決戦のとき
屋敷の自室に戻るとノエルが息せき切って質問してきた。
「ご首尾はいかがでしたか? 王太子殿下の具合はよくなりましたか?」
「大成功だよ。殿下のご病気はほとんど癒えた。あとはゆっくりと体力をつけていけばいいらしい」
食が細く、運動もしてこなかったので、殿下のお体は非常に痩せている。
今後は少しずつ鍛えていく必要があるそうだ。
「ご帰宅が遅いので心配していました。王太子殿下のお加減が悪くなって、セドリック様が逮捕されてしまったんじゃないかって」
「そんなことはないさ。国王陛下も大変喜んで僕にご褒美をくださったくらいだ」
「まあ!」
ノエルはキラキラと目を輝かせる。
「でも、そうですよね。跡取りの王太子殿下のお命を救ったのですから、爵位をいただけるくらいの働きですよ」
「うん。伯爵の位を授けるといわれたけど、それは断った」
「は……、どうして……?」
「だって面倒だもん。領地経営とか領民の苦情なんて聞いていたら【黎明の神器】で遊べないじゃないか」
「はぁ……」
ノエルは盛大なため息をついている。
「そんなに落ち込むなよ。ノエルの給金くらいは稼いでみせるからさ」
「セドリック様らしいといえばセドリック様らしいですけど、本当にダメ男ですね」
「嫌いになった?」
「そうでもないです……」
僕はノエルの頬にキスをした。
「それじゃあエビスタに行ってくる。きょうで決めてくるよ。必ず新しい【黎明の神器】を手に入れてくるから、楽しみに待っていてね」
「あまりご無理をなさらないでくださいね」
ノエルは遠慮がちに顔をよせ、今度は唇にキスをしてくれた。
ログインした僕は掲示板で依頼を確認した。
【令旨】
ベルガタ山の山腹に魔物の砦が発見された。
この砦の様子を探ってきてもらいたい。
城主の首を討ち取った者には特別な褒章を出すものなり。
報酬:ヴィレクト金貨、経験値、3万レーメン、万能薬、
【黎明の神器・弐式】×5
王太子 ゲセルガ・バウモン
本当はレベルを22に上げてから臨みたかったけど、もう待ちきれない。
いまの僕には陛下から賜った【雷鳴剣ブロンテス】だってある。
まずは試してみるとしよう。
細く長い登山道がつづら折りに続いていた。
ベルガタ山の急峻な山道を登り、魔物の砦の近くに着いたのは夕方のことだ。
石造りの堅牢な建物で、外部からの破壊は無理だと思われる。
だから僕はここで日が沈むのを待つことにした。
砦に忍び込むなら夜の方が適していると考えたのだ。
魔物に見つかって弓矢の餌食になるのは嫌だからね。
僕にも中距離攻撃の【ブレード・ファング】があるが、攻撃スピードは矢にかなわない。
あれはあくまで白兵戦用なのだ。
高低差だってあるから不利だしね。
それに、夜なら【フラッシュ】の効果が跳ね上がる。
目の見えない射手なんて怖くないぞ。
ただ、不安な点もある。
それは今回のミッションクリア条件に書かれた内容だ。
【ミッションクリア条件】
討伐対象
ゴブリンスナイパー×7(0/7)
リザードマン兵士×8(0/8)
ワーウルフ(隊長)(0/1)
他の雑魚はいいとして、ワーウルフはかなり強力な魔物だ。
特に夜は力が強くなるんじゃなかったっけ?
そこだけが心配なんだよね。
僕の作戦はこうだ。
夜陰に乗じて砦に忍び込み、騒ぎが起こる前に各個撃破。
ボスであるワーウルフは最後に倒す、である。
茜色に暮れてゆく空を眺めながら、僕は静かに精神を統一した。
太陽が山々の間に沈んでから、しばらくの時間が経った。
西の空に残っていた残光も薄れ、星々は輝きを増している。
「そろそろいいかな……」
ひっそりとした砦の壁を見上げながら僕は呟く。
木陰に隠れてうかがっていたけど、魔物の姿はほとんど見えない。
ごく稀に二体一組の巡回が通るくらいだ。
次にまた来たら、そのタイミングで侵入を開始しよう。
肩透かしと言っていいほど、砦への潜入は簡単だった。
なんと入り口の鍵がかかっていなかったのだ。
城や兵屯所でも感じたけど、この世界の警備はザル過ぎる。
神々はもう少し気を使った方がいいと思うけど、きょうだけは都合がよい。
僕はこのミッションをクリアして【黎明の神器・弐式】を手に入れなければならないのだから。
入り口のすぐ横に部屋があり3体のリザードマンが座っていた。
こちらには気がついておらず、ぼんやりとしている。
1対3は危険かもしれないので部屋に入るのはやめておこう。
「コホン」
通路側に引っ込み、小さな咳ばらいをしてみる。
部屋の中から椅子を引く音がする。
きっと様子を確かめに来るのだろう。
【雷鳴剣ブロンテス】を握り締めて僕は待った。
ぬっと現れたリザードマンの頭に剣を振り下ろす。
青い雷光がほとばしりリザードマンはその場に倒れた。
だが、後ろに控えたリザードマンの槍が僕を襲う。
たまらず後ろに下がって距離をとる。
狭い通路ではリーチの長い槍の方が有利だ。
だけど、僕には【ソード・ファング】がある。
立て続けにスキルを使い、残った2体のリザードマンも仕留めた。
想定していなかったけど、狭い通路での【ソード・ファング】はかなり有効だった。
敵は避けようがないからね。
盾を装備されていなければ圧勝できることがわかったぞ。
今回の戦闘で【ソード・ファング】のレベルが2に上がったから、次はさらにやりやすくなるだろう。
初戦を無傷ですませることができてラッキーだ。
気をよくした僕はさらに奥へ進むのだった。
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