立った、立った、殿下が立った!
ウィットン卿は小さなグラスと大きなグラスの二つを運んできた。
まずは小さなグラスに【万能薬】を注ぎ、僕が毒見をしてみせる。
ウィットン卿も少し舐め、具合を確かめていた。
「毒や害のあるものが入っているとは思えません」
「うむ……」
ウィットン卿のお墨付きを得てもレヴィン殿下は動かない。
「殿下、まだお疑いでしょうか?」
「そうではない。怖いのだ」
「怖い?」
「私はいま希望を抱いている。だが、もしこの薬が効かなかったらどうなる? もう、私は長くないことを自覚した方がいいのだろう。王太子の地位だって本当は譲った方がいいのかもしれない」
「殿下!」
殿下のバカ! 意気地なし! あんぽんたん! という言葉は飲み込む……。
「セドリック、そんな目をしないでくれ。長い闘病生活で、私はすっかり臆病になってしまったのだよ……」
自嘲気味に笑うだけで殿下はまだ動かない。
「殿下、効かないときは……僕が新しい薬を探してきます。大丈夫、必ず良くなりますよ。殿下、いつか城外へ遠乗りがしたいと言ってらっしゃいましたよね? 病気がよくなったら一緒にまいりましょう」
俯いていた殿下が頭をあげた。
「そうだな。ひょっとしたら秋の紅葉に間に合うかもしれないな」
「そのとおりです」
「うむ……」
殿下の痩せた手が【万能薬】を満たしたグラスに伸びた。
僕とウィットン卿は黙ってその様子を見守る。
ゴク、ゴク、ゴク……。
一息に飲み干すと殿下は小さなため息をついた。
「っ! ゴホ、ゴホ!」
咳き込む殿下にウィットン卿が駆け寄り背中をさすっている。
「殿下、いかがいたしましたか!?」
「だいじょう…ぶ……ゴホッ! ゴホッ!」
「すぐに治癒師を呼びましょう。誰か!」
「待て、カール」
人を呼ぼうとするウィットン卿の腕を殿下がつかんだ。
「慌てるな……治まってきた……」
胸に手を当てたまま殿下はゼーゼーと喘いでいる。
「殿下、本当によろしいので?」
「ああ、楽になってきたぞ……」
うわぁ、あせった。
殿下の症状が悪くなっていたら入牢くらいじゃすまなかったぞ。
僕は殿下に歩み寄る。
「殿下、お加減はいかがですか?」
「かなりいい。胸の苦しさが取れてきた。少し立ってみよう。セドリック、手を貸してくれ」
ベッドから降り立つと殿下は深呼吸して笑顔になった。
「大きく息を吸っても胸が痛くない。普段なら小さな針が刺さったように痛みが走るのに」
「歩けそうですか?」
「もちろんだとも。少し庭園を散歩してみよう。それよりも城外へ行ってみようか?」
「殿下、それは気が早すぎます」
「はははっ、ついあせってしまったよ」
僕らは手を取り合って庭園へと向かうのだった。
その日の夕方、僕とメドナ兄さんは宮廷の奥へ呼び出された。
国王陛下にである。
謁見は公式なものでなく、通されたのは鹿鳴の間という小さな一室だ。
ここは陛下が個人的な客を招くために使う部屋である。
室内に入ると陛下が立ち上がって僕に歩み寄り手を取った。
「セドリック、この度のこと、感謝するぞ」
すぐ横にはレヴィン殿下もいてほほ笑んでいる。
青ざめていた頬にわずかな赤みがさし、昼間より元気なほどだった。
僕も兄さんも深々と頭を下げた。
「セドリックにはしかるべき褒章を与えねばならんな。とりあえず男爵、いずれは伯爵の地位がよかろう」
だけど、僕は慌てて辞退する。
「お待ちください陛下。私は大貴族の器ではございません。どうか過分なお取り立てはお控えください」
「なにを言うか。そちとてバッカランド侯爵家の男子であろう。伯爵として分家をだしても問題はない」
「資質の問題なのです。私には宮廷のことや領地の経営など向きませんので」
「これっ!」
メドナ兄さんに叱られてしまったけど、嫌なものは嫌なのである。
遺産で貰える村ほどの小さな領地でじゅうぶんだ。
わざわざ自分の首を絞めることはない。
苦笑しながらレヴィン殿下が助け船を出してくれた。
「よいではありませんか。できれば宮廷で私を支えてもらいたかったけど、セドリックはそういうのが苦手だろうからね」
「だが、褒美を与えんわけにはいかんだろう。セドリック、なにか欲しいものはないか?」
きた!
僕は心の中で快哉を叫んだ。
やっぱりご褒美は嬉しいもんね。
僕が欲しいのはもちろん現金。
お小遣いが少なめの僕には、領地より遊ぶ金ですよ。
まとまった金が手に入ったら城下にアパートを借りて屋敷を出るのだ。
そうすれば【黎明の神器】三昧である。
生活費とノエルに支払う給金が捻出できればそれでいい。
あまった現金は国債を買うか、商人に貸し付けて、利子でのんびり暮らすとしよう。
と、その前に新しい剣も買わないとな。
燕の剣は折れてしまったから。
剣か……。
「どうした? なんでも望みのものを言ってごらん」
黙っている僕を陛下が促した。
だが、ちょっと待ってくれ。
ここは考えどころだ。
宮廷の宝物殿には何本かの宝剣があったはず……。
現金は自分で稼げる。
だが、宝剣となるとなかなか手に入るものではない。
これは千載一遇のチャンスかもしれない。
「ご無礼をお許しください」
「そう畏まらなくていい。王太子を救ってくれたのだ、どんな褒美もかなえてやろう。城か? 館か? 美女でも構わんぞ」
自慢じゃないけど【アバンドールの真珠】とはもう男女の仲です。
「陛下、もし可能ならば、宮廷が所蔵する宝剣のどれかを私にいただけないでしょうか?」
「剣? ああ、そういえばセドリックは剣士でもあるそうだな。メドナ子爵より聞いている」
「恐れ入ります」
頼む……。
よい、と言ってくれ……。
「そうであるな……。よかろう。協議の上、セドリックに見合った宝剣をとらせるとしよう」
「ありがたき幸せ。恐悦至極にございます」
やったあ!
これで【黎明の神器】で大暴れができるぞ。
夜遅くまで宮廷にとどめ置かれた僕は、偉い人たちの協議の上【雷鳴剣ブロンテス】を授かるのだった。
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