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砂の上の恋 海の向こうの夢 ~いつか女王となる砂漠の王女が、恋と絶望を知るまでの物語~  作者: 杵島 灯
第4章 砂の上、海の向こう

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第2話 騒擾

 まだ陽が顔を出す前の薄暗い時間。近衛の兵士たちと侍女たちに守られて、ザフィーラはナーディヤの棺と共に王宮内の通路を行く。


 ユシュ鳥の牽く低い車輪の音を聞きつけたのか、それとも侍女の叩く鐘の音が合図になったのか、あるいは低く唱える神官の祈りの言葉が思いのほか響いていたのか。辺りの建物から使用人や下官たちが現れ、亡き女王に向けて最上の礼を捧げる。中には人目をはばかることなく泣きじゃくる者もいた。棺の横でユシュ鳥に乗るザフィーラはその様子をぼんやりと見つめながら、こうして悼んでくれる人々がまだ生きていることに安堵と感謝の気持ちを覚える。もう死を見るのはたくさんだ。


 多くの人に送られながら、列は粛々と王宮の北門へ向かう。

 ここは王宮に不幸や不浄の出来事が起きたときにだけ開かれる石造りの門だ。災いを祓う意味合いが込められているため、小さいながらも多くの彫刻が施されていてとても美しい。

 左右から神々が手を差し伸べる扉を先頭の兵士が開く。

 その先で待ち受けていたのは、道の両脇に多くの人が並んでいる景色だった。


 まさかマドレーの者たちの待ち伏せか、と思ってザフィーラは反射的に身を硬くしたが、すぐにトゥプラクの民だと分かる。それでほっと息を吐いたのだが、兵士や侍女たちは変わらず険しい空気を纏ったままだ。

 目を凝らしてみると、民は全員が手に何かを握っているように見える。それが何なのかは列の中央でユシュ鳥に乗っているザフィーラには分からないが、周囲の緊張はもしかしたらそれが原因なのかもしれないという気がした。


 列の先頭に立つ兵士が何かを言う。隊の全員が抜刀した。わずかな朝の光が刃を煌めかせる。それを目にした民は動揺したようで、多くの者が後退った。

 しかし民の誰かが何かを叫ぶと人々は足を止めた。続いて追従するかのようにそれぞれが小さく何かを言ったので、辺りには消極的などよめきが起きる。

 兵士たちが掲げた剣を持ったまま、恫喝するような声をあげる。するとまた民の中で誰かが叫び、周囲が呼応する。再び兵士が反応して――もちろん、列は進む様子をまったく見せない。


「何があったの?」


 焦れたザフィーラが言うと、侍女が前方の様子を確認に行く。彼女は兵士と二言三言話してすぐに戻って来たのだが、どうにも険しい顔をしていた。


「どうやら亡き女王陛下に対し、不満を持つ者たちが集まっているようです」


 付近の侍女たちが息を飲んだあと、「なんということ」「そんな者たちがいるなんて」と嘆く。


「女王陛下による富をあれだけ甘受したくせに……許せません。道理を説いてまいります」


 そう言いおいて前に出ようとする侍女頭をザフィーラは手を上げて止める。


「待って」

「どうなさったのですか?」

「あなたたちはここでお姉様をお願い」


 侍女たちの困惑の声を聞きながらザフィーラは無言で棺の横から離れ、ユシュ鳥を進ませる。


「ザフィーラ様!」


 たちまち周囲を護衛の兵士や侍女が取り囲んだ。危のうございます、と口々に言って行く手を遮る彼らにザフィーラは言う。


「私がみんなにどいてもらうように言うわ」

「危険です、奴らは石を持っているのです」


 石、とザフィーラは口の中で繰り返した。民が持っている何かの正体は石だったのか。

 その石を何に使うのかはザフィーラにも想像がついた。おそらく列や棺に投げるつもりなのだろう。


 どうして、と思うと胸の奥がかっとなる。


 ナーディヤは時々、王宮から出て民と話をしていた。ザフィーラだって何度か同行したことがある。誰もがナーディヤをあたたかく迎え、笑顔で談笑していた。

 人間同士なのだから相手に負の感情を持つことはあるだろう。特に為政者という立場に対してであれば尚の事だ。だけど死出の旅へ向かう棺に石を投げられるほどの酷い(まつりごと)をナーディヤは行っただろうか。人々は、笑顔の裏でそこまでの不満を持っていたのだろうか。


 胸の奥の熱が目に伝わってゆらりと視界がにじむ。それを袖で乱暴に拭い、ザフィーラは顔を上げた。


「やっぱり、行く」

「おやめください。相手は何を企んでいるのか分からない連中です!」

「だけどなんとかしなきゃ……空はもうあんなに明るくなっているのよ」


 陽が昇ると辺りの気温が上がってしまう。だから葬送の列は空の暗いうちに出る。しかし今は民と兵士との諍いが治まらないせいで動けない。このまま暑くなってきたら、ナーディヤの体の状態はどんどん悪くなってしまう。

 侍女と押し問答を続けていると、先頭からユシュ鳥に乗った一人の人物がやってくる。兵士長だ。彼は侍女の一人から事情を聞き、ザフィーラに向かって頭を下げた。


「王女殿下にご心痛をおかけして申し訳ありません。これより我々が前に出て道を作りますので、今しばらくお待ちください」

「やめて」


 ザフィーラは強い口調で兵士長を止める。兵士たちが前に出るということは、武力で制圧するということだ。


「自身の葬送の列のために民が血を流すなんて、お姉様は絶対に望まないことよ。それに……」


 民とは絶対に争ってはいけない。理由は分からないが、ザフィーラの直感がそう告げている。


「やっぱり、私が行くわ」


 言い切ったザフィーラは兵士長としばし視線を戦わせる。譲ったのは兵士長の方だった。彼がユシュ鳥を下げたので、ザフィーラは花で彩られたナーディヤの棺を一度だけ振り返り、不安そうな侍女たちにうなずいてから前に進む。後ろからは兵士長のユシュ鳥が進む足音が聞こえて来た。さすがにザフィーラを一人にはできないということだろう。


 そうしてザフィーラはついに列の先頭へ出る。多くの人が向けて来る視線は想像以上の圧力だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナーディヤさんはとても真面目に熱心に政をしていたと思っていたのですが、これはいったいどういうことなんだろう(;´・ω・) 国民からとても慕われていると思っていたのに、ザフィーラさんが知らな…
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