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夢か現か。境界線に今日も立つ。

作者: 猫丸 鳥太

 ここ最近、同じような夢を見る。

 目が覚めると忘れているような、その程度の夢を。


 だがそれを見ると見たことを思い出す。

 そして思うのだ。――あぁ、またか、と。


 それは俺がどこに居ようとも、何をしていようと、関係なく、誰かが訪ねてくる夢。


 来るのは若い女であったり、若い男であったり。時には老人だったり。

 さらには人ではなく畜生であったりと姿は様々だが、必ず共通しているのは、何かの花を持ってくるということだ。


 そしてそいつらは必ず笑顔でそれを俺に差し出してくる。


『■■■!』


 何を言っているのかは、わからない。聞き取れない。覚えていない。覚えられない。

 これだけはどうしても認識できない。


『■■に■■よ!』


 そいつを俺は忘れてはいけないのに、忘れたくはないのに、忘れなければ生きていけない。

 俺はそういう生き物だから。


『相変わ■ず、■って■素■ね!』


 笑顔で何かを言ってくる相手を俺は知らない。

 夢の中で何度も会っているはずなのに、わからない。忘れてしまうから。


『誰だ貴様』

『ごめ■ね。じゃあ最■から! はじ■■■■。私、■■■■! よ■■くね!』


 俺が誰何の声を出すとそいつは必ず一瞬眉を下げる。

 だがすぐに元通りの笑顔になり、何かを伝えてくる。


『何故俺が見ず知らずの貴様と■■■■しなければならんのだ。喰われたいのか?』

『い■よ! ■■■が食べたいなら喜んで!』

『……やめておく。ハラを壊しそうだ』

『そっか!』


 だんだんはっきり聴こえてくる誰かの声。

 知っているはずなのに知らない声。知らないはずなのに知っている声。

 何故か懐かしさを覚える――そんな声。


 そいつが来ると俺の静かな生活がいつも壊れる。

 小煩くピーチクパーチクと隣で何かを話ているし、ずっとついて離れない。

 怖がりもせず俺の隣にずっといる。引き剥がしても、脅しても、離れても、関係なく、そいつは俺を見つけては隣に居続ける。


 煩わしいが、俺はそいつから本気で逃げようとは思わない。

 何故ならそいつは放っておけばどうせすぐに消えるのだ。本気で構うだけ体力の無駄というもの。


 そして夢は終わる。俺は滅び去った過去の町に一人残される。いつも同じ、そんな夢だ。


 目が覚めると必ず焦燥感や罪悪感や無力感や僅かな寂しさを覚えて、己の胸がざわざわとして気持ち悪くなる。とても気分が悪い。


 だが、どうせその感情もすぐに忘れるのだからどうでも良いことだ。

 忘れてさえしまえば無いものと同じだ。


 だから俺はまたすぐに忘れるんだろう。

 そうやって生きてきた。


「■■■!」


 目の前のこれも夢と同じ。どうせすぐに消える。


「会いに来たよ!」


 何度も見る夢と同じ。

 今回は若い女だ。


 太陽の光を反射し、キラキラと輝く黄金の髪を揺らしながら、駆けてくる。

 嬉しさを抑えきれないように、笑みを携え、駆けてくる。


 俺などの元に向かって。


 抱えきれない大量の花をポロポロと道に落としながら、女が向かってくる。


 ――あぁ、またか。


 瞬きほどの、一瞬の記憶がまたひとつ、積み上がり、そして溶けるのだ。







「アルク!」


 君がどこに居ようと、必ず見つける。

 どれだけ時間がかかっても、何度だって会いに行く。


「会いに来たよ!」


 抱えきれないほどの、たくさんの花を持って、君との思い出の場所に向かう。

 愛しい君に、忘れっぽい君に、言葉を尽して、愛を届ける為に。


「相変わらず、とっても素敵ね!」


 浅黒い肌に鋭く細められた金色の瞳。

 くすんだ灰色の長い髪はボサボサで手入れがされていない。


 だけど、君はいつもとても輝いている。

 

 だって君は私にとっての星だから。

 暗い世界で唯一輝く、一等素敵な星だから。

 どこにいても、何をしててもその輝きが損なわれることなんてない。


「誰だ貴様」

「ごめんね。じゃあ最初から! はじめまして。私、アイリス! よろしくね!』


 お決まりのやりとり。

 でもやってしまう。君が覚えてるかもしれない僅かな可能性に賭けて。


 優しすぎるが故に、全てを忘れることを選んだ君。

 世界中の人が君を忘れても、君自身が君を忘れても、私は覚えてる。


 君が私を忘れても、覚えてなくても、私は構わない。


 何度壊れても、何度壊されても、私は必ずそこに立つよ。約束したから。

 だから、何度だってはじめましてから始めるんだ。


 そして、死ぬ直前まで一緒にいるんだ。

 死は見せたくない。もう君が泣くのは見たくないから。泣かせたくないから。

 だから、死ぬ前には消える。君の預かり知らぬところで消えるんだ。

 そしてまた会いに行く。何度でも。何度でも。


 君にとっては一瞬かもしれない。孤独である方が何倍も長いのかもしれない。

 私はそれが悔しいけど、ただの人間の自分には悠久の時を生きる君の傍にはいられない。

 でもその一瞬の為に私は会いに行く。何度だって会いに行きます。


 いつか君をその廃村から連れ出したいけど、君はそこから離れない。

 忘れっぽい君が、唯一魂に刻んだ場所なら仕方ない。


 そこに行くのは一筋縄じゃいかないけど、でも、それでも約束したから会いに行く。

 大好きな君に会いに行く。

 愛してると伝える為に。


 君はすぐに忘れてしまうから、五月蝿いくらいが丁度いい。

 君には過去も未来もない。今しかない。

 だから毎回、今この瞬間に、私は言葉を尽くすのだ。


 君は私を見てはくれない。見られない。

 見ても忘れるから意味がない。

 だから代わりに私が君を見る。

 

 見慣れてしまった、君の、その迷惑そうな顔を。

 私にとっては、それすらも愛おしい。


 もう君の笑顔は私に向けられないんだろう。

 それは少しだけ悲しいけど、私は君にたくさんの笑顔を送るよ。


 だって、もう誰にも邪魔されずに、君と二人っきりでいられるんだから。


 今もこうして約束を果たし続けてくれる君の為にも、私も約束を果たし続けるよ。

 何度だって、会いに行くから。


 君が好きだって言った花を抱えて。

 大好きな君に、私は会いに行く。

彼女はとても幸せです。

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