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密約の影

 ルークの騎士団が去ってから、まだ半日ほどしか経っていない。

 俺は城壁の上で、遠くに広がる森を眺めながら考えていた。


「王国がこのまま引き下がるとは思えないな……」


 すぐ隣で、ガイルが腕を組む。


「まあ、ルーク・ヴェルナーという男は、軍人として筋を通すタイプらしいな。俺もそう聞いたことがある」


「ってことは、王国軍部はあまり無茶なことはしないってことか?」


「さあな。王国の中枢事情までは知らんが……ただ、昔から貴族派と軍部は、意見が食い違うことが多いとは聞いたことがある」


 ガイルは慎重に言葉を選びながら続けた。


「軍部は実力主義で動くらしいが、貴族派は権威や政治的な影響力を重視するって話だな」


「つまり、軍部が動いたからって、王国全体が同じ方針で動くとは限らないってことか」


「そういうことだ。俺の知る限り、王国は決して一枚岩じゃない」


 俺は小さく息をつく。

 ルークの対応を見る限り、王国軍部は「俺を敵に回すのは得策じゃない」と考えているようだった。だが、王国の"全員"がそう思っているとは限らない。

 ルークが本国で報告を上げる前に、貴族派が独自に動き出す可能性は十分にある。


「……そろそろ、何か動きがあるかもしれないな」


 その瞬間――


 ピピピピピッ!!


 拠点内に鋭い警告音が鳴り響いた。


「なんだ!?」


 俺は即座に監視室へ駆け込む。モニターに赤いアラートが点滅していた。


『外部武装集団接近 識別コード:未登録』


 モニターを拡大すると、拠点の正面から小規模な騎士団が接近しているのが映し出される。だが、その旗印は王国軍のものではない。


「……王国の軍部じゃない?」


 俺がそう呟いた瞬間、背後からガイルの声がした。


「遼、門の前に"来客"だ」


「探知センサーが反応した未登録部隊のことか?」


「ああ。旗を掲げていないが、装備や身なりから見て王国の貴族派の騎士の可能性が高い」


 俺はモニターに映る騎士団をじっと見つめる。

 ――やはり、来たか。


 ◆◆◆


 俺たちはラグナを拠点内の応接室へ案内した。ガイルは俺が用意した黒の軽装戦闘服を身にまとい、腰にはシンプルな剣を下げている。

 彼が元々着ていた王国騎士団の装備はすでに外し、拠点の武器庫に保管してある。これはガイル自身の提案だった。


「……王国の装備のままだと、貴族派の連中に気づかれて面倒なことになる」


 そう言って、彼は素直に装備を替えた。

 今のガイルは、一見すればどこにでもいる傭兵風の戦士にしか見えない。

 俺たちが席につくと、ラグナが軽く視線を横に向け、ガイルを一瞥する。


「そちらの方は?」


「ああ、こいつはガイル。"流れ者の傭兵"みたいなもんだ。俺の拠点で世話になってる」


 俺がさらりと説明すると、ガイルも軽く頷いた。


「ふむ、なるほど」


 ラグナはそれ以上は追及せず、あくまで俺との交渉に集中する。

 ガイルもまた、余計なことは言わず、ただ静かに座っていた。


「初めまして、斎藤遼殿。私はラグナ・アストリア。 アルテナ王国貴族派の代表として、お話をしに参りました」


 ラグナ・アストリア――貴族派の重鎮の一人で、軍部とは異なる王国の政治勢力の代表格。ルークとは違い、「貴族の利益」を最優先する連中の人間だ。


「なるほど。で、貴族派の代表が、俺に何の用だ?」


 俺は表情を崩さずに尋ねる。すると、ラグナは薄く笑いながら言った。


「王国は、一枚岩ではありません。ルーク殿のような"軍人"の意見もあれば、我々貴族派の考えもある」


「それで?」


「貴公の拠点は確かに強固で、王国にとっても大変な価値があるものです。 しかし、軍部のやり方では、最終的に王国と貴公の間に"摩擦"が生じるでしょう」


「……俺に貴族派と組めと言いたいのか?」


 ラグナは微笑を崩さずに頷く。


「ええ、そうです。貴公が王国の正式な貴族となり、この拠点を王国の領地として管理するのです」


 ……なるほど。

 これは、完全な"懐柔策"だ。


「つまり、俺の拠点をお前らに差し出せってことか?」


「言葉を選べば、『王国の発展に協力する』という形です」


「……お断りだな」


 俺が即答すると、ラグナは僅かに笑みを消した。


「理由を聞かせていただけますか?」


「俺は誰の支配下にも入るつもりはない。それだけだ」


「……なるほど」


 ラグナはため息をつくと、優雅な仕草で立ち上がった。


「では、今夜じっくり考えてください。我々は明朝までこの地に滞在しています」


「……どこに?」


 俺が問い返すと、ラグナは微笑を浮かべる。


「もちろん、拠点の外です。この場で許可なく野営するのは無礼にあたるかもしれませんが、貴公と交渉中の身ですので、お許しください」


 なるほど、交渉中だから"使節団"としてここに留まると言い張るつもりか。だが――


「……ガイル、どう思う?」


 ラグナたちが部屋を出た後、俺はガイルに尋ねる。


「あの貴族派の連中、"交渉"を口実に拠点のそばに陣取っているわけだが……」


「俺も気になるな」


 ガイルは低く呟く。


「もし帝国と繋がっているなら、夜のうちに何か仕掛けてくるかもしれん。少なくとも、無警戒でいるべき相手ではないな」


「だよな……でも、貴族派にとって、帝国と手を結ぶメリットってなんだ?」


 俺はモニターに映る貴族派の野営地を見つめながら考える。

 王国と帝国は敵対関係にある。普通に考えれば、王国の貴族が帝国と手を組むのは裏切り行為でしかない。


 だが――もし、王国内での権力闘争が絡んでいるとしたら?


「軍部と貴族派は元々対立しているんだろ?」


「ああ。俺が聞いた限り、軍部は王国の主戦派で、帝国との戦争継続を主張している」


 ガイルが腕を組んで続ける。


「だが、貴族派は違う。彼らは王国の財政を握っている立場だから、軍事費の増大を嫌う傾向がある。 だから、帝国と密約を結んで"早期和平"を狙う派閥が出てもおかしくはない」


「なるほど……戦争を続ける軍部を牽制するため、帝国と通じて"政治的影響力"を強めるつもりか」

 俺は画面越しに、野営地の貴族派の騎士たちを睨む。


「それに、帝国側にもメリットがあるな」


「どういうことだ?」


 ガイルが俺を見やる。


「王国と正面から戦争を続けるのは帝国にとっても負担が大きい。 だけど、貴族派が軍部を抑えてくれるなら、戦争せずに"内部から王国を崩せる"わけだ」


「……つまり、貴族派は帝国の手先になって、王国を内部から掌握しようとしているってことか」


「その可能性は高いな」


 俺は小さく息をつき、モニターを操作する。

 貴族派が帝国と通じているなら、単なる交渉では終わらない。夜のうちに、何らかの"動き"を見せるはずだ――。


「……奴ら、今夜のうちに仕掛けてくるかもしれないな」


 その瞬間――


 ピピピピピッ!!


 拠点の防衛システムが、新たな警告を発した。

 モニターには、拠点の防衛ラインを探る"影"が映し出されていた。


「……やはり、動いたか」


 ガイルも険しい顔をする。


「これはただの交渉じゃないな」


「ああ。貴族派の一部が、すでに裏で別の動きを進めている可能性がある」


 ラグナは「夜明けまでここに留まる」と言った。それが本当に"交渉のため"なのか、それとも"戦略的な意味"を持つのかは、まだ分からない。


「……迎撃準備を始めるぞ」

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