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確実に誤解されました

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【旅人の帽子】はつばが広く、室内は薄暗い。

 声を変えれば僕であるとは気づかれないだろう。


「おまえたち……」


 低い声で後ろから声をかけると、サルモネールたちは「ひっ!」と息を飲んで飛び跳ねた。

 顔を歪めた女たちに僕は静かに語りかける。


「醜い心で不幸の種をまく愚者ぐしゃどもが……」


 暗闇から現れた僕に怯えながらもサルモネールは虚勢を張った。


「ぶ、ぶ、無礼者め! 私を誰だと思っているの?」

高慢こうまんにして驕慢きょうまんなる愚かな公女よ。おまえの生き方はいずれ己の身を亡ぼすぞ……」

「みすぼらしい下民がなにを抜かすの。ふざけないで。下がりなさい、人を呼びますよ!」


 呼んだところで誰も来ない。

 周囲に人がいないことは僕が一番わかっているのだ。

 こいつらはクォールにちょっかいを出すため、あえて誰も連れてきていないのである。


「好きにするがよい……」


 僕はすらりと剣を抜いた。


「ま、まさか、私を殺すというの……? お前は何者? 誰に頼まれたの!」

「我は裁きの剣。人の心に棲む闇を斬る断罪の剣なり!」


 剣を振り上げると、令嬢たちは叫び声をあげて逃げ出した。

 殺す気はないので、もともと逃げ道はあけてある。

 だが、ただでは逃がさないぞ。

 サルモネールには少しお仕置きをしておこう。

 踏み込んで剣をふるうとサルモネールの長い髪が肩のあたりからバッサリ落ちた。


「ひっ、人殺しぃ! 誰か、誰かぁっ!」


 逃げていくサルもネールをそれ以上は追わないで、僕はクォール様を縛り付けている鎖を外す。

 大きな胸が目に飛び込んでくるけど仕方がない。

 目を逸らしていたら鎖は外せないからね!

 う~ん、すばらしい……。

 戒めが解けるとクォール様は腕で胸を隠しながら礼を言ってきた。


「どこのどなたか存じませんが、ありがとうございました」

「また奴らが戻ってくるかもしれません。はやくここを立ち去りなさい」

「せめて、お名前を教えてはいただけませんか?」

「名はもう名乗りました。私は【断罪の剣】。さあ、早く立ち去るのです」

「はい……」


 青い顔をしたクォール様が出ていくと物陰からリューネが出てきた。


「うふふ、サルモネールの怯えた顔ったらなかったわね。普段の偉そうな態度が嘘みたい」

「たまにはこういう目に遭った方がいいんだよ、あいつは」

「そうね。さあ、私たちも早く逃げた方がいいわ」

「ちょっと待ってくれ。確かめたいことがあるんだ。たぶんここに……」


 僕は目の前にあるヒビの入った壁を思いっきり蹴飛ばした。


 ガコッ!


 よし、地下納骨堂のときと同じように穴が開いたぞ。

 中にあったのはレイマール金貨と……古い羊皮紙だ。


「なんだこれ?」


 確認しようとする僕をリューネが急かした。


「誰か来るかもしれないわ。早く出ましょう」

「わかった」


 金貨と羊皮紙を空間収納にしまい、服を着替えてから僕らは地上に出た。


「急ぎましょう。サルモネールたちの足がどんなに遅くても、そろそろ騒ぎになっているはずよ」

「そうだな。気づかれないよう会場へ戻ろう」


 僕らが駆け出してすぐ、松明を持った兵隊たちが庭園へ駆け込んでくるのが見えた。

 見つかると面倒だな。

 そう考えているうちにも兵士の一団はどんどんこちらの方へやってくる。

 植え込みの陰にリューネを引き寄せるのと兵士に見つかったのはほぼ同時だった。


「何者だ!」


 僕はリューネを胸に抱いたまま顔を上げる。


「私に聞いているのか?」

「こ、これはバッカランド家のセドリック様……」

「どうした?」

「庭園に不審者が現れたとの報告を受けて捜査中です。あの……そちらの方は?」


 リューネが不安そうに振り返ると、兵士は驚愕の表情になった。


「リュ、リューネ様!?」

「知り合い?」

「父の部下なの……」


 お父上のダヴィッド・エンゲルス殿は近衛軍の軍団長だったもんな。


「し、失礼しましたぁっ!」


 兵士たちは慌てふためいて駆け去っていった。


「ふぅ、なんとかごまかせたな」


 安堵している僕にリューネはすごい勢いでつかみかかってくる。


「ふぅ、じゃないわよ! どうしてくれるの!?」

「なにが?」

「あの人、絶対に誤解しているわ!」

「誤解? 散歩をしていただけだろう?」

「それだけじゃすまないわよ! 私たちがここでキスとか、いかがわしいことをしていたって思っているかも……」

「いいじゃないか、べつに」


 世間的に、僕たちはお付き合いをしていることになっているのだ。


「尻軽女だと思われたらどうするのよ!」

「僕は気にしないよ」

「私が気にするのっ! ああ、もう結婚できないかも……」

「あれ、結婚には興味がないんだろう?」

「いまはそうだけど、将来はわからないじゃない!」


 女の子は難しいなあ。


「どうしても困ったら僕と結婚すればいいじゃないか」


 リューネならしっかりしていそうだから、領地経営を任せられそうだもんね。

 仕事は彼女に押し付けて、僕は【黎明の神器】三昧……。

 これ、最高かも!

 僕の思惑など知らず、リューネは顔を赤らめている。


「バ、バ、バカを言わないで! 誰がセドリックなんかと結婚するもんですか!」

「え~、そんなつれないこと言うなよ。ほら」


 リューネをエスコートするべく腕を出す。


「なんであなたと腕を組まなくちゃいけないの!」

「恋人らしく振舞わないと疑われるかもしれないだろう?」

「まったく……なんで私が……」


 ブツブツと言いながらもリューネは僕の腕に手をおいた。

 って、自分の頭を少し僕の肩につけている!

 そこまで演技しなくてもいいだろうに。

 いや、念には念を入れるべきなのだろう。

 僕もリューネを見習わなくては……。


「リューネ、月がきれいだよ……」


 恋人らしく見えるよう、僕も最大限努力するのだった。



 家に帰って自室に入ると、僕は手に入れた羊皮紙を取り出した。

 ずっと気になっていたのだが、人目を気にして確認を先延ばしにしていたのだ。

 ランプの明かりに浮かび上がった飾り文字に僕は注目する。


【身体強化薬の作り方】


 なんとも興味をそそるタイトルだった。


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