【Shuffle:2】恋人R、戦車、法王
恋人逆位置のキーワード
弱い意志/大雑把/迷惑
戦車正位置のキーワード
即断即決で進む/ハイパワー/挑戦
法王正位置のキーワード
モラル/支援/ルール/許し/精神性/伝統
窓の外は月も星も見えない曇天闇夜。
灯りは店の窓から零れる光だけ。
ここは何処にでも繋がる場所の一方で望まれない者は辿りつけない場所。
姿は見えないがホゥと梟が鳴いた。
風がないのにカラリと人避けのドア飾りが鳴った。
この店に喚ばれた来客だ。
「悩み事は何ですカ?…ァ?」
水盆にむっちりとした我儘ボディを浸していたレレが来客に声をかけたまま固まった、正確には尻尾だけはびたぁんびたんとカウンターを叩いている。
糸目のワンが何事かと入口を見ると見るも無惨な状態の元ツヴァイ家の娘だったリィゥが号泣しながら立っていた。
髪はぐちゃぐちゃに乱れて小枝がささり服は所々破れて泥まみれなうえ片方の靴が行方不明なのか履いていなかった。
ただ、流石は商人の血を引いているのかトランクはしっかり抱えている有様だった。
あまりのインパクトに水蜜桃に齧りついていたアンズが動きを停止させ目だけワンに何かを訴えていた。
落ち着いたタイミングで聞き出すとツヴァイ家奪爵後国外追放になり王都から隣国に向かう途中で馬車が脱輪し滑落したらしい生きているのが奇跡的な状態だった。
「王都に居られないが何処を目指したら良いか分からない。」
それが彼女の困りごとだった。
「追放ぅ…された時ぃ(ズピッ)…お金持たされて無くてぇ…」
鼻を啜りながら彼女が差し出したのは道中食べるつもりで彼女が用意していた干した林檎を切り分けたものだった。
アンズはカウンターに歩み寄るとその中から小さめな物を選びレレの口に入れるとレレはパッと目を開いてくるくると飛んだ。
「その傷だらけを回復することからかしらね?」
「やル。」
リィゥの頭上でレレが小さな光を放ちながらくるくる回ると身体中の細かい擦り傷は瞬く間に消えていった。
手榴弾蜂に吹き飛ばされた四肢欠損を治せる話を聞いていたが治癒スピードが聖女に比べ速く跡が残っていなかった。
「ねぇ?その、髪切って良い?」
リィゥの髪はクモの巣や小枝が絡まり手入れに苦労しそうな状態だった。
長い髪を切ることに一瞬抵抗感があったようだがノリノリのアンズに流されるまま切る事になった。
毛先がバサバサの酷い状態を最終的にワンが調整していると床に散らばったピンクブロンドの髪をアンズが4:1くらいに目分量で分け始めた。
「どうするんですか?その髪??」
リィゥの髪を整えながら尋ねるとアンズは得意気に
「服と靴がいるでしょ。」
…と答えた。
アンズは棚から魔導書を一冊取り出すと目分量で分けた髪の山に向かい白紙のページを開いた。
「応えよ!」
アンズの声に反応し白紙だったページが光り文字が浮かび上がってきた。
浮かび上がる文字をアンズは指でなぞりながら続ける。
「紡げ…機織れ…精霊達よ…」
分けた髪が光りながら宙を舞い始める。
「繕え…飾れ…相応しく…」
小さな髪の山はフラットシューズに
大きな髪の山は一人でも着られるワンピースに変化した。
どちらも素材になったリィゥの髪色だ。
「はい、着替えはあっちの部屋ね。」
アンズが扉を指さすとリィゥは靴と服を掴んであっという間にきえてしまった。
「で、どうするつもりですか?」
リィゥが消えた扉を眺めながらワンは呟くように尋ねた。
「リィゥ元ツヴァイは馬車の事故で死んだのよ。彼女には別の人生を歩んで貰うわ。」
…ま、楽な人生じゃないけどね、とアンズは暗い森が見える窓に向かって答えた。
暗い森の奥で何かが羽ばたく音がした。
その後、着替えたリィゥはアンズが展開した転移扉をつかってアンズの古い友人がいる魔法都市に下働きとして雇われるため去って行った。
✻ ✻ ✻ ✻
ー 王都神殿内 ー
「おやおや、お呼びいただければ王宮に向かいましたのに…」
柔らかい声で大司教はセプテム殿下に臣下の礼を行なった眉毛で瞳が隠れているため表情は分かりにくい。
「別件で近くまで来ていた、気遣いは要らぬ。」
セプテムは神殿の貴賓室に設えた椅子に足を組んで腰掛けた。
「奪爵させた元ツヴァイ家の入り婿に処刑が決まってね、祈りを捧げる聖女を出してほしい。」
セプテムは組んだ手を膝上に置いた。
「ホゥ…しかし処刑なら聖女には少し刺激が強う御座いますな。神官を手配しましょう。」
困ったように眉を寄せ大司教は白い髭を撫でた。
「戦場に出れば瀕死の兵士を手当てする事もあるだろうに、処刑後の祈りは聖女では駄目なのか?」
「処刑前の懺悔も処刑後の御霊が怨霊にならぬよう祈りを捧げるのも神官の仕事で良いと陛下から許可を戴いております。」
貴賓室に差し込む光は強く本来ならば蒸し暑いはずなのに空気は重く冷たかった。
重い沈黙の後セプテムは何かを悟り深いため息をついた。
「ならば神官の手配を。日程は追って連絡する。」
「御意に御座いまする。」
セプテムが退室のため立ち上がると神殿の中庭を白い影が横切るのが見えた、もう手の届かない娘だ。
眩しいものを見るように目を細めるとセプテムは扉の向こうに消えた。
大司教はセプテムの消えた扉を見ると深く椅子に身体を沈めた。
ホゥ…
姿は見えないが梟の声がした。
「神はあの娘を生かすことを赦したようですね…ならば深入りは禁物でしょう。」
事故を装い始末し損ねたリィゥは厄介なことにあの魔法使いに助けられ異国に逃げたようだ。
それが神の思し召しならしかたあるまい。
なんとか纏めた。
次回【8】力
第一王子の婚約者は笑顔を武器に道を開く