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【ヒューマンドラマ】

パワハラ上司とその復讐

作者: 小雨川蛙

 

 ほんの一週間ほど前に私の会社に中途採用で一人の女性社員がやってきた。

 配属は私の部署でそれを聞いて私達は皆、絶望した。

 何せ、彼女は業界では有名人だったからだ。

 悪い意味で。


 どんな世界でもそうであると思うが悪評と言うのは凄い勢いで広まるものだ。

 実際、彼女に対する悪評は聞くに堪えないものだった。

 前職は大手会社の辣腕部長であり、彼女の指揮の下に会社は大きく成長したらしい。

 だが、その一方で彼女は実に悪辣な人間でもあった。

 社員に対して高圧的な態度を取るのは当たり前。

 挨拶を返さないし、そのくせ挨拶をされなければその職員を捕まえて一時間以上も詰問する。

 当然のように部下の仕事の手柄は自分のものとする。

 まぁ、要するにパワハラ上司というやつだった。

 しかしながら、そんな行動を繰り返していた故に彼女はあっさりと部下に反旗を翻された。

 証拠を上に提出をされて異動……いや、左遷されそうになり、結局彼女は自主退職をしたのだった。

 そんな輩がどういうわけかこの会社にやってきた。

 それも私たちの上司、管理者と言う形で。

 私は思わず、採用担当に問い詰めた。

「何故、あの人を? 彼女の悪評を知らないわけではないでしょう?」

 すると採用担当は一言。

「大丈夫だと思うよ」

 なんとも無責任な人間である。


 さて、彼女の初出社の日。

 私達は戦々恐々としながら彼女を迎え入れた。

 しかし、彼女は実に丁寧な様子で挨拶をしてきたのだ。

 それだけでなく、初日から皆と積極的に打ち解けようとしており、敬語も決して崩さない。

 高圧的な態度などしなければ、むしろ本来自分の仕事ではない雑用さえも積極的にこなす。

 私達は違和感を覚えながらも、どうせ始めの内だから猫被っているのだろうと思い警戒を決して怠らなかった。

 だが、彼女の誠実な態度は一ヵ月経っても、三ヵ月経っても、半年経っても、そして一年経っても変わることはなかった。

 その頃には私達は彼女と大分打ち解けていた。

 無論、心のどこかで警戒はしていたけれど。

 だが、二年が経つ頃には私達はすっかりと彼女を信頼するようになっていたのだ。

 彼女は朗らかで良く笑い、冗談も口にする。

 それどころか職員一人一人の姿をよく見ており、体調不調を見ればすぐに休みを取らせ、仕事に困っている様子であれば親切丁寧に何度でも根気強く優しく指導をする。

 そんな雰囲気であるが故に業績は上がり、かつて彼女が所属していた場所と同じく部署は大きく成長をしていた。

 ある時から彼女の前に勤めていた場所から元彼女の部下達が続々と転職をしてきた。

 その彼らもまた彼女と同じく誠実で穏やかな人であり私達ともすぐに馴染んでしまった。


 私達は流石に疑問に思う。

 以前より聞いていた評判と随分違う事に。

 ある時、私は遂に耐え切れなくなり転職組の一人に尋ねた。

 すると彼は質問をのらりくらりとかわしていたが、やがて諦めて言った。

「まぁ、要するにあの人は前職では嵌められちゃったの。嫉妬していた人にね」

「嵌められた?」

「出る杭は打たれるって奴かな。お局様にやられちゃってね。見るに堪えない様子だったよ」

 半ば納得しながらも私はさらに問いかける。

「けれど証拠があったって……」

「あぁ、証拠ね。証拠なんて職員の証言だけだよ。総勢一名、つまりお局様のね」

 思わず絶句して私は言葉を落とした。

「たった一人って……。そんなのおかしいじゃないですか」

「うん。僕らも証言をすると言ったんだけどね、あの人は『皆にも生活があるから』と言って、それを拒否して自分から辞めちゃったの。あの人は良く分かっていたんだよ。下の人達が何人も集まって何かを言おうとしも、基本的には上の人の決定を覆すことは出来ない。よしんば出来たとしても『トラブルの渦中に居た人物』というレッテルを張られることにね」


 その話を聞いて私は居ても立っても居られないで彼女の下に行き、事実かどうかを問いただした。

 今では私は彼女の事を心から尊敬していたし、同時に敬愛もしていた。

 出来るなら一生彼女についていこうと思う程に。

 彼女は苦笑いをしながら言った。

「まぁ、そういう見方も出来るかもしれないですけど、ある一方の意見を鵜呑みにしちゃいけませんよ」

 いつもと同じく穏やかに告げるとそのまま仕事に戻ろうとする彼女に私は尚も聞いた。

「悔しくないんですか。理不尽に思わないんですか?」

 すると彼女は少しだけ口を止めた後に言った。

「そうですね、どっちも思っています。だから私は性格が悪いから復讐をしているんです」

「復讐?」

 私が言葉を繰り返すと彼女は答えた。

「こうやって誠実に勤め続けること。皆さんに本来の私を見てもらうことが私の復讐なんです。そうすればどちらが滑稽になるか、どちらが嘘をついていると思われるか……明らかでしょう?」

 そこまで言って彼女はまるで悪戯がばれてしまった子供のような顔で言った。

「ね? 性格悪いでしょう?」

 私は言葉を失い、それを尻目に彼女はまた仕事に戻った。


 そんな性格の悪い彼女は今日も私達を優しく、そして的確に導き、成長を促している。

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― 新着の感想 ―
なんか彼女の想いが少し分かる気がします。 実は、私は海外転職組でして、日本での会社では直属上司は良い人でしたが、その上がどうしようもない人でした。 あと日本の会社自体が何だかんだ言いながらもまだまだ年…
懐の広い復讐ですね。 嫉妬に狂ったり、言い訳したり、誤魔化したり。 弱い人間が陥り易い境遇が社会のそこいらに開いている落とし穴。 それを跳ね返したり覆す強い人になりたいものです。 こう言う物語を描ける…
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