襲撃
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昼過ぎにノエルにたたき起こされた。
「セドリック様、起きてくださいませ!」
「う~ん……」
「セドリック、起きんかいっ!」
「ぐへっ!」
いま、呼び捨てにされて枕で叩かれたような……。
「最近、僕に対する扱いがひどくなっていないか?」
「セドリック様がダメ人間になっているからです。これも主を思うメイド心ですよ」
「そ、そうなのかな?」
「もちろんでございます。はい、起きてくださいませ、セドリック様」
そう言ってノエルは僕を胸に抱いて軽く揺する。
チョロい僕はそれだけでノックダウンだ。
「わかったよ、もう起きるって……」
「クンクン、少し臭いますねえ。セドリック様、最近お風呂に入っていないでしょう」
忙しい僕はとうぜん風呂キャンである。
だって、時間がもったいないから。
「【黎明の神器】を手に入れてからというもの、本当にダメ人間になってしまいましたね」
「いやいや、僕はこの世界の創造に尽力しているんだぞ。ダメ人間になんてなっていない!」
「へぇ~」
いちおう事実なのにまったく信じていないな。
「とにかくお風呂に入ってくださいませ。午後からメドナ様と宮廷へ行かれるのですからね」
「なにそれ? 聞いてないんだけど!」
「朝食の席で決まったのです。ご飯を抜いたセドリック様の責任ですよ」
「それはそうだけど、でもどうして?」
「メドナ様はセドリック様の将来を心配されているのです。だから、監査庁での仕事をお与えになるみたいですよ」
「なんだって!?」
改めて僕の兄の説明をしておこう。
名前はメドナ・バッカランド。
年齢は34歳。
性格は真面目で自分にも他者にも厳しい。
妻と三人の子どもがいる。(僕は叔父さんなのだ!)
すでに子爵ではあるが、いずれバッカランド侯爵の地位に就くことが決まっている。
運動は苦手なのだが、幼いころより頭脳明晰でバッカランド家の実質的な当主だ。
現在は監査庁の長官もしていて多額の給料をもらっている。
監査庁というのは貴族の間に不正がないかを調べる部署だ。
事務方だけでなく、調査部門や捕縛部門を備えた大きな組織なのである。
「きっと監査庁で役職をお与えくださるのですよ。よかったですね」
「ぜんぜんよくないよ!」
そんなことになれば【黎明の神器】で遊ぶ時間がなくなってしまうじゃないか!
「お給料だっていただけるんですよ」
「おかねなんてどうでもいいよ」
「これだから、お坊ちゃま育ちは……。セドリック様がそんなことではパイル様たちがどう思われるか……」
パイルたちというのは兄さんの子ども、つまり僕の甥っ子や姪っ子たちだ。
僕にも懐いていてかわいいんだよね。
たしかに、パイルたちの厄介叔父にはなりたくないなあ……。
「わかった。わかったから、そんなにガミガミ言わないでよ」
「それではお風呂にまいりましょう。髪を洗ってさしあげますね」
「ん~」
きちんと洗わないと【黎明の神器】だって臭くなってしまうもんな。
フラフラする頭で僕はのそのそとベッドから這い出るのだった。
監査庁へ向かう馬車の中で寝ようと思っていたのに、ずっと兄さんのお小言が続いていた。
「最近のセドリックはたるんでいるぞ。いったい、どういうつもりだ?」
「はあ、私なりに頑張っているのですが、なんとも……」
魔物を倒したり薬草を集めたりしていたのだが……。
「食事にも顔を出さないことが多いな。父上も心配していたぞ」
「今後は気をつけます」
兄さんには逆らえない。
逆らうと小遣いを止められてしまうからだ。
父上に代わってバッカランド家の財政は兄さんが握っている。
おかげで我が家の莫大な借金はなくなり、富は増えたのだが……。
「きょうは監査庁の各部門のあらましを説明してやる。いずれ、向いている部門の役職にしてやるから、しっかり見学するように」
「ありがとうございます」
モゴモゴとお礼を言ったけど、本当はありがた迷惑なんだよね。
働いたら負け、とは思っていないけど、もう少し自由な時間を楽しみたかった。
***
長いながい午後が終わった。
監査庁のいろんな場所を連れまわされて仕事の説明を受けたのだ。
職員たちの愛想はよかったけど、内心では僕を受け入れるのは嫌だったと思う。
それはそうだ。
能力もさだかじゃない者が、生まれと地位だけで自分たちの上司になるんだもんなあ。
僕だっていやだと思うよ。
本当に、このまま監査庁の職員になっていいのだろうか?
疲れたぁ……。
僕はもう動けないよ。
帰ったら【黎明の神器】はやるんだけどね。
帰りの馬車の中で、僕はようやく眠りにつくことができそうだった。
少しでも仮眠できれば、それだけ長く遊べるというものだ。
外の景色を見るふりをして僕は眼を閉じた。
***
急停車した馬車と人々の怒号で目を覚ました。
外からは剣戟の音が響いている。
兄さんは青ざめた顔で硬直していた。
「メドナ様、敵の数が多いです。馬車を捨ててお逃げください!」
護衛騎士のリンガールが血相を変えている。
監査庁の長官は敵が多いから、兄さんは襲撃されることも予想していた。
常日頃から護衛を雇って周囲を守らせていたのだ。
だが、今夜の襲撃は想定の範囲を超えていたのだろう。
「兄さん、行きましょう!」
動けないでいるメドナ兄さんの手を取って馬車から降ろす。
計算は得意だけど、兄さんの武芸はおそまつである。
緊張で動けなくなるのも当然だ。
前方にちらりと目をやると、地面に数人が倒れていた。
こちらの護衛は十人以上いたけど、数は向こうの方が多かったか。
防御を破って、刺客が二人迫ってきた。
リンガールが一人を食い止めるけど、もう一人が僕らに向かって走ってくる。
くそ、武器があれば……。
残念ながら、僕も兄さんも武器を身に着けていなかった。
寝ぼけていたとはいえ、油断しきっていたな。
【黎明の神器】内でレベルが上がれば、それは現実世界にも反映される。
レベル6の魔法剣士になった僕なら刺客に対抗できたかもしれない。
だけど、さすがに素手は辛い。
こんなことなら【格闘家】のジョブを選択しておくべきだったか?
いや、待てよ……。
【試練の入り口】の洞窟で、こちらの世界であっても僕は【火炎剣】を使うことができた。
だったら、あれだって使えるんじゃないか?
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