世界の果てに城は立つ
目を覚ました瞬間、違和感に気づいた。
――空が広すぎる。
仰向けになったまま、俺は見上げる。青く透き通る空。その隅に、違和感の正体を見つけた。雲一つない空の下、ありえないほど大きな二つの月が浮かんでいる。
「……は?」
夢だろうか。もしくは、何かのドッキリか? いや、そもそも俺はベッドで寝ていたはずだ。なのに、今は硬い地面の上に転がっている。草の匂いが鼻をくすぐり、風が頬を撫でる。あまりにもリアルすぎる。
上半身を起こし、周囲を見渡す。草原がどこまでも広がり、遠くには深い森、反対側には険しい山脈が連なっていた。そして――
俺のすぐ後ろに、巨大な建造物がそびえ立っていた。
「……俺の拠点?」
目の前にあるのは、間違いなく俺が『Dead Horizon』で作り上げた拠点だった。レンガと鋼鉄で作られた高い城壁、戦闘用の監視塔、入り口を固めるトラップの数々。そして、拠点の中心には、俺がこだわり抜いて建てた司令部が鎮座している。
どういうことだ? いや、それ以前に、俺はなぜここにいる?
落ち着け。こういうときは状況を整理しろ。俺は、昨夜もいつも通り『Dead Horizon』をプレイしていた。拠点の最終調整を終えた後、ベッドに入ったはずだ。目が覚めたら、この世界にいた。そして、俺の拠点がそのまま存在している。
……夢? いや、これはあまりにもリアルすぎる。
「……試すか」
俺は腰に手を伸ばし、そこにあるものを握る。感触を確かめ、無意識のうちに息を呑んだ。
――拳銃。
愛用のグロック17が、ホルスターにしっかり収まっていた。試しに抜いてみる。金属のひんやりとした質感、適度な重量、スライドを引いたときの動作音。完全に、本物だ。
いや、もちろん本物など触ったことはないのだが、そう感じさせるだけの存在感がある。
「マジかよ……」
俺は荒い息をつきながら、地面に手をついた。心臓がバクバクと騒がしく脈打っている。これは……夢か? それとも何かの事故か? 頭が混乱しすぎて、思考がまとまらない。
とにかく、落ち着け。深呼吸しよう――そう思うのに、胸がざわついてうまく息が整わない。冷静になろうとしても、理解が追いつかない。
考えていると、突然、視界に違和感を覚えた。
「……え?」
まるでゲームのように、視界の隅にHUDが浮かんでいた。ステータス、インベントリ、マップ。すべて、『Dead Horizon』で見慣れたものだった。驚きながらインベントリを開くと、そこには銃弾、食料、医療キット、さらには拠点建築用の資材まで揃っている。
何なんだ、この状況は。
そのとき――
「ギャアアアアアッ!!!」
悲鳴が、遠くの森から響いた。複数の声だ。
俺は思わず顔を上げたが、すぐに頭がぐらついた。
心臓の鼓動が耳の奥でガンガン響く。手のひらは冷たい汗でじっとり濡れていた。
――いや、待て。俺は今どこにいる? さっきまで家にいたはずだ。なのに、気がつけば見知らぬ大地、見知らぬ空の下に立っている。
これは……夢か? 事故か? それとも……?
思考がまとまらないまま、再び悲鳴が耳に届いた。
「クソッ、数が多すぎる……ッ!!」
叫び声の方を見やると、鎧を着た兵士たちが巨大な狼の群れに襲われているのが見えた。5、6人はいた。だが、戦況は絶望的だった。
すでに何人かは動かない。立っている兵士たちも、息を切らしながら必死に剣を振るっている。だが狼はそれを嘲笑うかのように機敏に動き、確実に追い詰めていく。
その光景に、俺はただ呆然と立ち尽くした。
助けなきゃ――いや、俺に何ができる?
俺はただの一般人だ。ゲームの中なら武器を使えた。だが、これは現実だ。相手は2メートルを超える巨大な狼。牙は鋭く、跳躍力も異常に高い。銃だって撃ったことはない。もし飛び込んだら、死ぬのは俺のほうだ。
俺も早く逃げないと。
そう思うのに、足は動かなかった。
「ぎゃああああッ!!!」
再び、耳をつんざくような叫び声が上がる。
その時、俺は気づいた。
――さっきまで5、6人いたはずの兵士が、今は1人しか立っていない。
目の前で、たった一人になった男が、血まみれになりながら剣を構えている。周囲には仲間だったであろう兵士の屍が転がっていた。
息が詰まった。
死ぬ。あと数秒で、あの男も確実に殺される。
「……っ!」
気がつけば、俺の手は腰に伸びていた。そこにあったのは――グロック17。
震える手でホルスターから引き抜く。
まだ助かるのかはわからない。だが、何もしなければ、この男は確実に死ぬ。
「くそったれ……」
俺は強く歯を食いしばりながら、安全装置を外した。
――撃て!
そう心の中で叫ぶと同時に、俺は立ち上がり、狼に狙いをつけた。
俺の指がトリガーを引く。
パンッ! パンッ! パンッ!
乾いた銃声が連続して響いた。
跳びかかろうとしていた狼の眉間が弾ける。さらに、次の一発が別の狼の首を撃ち抜き、血しぶきが舞った。
……おかしい。
俺は、実銃なんて一度も撃ったことがない。ましてや動く標的に対して、これほど正確に当てられるものなのか?
「まさか……オートエイムがかかってるのか?」
思わず、そう呟いた。
ゲームでは、ある程度エイムアシストが機能する仕様だった。だが、これは現実……のはず。
だとしたら、俺は一体――?
そんな疑問が頭をよぎる間にも、戦闘は続いていた。
「ガウッ!!!」
群れの中の一匹が咆哮を上げる。それを合図にするように、残りの狼たちが一斉にこちらへ襲いかかってきた。
「チッ……来るか」
俺はすかさず後退しながら、引き金を引き続ける。
1匹、2匹……次々と弾丸が命中し、狼が地面に崩れ落ちていく。しかし、それでもまだ数が多い。
残弾は? 確認する余裕はない。
俺は最後の1匹と至近距離で向かい合った。
「――ッ!」
狼の牙が俺に向かって振り下ろされる。
その瞬間――。
ガキィンッ!!
耳をつんざくような金属音が響いた。
狼の牙が、何か固いものに当たって弾かれる。
「ぐ、ぅ……!!」
見ると、さっきまで倒れていた男が、全身を震わせながら剣を突き出していた。
剣先は、狼の顎をわずかに押し上げるように受け止めている。 しかし、男の力はほとんど残っていない。
「は……ぅ……」
男の手が震え、剣が押し返される。
――まずい、力負けする!!
俺は即座にグロックを向け、引き金を引いた。
パンッ!
銃声が響き、狼の側頭部に弾丸が撃ち込まれる。
ガクッ……
狼の体が、男の剣を押しながら崩れ落ちた。
そして、男もまた、力尽きたようにその場に膝をついた。
しばらくして、荒い息の合間から――
「……た、助かった……?」
と、か細い声が聞こえた。
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