助けた男の正体
狼の死骸を見下ろしながら、俺は荒い息をついた。心臓がまだバクバクと騒ぎ続けている。
――これは、現実なのか?
俺は確かに銃を撃った。そして、確かに狼を仕留めた。だが、それ以上に異常なのは、自分がほとんど動じていないことだった。
「……俺、こんなに冷静でいいのか?」
初めての実戦、初めての命のやり取り。普通なら手が震えてもおかしくない。なのに、俺の手はピタリと安定している。それどころか、銃のリロードすら手慣れた動作で済ませてしまった。
――ゲームの経験が反映されている?
そんな思考が頭をよぎるが、今はそれを考えている場合じゃない。
「おい、大丈夫か?」
俺は、倒れている男に駆け寄った。鎧はところどころ破損し、肩や腕から血が流れている。顔色も悪く、今にも意識を失いそうだ。
「……あんたは……誰だ……?」
男は苦しそうに呟きながら、俺を見上げた。その目には、驚きと警戒が混ざっている。
「名乗る前に、まず応急処置だな」
俺はインベントリを開き、医療キットを取り出した。『Dead Horizon』では、プレイヤーが負傷した際に使う回復アイテムだが、これがこの世界でどう作用するのかは分からない。
――試すしかない。
俺は慎重に、男の腕の傷口に消毒液をかけ、止血剤を塗る。すると、男の顔に一瞬苦痛の色が浮かんだが、次の瞬間、傷口がじわじわと塞がっていくのが見えた。
「……魔法か?」
男が驚きの声を漏らす。
「いや、俺の世界の技術だ」
そう答えながらも、俺自身も驚いていた。ゲームのアイテムが、実際に効果を発揮している。これはつまり、俺が持ち込んだ他のアイテムも使えるということだ。
「おい、動けるか?」
「……何とか」
男はゆっくりと体を起こし、息を整えた。そして、改めて俺の方を見据える。
「助けてもらった礼を言う。俺はガイル。王国騎士団の副隊長だ」
「騎士団……?」
俺は思わず眉をひそめた。
――騎士団がいるということは、この世界には国や組織が存在するのか?
日本にも騎士団なんてものはないし、ゲームのファンタジー設定ならともかく、現実でこう名乗る以上、それなりの規模を持つ勢力の一員ということだろう。
だとすると、この世界には他にも様々な勢力があるはずだ。下手に関われば、面倒なことになりかねない。慎重に動くべきだな。
「それより、あんたは何者だ? その武器……見たことがない形だが、驚くほどの威力だった」
ガイルの視線が俺のグロック17に注がれる。
「……俺の名前は斎藤遼。ただの……サバイバルの専門家だ」
「サバイバル……?」
ガイルは訝しげな表情を浮かべたが、それ以上は追及しなかった。
「それより、あんたたちは何でこんな場所に? こんなでかい狼に襲われるなんて、よっぽどの理由があったんじゃないのか?」
俺が尋ねると、ガイルは険しい表情になった。
「……王国の命令で、この付近を調査していた。最近、この辺りで“異変”が起きていると報告があったんだ」
「異変?」
「魔物の活性化だ。以前はこの辺りにこれほど凶暴な魔物はいなかった。それが最近になって、急に強力な魔物が現れ始めたんだ」
――なるほど。
となると、この異変が俺の転移と関係している可能性もあるかもしれない。
「……それで、どうする? まだ動けるか?」
「……正直、もうまともに戦えそうにないが……」
ガイルは悔しそうに顔を歪めた。
「俺たちの拠点は、ここから北へしばらく行ったところにある。だが、今の状態じゃ一人で戻るのは厳しい」
「なら、俺の拠点に来るか?」
俺はそう提案した。
ガイルは目を丸くし、俺の背後を見やる。そこには、堂々とそびえ立つ俺の要塞――『Dead Horizon』で築き上げた最強の拠点があった。
「……あれが、お前の拠点なのか?」
「ああ、そうだ」
ガイルはしばらく沈黙したあと、驚嘆の表情で呟いた。
「……すごいな。まるで要塞だ」
「要塞以上のものだ。俺の全てを詰め込んだ、最強の拠点だからな」
そう言いながら、俺はガイルを支え、ゆっくりと拠点へ向かった。
この異世界で、生き抜くために。
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