蟲は排除、それが掟だ
ミンミンと山から鳴り響く蝉の声
恐ろしいほどの暑い中、いつものように、田舎の道を歩いていく
田舎といってもしがない村だ
家は大きめに感覚が開いているが等間隔で、その間や建物のない周りには田んぼやらきゅうりやら様々な畑がある
前を歩く子たちはとても仲睦まじい様子で、和気あいあいと帰っている
そんななか、一人で歩く少年がいた
少年はしっかりとした歩調で歩いている
年齢は6歳半ばといったところだろう
少しばかり長く肩につきそうな黒髪を揺らしてグループとは離れ歩いている
ふと、少年が口を開いた
「ねぇこと、ひまだよ〜」
ゆったりとした口調で誰もいない空気に語りかける
大人だったら変質者、子どもでも変わった子と言われるような感じだ
だが、独り言のように聞こえたそれに返答が返ってきた
「ひまって言われても……私なにもできないよ?」
少年の隣にはうっすらと人が見える
本当にちゃんと認識するには難しいほど
「こと」そう言われた人物は少年の隣でふわふわと浮いている
ことならあそんでくれると思ったんだけどな〜
「かくれんぼもおにごっこも二人じゃできないもんね」
少年は不満そうに眉をへの字にして見せた
「つまんな〜」
「い、いや……あ、もうお外も暗いし、早く帰らないとだよ!」
ことは急に話を変え、少年の意識を背ける
「そうだった!ままがおこる!!」
少年は少し駆け足で道を進んでいく
いつのまにか空には少年の瞳と同じ色の深いオレンジに塗られていた
前にいた子どもたちはいつの間にかいなくなっていた
村の奥
すこしばかり離れたところにポツンと一軒、三角の茅葺き屋根と瓦屋根が隣接している家がある
こうやってみるとへんないえだよな
その家に少年は帰っていった
「ただいまー」
靴を脱いで、丁寧に並べる
流れるように目の前の扉を開けてそこに入っていく
置かれている低めのソファーには少年と似た女性が座ってスマホを眺めている
「ただいま、まま」
「……ぼく、おへやにいるね!」
挨拶をするが、無視されてしまう
だが、少年は動じることなく自分の部屋へ行ってくると告げた
いつもどおりだから気にしない!なにか言われないだけマシだから
少年の瞳は外にいた時より濁っている
といっても普通なら気づくことなんてないほどだ
「いつもだから、気にしちゃいけない……!」
誰にも聞こえないような声で、そう呟く
自分に言い聞かせるように頷きながら
廊下の一番奥
少し薄暗いところに部屋がある
少年はゆっくりとドアを開け、部屋の中に入った
ランドセルを机の横に置いて、椅子に座る
少年には少し高い机と椅子、座るのだけでも一苦労だ
「今日はなんの勉強をするの?」
ことが質問をしてくる
この部屋は完全に少年とことのみ
心なしかことの体は、外にいた時よりも見えやすくなっている
「うーん……きのうはこくごがんばったからなー」
しばらく頭を悩ませてから
そうだ!と言うような顔で少年はランドセルを漁る
「今日はえいごにしよ!」
「いいね わからないことがあったら教えるね」
「ありがと!」
鉛筆がはしる音だけが響く
カツカツ、カツカツ、
長い間その音だけが響いていた
翌日
「おはようございます!」
少年は誰よりも早く学校の教室に着いた
いつもの様に教室の掃除をして、黒板消しを綺麗にする
こじんまりとした小さな教室
そこには教卓と小さな黒板、6つの机と椅子が並ぶ
「あつい……えぇと、クーラー……」
手慣れた様子でエアコンのボタンを押す
ピッとお馴染みの音を響かせてエアコンは動き始めた
すぐに部屋は涼しくなっていく
「すずしぃー」
少年は手を広げて嬉しそうに目を細める
額にかいていた汗もいつの間にか引いたようだ
「そろそろ、みんなが来るんじゃない?」
「あ、そっか!」
少年は教室の一番端っこの席に着く
隣は窓、少年は窓をぼうっと眺めている
このせき、本で読んだけどしゅじんこうせきっていうらしい
なんでそういうのかはわからないけど……
なにかが動いた気がして、そちらの方に目をやると、木の影にはリスの親子が仲睦まじそうに寝ている
「いいな……」
気づかず口に出ていた様で、少年は目を見開く
キョロキョロと周りを確認して、誰もいないことにほっと息をした
よかったぁ誰も聞いてなくて
聞かれてたらなに言われるかわかんないもんね
「なにがいいの?」
「!?……あ、しぐれさん!」
少年の後ろからひょこっと姿を現したのはしぐれという少女
お団子にした茶髪の少女は綺麗な瑠璃色の瞳で見つめながら無邪気な笑顔で少年に問いただす
「おはよー!で、なにがいいの?」
「おはよう!まどの外のりすさんたちのこと!なかよくていいなっておもっただけ」
「確かに、仲良くねてるね」
「ね」
「じゃあ、わたしじゅんびしないとまた話そ」
「うん!」
しぐれさん……ひさしぶりに話せたな
つぎいつ学校くるんだろ
少年はまた窓に目をやる
雲に隠れてた太陽が顔を出し始めたようで、強い日差しが差し込んできた
太陽きれいだなぁ
きらきらしてて、しぐれんとか、ことみたい!
太陽の光は窓に反射してきらきらと輝いている
しばらく眺めていると、廊下側から賑やかな声が聞こえて来た
みんな来たみたい
「えぇーうちがなんでしゅくだい見せなきゃいけないんだよー」
「まだじかんあるからさぁ ね?」
「しかたないなぁ」
「おまえいつもしゅくだい見せてもらってんじゃん ちゃんとやれよ〜」
赤い服を着た男の子が、二つ結びをした女の子にそう言う
二つ結びの女の子は「えぇー」と言わんばかりの顔で自身の席で準備を始めた
「はい 早くかえせよー」
ポニーテールの女の子がノートを二つ結びの女の子に渡す
そのノートは少し汚かかなっていて、年季があるように見えた
少年は三人組の方を眺めている
すると、ポニーテールの子と目が合った
少年は慌てて目を逸らす
なんであの子のノートはいつもボロボロなのかな
きっと、大切につかってるのかな!
ひまだし、えでもかいてようかなー
少年はランドセルから一つのスケッチブックを取り出す
このスケッチブック お父さんがちっちゃいときにくれたものなんだよね
なにかこうかなー
「おーい 早く帰ろうぜ!」
「まってよ!」
他の子達が帰っていく
少年はいつも通り一人で教室を出ていく
廊下に出ると、
「あ、ちょっとまって」
「あれ、どうしたんですか せんせい」
「明日 7月14日はお母さんとお父さんと村の真ん中に集まらないとだよ」
「そうなの?なんで?」
「虫の宴があるから」
虫のうたげ?
それって、毎年お母さんたち一日中いない日のことなのかな
「……わかりました!先生さようなら!」
「……さようなら」
少年は廊下を歩いていく
途中で他の生徒や大人に会うことはなかった
下駄箱をみると、少年以外の生徒がすでに帰ってることがわかる
靴を履いて学校の門を出た
「ことは虫のうたげって知ってる?」
「虫の宴……村のお祭りだよ」
「そうなんだ!ぼくもいける年になったんだね」
「そうだね 6歳からしかいけないんだよ」
帰路の中で少年はことに聞いた
どこかいつも以上に軽やかな足取りの少年をことは暗い表情で見つめていた
それにしても……さいきん、ことがよく見えるなぁ
もうふつうの子みたいになってる!
ことの体は昨日のような半透明の姿とは違い、浮いていること以外はしっかりと人間として認識できるほどになっていた
空は先ほどまで晴れてた
雲からまだ高い太陽が顔を出す
「うーん あしたは雨かなぁ」
山の奥には灰色に染まった雲が待ち伏せている
いかにも不穏をまとったそれは段々と少年のいる地域に近づいているようだ
少年はそんなことを呟きながら自分の家の扉を開けた
「ただいまー」
「あら、おかえり」
「え、あ……た、ただいま!」
いつも通り家に帰るといつもはないはずの挨拶がそこにはあった
少年は驚きを隠せずに少し動揺する
「夜ご飯はもうできてるよ 早く食べてね」
「う、うん!」
なんだろう
ままがいつもと違う……
いつもはむしされるのになんで?
手を洗いながらも少年は考える
「今日はコロッケよ」
「やったっ!」
ひさしぶりにあったかいごはんだ!
少年は嬉しそうにご飯を頬張る
母親はそれを微笑みながら眺めている
食卓にはたくさんの食事が並べられている
「明日、虫の宴があるからあなたも連れて行くわ」
「たのしみ!」
「………そうね」
翌朝
「おはよ まま」
「おはよう 早速だけど、この服に着替えてくれない?」
「わ、わかった!」
母親が差し出してきたのは真っ白なワイシャツと黒いズボン
お祭りでは似合わないようなしっかりとした服装に少年は違和感を覚えた
母親は少年の方をじっと見つめてくる
少年は慌てて着替えた
「さて、少し早いけど家を出ましょうか」
「うん」
ドアを開けると、外は曇天の空
グレーに染まった色は今すぐにでも雨が降るのではないかと思わせるほどだ
母親は後ろを振り替えずに前に進む
少年は母親に頑張ってついていくが、目線が合うことはない
学校を超えた先に、ゆらゆらと提灯が見えてきた
次第に鈴や太鼓の音が聞こえてくる
たのしそうな音……!
おまつりってどんなのなんだろ!
少年は心を躍らせていた
「なにか食べたいものはない?」
「え?えっと……とくにないよ!」
「……そう」
……おこらせちゃった?
「なら、そろそろ行きましょうか」
「行くって?」
「真ん中」
母親は少年の手をひき真ん中へと連れていく
いたいな……
母親の握る力はとても強く、少年の顔をしかめさせた
「あなたはあの真ん中にはいるの」
「はいっていいの?」
「はいっていいの」
「わかった!」
中央には藁で作られた縄が円状にはられ、その周囲には謎の石碑が置かれている
その中心には村長とその親族が誰かを囲うようにして食べ物や飲み物を持っていた
少年は躊躇いもなくその間に入っていった
すると、村長たちはその場を颯爽に離れ、縄の奥にはけてしまった
なんでどっかいっちゃうんだろ……
少年は疑問に思ったが村長たちが囲んでいた正体に目を見張った
まるで都の姫のような着物と羽衣をまとった少女はことの姿に瓜二つであったのだ
少女は口を開いた
「其方が次の蟲なのか」
「蟲……?」
少年は理解ができなかった
すると村長が
「左様でございます」
「……そう」
言い終わるのと同時に少女はドロドロに溶けた何かに姿を変えてしまった
蛇のようなハエのような、あるいは蝶のような
何にも表せない生命体は少年の方へと進む
少年は一歩も動かない
いや、動けないのかもしれない
「最後に真実を教えてやろう」
「お前は蟲だ」
「蟲は災いのもとになる だからこそ排除しなければならぬ」
「見えていたであろう 我と似た少女が」
「うん」
「お前はその時点で死ぬことが確定していたのだ」
生命体は悠々と話していく
「……怖くないのか?」
いきなりそう聞かれた
こわい……?
「こわくないよ」
「そうか……」
そう言い終わると、生命体は少年へと近づいていく
横目でみた母親は、少年を睨んでいた
よく見ると、村の人全員が少年の事を冷たい目線で見ている
そっか……ぼく、あいされてなかったんだ
ままがつよくしてくるのも、ぜんぶ
あいじゃなかったみたい
「むしははいじょ、それが“おきて“だもんね」
そう、そうだ……
ままがそう言ってたから
そう、静かに笑っていた
グシャッ
そう音をたてて少年は消えた
少年の居たところには一人の少女だけが座っていた
「……ぅ、あれ……」
「目覚めましたか?」
「……!?あんた!!」
目が覚めると、そこは先程までいた小屋の中だった
ベットに丁寧に寝かされてる……
横にある椅子には先程まで話していた紡がいる
「おかえりなさい どうでしたか?」
「どうって……いきなりされても困る!」
「それはすいません……」
紡は素直に謝ってきた
この人と一緒にいると調子を狂わされる……
それにしても、さっきのは夢だったんだよね?
あの男の子居なくなっちゃったけど……
「……ねぇ、あの男の子って……?」
気になって聞いてみると……
「……蟲って英語でバグとも言うんですよ」
「バグ……」
ゲームでいうバグは排除すべき存在
そう考えると、少年は……
……気味が悪い
どうしてそんな夢を見せたのだろう
あの時、あの最後少年は笑っていた
小学生ながら、気づいていたんだ……
「……まだ時間もありますし、次に行きましょう」
「次って…… もう嫌なんだけど」
「嫌って言われましても…… 貴方が望んでるんですよ?」
背筋が凍る感覚がした
紡の奇妙な笑みに鳥肌がする
望んでるって…… 早く帰りたいのにっ
「次は連続で見せましょう。」
「えっ……」
また視界が暗くなっていく
またっ……!?
体動かない……し
ベットの上に倒れ込む音が聞こえた




