戦乱の大地と拠点の価値
「……まずは確認させてくれ」
沈黙が支配する室内。
部屋の片隅に置かれたランタンが、ほのかに揺れる光を放っている。
ガイルは椅子に腰を下ろすと、静かに俺を見つめた。
その視線には、警戒と探るような鋭さがある。
「お前はいったい、どこの所属なんだ?」
単刀直入な問いだった。
当然の疑問だろう。
王国の騎士であるガイルから見れば、この異様に整った要塞が「どこの勢力にも属していない」というほうが不自然なはずだ。
だが――
「……どこにも属していない」
俺は短く答えた。
「王国軍か?」
「違う」
「帝国軍……ではないよな?」
「もちろん違う」
ガイルは眉をひそめる。
「ならば、貴族派か、それともどこかの傭兵団……?」
「どれでもないさ」
俺は椅子の背に寄りかかり、肩をすくめる。
「ただの……サバイバルの専門家だ」
「……サバイバル?」
ガイルは怪訝そうに俺を見たが、それ以上は追及しなかった。
「……まあいい」
そう言うと、ガイルは軽く息を吐く。
「……お前に借りがあるからな」
俺は眉をひそめる。
「借り?」
「俺はお前に助けられた。あのままなら、確実に死んでいた」
ガイルは苦笑しながら、自分の肩をさする。
「この拠点がどこにも属していないというなら、余計に重要な話がある」
俺は少しだけ眉を上げる。
「……この世界の情勢を知っておいたほうがいい」
ガイルはそう切り出し、地図を広げた。
「この世界の情勢?」
「そうだ。お前の拠点がここに存在する以上、遅かれ早かれ、王国と帝国のどちらかが動くことになる」
ガイルの言葉に、俺は眉をひそめる。
「……やっぱり、この拠点が問題になるのか?」
「当然だ。こんな堅牢な要塞、俺は見たことがない。いや、王国の誰も知らないはずだ」
ガイルは窓の外にそびえ立つ拠点の壁を見上げながら言った。
「俺たちが駐屯していた砦よりも、遥かに強固だ。防御壁の作り、罠の配置、要塞化された設備……これだけのものを、一個人が作れるとは到底信じられない」
……まあ、『Dead Horizon』の世界で作り込んだ要塞だからな。この世界の人間が驚くのも当然か。
「とにかく、お前の拠点の価値は計り知れない。戦争の最前線にあるわけではないが、戦略的に見て王国と帝国の境界に近い。だからこそ、いずれ両陣営の目に留まることになる」
「……王国と帝国の関係って、今どうなってるんだ?」
ガイルはゆっくりと話し始めた。
「俺が仕えていた『アルテナ王国』は、北の『ヴァルク帝国』と長年対立している」
「長年?」
「ああ、もう数十年単位で小競り合いが続いている。かつては同じ大陸にあった小国が統一され、二つの大国になった……それが今の王国と帝国だ」
ガイルは地図を広げ、指で示す。
俺の拠点があるのは、王国と帝国の間に広がる「大森林地帯」のやや王国側の端。
「この大森林が、王国と帝国の自然の境界になっている。帝国が直接進軍するには、この広大な森を抜けるしかない。逆に、王国が帝国へ攻め込む際も同様だ」
「なるほど、重要な地形ってわけか」
「そうだ。そして……」
ガイルは俺の拠点を指さす。
「この拠点は、その大森林の王国側の端に位置している。つまり、帝国が攻め込む際の“橋頭堡”にもなるし、王国が防衛する拠点としても最適なんだ」
……なるほどな。
戦略的に見れば、ここは王国にとっても帝国にとっても「欲しい拠点」だ。
そんな場所に、俺のゲームで作った最強の城塞が突如現れたんだから……どちらの陣営も、これを見逃すはずがない。
「この拠点を巡って、どちらかが動くのは時間の問題……ってわけか」
「その通りだ。王国の貴族や軍人たちは、戦争で功績を得るために“強力な拠点”や“戦闘技術”を求めて争っている。お前の拠点はまさに、それを満たしている」
ガイルは静かに言った。
「正直に言えば、今この拠点の存在を報告すれば、俺は間違いなく“出世”できる。王国にとっても、帝国に対抗するための最高の拠点になるからな」
俺はじっとガイルを見つめる。
「……密告するのか?」
「しない」
即答だった。
「……意外だな」
「いや、当然だ。お前は俺を助けてくれた。それに、王国の貴族たちは信用ならない。どのみち、いずれ王国の軍部はこの拠点の存在を知ることになる。だが、俺が今ここでそれを暴露するつもりはない」
俺はガイルの誠実な態度に、少しだけ警戒を解いた。
「だが、気をつけろ」
ガイルは真剣な顔で言う。
「いくら俺が密告しなくても、時間が経てばいずれ王国も帝国もこの拠点の存在を察知するだろう。兵士や商人、果ては密偵の類がこの地を通るたびに、“異様な要塞がある”と噂になる」
「つまり……」
「お前がこのまま何もせずにいれば、王国か帝国のどちらかが“勝手に拠点を奪いにくる”ってことだ」
俺は目を細める。
「……なるほどな」
俺は改めて、拠点の地図を見下ろした。
王国と帝国の境界に広がる大森林の端に、俺の拠点はある。
ここはまさに戦争の火種となる場所だ。
「つまり、何もしなければ王国か帝国に見つかり、奪われるってわけか」
「そういうことだ」
ガイルが頷く。
「……助かった」
俺はそう言って、椅子から立ち上がった。
「お前はもう休め。まだ体も完全には治ってないだろ」
「……そうだな。すまない、世話になる」
俺は軽く手を動かし、インベントリから食事を取り出す。
ポンッ――という軽い音と共に、干し肉と黒パン、それに水の入った革袋がテーブルの上に並んだ。
「今はこれしかないが、好きに食ってくれ」
「……また、当然のように使うんだな」
ガイルが苦笑混じりに呟く。
「何が?」
「収納魔法だ。先ほどもそうだったが、お前は全く躊躇いなく使う。まるで、手を伸ばせばそこに物があるのが当然のように」
「まあ、使えるものは使うさ」
俺は適当に流しながら、椅子の背にもたれる。
ガイルは俺の言葉を聞いても納得しきれない様子だったが、それ以上は追及しなかった。
「……それにしても」
ガイルはテーブルに置かれた食事には手をつけず、ゆっくりと視線を巡らせる。
「この要塞もそうだが……お前は本当に、何者なんだ?」
「またそれか」
「当然だろう。収納魔法を自在に扱う戦士など、そうそういるものじゃない。ましてや――」
ガイルの視線が、壁にかかった拠点の設計図に移る。
「こんな砦を築くような奴はな」
「……」
俺は返答をせず、無言でガイルの言葉を受け流した。
「……まあいい。これ以上は聞くまい」
ガイルは水袋を手に取り、一口飲む。
「十分だ。ありがたい」
俺はそのまま、部屋の扉を開け、ガイルを寝室へと案内する。
「ここを使え。今は他に空いてる部屋もあるが、一番使いやすいはずだ」
「……すまないな。本来なら俺が何かを提供するべき立場なのだが……」
「借りがあるんだろ? なら、気にするな」
ガイルは少しだけ目を伏せたが、それ以上は何も言わずに部屋へ入った。
俺は静かに扉を閉め、深く息をつく。
「……さて」
まだ寝る気にはなれない。
今後の動きを整理するために、まずは拠点の装備を確認しておくか。
拠点の奥にある収納庫に向かう。
『Dead Horizon』のゲーム内では、物資の管理を行うための専用ルームだった。
そして、異世界に転移した今も、それはそのまま存在している。
「……すげぇな」
棚やコンテナに収められた武器や弾薬、防具、食料、罠の素材。
すべて、俺がゲーム内で集めたものだ。
俺は片手で収納ボックスを開き、中身を確認していく。
並んでいるのは、数十丁の銃器、何千発もの弾薬、防弾装備一式。
クレイモア地雷は数十個単位であり、スパイクトラップや鉄条網は砦の周囲を何重に囲めるほどの量がある。
食料に関しても、缶詰や乾燥パスタ、米などが数ヶ月分は余裕である。
さらに、修理用の工具や素材も潤沢に揃っている。
「……十分すぎるな」
これだけあれば、数十人規模の軍隊が数ヶ月は戦えるだろう。
いや、罠や迎撃システムを駆使すれば、もっと少人数でも長期間戦える拠点防衛が可能だ。
俺は手に取ったアサルトライフルを眺めながら、静かに呟く。
「これが“ゲーム”で集めた物資だってんだから、笑える話だな……」
物資の充実度を確認しながら、俺はガイルの言葉を思い出す。
『王国や帝国のどちらかが、いずれ拠点を狙う』
これは避けられない未来だ。
そして、それを防ぐためには――
「……俺が先に動くしかない」
このままじっとしていても、敵の手が伸びてくるだけだ。
なら、俺が主導権を握るために、先手を打つべきだろう。
「何が必要か……整理するか」
俺は収納庫の壁に貼られた作戦ボードを見つめながら、今後の方針をまとめる。
①拠点周囲の偵察
外の様子を確認し、敵の接近リスクを測る
罠や防衛ラインを強化する
②王国・帝国の情報収集
どちらの勢力が先に動く可能性が高いのか?
商人との接触ルートを探す(取引の可能性)
③物資の管理と補強
銃弾や罠の消耗に備え、補給手段を考える
必要な設備をクラフトで追加する
④いずれ交渉の場に立つことを想定
貴族・軍人との駆け引きに備え、交渉カードを増やす
拠点を奪われないための“取引”を考える
俺はゆっくりと息を吐く。
「……やることは、山積みだな」
だが、これで方針は決まった。
俺は最後にアーマーを確認し、「明日、まずは拠点の偵察から始める」 と決めた。
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