chapter8
皆を楽しませるためにはどうしたらいいか。物書きをしている私も良くそんな事を考えて、考え過ぎてしまいます。創作とはすごい事ですが。それを実行できるかはおいて、とても単純な事なのかもしれません。
「あれが、魔王城がある場所か」
不死鳥レミアに乗って、上空を飛行するプレイヤーの先に映る、巨大な岩壁。その岩壁は、一つの城を囲むように聳え立っている。魔王城がレミアでの移動でしか侵入できないのは、地上からフィールドを進行しても、壁によって入ることが出来ないためだ。
何者も近づかない。近づかさせない城。
「……まるで、俺みたいだな」
「ニートなところがね!」
満面の笑みでヒトミが俺にそんな言葉をかける。俺は小さなため息を漏らし「そうだな」と返答した。
ここに、『???』がいる。
「降りるぜ」
「うん」
岩壁を超えて、城がある場所に、レミアを着陸させる。
踏み入れた新しいフィールドの名称は『魔王城』であり、ここが目的の場所であることを意味している。
「……息苦しいな」
「え? ゲームからの感覚? 何を感じるの……?」
「……言葉にするのが難しいんだよな」
「なにそれ」
ヒトミの質問に答えてあげたいが。この感覚を具体的に伝えようとするだけで吐き気がする。
それほどまでに、禍々しく、黒々とした不快感が俺の体を這いつくばうように感覚として伝わってくるのである。
この威圧感は『???』から放たれているもので間違いない。
俺は十字キーを押し込んだ。
「行くぞ」
プレイヤーは、魔王城の屋内に入った。
画面が暗転し、視界に移り込んだのは正方形のフィールド。特に目移りするギミックも見当たらない。しかし油断は禁物だろう。
フィールドは四方の真ん中にそれぞれ通路があるようだ。
「誘拐のアジトのマップに似てる」
と、横でヒトミが呟いた。
「ここ、知ってるのか? トラクエに出てくるとか?」
「うん。ダンジョンの一つだよ」
「そういや、昨日こんな場所言った気がするな……」
昨日、決戦の準備のため、俺は『???』に対抗策として『Re:makers』の媒体となっているトラクエⅢを事前にプレイしていた。トラクエが媒体となっているならば、その媒体をよく知る必要があったためである。といっても、夜中から始めて、結局クリアすることはできなかったのだが。
「イッチーは、さっきのでトラクエのことについて何か思いだせなかったの?」
「……思いだせてねぇな。ただ、俺にとってトラクエがどれだけ大切か知れたが」
不死鳥レミアに乗って、あの景色を見て、俺は、必ずこのゲームをクリアして、トラクエを救うと決意した。
しかし、肝心な幼い頃から培ったゲームの知識や情報はまるっきり記憶から抜け落ちたままなのである。
「昨日、結構進めたけど、結局魔王までたどり着けなかったし。 やっぱ、お前の知識が頼りになりそうだ」
「そういえば、どうやってトラクエ遊んだの? 今差し込んでるトラクエⅢって、Re:makersと連動してるんでしょ? それに、ゲームを抜いても、画面が変わらないって……」
「いや……なんかもう一個カセットあったんだよ。未開封だったやつで遊んだ」
レトロマニアではなくフレコンに接続して遊んだのである。そのおかげで『???』認知されることなく準備をすることができたのだ。
「どした?」
ヒトミの顔が青ざめていた。
「……それイッチーが大切に取っておいたヤツだよ。 記憶取り戻したら、相当落ち込むと思うよ」
「んなもん気にしたって、しょうがねぇだろ。 おかげで、助かるかもしれねぇし。背に腹は代えられないぜ」
「そう……そう、だね」
トラクエのコレクションを大切にする気持ちは、察するが、その大切にしている存在が亡くなってしまっては元も子もない。
話はこのくらいにして……。 さっそく俺はプレイヤーを進めてみることに。手始めに、四方のうち右側の通路を通ってみることにする。
「……人と、建物。 これ、村じゃねぇか?」
「うん。 ここは序盤で訪れる メーベって村だね」
「とりあえず、調べてみるか」
「うん! RPGのキホンは『聞き込み』だよ!」
俺はメーベの村を調べてみることに。
村を探索して、媒体となったトラクエⅢと明確な違いが一つあった。
この村には、村人が一人もいないのだ。
「謎解きとかも見当たらないな……」
一応、家の中の引き出しや、本棚などの家具を調べてみたが。『おもいが とざされている』というテキストしか表示されなかった。
ここには、特に何も無いようだ。
「モンスターのエンカウントも無ぇし、一体どうなってんだ?」
「わかんないけど、とりあえず先に進めてみよ」
「そうだな」
俺は右端にあった出口を通って、次のエリアに移動した。
次に映し出されたのは、城の中のようだ。
「ここは…… ラマリア城だね。 王様が王位を譲るので有名な場所……」
「へぇ。その、王位ってのを譲ってもらったらどうなるんだ?」
「ゲームが進められなくなっちゃう」
「えええ。 そうなのか⁉︎」
風変わりなイベントだ。現在プレイヤーがいる場所は、一階の広間である。先ほどの村と同様、NPCがどこにも存在しない。
広間を後にして、そのまま二階の王室に移動する。長く続く絨毯の先には王座に座る王様がいた。
「げっ……。いるじゃねえか」
「そんな身構えなくていいよ。いいえってはっきり断れば良いんだから!」
「お、おう」
王様に近づいて、話しかける。
『そなたが はい と こたえるだけで おういを ゆずるぞ!』
「高圧的だなぁ」
「そんな風には見えないよ?」
「いや、感覚がな……。 王様から圧を感じるんだ」
「そんなに王位譲って欲しかったのかな……」
王様の返事はとにかく『いいえ』を選択すること……。立て続けに王様は王位を譲ろうとするが、俺は全ての問いかけを『いいえ』で選択した。
『ああ……そうか。 では、わたしはずっとこのまま あのもの のこころに とじこめられた まま なのだな』
王様は最後に、呟くようにそう告げた。テキストを読んでいると、悲しい気持ちになる。先程から感覚として伝わってきた威圧感も無くなっていた。
王子の後ろに扉が現れ。そのまま、先に進む。
その後も、魔王城はトラクエⅢの村や街のエリアを、そのまま抜き取ってきたような構造を基本にしていた。
まるで、奪われたかのように。
「……早く移動しねえと。 なんとしても『???』を倒さなくちゃいけねえ」
より決意が固まった気がした。
「やっと抜けたね」
「……ああ」
数々の村や街を移動して、ようやく辿り着いたのはおそらくフロア二階だ。ここは、狭い正方形のフィールドの真ん中にワープする魔法陣が設置されている。通路として解釈して良いだろう。
俺は流れに従うようにプレイヤーをワープ魔法陣に飛び込ませた。プレイヤーは姿を歪ませ体が上昇していく。
ルーロとは違う体が上に伸びていく感覚。すこし気持ちが悪い。
ワープした場所は、地面が砂場の場所だった。
「げっ」
「げっ」
俺とヒトミは二人して思わず声を出して顔を引き攣らせる。この場所に俺もヒトミも、見覚えがあったからである。
「ここ、ピラミッドだよね」
「ああ。間違いねぇ……」
プレイヤーが転送されたのは、トラクエⅢに登場するピラミッドというダンジョンの地下一階である。ここでは呪文を封じる結界が発動しており、プレイヤーは、すべての呪文を使用することができなくなる。
「回復もできなくなっちまうって事は、結構厄介だぜ」
「ここから先のモンスターは今まで出来たボスと同格だと思う……」
さすがはこのゲームのラストダンジョンと言ったところか。そう簡単には進めさせてはくれない。
激痛からは逃げられないという事だ。とにかく、一刻も早く別のフロアに移動しなくてはならない。
幸い、俺もヒトミもピラミッドの構造は把握している。というのは、俺は昨日のトラクエⅢを少しプレイして、ヒトミは事前の徹夜で、ストーリー内で一度攻略しているのだ。
といっても、これまでの『Re:makersの性質上、改変されていることを想定するべきだ。『???』は、クリアさせないためにならどんな手段をいとわない。
「気を付けよう。まずはダンジョン内に改変が無いかを調べる」
「わかった。 違和感がったらすぐ伝える。……むむむむ。集中する」
まじまじとモニターを見つめるヒトミ。俺は笑みをこぼしながら、同じようにモニターを凝視してプレイヤーを動かした瞬間。戦闘画面に移行した。
「さっそくかよ」
戦闘で現れたのは、キングヒュドラ。通常戦闘でエンカウントするモンスターではない。
「ふつうはラスボス前に倒す相手だよ⁉ 無理でしょ!」
「無理は最初からだ! 倒すしかねぇ!」
といっても呪文を使用することができない。横で絶望しているヒトミの気持ちには同感だ。だがやるしかない。
装備は前回と同じ破壊滅の剣を主軸とした会心装備構成。
俺は攻撃を選択。一回目は会心の一撃は発動せず、二〇〇ダメージ。
「……って、ありゃ。 なんかダメ上がってない?」
「ほんとだ。 あ、でもそっか。本来ラスボスを倒す推奨レベルはとうに超えてるもん!」
対してキングヒュドラのダメージは連続攻撃で四〇。体に伝わる痛覚も耐えられる程度だ。
依然よりも、格段にプレイヤーが強化されている。
二ターン目。俺は再び攻撃を選択しようとしたが、コマンドは『装備確認』というコマンド一つしか表示されない。
「こんな大事な時に!」
舌打ちをして、仕方なく俺はそのコマンドを選択する。表示されたのは俺が現在装備しているものの一覧。
「これ……」
一つ一つ確認する中で、ある変化に気がついた。
俺が知らぬ間に、装飾品が変更されている。
変更によって装備されていたのは『くじけぬ心』。これは『諦め』から受け取った装備だ。そして突如、テキストが表示された。テキストの左端には『諦め』と表示されている。
『てをかしてやる! きさまのちから。 みせてみよ!』
『ゆうしゃ に あきらめ の いしが やどった。 ちからが みなぎる』
テキスト表示の後に、俺のステータスは大幅に変更した。
HPは四〇〇まで跳ね上がる。それだけではない。
「おう!」
俺は攻撃を選択すると、もう一度選択コマンドが再表示される。
「二回連続攻撃! もしかして『諦め』の行動を受け継いでるってこと?」
『そうだ。 おもうぞんぶん たたかえ』
「うわ! 話しかけてきた!」
もう一度攻撃を選択。
二度の斬撃により、与えたダメージは四〇〇に増加した。かつての敵が、味方になり主人公の力になる。まるで夢のような展開。まさにそれは。
「胸アツ展開じゃねぇか!」
キングヒュドラの攻撃。ダメージは四〇。前回の攻撃と合わせて被ダメージ数値は八〇だ。残りHPは三二〇。余裕が有り余っている。
俺はさらに続けて攻撃。今度は一回目の攻撃で会心の一撃が発動し四〇〇ダメージ。攻撃は四度目だが、呪い誓約は発動していない。
『のろいは うちけした! つぎのこうげき だ!』
行動二回目の攻撃。今度は痛恨の一撃が発動する。モンスター限定のクリティカルダメージだ。威力は六〇〇。キングヒュドラは反撃する事なく消滅した。
無事倒すことができたのだ。
キングヒュドラを倒して、リザルト画面を終えると、すぐに俺は道具の薬草を使用した。HPが二〇程回復するアイテムだ。何事にも備える必要はある。
引き続き、このエリアを脱出するためにプレイヤーを動かすが。一歩移動した瞬間、戦闘画面に移行した。
明らかにエンカウント率がおかしい。
「なんか似たような経験があった気がすんだけど……」
昨日トラクエⅢをプレイしている時に、黄金の鉤爪という装備アイテムをピラミッドから回収した直後、一歩歩くとモンスターが出現するというループが発生した。原因はそのアイテムによる効果だったのだが。
「でも、イッチーは『Re:makers』ではすぐに捨てたよ?」
「だろうな。これじゃ命がいくつあっても足りねえ」
『諦め』の能力によってステータスが格段に強化されているから、基本戦闘は快適なのだが。それでも限りなく同じ行動を繰り返すのは、億劫である。
二回目の戦闘も、難なく終了し、俺はプレイヤーを前に進めようとしたが、その前にメニューコマンドを開いて、もう一度道具を確認する事にした。
「げっ……。やっぱもってんじゃねえか」
「す、捨てたの私みてたよぉ……呪い?」
「んなわけねぇ」
これも『???』の仕業だろう。すぐに俺は『黄金の鉤爪』を捨てる事に。しかし、ボタンを押すと同時にテキストが表示されてしまう。現れたテキストを読みたく無い気持ちでいっぱいだ。嫌な予感しかない。
『これは たいせつ なものだ。 すてる わけには いかない!』
「マジかよ……」
しばらくは代わり映えない戦闘画面が続くことが決定した瞬間だった。
「イッチー」
「ん?」
「頑張ろ。きっと、私たちのことだよ! これって!」
「そうだな……やるしかねえ!」
気が抜けそうなイベントだが、俺はヒトミから言われた言葉を糧に、地道に一歩一歩脱出するために前に進み続けた。
三〇分後の出来事だった。果てなく続くかと思った戦闘に終わりが見えた。ついに出口が目の前に現れたのである。
「やっっと終わりだぁぁぁぁ」
いくら戦闘が快適でも繰り返せば精神的にも体力的にも疲労は訪れる。一撃が大きくない代わりに、チクチクと体に痛みを覚えるのは辛いのである。それに、時間をかけて進むというのも、相当な疲労であることを知った。おかげで俺の両足は痺れている。
「でもゴールだよ!」
「まぁ、そうだけど」
俺は出口の目の前に立っている。このまま一歩進めば、次のエリアに移動することが可能だ。ということで、間髪入れずすぐにエリアを移動した。
次に訪れたのはプレイヤーすら映らない真っ暗な画面。
そして、このエリアに入った直後に、テキストが表示された。
『おうごんの かぎづめ は おもい を とげた』
どうやら、エンカウントにはもう悩ませられないらしい。だが、次はこれだ。プレイヤーも映らないモニター画面。次第に俺の視界も何も見えなくなってしまう。
「次は暗闇か。俺も見えねえ」
プレイヤーの感覚が現実に伝わってくる。見えないというのはこれほどまでに恐怖なのか。
「ヒトミ。画面で見えるもんって何かあるか?」
「ごめん……。真っ暗なの。 ほんとにゲームの電源ついてるかも怪しいくらい」
「そっか」
困った。だが、やれるべきことはあるだろう。まずは自分の現状の確認だ。
俺はメニューコマンドを開いた。システムメニューは流石に可視化されているはずである。
「ヒトミ、メニュー見えるか?」
確認のために、そうヒトミに尋ねる。
「うん。メニューは見えてるよ」
「そんじゃ、呪文を使いたいんだが。お前に判断は任せるから何か一つ使わせてくれ」
「わかった!」
先ほどのピラミッドでは呪文を使うことができなかった。
俺の記憶に沿って右側にあるメニューコマンドの中の呪文を開く。さすがに呪文の項目を覚えていないので、ここからはヒトミに頼るしかない。
「えっと、十字キー下を七回押してその呪文かな!」
「おっけー」
俺は指示に従い十字キーを七回押す。そして、その呪文を発動するためにボタンを押した。
といっても、やはり何が起きたかはわからない。
「イッチー」
「どうだ? どうなったんだ?」
「呪文ね」
「おう」
「呪文は」
「おうよ」
「呪文はね……」
「ああもうもったいぶるなよぉぉ! つーかフリ長え!」
笑いながら俺はヒトミにツッコミを入れる。
「ごめんごめん。使えるよ」
「すっげえあっさり言ったな」
どうやら、呪文は使えるらしい。となれば先ほどの行手を阻む問題は全て解消することができた。というわけだ。ついでに『諦め』の協力のおかげでプレイヤー自体も大幅に強化された。
「さて……。そんじゃ、ここをどう切り抜けるかってこったな。暗闇をかき消す呪文とかないのか?」
「んー。 そういうのは無かった気がするけど」
プレイヤーが見えない以上は、ダンジョンの攻略しようがない。
「あ……まってまって! 私攻略法知ってるかも!」
「まじか! どんなんだ?」
「メニュー開いて、今度は道具を選んでみて!」
「わかった」
今度はメニューコマンドから、道具を選択。
「こうか?」
「うん。私が良いって言うまで、十字キーを下に押して!」
そして、ヒトミに従って十字キーを押し続ける。人に操作を委ねるというのは、あまり心地いいものではないなと俺は思った。信じていないわけではないが、もしヒトミが何かしら取り返しのつかない間違いを犯した時を考えてしまうのだ。
「ストップ! 今度は十字キー二回押して」
「わかった」
「……やっぱり。 イッチー、ボタン押して道具を使って!」
全く見えないが、俺はそのままヒトミの言う通りに道具を選択し、使用してみることに。
すると、ボタンを押した途端、先ほどまで黒一色に支配されていた視界に、モニターがうつり込んだ。俺の視界はなぜか薄暗い。それは夜中にマッチで火をつけたようなそんな明かりだった。
「ヒトミ、これ……一体なんだ?」
「松明だよ」
「松明?」
「うん。Ⅱ以降は廃止になったダンジョン専用の明かりを灯すアイテムだよ。明かりって言っても、プレイヤーの周りを少しだけ照らす程度なんだけどね」
そんなアイテムが存在したとは。トラクエの発想はつくづく驚かされるものばかりである。
松明のおかげで、俺は画面を見てゲームをプレイできるようになった。
「進めたいが、この先何があるか分んねぇな」
明かりで見えるのは、プレイヤーの姿だけである。適当に進んだら、落とし穴や毒床などによって進行を阻まれる可能性がある。油断ができないのが、この魔王城だ。それは先ほど実感した。慎重に進むべきだろう。
「どうやって進むべきなんだぁ?」
といっても、ヒントがあるわけでもなさそうだ。
「私も、このエリアは見たことが無いよ……」
ヒトミも見たことのない場所だと言う。トラクエから抜粋されたダンジョンではない限り知識を使う事も『真・攻略設定書』も役には立たない。
「イッチー」
「どした。 なんか思いだしたか?」
「考えずに、テキトーに進んでみよ」
「はぁ? お前何言ってんだよ」
「冒険は、ゲームは楽しむものだって、イッチーはずっと言ってた。 だから、慎重に考えて進めたって、緊張して、何が何だかわからなくなっちゃう」
ゲームを楽しむ。 たしかに、魔王城攻略から俺は、トラクエを救おうと、掃除を取り戻そうとして、心の底からゲームを楽しむことを忘れていた。そうだ。俺はこのゲームを始めた時から、すでに勇者なのである。
世界を救うために一番大切なことは。
「心の底から楽しいって気持ちを隠さねぇ……それが俺がトラクエを、ゲームをやることの信念……」
俺は、ある一つの失った記憶を取り戻していた。
そうだ。ゲームはいつだって楽しむ。どんな危機的状況でも、勇敢に立ち向かうためには楽しまないといけない。諦めずに立ち向かうのは、それを楽しいと心の底から思えるからなのである。
「お前の言う通りだな。 楽しまなくてなにがRPGだ!」
危険も失敗も経験に変えて、次に挑む種にすればいい。そして、水をやることだけが俺ができることではない。どうしたら健やかに育っていくかを愚直に考えて、その答えを見つけた時、次に進むための花が咲く。
楽しむために考え続けることを、人は『挑戦』と呼ぶ。
俺は暗闇の中を十字キーの上を押してまっすぐ進むことにした。今のところ目立った異変は無かったが……。
「おおおお! なんか右に移動した!」
「回転床だよ! いろんな方向に歩いてみて。 正しく進める方向を見つけないと!」
「下はだめで、右ィ……はダメかぁぁ。 なら左だ!」
十字キーの左を押してみると、前方に移動した。正解は左の方向だったらしい。
「うおおおお! 今度は、下に移動したぁ!」
「ダジャレ?」
「違うわ。 今度はどっちだ? って、なんか後ろにめっちゃ進むんだが⁉ 俺くじ運なさすぎだろ!」
笑いながら、俺はゲームを進めた。
トラクエを救わないといけないというのに、その運命を託された俺は気が抜けているかのように『Re:makers』を楽しんだ。
何とか、前方に進み続けると、プレイヤーの目の前に真っ白なNPCのようなものが出現した。俺は、話しかけることに。
『ツグ……。 ボクは きみと でたえてよかった』
表示されたテキストを読むにつれて、上がっていた口角が徐々に下がっていくのが分かった。俺は目の間に現れた人物が誰かを理解したのだ。テキストを読み進めると、そのテキストの左上に名前が表示された。
そこには『ソウジ』と表記されている。
『きみが ひとりぼっちのボクを みつけて くれたんだ』
「……ソウジ」
「ソウジさん……! どういう事? そこにいるの?」
ゲーム画面に向かってヒトミは、必死に声をかけるが返答はない。それもそのはずだ。俺は『???』の言っていたことを思い出してた。
このゲームは俺の人生の過去を媒体にしている。
そしてプレイヤーはその過去を進めることになるのだ。
過去には限りがある。ゲームを進めれば進めるほど、過ぎていく出来事はいずれ現在の俺に近づいていく。おそらく、先ほどのピラミッドのフロアは俺とヒトミ、そしてソウジとの過去から抽出されたものだろう。なら、目の前に現れたソウジは……。
「落ち着け、ヒトミ。コイツは過去をもとに作られたただのNPCだ」
「あ……そっか」
「テキストを読み進めるぞ」
「うん……」
『ボクと ツグは にたもの どうしだって おもってた』
『でも ほんとはちがう ボクがツグに あこがれたんだ』
『でも ボクはツグみたくは なれなかった』
テキストを読み進めれば進めるほど、俺はボタンを押すことに戸惑いを覚えた。だれだってそうだろう。嫌なものや、忘れたい事実を直視できる人間の方が少ないのだ。それでも、俺はテキストを読み進める。
その先に何が待ち受けていても進まないといけない。闇の中に独りでいるソウジに目を向けなければならない。
俺は『勇者』なのだから。
『ボクは つよくなれない』
『だから ツグは どうか そのままで いてほしい』
『ごめん……。 そして』
『さようなら』
最後にソウジのNPCはそう告げて、俺に背を向けると、闇の中に姿を消していった。
それと同時に、画面には大きな扉が現れる。おそらく、このフロアはクリアしたのだろう。先に進めるのだ。
「……行こう」
「うん」
俺はゆっくりと深呼吸をして、扉を開く。扉の先には、これまでにない禍々しさと、喉を潰すような怨嗟の声が感覚として伝わってくる。コントローラーを握る手が気が付けば震えていた。この先に『???』が居るのだ。
だがすぐに震えが止まった。
ゲームを楽しむ。その熱意を、何度も心の中で、自分に言い聞かせたのだ。
大丈夫だ。
隣にヒトミがいる。トラクエを救うと決めた。ソウジを取り戻すと誓った。俺はもう、何もない人間ではない。無意味なんかじゃない。
ゆっくりと、十字キーの前ボタンを押した。プレイヤーは扉の先に進む。そして、画面が切り替わった。
切り替わった先はあたりが水に囲まれた広間のような場所であった。通路は螺旋階段になっていて、プレイヤーは階段を駆け上がっていくと、当然地響きが起こり、画面が揺れる。まるで心臓が脈を打つかのように、その振動が足裏に感覚として伝わる。階段を上がるたびにその感覚は強まった。
階段の先で、何かが起きている。
俺は冷や汗を拭いながら、深い溜息を吐く。プレイヤーはついに階段を上り終えたのだ。画面に映るのは巨大な門。俺はプレイヤーを先に進める。門にある程度近づくと、独りでに門はゆっくりと開き始めた。
深い闇が張り付いているかのような暗闇が、開かれた門の先から覗いてくる。
……なにか金属音のようなものが、ゲーム内から聞こえてくる。
「ヒトミ。ゲームから、何か聞こえるか?」
「聞こえないけど……。 イッチーは聞こえるの?」
「ああ。 多分これ……」
「戦っている音だ」
鼓膜を揺らす金属音は、剣と剣がぶつかっている音。門の暗闇の先から放たれる威圧には、闘気が溢れているようにも感じる。
今度は、迷わずに十字キーを押した。プレイヤーは大きな門をくぐる。
すると暗闇は消えて、画面には一人の鎧を身にまとったNPCと『???』の姿があった。二人が戦っていたのだ。
すぐに近づこうと操作したが、コントローラーは反応しない。
NPCは『???』に何度も突進しては跳ね返されている。
「これ……トラクエⅢのノルテガとキングヒュドラの戦闘シーンみたい……」
隣に居るヒトミがそう呟く。
「これ、トラクエⅢでもあるイベントなのか?」
「登場人物は違うけど、全く一緒。 このあと、ノルテガは戦いの破れてしまうの。 いま、突進してるNPCのほうだよ……!」
『あなたの おもいどおりには させない!』
そうテキストが表示されて、画面が切り替わった。正面からNPCと『???』が向き合っている。
そして、テキストが表示される。
『これいじょう トラクエを うばわれる わけには いかない!』
表示されたテキストの左端には『イデア』と表記されている。その名前は、決戦前日に俺にヒントをくれた女神の名前だ。
「イデア……なんで『???』と戦ってるの⁉」
「わかんねぇが……おい! 俺も戦わせろ!」
操作ができない以上はゲーム側に語り掛けるしかない。
『おっと。 ようやく来たみたいだね。 ハジメツムグ』
『???』は直接脳内に語り掛けてくる。
それと同時に、テキストが表示された。それはイデアの言葉だった。
『ツムグ……。 いまは さがっていて ください!』
イデアはそう言い放つと『???』に飛び掛かりけんを突き付ける。しかし『???』に接近すると、半透明の白色の殻のようなものが『???』を包んで、イデアの攻撃を跳ね返した。
『傍観する必要はないさ。 オレを倒しに来たんだろ? だったら、協力して戦えばいい』
「最初からそのつもりなんだよ! お前を倒す!」
『倒す? まだ勘違いをしているね。 ……いいだろう。それを含めて、今ここで証明しよう』
『絶対的な力の差ってヤツを』
『???』の語り掛けを合図に、画面は再び切り替わり、戦闘画面に移行した。
『???』が現れた!
テキストが表示され、選択コマンドが表示される。いつもはプレイヤーの『勇者』しかパーティーの表示欄には映されていないが、今回の戦闘にはイデアが仲間としてパーティーに加わっている。
『さくせんで あれほど たたかいには さんかしては ダメだと いったはずです!』
「そうなんだけどよ。 お前が一人で戦ってんのに、見たままなんてできねぇよ。力を合わせて、一緒に倒すんだ!」
「そうだよ! イッチーと、私と、イデアさんで倒そ!」
『まったく あなたたちは……。 しかたありません! さくせんと つたえたことは おぼえていますね?』
「おうよ!」
俺は勢いよくイデアの質問に返答した。
一ターン目。『諦め』の能力に使用し、二階連続で攻撃を選択する。破壊滅の剣の会心の特性は発動したまま、呪いの誓約を無視した攻撃。さらにはランダムで燃え盛る火炎を食らわせられる。現状において《《裏ワザ》》を使用しない状態での最強の攻撃体勢である。
『かつてのてきを みかたにつけたのですね。 あなたは やはり、ひとをひきつける ちからがある』
イデアの言葉に俺は口角を上げる。
『馬鹿々々しい。 どんな小細工をしても、オレには勝てない!』
先攻。最初に攻撃を繰り出したのは『???』で、ギガゲインという呪文を打ち放った。威力は二三三。体中に焼け焦げるような痛みが走り回った。その激痛は、まるで血管の中を通るようだ。
「痛ってえええぇえええ!」
少しでも気を抜けば、意識が飛ぶ。何とか痛みに耐えるために俺は叫んだ。
続いて、俺の二連続攻撃。二回の攻撃の内、最初の一回目で会心の一撃が発動。そして、二回目は痛恨の一撃が発動した。威力は六〇〇だ。
「どうだこの野郎! 驚いたんじゃねぇか?」
『所詮小細工だよ。 オレにとってこのダメージ数は、かすり傷にもならない』
『???』の二回目の行動。今度は通常攻撃で、俺を切りつけた。威力は八〇。胸部に深い斬撃の感触を味わう。
一ターン最後の行動であったイデアはベホムという呪文を俺に向けて唱えた。仲間一人のHPを全回復する呪文だ。ベホムのおかげで、体中の痛みから、俺は解放された。
『かいふくは まかせてください。 あなたは ぜんりょくで こうげき を たのみます』
「わかった!」
二ターン目。俺はもう一度攻撃を二階選択した。専攻は俺で二階連続攻撃を行う。今度はクリティカルは発動せず、三〇〇。
続いて『???』はイドラにミラゾルマを放った。威力は一五〇。そして二回目の攻撃は通常攻撃で八〇ダメージを与えられた。俺の残りHPは三二〇だ。
最後にイデアは俺に補助呪文のバイグルトを使用した。俺は通常攻撃の威力が二倍になる。
これで次の攻撃は通常攻撃でも会心発動時と同じ威力を与えられる。
三ターン目。俺はもう一度攻撃を続けて選択した。
今度も通常攻撃だったが、バイグルトのおかげで、威力は六〇〇に。今までで与えたダメージは一五〇〇だ。
「どうだ! お前か余裕ぶっこくのもそろそろ無理なんじゃねえか?」
三ターンで一〇〇〇以上ダメージを与えたのだ。ここまでの経緯を知らない『???』は、以前の俺との明確な変化を身をもって実感しているはずである。
そして、ここからが勝負を左右する正念場だ。一気に畳み掛ける必要がある。
「イデア! 頼んだ!」
『はい!』
俺の指示にイドラが返答すると、『???』よりも先に、イデアが道具を使用し、行動を先回りした。
道具の名前は『光のオーブ』。
この道具は『???』の弱点であり、現状を打開する切り札だ。
本来、作戦ではこの『光のオーブ』をイデアが『???』との戦闘で使用し、そこから俺が『???』と戦う予定であった。
「お前のバリアは剥がさせてもらうぞ!」
光のオーブの使用すると、画面から強烈な光が放たれる。俺とヒトミは目を細めながら、画面を見つめ続けていた。
「魔王は闇の羽衣を身に着けてる。そのバリアを解除しないと、到底勝てなかった! けど、イドラさんの協力で闇の羽衣を剥がすことができた! これで『???』は弱体化する!」
光は次第に弱まり、『???』から黒い渦のようなものが漏れ出している。そしてもう一度強い光が放たれた。
闇の羽衣が外れた!
テキストが表示され、俺と一美はそれを目にするとガッツポーズをする。
『……へぇ。闇の羽衣を打ち破る術を。 イドラがねぇ。 よく考えたものだ』
『???』は冷静に淡々とした口調でそう囁く。
「ただやられて終わるだなんて思うなよ。 俺は、お前を倒しに、ここに来たんだ!』
『どのみち、君じゃオレには勝てないよ』
三ターン目最後の攻撃。『???』はギガゲインを放つ。パーティ全体に二五五ダメージ。イデアも深手を負ったようだが、俺も残りのHPが六五しか余っていない。ギリギリだ。
だが、勝算が無いわけではない。このまま根気強く立ち向かい続ければ『???』だって余裕がなくなり、膝をつく瞬間が生まれるはずだ。相手が弱った瞬間は逃さない。
『ベホムゾン を となえます!』
三ターン目が終了しようとした瞬間。イデアが呪文を唱えようとする。
『させるわけないだろ』
だが『???』が先にマホフーンを発動し、イデアの呪文を封印した。
「そんな……。 イデアさんの呪文が……」
補助をしてくれていたイデアの役割を潰された。流石としか言いようがない。『???』の戦略性は魔王の名にふさわしいものだ。
「まだ勝負はこれからだぜ」
四ターン目。俺の行動一回目は道具選択で『賢人の杖』を使用。行動二回目は通常攻撃を選択した。
一ターン目。一番最初にイデアが『凍てつくす波動』を発動する。
『何故、お前がそれを持っている?』
『あなたに こたえる ぎりは ありません!』
「凍てつくす波動は、主に魔王が持ってる特殊技……。 効果は補助系呪文や、マホフーンやマリホーなどの状態異常を全て無効化することができるの」
「……相変わらずだけど、ヒトミ。 トラクエ知識サンキューな!」
凍てつくす波動の効果により、俺は賢人の杖の仕様でMP消費無しでベホマを唱える。俺はHPが回復した。そして、行動二回目の通常攻撃で『???』を切りつけた。ダメージは一五〇。先ほどの凍てつくす波動の効力によってバイグルトの攻撃力強化はかき消されている。
今度は『???』の反撃。ミラゾルマ、マギクロスをそれぞれ二階行動で放たれた。合計二九〇ダメージ。
「大丈夫なのか? イデア!」
イデアは戦闘のさいしょから仲間なのだがHPを含めステータスが表示されていない。そのため、確認の仕様が無いのである。
最後に、イデアは自分にベホムを唱え、回復し。これで四ターン目は終了した。
『……そろそろ。気がつかないかな』
五ターン目。に入った瞬間。冷静な声音が、俺の脳内に響き渡った。
『???』が毅然とした態度を崩さず、そのまま語り掛けていたのである。
「随分おとなしいじゃねぇの。 内心焦ってるんじゃねぇのか?」
俺は『???』を挑発するが。反応は帰ってこない。
『無意味なんだよねぇ。 君たちの奮闘の何もかもが』
しばらくの沈黙の後、ようやく返ってきた『???』の言葉に俺は舌打ちをした。
「お前、何言ってんだ。 確実に攻めて、渡り合えてるはずだろ!」
『ナナセ ヒトミ。 それに、イデア。 君たちはすでに気がついているはずだけど? オレから闇の羽衣を取って、いったい何が変わった?』
俺の問いかけを無視して、ヒトミとイドラに『???』はそう尋ねた。
「闇の羽衣を剥がしたのに、防御力が変わってない……?」
『???』からの問いかけに、すぐ返答したのはヒトミだった。
『だいまおう のみ がもつ。 とくせい。ゾルマ が みにまとうバリア。 ステータスのぞうかと きょうか が ふよされるじょうたいです……。 それが かいじょされて、ツムグの つうじょう こうげきが ぞうかして いない……』
『そう!君たちの言うとおりだ。いい加減馬鹿でも気がつくだろう?』
「効果が持続しているってことかよ?」
闇の羽衣の効果が継続している。だとするならば『???』の弱点をついたイドラとの一つ目の作戦は無駄になったことになる。
「どうして……? 闇の羽衣の効果を改変したって言うわけ⁉」
怒鳴るように、ヒトミは『???』に聞く。すると、俺の脳内で、かすれた笑い声が聞こえる。その笑い声は次第に大きくなっていった。
嘲笑。である。
『勘違いしている。オレの目的はトラクエをこの世から消滅させることだったろ? オレの言うトラクエというのは、この世の全ての存在、思い出。感情の事なんだよ』
『???』の言葉に、俺は目を見開く。そして、画面を睨んだ。
「トラクエⅢ以降の闇の羽衣の効果……ってことか」
『そう言う事だよ。君たちが相手しているのは、トラクエの全てといっても過言ではない!』
『???』が干渉したのはトラクエに関するすべての事柄。この世界にある一つの存在と概念をかき消そうとしていた。対象の人々の記憶や、ゲームの存在に干渉するのであれば、当然想定できることなのだ。
『君達じゃ、到底勝てない。 何度でも言うよ。 無意味だ!』
『???』はそう言い放って笑い声を響かせる。
俺とヒトミは俯いた
『トラクエを救う? 矮小な君達が? 笑い話にも程があるんじゃないのぉぉ?』
『トラクエの歴史を君たちだけでどう動かす? 最初から、勝ち目なんてないのさ!』
『そうだねぇ。 敗因はぁ……ハジメ ツムグ! 君がこのゲームを始めたことさぁ!』
しばらく沈黙が部屋を支配した。
聞こえるのは蝉の鳴き声と、風鈴の揺れる音。
そして。
わずかに聞こえる。笑いをこらえる俺たちの呼吸だ。
『どうした? 反論なしか? だったらそろそろ終わりに……』
「逆に聞くがよ」
俺は『???』の語り掛けを遮った。
「それで終いでいいんだよな。 お前の余裕ぶっこいた。 威勢お披露目ショーは」
ゆっくりと俺は顔を上げて、笑みを画面に向かって見せつける。
『……は? 何言ってる』
「鈍いなぁ。お前」
『???』の怒号を無視して、俺は深呼吸をすると、画面に指をさした。
「覚悟しろよ」
「お前と戦うのに、ただゲームの知識集めをしたと思うな?」
「ここからが……」
『「「反撃、開始だ!」」』
俺と、ヒトミ。そしてイドラが一斉に『???』に向かってそう言い放つ。
イドラから教えてもらった。もう一つの『???』の弱点。
それを実行するために、俺は『真・攻略設定書』のノートの一部を破った。
『その紙きれで何ができる?』
「急かすなよ。黙ってみてやがれ」
俺は破った『真・攻略設定書』の一部のページを破ったものに、今度はいくつか単語を書き込む。
これで準備完了だ。俺はその紙を画面に見せつける。
破ったノートのページに書き込まれているのは、ある呪文と武器の名前、そしてNPCの台詞。
呪文は台風を巻き起こすマギクロス。台詞は『おおぞらは おまえの もの』というもの。
「イデア頼む!」
『はい!』
イデアに声をかけ、今度はターンを無視してイデアが『思い出の鍵』を使用する。すると、画面は強烈な光を放った。俺はその瞬間ヒトミと顔を合わせ、口を開く。
「不死鳥レミアに乗り、大空から嵐を放つ大呪文!」
先にヒトミがそう告げる。それに息を合わせるように、続けて俺が発言する。
「MPは三〇。威力は一〇〇〇。全体範囲攻撃。 名は!」
深呼吸し、俺とヒトミはその呪文の名前を口にする。
「「レミア・マギクロス!」」
俺たちが呪文を唱えると、画面にレミア顕現し、上空から幾つもの嵐を引き起こす。
俺はレミアの背中にいる感覚を得ながら、激しいか乱気流が束になり『???』にゆっくり近づいていくのを見た。
巨大な嵐は何もかもを吸い込んでいく。突如として現れたそれに『???』は身構えることなく巻き込まれ、嵐の渦の中で『???』が悶え苦しむ声が脳内で響き渡るのが分かった。ダメージを与えられている。
その証拠にテキストには『???』に一〇〇〇ダメージと表示された。
『なんだ! なんだこれはぁあ! こんなデタラメ。 一体何をした⁉』
「これが、俺の切り札だ」
俺は画面にかざしていた紙きれを自分の方に向けた。すると、紙切れはまっさらな白紙に変貌していることを確認する。
「お前の能力を応用したんだよ。 干渉する能力は、ゲームから現実、そして現実からゲームも可能だった」
ゲームバッチを使用したのがその一例だ。俺は過去に関する現実での道具を使用してゲームを進めた。それと同じように、俺は現実の『過去』に関する物を媒体にして、それをゲームに干渉し実装したのである。それが昨日までに創り上げた『真・攻略本』だ。
「ただ、それだけじゃねぇ」
俺の能力は干渉する事ではない。あくまでそれはゲーム側のシステムに従っただけであり、俺の能力はその『干渉』を利用して、編み出した裏技のようなものだ。
「お前だって、干渉を応用した。お前の能力は記憶消滅させる事じゃなかった。 記憶を消したんじゃなくて、トラクエと俺の記憶を奪ったんだろ?」
「お前の能力その正体は、剥奪者。対象を奪って、自分のものにする能力」
『入れ知恵か……。イデア、君の仕業だね? 余計な事をしてくれるッ……!』
『あなたを とめるため わたしは ツムグたちに それを おしえたのです』
前日。イデアが現れ、俺とヒトミは『???』の能力について知った。
剥奪者。
曰く、対象の存在、特性、思想を含め、その全てを取り込む能力。奪う対象は『Re:makers』のプレイヤーに限定され、そのプレイヤーである俺の過去は、トラクエに深く根強い関係性を持っていた。そのため『???』はここまで強大な力を手に入れたらしい。
『???』は現実に干渉し過去を消すのでは無かった。
過去を『奪う』のである。
手強い能力だが、打開策、つまり弱点もある。
一つは、対象が奪われた事象、それに関与するものを思い出す事。剥奪者は、対象の『過去』を奪う。奪われた対象は思い出す事ができなくなる、あるいは、思い出されなくなってしまう。
しかし、外部からの『奪われたもの』に関する干渉が発生した場合。奪われたという事実の辻褄が消えてしまう。個人だけが所有する記憶でない限りは、共通の過去を持つ人間を消さない限り、完全にその対象を奪うことは不可能なのだ。
二つ。記憶において、関与する情報の詳細は『???』は手を付けることができない。という事。例えば、先ほど俺が使用した『レミア・マギクロス』はトラクエにはもとい存在しない呪文だ。この呪文は俺が『過去』に創り上げたもので、いわゆる二次創作だ。
それを知るのは、過去の俺だけ。この呪文の元ネタは、俺が小学生の時に、誰に公表することもなく押し入れに入れておいた『オリジナルモンスター設定資料集』というものに入っていた紙きれである。それを昨日のうちに書き写して『真・攻略設定書』に記録していた。
この場合、疑問に浮かぶのは俺の過去を利用したものが、なぜ『Re:makers』の媒体になっておらず『???』も知らなかったのかという事。
『レミア・クロス……。思い出して、オレから奪い返したと言う事か……!』
『???』の回答に俺がゆっくり頷いた。
「奪われた記憶は思いだすことで、取り返せる。つーことは、思いだせば、お前が再び奪わない限り、それは元の所有者のものとして使用できる。 当然だよな?」
奪った記憶を『???』は自分のものにすることはできない。俺の記憶は、俺の記憶のまま、そこに存在するのだ。
「知ってるか? すでにあるものを組み合わせて、新しいものを造る。これは、ゲーム作り。その他すべての創作品の基本だ。無から有は生み出せねぇ」
俺は画面にゆっくと腕を伸ばし、手の甲を見せる。そして、人差し指だけを伸ばしてほかの指をしっかりと握りしめた。
「創造力。 それが俺の能力だ」
創り上げたもの。それは俺個人の記憶であり。たとえそれを忘れても、一度考え形にしたものは、記憶ではなく魂に刻まれる。なぜなら創ったものの全ては、俺の魂から分け与えたものだからだ。
たとえそれが既存のものを利用した二次創作だろうが。類似点が多いものだろうが。『創りたい』と芽生えた感情は、俺だけのものなのだ。
それは、誰にも奪うことのできないもの。
『創造力……? そんなもので僕を倒せるって言うのかい?』
「ああ。借りものでしか勝負できないお前に勝てるとっておきだ」
『バカバカしい。所詮矮小な君だけの創作で、いったいこの状況の何を変えるって? 言ったはずだ。君たちが相手するのはトラクエそのもの。思いの力で戦う? 格が違うんだよ。身の程を知らないのかい?』
「ああそうだ。所詮矮小な俺だけの創作だ。 実際はただくっつけただけのもんだよ」
マギクロスと不死鳥レミアを合体させたらどれほど強い技が創れるのか。たった、その一つの感情だけで生み出したもの。それが『レミア・マギクロス』である。
「だけどな……。 大切なのはそこじゃねぇ。 俺が創りたいって思ったんだ。それは、俺だけの大切な感情なんだよ」
『君にどれほどの価値がある?』
「んなもん。 知らねぇよ。 価値なんて死んでから誰かに着けてもらえりゃいいだろ。 あそうだ。ヒトミ、俺が死んだ後の価値査定頼めるか?」
「ヤダよ。 なんで私がイッチーの価値なんか決めないといけないの」
笑いながらヒトミはそう答えてくれた。俺は笑みを返すと再び画面を見つめる。
「とにかく御託は良いから戦闘やろうぜ。魔王さんよぉ」
俺はにやりと胸の高鳴りを抑えるように口角を上げた。通じるか、通じないかは『???』に打ち勝って証明する。これからが、反撃の始まりである。
戦闘を再開し、五ターン目。俺は選択コマンドの中の攻撃を二連続で使用する。そして、すぐに『真・攻略設定書』のページを一枚破り、それを見せつける。
その紙切れに記されていた情報は『隼の剣』『イデアの剣』というもの。
行動開始時。俺の攻撃よりも先に、先制攻撃でイデアが『思い出の鍵』を使用する。それを合図に、俺とヒトミは先ほどのように概要を、呪文のようにして唱えた。
「威力は一二〇〇。ギガゲインの二階連続攻撃。MP使用は四〇! 技の発動後、プレイヤーは一回行動不能になる!」
「勇者と女神との連撃。イデア・ギガゲイン!」
すると、画面は発光して、今度はイデアが現れると、ギガゲインを放つ。それを俺は天に掲げた剣に纏わせて、二階連続で『???』に雷の斬撃を放った。
それぞれ威力は六〇〇。合計で一二〇〇の特大ダメージだ。
額から滴る汗を拭うことなく。俺は深呼吸をする。一度は行動不能になると設定した強大な必殺技である。コントローラーを握る両手に強い痺れと激痛を感じるのだ。
しかし、通常では与えることのできない規格外のダメージを『???』が食らっているのは確かだ。順調に、俺の能力を証明できている。
これなら、勝てるはずだ。
「???の敗因を教えてやるよ」
それは、先程『???』が俺に言い放った台詞の言い回しを真似たもの。俺は悪戯に笑みを浮かべる。
「お前、俺がゲームを始めたから勝てないって言ってたけど。逆なんだよ。 ゲームを始めたのが俺だったから、お前は負けるんだよバーカ」
そう言い放ち、俺は盛大に『???』を煽ってやったのだった。
『なるほど……。創造力ッ! そうか。君に相応しい、小賢しい能力だ。 本当にうざったい』
俺とイデアは、すでに攻撃を終えた。創造力によって放つ技たちは、イデアの協力がなくては発動ができないものだ。強烈な一撃を放つ代わりに、大きなデメリットもいくつか存在する。
「どうする? お前も少しは余裕じゃなくなったんじゃねぇか?」
『そうだねぇ。誤算が少し大きい……だけど、攻略出来ないわけじゃないだろ?』
「ああ。お前の言う通りだ。 これから俺とお前で真っ当なゲームしようぜって言ってんだよ」
『……ゲーム。ゲームねぇ。 君はまだ気が付いてないんだね』
五ターン目。最後の行動は『???』の呪文による反撃であった。放たれた呪文は『ギガブレイカー』という全体呪文。ダメージは三〇〇。全身が雷に包まれ焼き尽くされるような感覚に俺は苛まれた。
『君と俺には圧倒的な力の差に。 足掻き続ける愚行に』
そう『???』が言い放ち、補助呪文である『バイグルト』を唱えた。さらに『ためる』を発動する。すると、テンションという数値が五パーセント上昇した。
「テンション……?」
『まずいです。 テンションは トラクエⅧ いこうに じっそうされた システムのひとつです。 かさねがけ することにより、あたえるダメージ が じょうしょう します!』
テキストが表示され、イデアが伝えてくれた。つまり強化システムという事だろう。『???』が奪ったトラクエの歴史が俺たちに襲いかかる。
『次で全て終わらせよう』
『???』はこの発言の後に、さらに『ためる』を何度も重ね掛けした。重複するたびに、テンション数値は上昇し、ついに一〇〇パーセントにまで到達した。
「上限ってことか……粋な事するぜ。 次で決着つけるなら、俺も全力で戦わないとな!」
俺は、口角を上げる。それは純粋に戦いを楽しむ者の笑みだ。死をも弄び、勝利という悦に縋り、その欲をすする獣の笑み。
楽しむとは、この時のためにある言葉だろう。
六ターン目。夏に化かされることなく、熱い息を吐き、俺は高揚を感じた。隣でヒトミは何も口にすることなく、緊張が宿る視線をモニターに向け続けている。俺はゆっくりと空気を吸い込んで、呼吸を止め、しばらく目を瞑る。
これが、俺の『創造力』を使える最後のターンだ。
心の中で静かに呟き、俺はため込んだ息を一気に吐き出した。そして、攻撃を選択した。二回連続の通常攻撃だ。
「行くぞ!」
そして『真・攻略設定書』のページを破る。そこに書かれているのは『凍てつくす波動』『ミラゾルマ』『ヒョダルコ』の三つの単語。俺はその紙を勢いよくモニターにかざした。
イドラはそれを合図に先制行動を取り、思い出の鍵を使用。それにより紙に書かれた言葉はゲームの世界に干渉、プレイヤーの中に情報が取り込まれる。
情報は刻み込んだ。次は、それを技にするための肉付けである。これはヒトミと俺の役割だ。まずはヒトミから。
「威力は一二〇〇。呪文発動後、プレイヤーおよび、パーティー全員の行動不能状態!」
「敵の効果を全て打ち消し、魔王の一撃を与える合体呪文!」
『「「魔王究極波‼」」』
呪文を唱えると、勇者はコントローラーを握る左右の手から、それぞれ灼熱と氷結の相反する感覚を感じる。アドローアとは、かつてトラクエをテーマにした少年漫画にて登場した大陸消滅魔法のことである。小学生の俺はそれをさらに強化したようだ。小学生の思いつくことは大概が無茶苦茶である。
だが、その無茶苦茶に勝機をかける。
プレイヤーは自分の相反する二つの力を合掌し、一つにする。だが、結合はうまくいかず、ミラゾルマの熱と、ミョダルコの霜だけが結びつき、巨大な爆発を引き起こした。
大爆発は見事に『???』に命中する。一二〇〇ダメージ。魔王究極波の効果によって『???』が発動していた全ての強化が無効化される。
「どうだ……! これが今の俺の出せる全力だ!」
呪文の反動で、俺は全身が痺れ、五感の全てが阻害された感覚に陥る。
『……これで、だめなら。 もうわたしたちに しょうきは』
『ない……!』
イドラが言い放った事に俺とヒトミは頷いた。これ以上、持ち出せる創造技をいくら『???』に消費しようが、意味が無いと作戦を計画した時点で想定していたためだ。これが『???』に対抗できる俺たちの限界である。
ダメージ表示のテキストを、俺は意を決して次に進めた。
結果は……。
『良い攻撃だったよ。魔王の呪文ってのは、センスを感じるものだった。でもねぇ。君たちが相手にしているのは』
『トラクエを知る人々の底知れない記憶の情報と、その歴史だ』
「嘘……だろ……?」
『???』は倒れなかった。
『君に教えてやろう。この絶対的な差を』
その発言と同時に『???』のステータスが表示された。それを目にしたヒトミは目を見開いたまま、口を開け制止した。絶望を目の当たりにしたのである。
「HP……九九九九九+って。 そんなの、勝てるわけ……ないじゃん」
HPおよびMPはこれまで目にしたことのない上限を超えた数値である。
『これが、君たちが対峙する。絶望そのものだ。 どうだい? それでも、ハジメ ツムグ。 君は戦う事を、諦めることをやめないのかい?』
「馬鹿……言ってんじゃねぇ。 それをやめたら俺じゃねぇんだよ……!」
たとえ、どんな絶望が俺の身に降りかかろうと、俺は決意した。大切な居場所を。大好きな『トラクエ』を取り戻すのだと。奪われた俺たちの思い出を全て取り返すのだと。たくさん泣いて、笑って、立ち向かった。果てしない冒険に、背を向けないように。
少年少女が、たくさんの思いを、希望を託した神ゲーを、これから先も愛するために。
「ここで、お前に負けるわけにはいかねぇんだよ……!」
『そうかい。 本当に、最後の最後まで、癪に障るヤツだったよ。君は』
『???』はそう俺に言葉を残して、とどめの呪文『リフラム』をまるで囁くように唱えた。
『リフラム……。 まずい、そのじゅもんは! ツムグ!』
「イッチー!」
二人の声を聴きながら、俺は光の中に包み込まれるようにして。
死んだ。
皆さんがもし夢があるなら、この物語を思いだしてくれると嬉しいですね。それではまた