囚われの真珠
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「セドリック……」
リューネが心配そうな顔で僕の袖をつかむ。
「やっぱりエッチの声じゃないよ。それにしては苦しそうだもん」
「そんなのわからないじゃない。あれはけっこう苦しいものだって、女友だちも言っていたわ」
「その友だちって、誰?」
答えの代わりに返ってきたのは小さな肘打ちだった。
地下にいるのが幽霊なのか発情カップルなのかはわからない。
だけど、お宝を発見するチャンスでもある。
僕は空間収納から鋼の剣を取り出した。
「ちょっ、え? それ、どこから取り出したの?」
「男の子にはいろいろ秘密が多いんだよ。リューネはここで待っていて。ちょっと、見てくるから」
「私も行くわ」
「君には武器がないだろう?」
「ふん……」
「お、おい!?」
スカートの中に手を突っ込んでリゴソゴソとかき回している。
いきなりなにをしだすんだ!?
と焦ったのも束の間、リューネは絶対領域から大ぶりのナイフを取り出した。
「女の子にも秘密がいっぱいあるのよ」
胸を張って威張るリューネはかわいかった。
「やっぱり君がもてないなんて信じられないよ」
僕はすでに惚れかけている。
「これで文句はないでしょう? 私も行くからね」
「わかった。拒否してもついてくるだろうしね」
武器を手に僕らはゆっくりと階段を降りた。
エビスタで見た地下納骨堂とここでは、様子はだいぶ変わっていた。
巨大な蜘蛛は襲ってこないし、たくさんあった棺だってひとつもない。
ここにあるのは箒や鍬、桶やスコップなどだ。
庭園の整備をするための道具がしまわれているのだろう。
古代の石板があった場所には木の板がさげられていて、【整理整頓を心がけよ】と書かれている。
仮想空間と現実のすべてが一致するわけではないということか。
だが、幽霊はどうだろう?
奥の部屋をうかがうと、くぐもった声と一緒に、女たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
ランプに浮かび上がった光景に俺もリューネも息をのんだ。
「手前にいるの、ベルーノ公爵の長女だわ」
「ああ、取り巻きも一緒だな」
ベルーノ公爵令嬢・サルモネールは王国でも評判の美女で通っていた。
年齢は18歳。
豊かな金髪と抜群のスタイルは見る者を魅了してやまない。
だが同時に、我がままで傲慢な性格でも有名だった。
そんな有名人が地下室で残酷な笑みを浮かべている。
パーティーの華がこんなところでなにをしているんだ?
やつは今夜の主役のひとりだぞ。
そして、奥の壁際にもう一人誰かがいた。
ちょうど、裏切りの王女が鎖で繋がれていたあの辺りだ。
「おいおい、よりにもよってクォール様か……」
鎖で壁に繋がれていたのはクォール・ミンダス嬢という女性で、【アバンドールの真珠】と称えられる美貌の持ち主だった。
先王の娘なのだが、クォールの母親は愛人である。
そのため身分は王族ではなく、男爵の地位を賜って宮廷で暮らしている。
先王が亡くなってから後ろ盾もなくなり、お立場はよろしくない。
そこにつけこんでサルモネールが嫌がらせをしているのだろう。
「うふふ、いいざまね、クォール」
「うぐっ……」
クォールは猿ぐつわをはめられていてうまく喋れないようだ。
「少しばかり綺麗だからって調子に乗って……。卑しい女から生まれたくせに!」
幽霊ではなく、嫉妬にかられた女によるいじめに遭遇してしまったようだ。
取り巻きのひとりがサルモネールに嬉々として問いかける。
「サルモネール様、この女の顔を松明で焼いてしまうのはいかがでしょう?」
「馬鹿ね、そんなことをすれば事件が露見してしまうわ。もっと頭を使いなさい」
「では、どうするのですか?」
「うふふ、この女の恥ずかしいところに傷をつけるのよ。この女が二度と殿方に肌を見せられないようにね。誰か、クォールの服を脱がせなさい!」
うわぁ、女の子って陰湿だなあ……。
「もう見ていられない!」
飛び出そうとするリューネを慌てて止めた。
「おい、自分の立場を考えろ」
僕の兄もリューネの父も国王派に属している。
それなのに、公爵派の領袖の娘に真っ向から立てつくのは危険すぎるのだ。
ましてや、こんな場所である。
どんな言いがかりをつけられるかもわからない。
悔しいが、向こうの方が地位は上だ。
「じゃあ、このまま黙って見ているつもり?」
リューネが怒っているあいだにもクォールの服はどんどんと脱がされていく。
さすがに見捨てられないな。
「考えがある。ちょっと向こうを向いていてくれ」
「なにをするの?」
「こちらの正体がバレないように着替えるんだよ」
「着替えなんてどこにもないじゃない」
「うるさいな、早くあっちを向けって」
リューネに構わずジャケットのボタンに指をかけるとリューネは驚いてそっぽを向いた。
僕は空間収納から厚手の服、旅人のマント、旅人の帽子などを取り出して身に付けて行く。
急いで着ないと、クォールが大変なことになってしまう。
うわ、すでにいろいろと大変だけど……。
いかん、いかん!
見とれている暇はないのだ。
「よし、もういいぞ」
着替え終えた僕はリューネに声をかけた。
「いいか、リューネはここに隠れているんだ。絶対に出てきたらダメだからね」
「ひとりで大丈夫?」
「馬鹿にするなよ。任せておけって」
薄暗がりの中を、僕はゆっくりとサルモネールたちに近づいていった。
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