約束
奏太がインフルエンザにかかってから7日後。愛音は奏太に会いに行き、部屋へ上がらせてもらう。奏太の部屋は勉強机と本棚。パソコンにベッドとアップライトピアノがある。
「久しぶり」
少し照れくさそうに奏太は声をかけてきた。まつ毛が長くぱっちり二重の大きな瞳で愛音に微笑んだ。奏太は目鼻立ちがはっきりしていて、傍から見てもイケメンだ。黒々とした髪が色白の肌を引き立てている。
「そうだね。体調はもう平気?」
「うん。すっかり。明日から学校へも行けるよ」
「良かった」
「あのさ」
「うん?」
「ライモ、ありがとう……嬉しかった」
「うん……ね? 話って何?」
「え? ああ……うん……」
何故か奏太は目を泳がせる。
「奏ちゃん?」
「ここじゃなくてさ……遊びに行かない? 2人で」
「え?」
思いがけない発言に愛音の心臓がときめいた。
「駄目……かな?」
奏太は愛音の様子を伺うように見つめる。
「ううん、駄目じゃないよ。行きたい!」
愛音は思わず笑顔になる。
「……良かった」
「どこに行く?」
「そうだね……」
奏太は立ち上がりピアノのイスへ腰をかける。人差し指で鍵盤を弾くと、ポーンッと軽やかな音が部屋に響いて行く。
「奏ちゃん?」
「水族館……」
奏太はうつむきながら、ポツリとつぶやく。
「水族館?」
「うん」
「良いね! 今度の日曜日にする?」
愛音の言葉に奏太は嬉しそうに顔を輝かせた。
「うん」
奏太と約束を交わし愛音は自分の部屋へ戻った。ベッドにうつ伏せに寝転がる。
(奏ちゃんとデート! 嬉しい〜! 記憶が戻ってからレオのことが分かって、奏ちゃんへの気持ちも気付いた。楽しみ〜!)
コンコンと愛音は兄の部屋をノックする。
「お兄ちゃん?」
「ん? 愛音?」
「うん。今平気?」
「ああ、平気だよ」
ドアが勢いよく開く。
「あのね、ちょっと相談したいことが……」
「え? 相談? 愛音がオレに? 何々?」
やたらとテンション高めな大知に若干引きつつも、愛音はデートの服装を相談した。
「……デッ、デート?!」
大知は明らかにショックを受けている。放心しているようだ。
「お兄ちゃん?」
ガチャッと何の前触れもなくドアが開く。
「お姉ちゃん!」
「凛!」
「ごめんね、お姉ちゃん。駄目だよ。相談する相手間違ってる!」
凛はわずか9歳ながらもしっかりしている。大知と同じ切れ長の瞳に腰まで伸ばした黒髪を、ツインテールにしている。
「行こう! お姉ちゃん」
「え? うん。ごめんね、お兄ちゃん、行くね」
放心している大知を残し、愛音と凛は部屋を出て凛の部屋へ移動した。
「で? お姉ちゃん。誰とデートするの?」
「へ? えっと……奏ちゃん」
凛はその名前を聞いた瞬間瞳を輝かせた。
「お姉ちゃん! とびっきりオシャレしようね!」
「う、うん」
凛の気迫に押されながらも愛音は返事をした。