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墓にすずらん

作者: 桂螢

私は不登校で引きこもりだった。高校生の時に、クラスでいじめられ、孤立した。元々根暗なだけでなく、当時両親が離婚し、家庭を一ミリも顧みない父と絶縁するために、苗字を変えたのだ。教師からも、SOSを見て見ぬ振りをされた。


引きこもりになってしばらくしてから、大好きだった祖母が他界した。老人ホームで亡くなったため、死に目に会えなかった。最期の礼儀として、勇気を出して通夜に参列したら、親族から好奇な目で見られ、惨めな思いをした。


竹を割ったような清々しい人柄の祖母は、一貫して私の味方だった。私の内気な性格をとがめる両親に対し、「暗い子は悪い子なん?そうじゃないでしょ」と、一刀両断に叱ってくれた。考えることの大切さを教えてくれたのも祖母だった。遠い日に贈られた、文筆家の池田晶子さんの哲学エッセイに感化され、大学の哲学科を目指したいと打ち明けた時も、唯一応援してくれたのは祖母だった。


大切な祖母の墓参りに行くために、一念発起し、久方ぶりに外出に踏み切った。まるで冬眠から目覚めた獣のような、竜宮城から地上に帰って来た浦島太郎のような、時差ボケを痛いほど感じる、不思議な外界の微風に浴した。真夏でもないのに、太陽がまぶしかった。せっかくだから、祖母が好きだった花でも墓に供えようと思いつき、ゆっくりと花屋を探した。


道すがら、真新しい洒落た花屋を見つけた。窓辺を飾る、トランペットを彷彿とさせる黄色の百合に吸い込まれるように、アンティークな木目調の扉を、おもむろに開いた。店内には、白とピンクと水色の小ぶりなアジサイ三本を合わせて、職人のような手慣れた手つきで花束にしていた、エプソン姿のうら若い女性が一人、黙々と働いていた。見覚えある彼女の横顔を見て、仰天した。風の便りで、医学部に入学したと聞いていた、中学時代に親しかったクラスメイトの詠子だった。成績優秀でありながら気さくな人で、超苦手だった数学を、落第生の私にも懇切丁寧に教えてくれた恩人でもある。


私が混乱して固まっていると、詠子は気を遣ってくれ、彼女の方から断片的に身の上話をしてくれた。

「大学より、こっちの方が向いてると思うの。ちょっと色々あってね。…家族がバラバラになって大変だったんだ」


詠子が目を伏せて、事情を言いにくそうに途切れ途切れに打ち明けていると、シルバーカーを押した白髪頭のお婆さんが、客として現れた。耳は遠いが朗らかなお婆さんは、どういうわけか、私を店員だと勘違いし、花に関する質問を矢継ぎ早に持ちかけてきた。お婆さんと私の漫才のようなやりとりを、詠子は傍らで穏やかにクスクス笑いながら、時々助け舟を出してくれた。


「縁起のいい花はないん?」

「えーと、胡蝶蘭はいかがですか?」

「え?こちょこちょ?」

「ちゃいますよ。じゃあ、ヒヤシンスはどうですか?」

「え?冷やし中華?」

「あー、こっちは?パンジーです」

「え?パンダ?あぁ、ちょっと似てるわ」

このお婆さん、リアルに天然系だ。


最後の締めに、詠子はスズランを薦めた。

「あら、あたしみたいな花ね」

うんと歳上でもいいから、こんなチャーミングな友人が欲しかった。お婆さんは、端から見ると心配になるくらいに、おぼつかない足どりだったが、上機嫌で帰って行った。


詠子は、私にもスズランを薦めた。

「また来てね」

私のために笑ってくれた。もう、胸がいっぱいで、十二分に嬉しかった。


祖母の墓は、田園の真ん中の墓地の一角にある。詠子から手渡されたスズランを抱え、収穫前の茶色の麦畑の畦道を、陽射しをありがたく感じ受けながら、悠然と歩いた。麦を揺らす心地よい微風が、今日勇気を出して外出したことを褒めてくれているようにも感じた。


墓地に到着し、祖母の墓の前にスズランをいけて、手を合わせた。

「おばあちゃんは人間みんな迷惑をかけて生きているものだって言っていたけれど、私は迷惑かけ過ぎてきたかも。こういう思いが、人様の役に立つ日は来るのかな」

何となく、祖母が空にいるような気がして、切ないけれど、少し安堵した。

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