王国の偵察隊
拠点が異世界に転移して数日が経った。
ガイルを助けた翌日、彼の傷は驚異的なスピードで回復し、簡単な訓練ができるまでになっていた。『Dead Horizon』の医療キットが現実でどれほどの効果を持つのかは未知数だったが、この世界の人間にとっては“異常”とも言える治癒速度らしい。
「……これなら、砦に戻れるな」
ガイルはポツリと呟く。
「俺の部隊が戻らないとなれば、砦の指揮官たちはまず偵察隊を派遣するだろう。もし俺が戻れば、彼らに事情を説明できる」
「お前が戻って、王国はどう動く?」
俺の問いに、ガイルは表情を曇らせる。
「正直、分からん……俺の証言次第では、王国はこの拠点を脅威と見なすかもしれないし、逆に利用しようと考えるかもしれない」
つまり、ガイルが戻ったところで、拠点にとって有利な結果になるとは限らない。
俺は腕を組み、じっとガイルを見つめた。
「なら、お前はどうしたい?」
ガイルはしばらく考えた後、低く呟いた。
「……ここに残るのもアリかもしれんな」
「ほう?」
俺は少し意外だった。
「王国のやり方に不信感があるのか?」
「……あの魔物の群れが異常だったのは間違いない。だが、それに対する王国の対応は鈍すぎる。それに……」
ガイルは、ふと拠点の奥を見渡した。
「お前のこの砦、少し見せてもらってもいいか?」
◆
俺はガイルを連れて拠点の内部を案内することにした。
巨大な門をくぐり、堅牢な城壁の内側に足を踏み入れる。
「……まず、ここの防御線の作り方が異常だな」
ガイルは、外門と内門の間にある細長い通路を眺め、唸るように言った。
「敵が侵入した場合、この狭い通路に閉じ込められる。しかも、上から弓や投石、油を注げる構造……いや、それだけじゃないな」
彼の視線は、壁際に設置されたスパイクトラップに向かう。
「通路の両端に罠が仕掛けられている。ここを突破するには、数倍の兵力が必要になるな」
「よく気づいたな」
「騎士として何度も砦戦を経験しているからな。だが、これほど徹底した防御設備を持つ砦は、俺が知る限り王国内にはない」
俺は黙って歩を進める。
次に向かったのは、物資庫だ。
俺がドアを開けると、ガイルは目を見開いた。
「……これが、お前の蓄えか?」
「まあな」
中には、木箱や樽が整然と並び、武器、防具、保存食、医療品がぎっしりと収納されている。
「食糧が異常に整っているな。戦時下の砦でも、ここまで備蓄が徹底されていることは稀だ」
「長期戦を想定してるからな」
「なるほど……」
ガイルは棚に置かれた一つの武器を手に取った。
「これは……?」
彼が手に取ったのは、ゲーム内で使っていた量産型のクロスボウだった。
「弓のようだが、形が違うな。何だこれは?」
「クロスボウってやつだ。引き金を引けば矢が飛ぶ。普通の弓よりも簡単に扱えるし、命中精度も高い」
「ほう……」
ガイルは興味深げにクロスボウを持ち上げ、試しに引き金を引いた。
ガチンッ――
矢が発射され、部屋の端に置かれた木製の標的に突き刺さる。
「おお……!」
ガイルは驚きの表情を浮かべた。
「これはすごいな。弓のように力を込める必要がないのか?」
「ああ。初心者でもそこそこの威力が出せる。ただし、弾速や連射性では普通の弓には劣る」
「……なるほど」
ガイルは何かを考えるように、クロスボウをじっと見つめた。
「この武器……」
彼は慎重に矢を抜き取りながら、ふと視線を上げる。
「お前の持つ技術、そしてこの砦の備え……どこか“異質”だが、確かに理にかなっている。お前は、一体何者なんだ?」
その問いに答えようとした――その時だった。
ピピッ――!
拠点内に小さく警告音が響いた。
俺は即座に察し、ガイルへと視線を向ける。
「……こっちへ来い。司令塔で確認する」
◆
司令塔に到着すると、中央のモニターに赤い警戒アイコンが表示されていた。
『外部侵入者検知 識別コード:未登録武装集団』
探知システムは、拠点周辺に張り巡らせたセンサーノードによって動体の速度・重量・装備の有無を判断する仕組みだ。野生動物や風で動く枝葉には反応せず、一定以上の武装を持つ集団の接近を捉えると自動的にアラートを発するよう設定されている。
俺はすぐにモニターの映像を拡大する。
「……王国の騎士団らしき一団が、森の入り口で接近中」
映し出されたのは、森の影に身を潜めながら進む十名ほどの騎士たち。彼らは馬を降り、慎重に地形を確認しつつ拠点の方角へと進んでいる。
「完全に戦闘モードだな……」
隣でガイルが低く呟いた。
俺は腕を組み、しばらくモニターを見つめる。
「モニターの映像だけじゃ細かい動きまでは分からないな。双眼鏡を持って監視塔へ向かうぞ」
ガイルと共に監視塔へ移動し、双眼鏡を構える。
遠くの森の影に、騎士たちの姿がはっきりと確認できた。彼らは身を低くしながら、慎重にこちらへと歩みを進めている。
「ようやく視認できる距離まで近づいたな……」
俺は城壁の上に移動し、大きく息を吸い込んでから声を張った。
「そこにいるのは王国騎士団か?」
森の中にいた騎士たちは、一瞬だけ動きを止めた。
その後、前に進み出たのは、三十代前後の髭面の男だった。
「……私はランド。アルテナ王国第八騎士隊の副隊長だ」
彼は慎重な目で俺を見つめる。
「貴殿は何者だ? ここにあるこの要塞……一体どういうものだ?」
「俺の拠点だ。それ以上でも、それ以下でもない」
俺は淡々と答える。
「ここは王国の領土内にある。勝手に築かれた城塞など、黙って見過ごすわけにはいかん」
「……なるほどな」
ランドは険しい表情で俺を睨んだが、すぐにガイルの姿を確認すると、その表情が驚きに変わった。
「ガイル副隊長!?」
「久しぶりだな、ランド。俺は生きてる」
ガイルは一歩前に出る。
「俺たちは魔物に襲われた。仲間のほとんどは犠牲になった。だが、俺は運良くこの拠点の主に助けられた」
ガイルは俺の方を見やる。
「この男が、俺の命の恩人だ」
ランドは俺を睨みつけたまま、しばらく沈黙した。
やがて、彼は深く息を吐く。
「……一旦、引き上げる」
「賢明な判断だな」
俺は静かに頷いた。
ランドは険しい顔をしながらも、手を挙げて騎士団に撤退を指示した。
◆
「……しばらくしたら、正式な使者が来るな」
俺は仲間たちに指示を出し、王国の本格的な動きに備え始めた。
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