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拠点への帰還と異世界の実感

 ガイルを支えながら、俺は自分の拠点へと向かっていた。


 広がる草原の中にそびえ立つ城塞。レンガと鋼鉄で築かれた高い城壁、見張り塔、そして巨大な門。まさに俺がゲーム『Dead Horizon』で作り上げた、最強の拠点そのものだった。


 先ほども遠目には見えていたはずだが、こうして近づくにつれ、その圧倒的な存在感が際立っていく。


「……やはり、とんでもない規模だな」


 ガイルが低く感嘆の声を漏らす。


「まあな。こだわって作ったからな」

 だが、俺自身もまだ完全には信じきれていない。


 異世界に飛ばされた。それだけでも非現実的すぎるのに、俺の拠点まで一緒に来ている。しかも、俺の体はゲームと同じように武器を扱え、インベントリまで存在する。


 これは本当に現実なのか? それとも、まだゲームの中なのか?


「……試すか」


 俺は立ち止まり、周囲を警戒しながらインベントリを開いた。


 視界の隅に浮かぶアイコンを操作し、試しに木材を取り出してみる。


 ポンッ


 手元に、ゲームで使っていた木材が現れた。質感も重さも本物そっくりだ。


「……マジかよ」


 さらに試しに、拠点の壁に木材を設置してみる。ゲーム内と同じ感覚で操作すると、木材は違和感なく壁の補強材としてはめ込まれた。


 設置された木材をまじまじと見つめる。まるでゲームの世界と同じ感覚で動かせることに、驚きを隠せなかった。


「……はは、やっぱりゲームの仕様が反映されてるのか?」


 俺は一人ごちる。だが、そこでふと我に返る。


 ガイルに見られたらマズいかもしれない。突然物が出現するなんて、普通の世界じゃありえない。慎重に行動するべきだったか?


 そう思い、周囲を見渡してみる。


 ――が、すでに遅かった。


「……お前、今のは何をした?」


 背後から低い声が聞こえる。振り返ると、ガイルが俺の手元と設置された木材を交互に見比べていた。


「……いや、ちょっと試したかっただけだ」


 動揺を隠しつつ、俺はできるだけ冷静に答えた。


 すると、ガイルは納得したように頷いた。


「なるほど、お前も【収納魔法】を使えるのか」


「……収納魔法?」


 俺が聞き返すと、ガイルは特に驚く様子もなく続けた。


「魔力を持つ者なら、小物程度なら空間に収納する術を使える。ただ、お前のようにあのサイズの木材を即座に取り出し、さらに正確に設置できるほどの精度を持つ者はほとんどいないがな」


 ――なるほど。この世界には、インベントリに似た魔法が存在するのか。


 なら、俺が突然木材を出したことも、そこまで異常なことではない……のか?


「まあな。ちょっと特殊な訓練をしてたんでね」


 適当に誤魔化しながら、俺は再び設置した木材を見やる。


 ガイルはしばらく俺を観察していたが、特に追及することもなく「なるほど」とだけ呟いた。


「どうした?」


「いや、ちょっと確認したかっただけだ」


 考えすぎても仕方がない。現実だろうがゲームだろうが、目の前にあるものがすべてだ。


 俺は頭を切り替え、拠点の門を開いた。


 ガシャァァァン――


 重厚な鉄の扉が開き、俺たちは拠点の中へと足を踏み入れる。


 ◆


「これは……本当に個人の拠点なのか?」


 ガイルが驚愕の表情を浮かべながら、辺りを見渡す。


 拠点の巨大な門をくぐると、まず広がるのは頑丈な石造りの玄関ホールだった。高い天井に設置された無骨なシャンデリア、壁に並ぶたいまつの炎が空間を照らし出す。


 入り口から奥へと続く分厚い鉄扉や、天井近くに設置された見張り窓、さらには不審者の侵入を防ぐための落とし格子が備え付けられている。


 無造作に積まれた木箱や補給用の樽、壁際に立てかけられた予備の武器類が、ここがただの住居ではなく、実戦を想定した拠点であることを物語っていた。


「……これは、城と呼んでも差し支えないな」


 ガイルが感嘆の声を漏らす。


 「まあ、俺は拠点作りに命をかけてたからな」


 俺はそう言いながら、自分の部屋にガイルを案内した。


 部屋は広すぎず狭すぎず、実用性を重視したつくりになっている。ベッドは簡素に見えても、耐久性の高いフレームに厚めのマットレスを敷き、しっかりと体を休められるよう設計されていた。


 壁には大きなマップが掛けられ、横の棚には拠点の防衛計画や資源管理の記録をまとめた書類が並んでいる。部屋の片隅には応急用の武器ラックがあり、緊急時にはすぐに対応できるようになっていた。


 リラックスのための工夫もある。机の上には最低限のランタンと湯飲みが置かれ、簡易ながらも座り心地のいい椅子が設置されている。疲れた体を休めながら、次の戦略を練るのに最適な空間だ。


 ガイルを支えながら、俺は部屋の椅子へと案内した。


 だが、その前に確認すべきことがある。


 ――こいつは、剣の扱いに長けた戦士だ。


 今は負傷しているとはいえ、俺よりも格闘戦の経験は確実に上だろう。もしこの場で暴れられたら、素手では対処できない。


 そう考えた俺は、さりげなく腰のホルスターに触れ、グロックの状態を確かめた。


 安全装置は解除済み。スライドを軽く押し、装填が完了していることを確認する。


 ――よし、いつでも抜ける。


 不必要に敵意を見せるつもりはないが、油断は禁物だ。俺は極力自然な動作でホルスターから手を離し、何事もなかったように口を開いた。


「そのまま座る前に、お前の装備を外せ。怪我の状態をちゃんと見たい」


 ガイルは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに納得したように頷いた。


「……分かった」


 ガチャリ、と金属が擦れる音がする。


 ガイルは手際よく腰の剣を外し、ベルトごと床に置いた。さらに、肩の鎧や腕の籠手も外していく。最後に胸当てを外すと、擦れた布のシャツが露わになった。


 ――こうして改めて見ると、こいつ、相当鍛えられてるな。


 ガイルの体は、無駄な脂肪のない戦士の肉体だった。肩幅が広く、腕の筋肉は張り詰めたロープのようにしなやかだ。胸板も厚く、長年の鍛錬が刻まれた体つきをしている。


 さらに目を引いたのは、無数の古傷だった。肩や腕には切り傷や刺し傷の跡が点々と残っている。戦場を生き抜いてきた証だろう。


「どうした? そんなに珍しいものでもあるまい」


 ガイルが不思議そうにこちらを見る。


「いや、ちょっと確認したかっただけだ」


 俺は誤魔化しつつ、改めて彼の傷を診る。


「さて、傷の具合を見せてくれ」


 俺はガイルの肩の傷に手を伸ばし、慎重に確認した。


 ――驚いた。


 さっきまで深く裂けていた傷口が、もう塞がりかけている。完全に癒えたわけではないが、普通なら数日はかかるはずの回復が、たった数十分で進行している。


 俺が使ったのは、『Dead Horizon』の医療キット。ゲームでは「使用すると一定時間で体力が回復する」という効果だったが、現実でもまさかここまでの治癒能力があるとは……。


「……おい、これはどういうことだ?」


 ガイルが、信じられないといった様子で自分の肩を触った。


「俺の傷、さっきまでは深かったはずだ。なのに、もう痛みすらほとんどない……」


 その瞳には驚きと、何より強い尊敬の色が宿っていた。


「お前……とんでもない治癒魔法の使い手なんじゃないのか?」


 ――そう来たか。


 俺は一瞬、どう答えるべきか迷った。


 確かに、ガイルから見れば、俺は「触れただけで驚異的な回復を促す謎の術」を持つ存在に見えたんだろう。


 だが、俺には魔法なんて使えない。これはあくまで、ゲームのアイテムの効果だ。


 (ここで否定するべきか? いや、今は下手に突っ込まれたくない……)


 俺は肩をすくめ、適当に誤魔化すことにした。


「まあな。ちょっと特殊な訓練をしてたんでね」


「……なるほど」


 ガイルは納得したように頷き、改めて深々と頭を下げた。


「本当に感謝する。お前がいなければ、俺は確実に死んでいた」


 その言葉には、心の底からの敬意が込められていた。


 ――俺は異世界(かもしれない世界)に来たばかりで、何も分からない。


 けど、少なくとも、この男は俺を助けてくれた存在として見ているらしい。


 なら、それを利用しない手はない。


 俺は再びガイルに向き直り、質問を投げかけた。


「……落ち着いたか?」


「ああ、すまない。助かった」


 ガイルは深く息を吐きながら答えた。


 ここで、俺は改めて考える。


 ――今、俺はどこにいる?


 目の前の男は「騎士団」を名乗り、剣を使って戦っていた。そして、俺たちを襲ったのは巨大な狼。


 だが、俺がプレイしていた**『Dead Horizon』に、あんな魔物は存在しなかった。**


 『Dead Horizon』はゾンビと生存者が争うポストアポカリプスのゲームだ。狼が出るならせいぜい狂犬病に感染した野生動物で、2メートル級のモンスターなんて聞いたことがない。


 じゃあ、あれは一体何だった?


 ――いや、それどころか、この拠点ごと異世界に来たというのか?


 ……いやいや、そんな馬鹿な話があるか。


 俺は頭を振る。いくらなんでも、「異世界に飛ばされた」なんて結論にはすぐに至れない。


 ――なら、考えられる可能性は?


 たとえば、ゲームの新モードに放り込まれた? あるいは、バグで違う世界線に飛ばされた?


 考えても答えは出ない。


 だから、まずはこの世界の状況を知る必要がある。


「……なあ、お前は今どういう状況なんだ?」


「どういう……?」


「お前たちは何の目的で、あんな狼のいる場所にいたんだ?」


 ガイルは少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「俺たちは、この付近の異常を調査するために派遣されたんだ」


「異常?」


「ああ。ここ最近、この辺りの魔物が活性化していてな。本来なら人里に降りてこないような魔物が、次々と現れるようになっている」


 俺はその言葉に引っかかった。


「待て、魔物って……お前、さっきの狼を見慣れてるのか?」


「いや、あれほど巨大な個体は滅多にいない。だが、この世界にはあれより恐ろしい魔物もいる」


 さらっと言われたが、俺にとっては衝撃的な情報だった。


 ――つまり、ここは普通に「魔物」が存在する世界なのか?


 なら、俺がやっていた『Dead Horizon』の世界じゃない?


 ゲームにはなかったモンスター、騎士団、魔法らしき力……。


「……ファンタジー世界に飛ばされた、ってことか?」


 自然とそんな言葉が漏れた。


 いや、違う。まだ断定するには早い。


 もしかしたら、これは俺が知らなかった『Dead Horizon』の追加コンテンツかもしれない。あるいは、特殊なゲームモードに突入しただけかもしれない。


 俺は無意識に拳を握る。


 ――だが、もし本当にゲームの外にいるとしたら?


 考えただけで、背筋が冷たくなった。


 ……いや、まだ決めつけるな。まずは情報を集めよう。


「……もう少し詳しく聞かせてくれ」


 俺はガイルに向き直り、この世界のことを知るために話を続けることにした。

お読みいただきありがとうございます!


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