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日陰者が褒められる

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 食堂に行くと兄さんと父上がコーヒーを飲んでいた。

 遅くなったので叱られるかと思ったけど、今朝のメドナ兄さんは優しい。


「ようやく起きてきたか。早くご飯を食べなさい」


 昨晩はあんなことがあったから僕の体を気遣ってくれているのだろう。

 普段はのんびりしている父上も少し心配そうだ。


「セドリックや、本当に体は平気かい?」

「怪我もしませんでしたし、一晩寝て元気になりました」

「そうか、そうか。ほら、早生わせのブドウが届いたよ。美味しいから食べてごらん」


 ご飯を食べ始めた僕にメドナ兄さんが話しかけてくる。


「昨晩のことは感心したぞ。お前があれほどの腕前だったとはな」

「恐れ入ります。モグモグ」

「最近は部屋に引きこもってばかりいたようだが、どこで修業した? 先生のところにもしばらく行っていなかっただろう?」

「特別な修行法を見つけまして、自室で頑張っているのです。そのためにひきこもっておりました。モグモグ」


 完全な嘘じゃないから、よしとしよう……。


「ところで兄さん、襲撃者の素性は判明しましたか? モグモグ」

「残念ながらまだだ。私に恨みをもつ貴族の誰かだろうがな……。そうそう、昨日は助けてもらったから、特別に褒美を用意したんだ」

「モグモグ……えっ!」


 これはめずらしい。

 兄さんはケチなので滅多なことではご褒美をくれない。

 昨晩の活躍によほど感銘を受けたのだな。

 ワクワクして待っていると、騎士のひとりが長細い箱を手渡してきた。

 かなり重いぞ。

 入っていたのは一振りのロングソードだ。


「よい剣であろう? 材質は鋼。切れ味も鋭いと聞いている」

「ありがとうございます」


 実用的な剣だな。

 貴族の子弟が持つには武骨すぎる気もするけど、質実剛健なところが気に入った。

 空間収納に入れておけばエビダスでも使えるだろう。

 いま装備している鉄の剣よりよさそうだから、さっそく試してみよう!


「それでは僕はこれで……ムグムグ」


 パンとベーコンと野菜を口に詰め込んで、僕はテーブルから離れようとした。


「待て」

「まだなにか? モグモグ……」


 早くロングソードを試したいのにぃ。


「セドリックの腕前を見込んで頼みがある」


 この場合の頼みとは命令と同じで、僕に拒否権はない。


「この先、私が出仕するときはお前もつき合ってくれ。腕の立つ弟がそばにいてくれれば私も安心だ」

「え~!」


 ヤベ、思わず本音が漏れた!


「え~、とはなんだ?」

「その、なんだ……、嫌とかではないんですけどね、私はまだ若輩者ですから……」

「謙遜しなくてもいい。まずは私のそばで仕事を覚えろ。いずれは捕縛部の部長あたりになればよかろう。給料も悪くないぞ」

「ご配慮いただき、ありがとうございます……」


 嫌だぁ! 僕はずっと実家でゴロゴロしていたいんだぁ!


 魂の叫びは心の内だけで虚しく響く。

 だが、繰り返しになるが僕に拒否権はない。

 断ろうものなら、身ひとつで放り出される可能性だってあるのだから。

 せめてポジティブに考えるとしよう。

 これは【黎明の神器】に入り浸るチャンスだ。


「兄さんをお守りするため、さらなる修行に励みたいので、さっそく自室に籠ります。今後はこのようなことも多くなるでしょう」

「そうか、そうか。しっかりと頼む」


 しゃあっ!

 お許しでたぁっ!

 これで堂々と遊べるぞ。


「それでは失礼いたします。いただいた剣をさっそく試してきますね。と、こちらのパンもいただいていきます」

「どうするのだ?」

「修行のあとはお腹がすくのです」


 本当は空間収納に入れて、エビダスでも食べられるか実証したいだけだ。

 さあ、今日もやることが多いぞ。

 僕は小走りで自室に戻った。



 部屋に戻るとノエルがいた。

 やっぱりお使いに行っていたらしい。

 部屋の花が新しくなっていて、百合の香りが強く漂っている。


「おはようございます、セドリック様。うふふ……」

「なにかいいことでもあったの? うれしそうな顔をしているよ」

「屋敷中のみんながセドリック様を褒めているんですよ。専属メイドとして私も鼻が高いです」

「僕を褒める?」

「昨晩のご活躍のことでございますよ!」


 護衛騎士たちの口を通じて噂が広まっているそうだ。


「政治と経済はメドナ様、武門はセドリック様に任せておけばバッカランド家は安泰だと、みんな口を揃えて言うのです」


 我がことのようにノエルは嬉しそうだ。

 これまでは、日の目を見ない次男の専属ということで、肩身の狭い思いもさせた。

 それでもノエルは誠実に尽くしてくれたのだ。


「僕が頑張ればノエルも嬉しい?」

「当然でございます。将来性が出てきたいま、セドリック様のお付きは羨望の的でございます」


 田舎の小さい領地を継ぐだけならたいしたことないけど、宮廷で高い地位につければ話は変わってくるわけだ。

 

「僕なんてまだまだだよ。もっと頑張らないとね」


 ノエルは意外そうな顔をした。


「めずらしく、やる気をみせていらっしゃいますね」

「うん。そのためにも【黎明の神器】でエビダスに行ってくる」

「そうきますか……」

「だってそうだろ? 僕の武芸は仮想空間で磨いているんだよ。あそこに行かないでどうしろって言うんだよ?」

「まあ、理屈は通っていますね」


 それでもノエルは不服そうだ。


「修行のために自室にこもる話は通しておいた。兄さんからのお許しもでているんだ」

「へぇ~……」


 なんでノエルはふくれっ面?


「ひょっとして、拗ねてる?」

「…………」

「なあ?」

「そうでございますよ!」


 顔を赤くしてノエルは文句を並べ立てた。


「最近のセドリック様はちっとも私のことをかまってくれません! 話しかけても上の空で【黎明の神器】のことばかり。もう、私のことなんてどうでもいいんですね!」

「そ、そんなことないよ! 僕の専属はノエルしか考えられない」

「本当ですか?」

「君ほどよくしてくれた人はいないよ。これからもずっと一緒さ」


 ノエルは大きなため息をついた。


「はぁ、私も【黎明の神器】の中へお供できればいいのですが……」

「そうなったら最高だよね」


 僕としても楽しいと思う。

 だけど他の【黎明の神器】がどこにあるかわからないし、ノエルに使えるかどうかだってわからない。


「ノエル、ごめんね。でも、僕は行かなきゃならないんだ」

「私こそごめんなさい。我がままを言いました。どうぞ、お気をつけて」


 気をつけるも何も、あちらの世界で死ぬことはないのだ。

 思いっきり自分の力が試せる、そこが【黎明の神器】のすごいところである。

 もっとも痛みはあるんだけどね。

 ノエルに小さく手を振ってから、僕は【黎明の神器】をかぶった。

 

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