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新作です。
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箱から出てきたのは頭をすっぽり覆うようなヘルメットだった。
「騎士がかぶる兜のようですね」
「それにしては材質が軽い。これ、たぶん金属じゃないぞ」
おそらく防御用のヘルメットではないだろう。
視界を確保するための穴がないもん。
こんなものをかぶってしまったら、なんにも見えないぞ。
「やはり、かぶって使うものでしょうか?」
「そうだね……」
両手で持ち上げてみると【黎明の神器】は驚くほど軽かった。
内部には柔らかいスポンジのような素材が使われていて、頭を保護するような仕組みになっている。
古い物のはずなのに、干からびた感じはない。
匂いを嗅いでみたけど、かび臭いといったようなこともなかった。
あれ、なんだろう?
どういうわけか【黎明の神器】が小さく震えているような……。
それとも、震えているのは僕の方?
気のせいかもしれないけど、これに呼ばれているような気がしてならない。
「ちょっとかぶってみるか」
「大丈夫ですか?」
「それは……」
いきなり首がもげたりはしないと思う。
たぶん。
そんなペナルティがあるのなら、ひいお爺さまの日記にも明記されているはずだ。
それに、僕がかぶったところで【黎明の神器】が起動するかだってわからない。
こいつはもう何百年も動いてないのだから。
「試すだけ試してみるさ。ダメだったら倉庫に戻しておくさ」
大きく深呼吸してから、僕は【黎明の神器】に頭を入れた。
「セドリック様、平気ですか?」
くぐもったノエルの声が聞こえる。
「なんともない。というか、なにも起こらないな……」
ヘルメットに穴はないので、視界は真っ暗だ。
やっぱり壊れているのだろう。
少しだけ期待していたのだけど、とんだ骨折り損だったな。
ブオンッ
脱ごうとした瞬間、【黎明の神器】が震えて、いきなり目の前に文字が現れた。
【ログインしますか? ▶はい いいえ 】
ログイン?
どういう意味だろう……。
だが、何百年も動かなかった【黎明の神器】が動いたのだ。
ということは、神々のつくった仮想の世界に入るかどうかを聞いているのに違いない。
そう、扉は開かれたのだ!
「もちろん【はい】だ」
声に出した瞬間、僕は広い草原の真ん中に立っていた。
かぶっていた【黎明の神器】はきれいさっぱり消えている。
それだけじゃない。
僕の服装も変わっているぞ。
侯爵家の子息らしい豪華な服は消え去り、庶民がつけるような簡素なシャツとパンツだけになっている。
靴も靴下もなくなっていて、革のサンダルをはいているだけになった。
「どうなっているんだ? ノエル、聞こえる?」
すぐ横にいるはずのノエルに声をかけてみるけど返事はない。
その代わり、半透明の板みたいなものが目の前に現れた。
~エビダスの実験場へようこそ~
バッカランドの血を受け継ぐ者を歓迎しよう。
ここは神々の実験場であったところだ。
わが子孫がこの世界を知り、己を磨くことを期待するものである。
楽しんでくれ!
グランビア・バッカランド
グランビア・バッカランドといえば、バッカランド家の初代様じゃないか。
世界各地を回って神々のお手伝いをしたという伝説が残っているような御人である。
続いて文字が現れた。
【チュートリアルを開始しますか ▶はい いいえ 】
チュートリアルってなに?
素朴な疑問が浮かんだけど、このままこうしていても埒が明かない。
まずはやってみるとしよう。
半透明の板に指を伸ばして触れてみる。
「チュートリアルとやらを始めてくれ」
「承知いたしました……」
とつぜん声がして、背の高い女性が現れた。
青いロングヘアの美人で、静かに僕を見つめている。
なんだか知的な感じのする人だなあ。
「あなたは……?」
「私は【黎明の神器】に搭載された人工知能の一つミネルバです」
人工知能?
またわからない言葉が出てきたぞ。
でも、ミネルバさんはクールながら親切そうな感じがする。
いろいろと質問してみるか。
「僕はセドリック・バッカランドです。チュートリアルとは何でしょうか?」
「セドリック様がエビダスの世界を体験する手引きのことでございます」
それは助かる。
いきなりこんなところに放り出されたって、何をしていいかわからない。
「僕は何をすればいいのでしょう?」
「まずは動いてみましょう。エビダスの世界にセドリック様のお体が馴染んでいるかを確認します」
僕はその場で軽く足踏みをしたり、飛び跳ねてみた。
いつもどおりだ。
「問題なさそうですね。次に触覚を確認します。セドリック様、お手をお出しください」
「これでいいですか?」
ミネルバさんが僕の手をとり、優しく撫でてくる。
「感覚はありますか?」
「は、はい……」
細くしなやかな指が僕の手の甲と手のひらをさすり上げる。
くすぐったいけど心地がよく、僕はうっとりとしてしまう。
きれいなお姉さんにイケナイことをされている気分だ。
グイッ
「痛いっ!」
突然ミネルバさんに手をつねられた。
エッチな気分に浸っていたのがばれた!?
だが、ミネルバさんはつねっていた手を今度は自分の胸に押し付けてきた。
「これは柔らかいですか? それとも硬いですか?」
「焼きたての白パンよりやぁらかいです……」
なんだ、これは……。
仮想空間のはずなのに、手に伝わってくるのは繊細な質感と圧倒的な重量感!
チュートリアルって素晴らしい……。
「痛覚と触覚に問題はないようです。次に味覚の検査をします」
「味を感じることもできるのですか?」
「そうですよ。では、こちらを食べていただきましょう」
ミネルバさんが出してきたのは、包み紙に入った小さなキャンディのようなものだった。
色は乳白色でピンク色のラインが一筋入っている。
「これは?」
「ポイッチュです」
またわからない単語だ。
「エビダスの世界では一般的なお菓子で、食べれば瞬時に空腹と体力を回復します。傷ついた体をわずかながら治癒してもくれます。さあ、召し上がれ」
受け取ったポイッチュを僕は口に入れた。
食感は柔らかい飴みたいで、甘くてフルーツのような爽やかな酸味がある。
「おいしいですね。あ、なんだか元気が出てきた気がする」
「それがポイッチュの効果です」
つまりこれはお菓子のようなライフポーションってわけだな。
「味覚も正常のようですね。これにてチュートリアル1を終了します。ご褒美にポイッチュを10個差し上げましょう」
ミネルバさんから袋入りのポイッチュをもらった。
「続けてチュートリアル2を受けることができますが……」
突然、目の前に半透明の板が開いた。
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