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王国の使者、拠点へ

 王国の偵察隊が去ってから、一週間が経った。

 周囲は静かだった。だが、それは決して安心できる状況ではない。


 王国がこの拠点を放置するとは思えない。ガイルの話では、偵察隊が拠点の情報を持ち帰った後、砦で報告が行われ、そこから王国本国へ正式な通知が送られる。そして、王国としての対応が決定し、そこから動き出すのに少なくとも十日はかかるという。


「王国は慎重に動くだろう。俺たちの部隊が壊滅したとはいえ、相手の実力は不明だからな」


 ガイルがそう言ったのは、偵察隊が去った翌日だった。


「まずは砦の指揮官たちが対応を決める。そして本国へ報告を上げるとなれば、文書を送るだけで数日はかかる。本国の貴族会議や軍部が協議を開き、誰を派遣するかを決定する。その後、軍を動かすとなれば……まあ、最短でも二週間はかかるはずだ」


「二週間か……」


 俺は城壁の上から遠くの森を見渡した。


「その間に準備ができるってことか」


「そういうことだ。ただし、拠点に籠るだけじゃなく、この土地をもっと知ることも重要だ」


「……確かにな」


 俺の拠点は強固だが、周辺の環境を完全に把握しているわけではない。

 王国との戦いに備えるなら、周囲の地形や資源を把握し、逃げ道や隠れ家も考えておくべきだ。


 そこで、ガイルとともに森へ狩りに出ることにした。



 翌朝、俺たちは武装を整え、拠点の裏手に広がる森へと足を踏み入れた。


 森の入り口で、俺は装備を確認する。


 手に持つのは、『P90サブマシンガン』と『グロック17』。


 P90はコンパクトで取り回しがよく、至近距離での制圧力が高い。広い平原ならスナイパーライフルも有効だが、森の中では扱いやすい武器のほうが実用的だ。


「それが、お前の武器か」


 ガイルが興味深そうに俺のP90を見つめる。


「お前の剣と、どちらが強いか試してみるか?」


 俺が冗談めかして言うと、ガイルは腰の剣に手を添え、ニヤリと笑った。


「ならば、狩りで勝負といこう」


「いいだろう。互いの戦い方を知っておくのは悪くない」


 俺たちは森の奥へと足を踏み入れた。


 森の中は、想像以上に豊かだった。

 鳥のさえずり、木々の間を駆ける小動物、そして獣の足跡――食料となる獲物には困らなさそうだ。


「まずはお手並み拝見といこうか」


 ガイルが前方の茂みを指さした。


 しばらく進むと、大きなシカが一頭、草を食んでいた。


 俺はP90を構え、静かに狙いを定める。


 バリバリッ!


 短い連射音とともに、シカがその場に崩れ落ちた。


「……なるほど」


 ガイルが目を細める。


「弓よりも即座に撃てるが、動作音が大きいな。敵に気取られる恐れはないのか?」


「そのための使い分けだ。必要なら俺も近接戦をするし、遠距離から仕留める手段もある」


 俺はP90を降ろし、シカに歩み寄る。


「さて、解体するか……」


 ナイフを取り出し、獲物の足に刃を当てた瞬間――


 パッ!


 シカの身体が光に包まれ、次の瞬間には跡形もなく消えた。


 〈シカの肉×3、獣皮×2、獣骨×1をインベントリに収納しました〉


「……おい、今のは?」


 ガイルが驚いた声を上げる。


 俺は平然を装いながら、適当な言葉を並べた。


「解体魔法だ」


「解体魔法……?」


 ガイルは眉をひそめた。


「そんな魔法、聞いたこともないぞ」


「珍しいものなんだろうさ」


 俺はさらりと流す。


 だが、ガイルはしばらく俺をじっと見つめた後、「なるほどな……」と小さく呟いた。


「お前の力は、まだまだ未知の部分が多いな」


 そう言う彼の顔は、どこか楽しげだった。



 狩りを終えた俺たちは、拠点へ戻った。


 その後も数日間、周囲の地形を把握するための探索を続けた。

 森の奥には小さな湖があり、水源として利用できることが分かった。

 また、岩場の近くには金属鉱石らしきものが転がっており、拠点の強化に役立つかもしれない。


 俺たちはこの時間を使い、できる限りの情報を収集し、次に備えることにした。


 俺は司令室でガイルと向かい合っていた。

 机の上には、この拠点にある武器や装備のリストが並んでいる。


「交渉するにしても、何か材料が必要だな……」


 俺は腕を組みながら呟く。


「王国と対等に交渉するなら、奴らにとって価値のあるものを提示しなければならん。だが、下手に強力な技術を渡せば、それこそ利用されるだけだ」


「確かにな」


 俺は手元のリストを見つめる。


 P90や監視タレットといった、拠点の最重要装備は当然渡すわけにはいかない。

 食料や資材は価値があるが、それだけでは俺たちが利用できる立場にはならない。


「武器なら、交渉材料として適しているか?」


 俺の問いに、ガイルは考え込んだ後、棚に置かれていたクロスボウを手に取った。


「これなら、交渉の材料になるかもしれん」


「クロスボウか?」


「お前の作ったこの改良型クロスボウは、王国にはない技術が使われている。まず、弓兵がほぼ訓練なしで扱えること。そして、従来の弓よりも速射性が高く、一定の距離なら連射も可能だ」


 ガイルはクロスボウを構え、引き金を引く。

 カチリと音を立て、矢がスムーズに装填される。


「なるほど……これなら、王国にとっても魅力的なはずだな」


 俺はクロスボウを改めて手に取り、作動機構を確認する。


「しかも、これなら王国がすぐに量産できるわけじゃない。製造に必要な技術や部品の詳細を伏せておけば、一方的に技術を奪われることはない」


「それも交渉次第だな」


 ガイルは頷く。


「もし王国が本気でこの技術を欲しがるなら、対等な立場で交渉せざるを得ないだろう。取引相手としての価値を示すにはちょうどいい」


「決まりだな」


 俺はクロスボウを手に取り、王国の使者との交渉に向けた準備を進めることにした。


 ――そして、十日後。


 ついに、その時が訪れた。


 ピピッ――!


 探知センサーが作動し、モニターに赤い点が複数浮かび上がった。


「来たな……」


 俺は映像を拡大する。


 王国の旗を掲げた十数名の騎士団が、拠点へ向かって進んでいた。


 モニター越しに騎士団の隊列を確認しながら、俺はガイルと顔を見合わせる。


「王国の正式な使者……か」


「どうやら、単なる交渉役ではなさそうだな」


 ガイルが低く呟く。


 映像に映る騎士たちは規律正しく行進し、軽装の兵士や従者の姿は見えない。完全に軍事行動を想定した布陣だ。

 これは「交渉」ではなく、「支配を前提とした通告」の可能性が高い。


 俺はモニターから視線を外し、P90のスリングを肩に掛けた。


「直接、様子を見に行く」


「そうだな。顔を合わせれば、向こうの出方も分かるだろう」


 ガイルも剣を腰に戻し、俺と共に城壁へ向かう。


 外へ出ると、遠くの地平線上に、騎士団の姿がはっきりと確認できた。

 俺たちはそのまま城壁の上へと登り、騎士団を見下ろした。


 騎士たちは整然と馬を進め、その中央には一際目を引く男がいた。


 銀の鎧をまとい、威厳ある佇まいで馬を駆る男。

 その態度には自信が満ちており、並みの騎士とは明らかに違う雰囲気を放っている。


「来たか……」


 城壁の上から見下ろしながら、俺はガイルに目を向けた。


「……あの銀鎧の男は誰だ?」


 ガイルは少し目を細め、その紋章を確認してから低く呟いた。


「ヴェルナー家の紋章……やはり軍部の高官か」


「ヴェルナー?」


「アルテナ王国の軍部に属する名門貴族だ。貴族派とも繋がりを持ち、王国東部の軍事を担っている」


 つまり、軍部と貴族派の間で一定の発言力を持つ人物というわけか。

 王国がここまでの人物を送り込んできたということは、それだけこの拠点を重要視している証拠でもある。


「つまり、ここでの交渉次第では、王国の方針が決まるってことか」


「その可能性は高いな」


 王国の旗を掲げた騎士団が、整然とした隊列を組みながら拠点へと接近する。

 その中央にいるのは、銀の鎧をまとった威厳ある男――ルーク・ヴェルナー。


「アルテナ王国の使者として参上した。私はルーク・ヴェルナー」


 彼は堂々とした声で名乗ると、鋭い視線をこちらに向けた。

 近くで見ると、その威圧感はさらに増していた。鍛え抜かれた体躯と、鋭い眼光。貴族というより、実戦経験を積んだ戦士の目をしている。


「貴公がこの拠点の主、斎藤遼で間違いないか?」


「そうだ」


 俺は城壁の上から見下ろしつつ、余裕を持った態度で応じる。


「さて、王国が俺に何の用だ?」


 ルークの表情が僅かに険しくなる。


「まず、貴公の身元を明らかにしてもらおう。我々は貴公の存在を知らない。それが問題だ」


「俺は斎藤遼。ただのサバイバルの専門家だ」


 ルークの眉がわずかに動いた。


「サバイバルの専門家が、これほどの要塞を築くと?」


「そういうことだ」


 俺は淡々と答える。


 しばし俺を見つめたルークは、低く鋭い声で言い放った。


「単刀直入に聞こう。この拠点を王国の管理下に置くことを認めるか?」


 その瞬間、場に張り詰めた空気が生まれる。


「断る」


 俺の即答に、騎士たちの間にわずかなざわめきが走る。

 ルークの表情も一瞬だけ険しくなったが、すぐに冷静な口調で問い返してきた。


「……理由を聞かせてもらおう」


「単純な話だ。俺は誰の指揮下にも入るつもりはないし、俺の拠点を勝手に使われるのはごめんだ」


 ルークは一度俺を見据えたが、次第に「敵対するだけの存在ではない」と判断したのか、徐々に言葉の調子を変え始める。


「……貴公にとって、王国と敵対しないことが最優先ならば、妥協点を探る余地はあるか?」


「条件次第だな」


 ルークはゆっくりと腕を組み、俺を値踏みするように見た。


「貴公が協力を拒むなら、王国は別の手段を取らざるを得ない」


「別の手段?」


「貴族会議にこの拠点の存在が報告されれば、貴公の意志とは関係なく、ここは軍事拠点として扱われることになる」


 つまり、俺が自主的に従わないなら、強硬手段に出るというわけか。


 だが――


「それは困るな」


 俺は口元に笑みを浮かべた。


「俺の拠点は簡単には落ちない。もし王国が力ずくで奪うつもりなら、それ相応の犠牲を覚悟してもらわないといけない」


「……脅しか?」


「警告だよ。俺は王国と敵対するつもりはない。ただ、俺の拠点を守る。それだけの話だ」


 ルークはしばし沈黙した。


 やがて、彼は深く息を吐く。


「……なるほど、貴公がただの傭兵や盗賊とは違うことは理解した」


 ルークの視線が変わる。

 単なる異分子ではなく、「交渉相手」として認識し始めたようだ。


「貴公にとって、王国と敵対しないことが最優先ならば、妥協点を探る余地はあるか?」


「条件次第だな」


 俺はルークを見据えた。


「この拠点を王国の管理下に置くことは認めない。ただし、互いに利益がある形ならば、取引には応じる」


「取引……?」


 ルークが眉をひそめる。


 俺は静かに言った。


「俺の技術、お前たちにとっても価値があるだろう?」


「……ふむ」


 ルークは腕を組み、しばらく沈黙していた。

 その鋭い眼差しは、俺の真意を探るようなものだった。


「……価値があるかどうか、それを判断するのは我々だ」


 やがて、彼はそう口を開いた。


「ならば、見せてもらおうか。貴公の“技術”とやらが、王国にとってどれほどのものなのかを」


「いいだろう」


 俺は静かに頷き、手元の端末を操作する。


 ブウウン――


 城壁の外側に設置された防衛設備が、一斉に起動した。


 監視用のオートタレットがわずかに回転し、赤いターゲットマーカーが騎士たちを捉える。

 仕掛けられたトラップのセンサーが作動し、地面に埋め込まれた小型の迎撃砲が一瞬だけ作動する――が、すぐに安全モードに戻る。


 ルークをはじめとする騎士たちの表情が変わった。


「……ほう」


 ルークはわずかに目を細め、興味深そうに装置の動作を観察する。


 ルークは馬を降り、俺をじっと見つめていた。


「……なるほど。確かに、貴公の拠点には王国の城塞にはない防衛機構が備わっているようだ」


 彼の視線の先には、先ほど俺が作動させた監視タレット、トラップ、迎撃砲。

 俺の持つP90にも興味を示しているのは明らかだった。


「貴公が持つ技術……それを一部、王国に提供する気はあるか?」


「その言い方は気に入らないな」


 俺は即座に言い返した。


 ルークの眉がわずかに動く。


「ほう?」


「“提供”じゃない。“取引”だ」


 俺ははっきりとした口調で続ける。


「俺はお前たちの配下でもなければ、王国の技術者でもない。この拠点も、俺自身も、王国のためにあるわけじゃない」


 ルークは俺の言葉を吟味するように静かに聞いていた。


「だが、敵に回す必要もない。むしろ、王国にとって利益がある形で話を進めることもできる」


 俺は事前に用意していたクロスボウを城壁の下へと投げた。


 ルークはそれを拾い上げ、じっくりと観察する。


「……これは?」


「王国の弓兵でも扱える改良型のクロスボウだ。訓練なしで誰でも使え、速射性も高い。お前たちにとっても価値があるはずだ」


 ルークは興味深そうにクロスボウを構え、引き金を軽く引いた。

 カチリと音を立て、矢が装填される機構に気づくと、彼はわずかに口元を引き締めた。


「つまり、これが“取引”のサンプルというわけか」


「そういうことだ」


 俺は腕を組み、ルークを見据えた。


「俺はこの拠点を守るためにここにいる。そして、王国と無意味に争うつもりはない。だが、一方的に従うつもりもない」


 ルークはしばし沈黙し、やがて低く笑った。


「なるほどな……」

 

 ルークは俺の手元のクロスボウをじっと見つめた後、ふと視線を横に向けた。


「なるほどな……」


 ルークは俺の手元のクロスボウをじっと見つめた後、ふと視線を横に向けた。


「……そちらの騎士」


 その鋭い声に、ガイルがわずかに背筋を正す。


「貴様は王国の者のようだな。名を聞こう」


 ガイルは一拍置いてから、恭しく胸に拳を当てた。


「ガイル・シュトローム、アルテナ王国第三砦所属、王国騎士としての誇りを持つ者です」


「……王国騎士、か」


 ルークの視線がわずかに鋭くなる。


「ならば、なぜ今ここにいる?」


「理由は単純です」


 ガイルは静かに、しかしはっきりとした声で答えた。


「私は王国に仕える身ではありますが、同時に“無知であってはならない”とも考えております。何も知らぬまま帰還し、誤った報告を上げることこそ、王国にとって最も危険なことではありませんか?」


 ルークは眉をわずかに上げた。


「……どういう意味だ?」


「私はこの拠点の防御力、技術の水準、そして斎藤殿の戦略を直接目にしました。そして確信しました。王国が軽々しく敵に回すべき相手ではないと」


 ルークの表情が険しくなる。


「貴様、その言葉は王国に対する忠誠を疑われかねんぞ?」


「断じてそのような意図はございません」


 ガイルはすぐに否定し、さらに言葉を続ける。


「むしろ、私は王国の未来を憂えているのです。もし王国がこの拠点の力を正しく認識せず、浅慮な決断を下せば、それこそ王国全体の損失となるやもしれません」


「……なるほど」


 ルークはしばらくガイルを見つめていたが、やがて小さく鼻を鳴らした。


「副隊長程度の者にしては、なかなか冷静な判断をしているようだな」


 ガイルは恭しく頭を下げる。


「お言葉、痛み入ります。しかし、だからこそ私はここに留まり、慎重に見極める必要があると判断しました」


 ルークは再び俺の方を向き、冷静な口調で言った。


「……貴公の技術の一端は確かに見せてもらった。だが、それだけでは判断は下せん」


「当然だろうな」


 俺は頷く。


 ルークは最後にこう言い残した。


「今回の件は貴族会議に持ち帰り、王国の上層部で協議されることになる。その結果次第では、正式な交渉、あるいは別の選択肢が取られる可能性もある」


「どんな選択肢だ?」


「……場合によっては、王国軍が本格的に動くことになる」


「それはお前たちの判断だ」


 俺は静かに言い返す。


「俺はすでに立場を示した。俺たちは対等な立場で交渉する取引相手だ。それをどう扱うかは、王国の選択次第だな」


 ルークは目を細め、俺をじっと見つめる。


「貴公の考えは理解した。あとは王国の決定を待つとしよう」


 そう言うと、彼は騎士団に撤退の指示を出した。


 王国の正式な判断が下るまでは、まだ時間がある。

 だが、俺の拠点は王国の本格的な議題として扱われることになった――。


 俺は、これからの防衛強化と、新たな戦略を練ることを決めた。


 王国との交渉は、まだ始まったばかりだ。

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