝は戦いの常だ。
ゴブリンは好戦的であるが戦闘力は低いと聞く。
迷わずに打ち込んでしまおう。
振りかぶった剣でゴブリンの肩口から切り下した。
刃が肉を裂き、骨に到達する感覚が手に伝わってくる。
嫌悪感を抱くかと思ったけど、こみあげてきたのは勝利の充足感だった。
僕って意外と好戦的なんだ……。
横からもう一体のゴブリンが襲ってくる。
だけど剣でナイフを打ち下ろし、わき腹に一太刀入れて勝負はついた。
「ハアハア……、勝った……」
全身の血が燃えるように熱く感じる。
戦闘で体が興奮しているからだろう。
少し落ち着いた方がいいかもしれない。
僕は岩の上に腰を下ろして自分の体を確かめた。
「あれ、血が出ている?」
気が付くと腕を浅く負傷していた。
ゴブリンのナイフがかすったのだろう。
それまで痛みを感じてなかったけど、傷を確認したらズキズキとうずきだした。
「えっと……包帯はないから……、そうだ、ポイッチュ!」
前回のチュートリアルでもらったポイッチュを取り出して、口に放り込んだ。
爽やかな甘みが口の中に広がると、出血がぴたりと止まった。
服で血をぬぐうと傷口は完全にふさがっている。
本当にライフポーションみたいだ。
他に負傷した個所はないな。
ポイッチュはまだ九つ残っているからチュートリアルは続けられそうだな。
「よし、行くか」
立ち上がり、僕はさらに奥を目指した。
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