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chapter6

どんなゲームでも、その時プレイした思い出だけは、プレイヤーの記憶の中で色あせない宝物。ですよね。僕も小さなことに覚えた興奮を未だに思いだして、楽しめる。それが、ゲームの魅力の一つだと思ってます。

 一年のブランクは、相当なものだ。この猛暑の中、スーツ姿で歩き回るのがこうも過酷だとは。

 久しぶりの就活。昨日までの三日間。俺は就職支援サイトや、求人などの情報を読み漁っていた。今日受ける面接は全部で三社だ。


 炎天下、唸るアスファルトを眺めながら、俺は歩き続ける。早々に上着を脱いで、俺は額をハンカチで拭う。

 蝉の声も満ち満ちている。


 しかしながら、何事もポジティブ思考だ。なにせ、三日間練りに練りまくったスケジュール。初日から気合を入れずにどうする。大体、働いていなかった俺が、職業復帰は難しい。

 幸い、学生時代に習得した資格はあるのだが。


 「スーパァー! スラーシュッ!」

 「効かん! バーリア!」

 「ず、ずるいぞ! ゆうしゃの攻撃が効かないなんて!」

 「魔王はサイキョーなんだ! ふはは!」

 「ぐぬぬぬ……」


 俺が気だるく歩いていると、公園で溌剌(はつらつ)と遊んでいる子供を見かけた。思わず立ち止まって、子供たちを眺める。

 思わず笑みを浮かべた。



          ◇◇2◇◇



 一社目は、エンジニアを募集していた会社。

 面接官は三人。右から、優しそうな女性。中年のふくよかな男性。そして目の下にクマがある不健康な男性。


 「貴方の個性について教えてください」

 「はい。私の個性は、何事も緻密に分析することです。気になれば、調べますし……御社ではチームワークが重要である。と掲示板や広報サイトなどでも拝見しているので。 この能力をぜひ生かしたいです」


 「そうですか。 では、貴方が一番続けてきた事はなんですか?」


 続けてきた事……。

 「はい……。私が一番続けてきた事は……」


 俺は、質問に答えようとするが……。言葉を発することができない。


 「大丈夫ですよ。 ゆっくりで良いですからね」

 と。右端の女性の面接官が俺に語りかけてくる。それでも、早く質問に答えないといけない焦燥感は抑えられない。


 俺は、今まで『何を』ずっとやってきたのか。


 「ええと……。私は」

 どう頑張っても。俺は答えを示すことができなかった。

 「……すみません」

 「良いですよ。それでは、次の質問に移りますね」



 一社目はダメだった。

 質問を一つ答えられなかった。

 何かしら嘘の理由でも言えば良かったが、それを言おうとすると言葉が詰まってしまった。その後は流暢に返答できたのだが……。


 落ち込んではダメだ。二社目で挽回する。

 俺は気合を入れる。



          ◇◇3◇◇



 二社目も上手くいかなかった。


 「履歴に空白期間がありますが、その間は何をしていましたか?」

 という質問。俺は、ニートだ。勿論、働くために何かを頑張った。という記憶がなかった。ここは開き直ってはっきりと「特に何もしていません。ですが、そんな自分を変えたくて御社を受けました!」と、言ったのだが。


 苦笑いされた。


 いや。仕方ないではないか。嘘をついても仕方ない。……と、言いたいところだが。正直相当の落ち込んでいる。

 彷徨うように訪れたファミレスで、俺は昼食を済ませ、氷が溶けたアイスコーヒーを啜っている。


 次が今日最後の面接。三社目はIT会社だ。

 もともと、俺はゲームを作るという夢を目標にしていた。そのためにプログラミングなどを多少なりとも学んで、それなりに専門の資格を取得している。

 歳を取るにつれて、プログラミングは性に合わないと思いゲームデザイナーを夢見たが。その夢も今後見る事はないのだ。

 使えるものは使わないと意味がないだろう。


 気合を入れることもできず、半ば自暴自棄になりながら、俺は三社目に向かうことにした。


 移動している途中、古いゲームショップを見かけた。外で店員がチラシを剥がしている。チラシに掲載されていたのは『トラクエ』というゲーム。きっと、有名ではないのだろう。売れないと、こうもぞんざいに扱われるのだ。可哀想に思える。


 「なんか……。俺と一緒みたいだなぁ」

 おこがましいが。俺はなんとなく、そう思った。



          ◇◇4◇◇



 「一番続けてきた事はなんですか?」

 三社目。面接官は二人。一人は女性で、もう一人は、不健康そうで髭を生やした男性だ。その男性はスーツを着ていない。アロハシャツを着てサングラスをつけている。


 ……変な会社受けてしまったか?


 「はい。一番続けてきたのは……。好きなゲームの分析……とか、ですかね。研究と言ったほうがいいと思います。ひたすらバグとか見つけたり……」

 「かぁ〜ヤなプレイヤーだねぇ君ィ」

 と、アロハシャツを着た面接官が俺にそう告げる。

 「は、はい。プログラミングは一通りできますので、よく調べては攻略サイトとか作って載せてました」


 「では、次の質問に移らせて頂きますね」

 「はい」


 「今、貴方に夢や将来的な目標は、ありますか?」

 女性の面接官の質問に。俺は背筋を硬らせ、冷や汗が溢れるのがわかった。


 嫌な質問だった。

 「……いえ。 私には夢は……ありません。 しかし、将来的な計画があり、それを実行するために建設的な……」

 「君さァ。 なんか、違うんだよね」


 「……へ?」

 突然、アロハシャツの面接官が俺の回答を遮ってそう言い放った。会場に緊張感が敷き詰められたようだった。

 俺は戸惑う。それは、隣にいた女性面接官も同じだった。


 「……ちょっと、困りますよ。またそうやって変なこと言ったら……」

 「いいの。いいのぉ〜。 ここはさ、ね? 僕に任せてって」

 アロハシャツの面接官に、女性面接官は不満そうな表情を浮かべたまま「……わかりました」と告げる。


 ……本当にこの会社大丈夫だろうか。


 俺は、心の底から心配になってきた。

 ポロシャツの面接官は俺の目をじっと見つめる。


 「あのさ。 君の長所だったり……。 さっきの質問の、えっと、何だっけ?」

 「……夢です」

 女性面接官はため息混じりにそう伝える。

 「ああ! それそれ。思い出した」


 記憶力どうなっているんだ。さっき質問したじゃないか。と、俺は思わずツッコミを入れたいが。我慢をする。

 「まぁ〜。 とにかくだね。君さ」


 「本当に、夢。無いの?」


 「……はい」

 ポロシャツ面接官の質問に、俺は首を傾げる。質問の意図がわからなかった。俺は無いと答えたのだ。それ以上でも以下でもない。


 「本当にィ? いやね。ごめんね失礼だけどさ。 ……それでも、君が持っている長所であったり、個性であったり。 夢もそうだ」


 「なんだか。違う気がして。違和感が凄いんだよなぁ」

 「は、はぁ……?」

 いよいよ俺は、苦笑いを浮かべてしまう。

 だいたい、俺の個性や特技。夢は。俺が一番理解している。それを否定される筋合いはないのである。


 「もっと、やるべき事。あると思うんだよねぇ」

 俺は段々と、怒りの感情が芽生えてくるのが分かった。今までの俺を知らない人間が、俺の何をわかると言うのだろうか。

 アロハシャツの面接官とのやり取りで、会場の空気がぎこちなくなった。

 その後は、支障なく面接官が続いた。やる気は無くなりかけてはいたが『会社に有益な自分』を、最後の最後まで売りにすることはできた。


 といっても、この会社で働く気にはならないのだが。

 ……三社とも全て完璧とは言えない結果になった。初日から失速が激しい。明日が不安になる。

 悔やんでも仕方ないのだが。


 「ねぇ、今度新作のゲーム出るの知ってる?」

 「知ってる! 僕買うよ!」

 「マジで! 一緒にやろーよ!」


 最後に面接を受けた会社から外に出ると、そんな中学生の会話が聞こえた。

 俺も、昔そんな会話をしたのだろうか。


 ……過去のことは思い出せない。


 そうこうしているうちに、気がつけば時刻は一八時だ。太陽が沈み始めている。夕日に背中を照らされながら、俺は帰路を歩き始める。

 視界の先には、夕日に照らされた建物や電信柱から抜け出すようにして影が伸びている。その影たちに俺は混ざり込むように歩いて行く。


 失敗の多い一日だった。


 帰ったら、しっかりと母とも話さなければ。

 「あの日からまともに会話してねえしなぁ……」

 そんなことを呟く。


 黄金(こがね)色の空。蝉の鳴き声。

 変わらぬ世界で、変わろうとする俺が、そこには存在した。

 体力を使い切った。久々に外を歩き回ったのだ。それに、精神的なダメージも大きい。今日は自分を労ってやりたい。

 そんなことを思いながら、俺は家の扉に手をかける。

 扉を開けると、視界に移るのは見慣れすぎた玄関。俺は革靴を丁寧に脱ぐと、すぐに消臭と、軽い手入れを済ませて、靴箱に直す。まだ夕日が顔を出しているためか、部屋の電気をつけていない廊下は薄暗い。


 軋む廊下を歩きながら。俺は真っ先に炊事場へ足を運んだ。母が夕飯の支度を済ませている頃だろう。

 俺は自分の思いを伝えないといけないのだ。


 ガラス戸から差し込む光。俺は迷わずにガラス戸を開く。すると、いつものように台所で、母親は料理を作っていた。


 「働くんだって?」

 母は俺の方へ振り向くことなく、背を向けたまま俺にそう言った。

 俺は、言葉を返す。

 「……ああ。 俺、ニートやめるよ」

 「そう」

 まるで無視するように、そっけない返答だった。


 「働いてさ。 この家を出てく。 もう休むのは……。逃げるのは」


 「もうやめるんだ」

 俯きながら笑みをこぼして、俺は伝えたかった思いを口にした。


 「もう……さ。 逃げるのは、懲り懲りなんだ」


 しかし、俺の意を決した答えを聞いても。母は手を止めることはない。静かな炊事場で、ガスコンロの火の音と、水道の音だけが聞こえる。

 電気のついた部屋の中で、母親は淡々と料理を続ける。俺は光の当たらない廊下で、それを見つめるだけだ。


 「し……しばらくは、さ。 お世話に、なるかもだけど……。 でも真面目に働いて、恩は返すから。 だから、今までありがとうな。母さん」

 「そう」


 母は先程と同じように軽い返答する。それが耐えきれなくて。俺は眉を顰めた。

 「……なんで、そんなテキトーなんだよ。 俺、変わるって言ってんじゃねえかよ」

 何故だか、母の態度が、ぞんざいに扱われる事が、俺は怖くなった。


 「……もういいんだよ。 なにもかも。俺はこれでいいんだ。 そう決めたんだよ。心配もしなくていいし、全部良いようにすすむじゃねえか。母さん……!」

 気がつけば、必死になって俺は母に説得するようにそんなことを言っていた。俺は母の姿を見ることすらできず、ずっと俯いたままだ。


 「変わらねぇ俺はもう必要ねぇよ! 俺は……。 俺は、変わるんだ!」

 だが。俺のその言葉を聞いた瞬間。母は水道の蛇口を締めた。

 急に空気が変わった。世界が静寂に包まれたのだ。


 しばらくの沈黙。俺は自分の呼吸だけが聞こえる世界に取り残された気分になった。



 「本当に良いの?」



 俯いていた俺は、思わず顔を上げた。

 母は、真っ直ぐな目で俺を見つめていた。


 「諦めて。 本当に、良いの?」

 もう一度、ゆっくりと、母は俺に尋ねる。小さく息を吐いて俺は返答した。

 「諦めたってなんだよ……良いんだよこれで。 俺はそろそろ現実見ようって」

 「甘えなさんな。 何かは知らないけどね。 アンタ今、自分に言い訳してるだけじゃないの? それで、正しくなれると思うの?」


 「……違ぇよ」

 拳を強く握りながは、俺は否定する。


 「だったら。 どうして、最初に私に、それを言わなかったの?」

 「それは……」

 「やましいことなんて無いんでしょ? 自信を持っていえるはず。 特にアンタはずっと、そうしてきたんじゃない」

 核心をつかれた意見だった。俺は生唾を飲みながら、視線から逃げるように、目を逸らした。


 「何も無い俺に。どうしろってんだよ」

 「知らないわよ。自分で考えなさいよそのくらいは」


 何にも、知らないだろ。

 俺は、自分の事がわからなくて、無価値な自分が嫌いで仕方ない。


 しばらく俺が口をつぐんで黙っていると、母は大きなため息を勢いよく吐いた。

 「……いつも教えてきた。 逃げる方がまだマシだって」


 「でも、諦めるのは、逃げるよりもダメだって。……何でか知ってる?」


 「……知るかよ」


 「それが、諦めないってことだから」

 俺の生意気な返答に対して、母が即座に返答した。

 俺は息が詰まりそうになった。

 そして、揺らぎそうになった心が俺の中にあることを気がついた。


 ……もう何も、昔の記憶を覚えてない俺は、一つだけ。あることを思い出していた。


 それは、母には、たとえどんな事で勝負に挑んでも結局勝てなかった。ということ。


 「今のアンタならね。 馬鹿で無謀な、世間知らずの昔のアンタの方が、まだマシよ」

 そう言いながら、母は俺に歩み寄る。


 「……ついてきなさい。 話があるわ」

 母は炊事場の電気を消すと、俺にそう告げて、縁側の方へ歩いて行った。


 ふと、暗闇に包まれた台所に視線を向ける。

 すると、窓の外から、月の灯りが差し込んでいた。


 気がつけば、夜だった。



          ◇◇5◇◇



 蝉の鳴き声。木々の囁き。それと、風鈴の音。深い夜空と、大きな満月。そんな世界の中で、もくもくと語りが夜空に吸い込まれていく。


 移動した縁側で、母は珍しく煙草を吸っている。俺が大人になってから、もう随分と、禁煙していたのに。


 「……それで、どうして諦めようとしてるの?」

 煙草の煙を吐きながら、母はそう尋ねてくる。

 俺は後頭部を掻きながら、ゆっくりと口を開いた。

 「……今の今まで、わがまま通してきて、そんな自分勝手なのが、嫌で嫌で仕方なくなったか……」

 突然、母は俺の頭を手刀で叩いた。

 「痛っ! 何すんだよ!」

 「さっき聞いた。 それは建前でしょうが」


 「どうして今更になって、夢から目を逸らしてるのかって。言ってんの」


 言いたく無い。俺は思わず心の中でそう思ってしまう。

 「……そうやって、答えられないと、口を閉じるの。 昔からのクセよね」

 母は俺に催促する。


 「……怖いから」

 俺は恥ずかしい気持ちを抑えながらそう答えた。そのまま理由を伝える。

 「独りが怖かった。 これ以上、自分が分からないまま、独りでいるのが辛かったんだ」

 本心だった。

 俺はもう、ほとんどの記憶を『???』から抹消それている。空っぽの抜け殻のような俺は、それを自覚するたび苦しくて仕方なかった。

 価値のない自分を知るたびに、痛くなったのだ。


 「働いてもねぇ、夢も追ってねぇし。 こんな俺に、存在意義なんて、ねえじゃんよ」

 『Re:makers』をプレイしたら、何かが変わるかもしれないと。初めてあのゲームを起動した時に、そんな幻想を抱いていた。

 結果がこれだ。

 俺は、最初から間違っていたのだ。


 だからこうして、何もない俺がいる。

 変わらなかった俺が。ここにいる。


 「どうしようもなく、変わらねえ俺の。 その、諦めきれない気持ちがさ。 鬱陶しくなって……。 それに、こんな俺を、誰も求めてなんかねえんだし」

 俺は変わらなかったから、間違い続けたのだ。


 だから。もうそんな自分を諦めようとしたのである。


 「俺は最低だよ。 自分を他人に押し付けて、何も変えようとしなかった。 こんな自分が正しいなんて思い込んで」


 「全部……俺が」

 『俺が間違っていたんだ』と。俺が言おうとした矢先。母が笑った。


 「いまさらね」

 母は、燃えて短くなった煙草を灰皿に押し付け、火を消した。そして俺の方を見つめる。いつだって母は、俺に対して目を背けない。


 「諦めようとして、諦めきれてるなら、私こんな苦労してないって」

 そう言って、母は俺の肩を強く叩いた。

 「……だから散々それで迷惑かけてんだろ?」

 家族すら迷惑をかけてきたのだ。正しいわけがないのだ。


 「俺は、間違えてきたから、それを正そうと……」

 「うっさいもう。 男がダラダラと」

 「うっさいって……なんだよ……」

 俺に理由を聞いてきたのは、母ではないか。


 「……気は、済んだ?」

 「……は?」

 母の言葉に俺は疑問を浮かべる。


 「どれだけ理由繕っても、どれだけ自分を卑下しても、アンタちっとも諦めてないんじゃない」

 「……何言ってんだ。俺は諦めて」


 そうだ。俺は諦めて、今日だって就活に行って。全て変えようと……。


 だったら、あの時どうして。


 『貴方が一番続けてきた事はなんですか?』

 何であの時、俺は振り切って『夢を叶えるために頑張ってました』って。言えなかったのだろうか。


 『今、貴方に夢や将来的な目標は、ありますか?』と質問されて、夢はないと答えた時、アロハシャツの面接官に『違う』と言われて。

 どうして苛立ちを覚えたのか。


 俺は変わると、変わろうと決意したのに……。


 「どれだけ『好き』の感情に嘘ついても、どれだけ『好き』を裏切っても。アンタの根底はずっと変わってない」


 「嘘をついたのも。自分を否定するのだって。 アンタがそれを苦しいくらい。本当に辛くなるくらいに好きだからに決まってる」

 母は、俺の胸に、人差し指を向ける。そのまま指で、胸に押すように触った。


 「思いは逃げないわよ。 逃げるかどうか、それを決めるのは、いつもアンタでしょ?」


 「アンタの悪いところは、頑固で、馬鹿で、愚直で、融通が効かないし。 ワガママだし、好き嫌い多いし、人の言う事に耳を傾けないし、そのくせ失敗したらくよくよ落ち込むし……。 忠告を聞いたかと思いきや、聞いてないし……」


 「ちょいちょい! 悪いところ多すぎだろ!」

 俺は思わずツッコミを入れてしまう。


 「でも」

 しかし母はそのまま話を続ける。


 「アンタの一ッッ番良いところは、絶対に諦めないところだもの」

 母の言葉に、俺は目を見開いていた。


 「……そんなの、言い方だろ」

 「馬鹿ねぇ。 十個悪い事が束になって、良いこと一つになるの。 それが、人の魅力。アンタの悪いところも、良いところも、好きよ私は」


 「とんだ親バカだな」

 「うっさい。てか、親バカくらいにならないと、アンタは大変だったの。 むしろ感謝なさい」


 母は俺に向けていた人差し指を、今度は上に立てて、それを俺に見せた。

 「一つ。 アンタはゲームを作りたいって、一〇歳の時に言った。 小学校の時なんてロクな点数取ってないバカだったけど。 夢を語り始めた時から、アンタはテストを一〇〇点ばかり取るようになった」

 次に母は中指を広げて、人差し指のように立てた。

 「二つ。中学生の頃。アンタ、目つき変わった。友達と、何かあったんだって思った。 学校以外はずっと家に引きこもって……。 でも、絶対諦めないって顔をしてた」

 今度は薬指を広げる。

 「三つ。アンタは東京の大学行くって、私の反対を押し切った。私の目を盗んでバイトもたくさんしてたわね」

 母の言う、かつての俺の姿には、どんな逆境にも『諦めない』姿が伺えた。俺の知らない『俺』は、いつだって真っ直ぐだったようだ。


 そんな俺を、ずっと母は見守ってきたのだろう。たとえ俺が『ロクでもない人生だ』と嘆いたとしても。


 「私はずっと、そういうアンタを見てきたし。 アンタにいろんな事を教えてもらってきた。 アンタが東京行くって言い張って、それを止められなかったのは、今までの事と『絶対に諦めない』って目をしてたからよ』

 母は笑みを浮かべながら、俺を見つめる。その眼差しは、どこか暖かい。

 「本当は止めたかった。 けどね……? 内心、この子はどこまで向こうに行くのかなって、それが、少しずつ楽しみに変わっていったの。 私が無理だと思ってきた事を、ずっとアンタは、できるんだって、教えてきてくれた」


 俺の人生は。

 俺の生き方は。

 ずっと独りよがりで、誰にも評価されていないものだと。そう思っていた。

 だけど、こんなに近くで、俺を母は見守っていてくれたのだ。

 昔のことを思い出せなくても、母の思いが、俺の心に染み渡るような気がした。


 「いつまでいじけてんの!」

 そう言って、今度は俺の背中を母は強く叩いた。


 「大事なのは結果の先の、きっかけ」


 「評価なんてのは、どうせ他人が決めんだから。 アンタは失敗しても、それをきっかけにすりゃいいじゃない」

 その言葉は、俺なんかよりも、遥かに強く生きてきた、母の言葉だった。

 俺を信じてきてくれた。母の言葉。


 「……俺の」

 何もかも忘れたはずの俺の中に。


 一つの思いが蘇る。


 諦めない心。



 その思いが、熱が。俺の胸の奥から、身体中に広がっていく。


 「俺の伝説(ものがたり)はここからだ!」

 と。突然母がそんな言葉を叫んだ。俺は目を丸くして、母を見つめる。

 「……え? 何言ってんのさ。急に」

 「ふふ。 アンタの小学生の時の口癖」

 「そんなダサい言葉口癖にしてたの俺⁉︎」


 黒歴史ではないか。

 思い出さなくていい記憶を思い出した気がする。


 俺がそんなことを言っていると。静かな家の中にチャイムの音が鳴り響いた。

 誰かが家を訪ねてきたのだろう。


 「ほら。お仲間さんがお呼びだよ」

  母が俺の背中を軽く叩いた。

 「お呼びって……一体誰だよ」

 「いいから行った! 行った!」


 一体。誰なのだろうか。

 分からないが、俺はとりあえず玄関まで移動することにした。


 俺はゆっくりと立ち上がる。


 「頑張んなさいよ!」

 母の言葉。俺は、母の方へ振り向くことなく。

 「おう!」

 と、言葉を返し、縁側を後にした。

玄関に移動して、視界に写り込んだのは一人の少女だった。

 肩までのツヤのある黒髪に、今時のナチュラルメイク。もちろんスカートは短い。その姿はまるでゲームのヒロインそのもの……。


 面識は無いはずなのに、何故か目の前の少女を、俺は覚えている《《気がする》》。


 「……えっと」

 何を話していいかわからない。てっきり俺の知っている人間がここに来たのだと思っていたが。

 『???』から記憶を消されたが。残っているものもあった。俺と家族。そして、自分に対しての劣等感と虚無感。それが俺の中にあった記憶だ。


 どんな経緯で、今まで生きてきた記憶を失ってしまったかはわからないが、俺は目の前の少女を知らない。

 もしかしたら、以前から知り合いなのかもしれない。


 それを確かめたいのだが……。


 話しかけようにも初対面と同然の人間に、声をかける勇気もない。

 それに、無表情まま少女は俺を見つめ続けている。はっきり言って怖い。


 何か……怒っているのだろうか?


 必死になって俺は話題を考えた。

 「ど……。どうしてここに来たの?」

 とりあえず、友人らしく。家に来た理由でも聞いてみたが、俺の質問に対して、返答の代わりとして、少女は大きなため息を吐き。靴を脱いで玄関に上がって来た。

 「お邪魔します」

 と。そう告げて、そのまま、俺を無視して通り過ぎた。


 「え?」

 何その反抗期の妹みたいな反応。

 理解が追いつかない。俺は地雷を踏んだのか。もしかしてそんなに関係的には良くなかったりするのだろうか。


 とりあえず俺は、少女の跡を追うことにした。


 どうやら行先は俺の部屋らしい……。

 迷わない足取りに、俺は慌てた。

 思わず引き留めるために、少女の手を掴んでしまう。

 「ちょっっと! 待ってくれ!」

 「何?」

 焦る俺を尻目に、掴まれた手を振り払わずに、少女は前に進もうとしている。どうしてここまで強引なのだろうか。


 まずは、その意図を知らなければ。


 「もう一度聞くけど……! どうして、ここに来たんだ!」

 「忘れ物。したの」

 「忘れ物……? 俺の部屋に?」

 「ううん。違う」

 じゃあ何で俺の部屋に入ろうとしてるんだ。と、俺は思わずツッコミを入れてしまいそうになるが。思いを堪える。

 「じゃあ……忘れ物ってのは……」


 「……イッチーと」


 その時、少女の口にした『イッチー』という単語を耳にした俺は、脳内に何かが駆け回ったことが分かった。

 それは、ごく最近聴き慣れた、俺のあだ名だった気がする。少女は忘れたものを次々に挙げていく。


 「ソウジさん」

 今度は『ソウジ』という少女の告げた単語が、俺の脳内で煙のように広がった。

 それは、俺と友人だった奴の名前だ。

 何故だろうか。少女の忘れたものを聞くたびに、断片的だが、失ったはずの記憶が蘇っていく。


 「それと……。トラクエを忘れたから」


 「……トラ……クエ?」

 最後に告げられた『トラクエ』という単語を聞くと、ついに俺は、ある一つの記憶を思い出すことができた。


 それは、目の前の少女の存在。

 俺と、ソウジと一緒にトラクエをプレイした仲間の一人。

 一緒に考えて、苦しんで、思い切り楽しんだ一人。


 「お前……。 ヒトミか……!」

 「当たり前じゃん! 他にいるか!」


 目の前の少女が、ムツミ ヒトミであることに。



          ◇◇6◇◇



 ヒトミを思い出した俺は、すぐに子供部屋に案内した。

 そして俺たちは……。


 「……」

 「……」

 口を閉ざしたまま、互いに正座をして、向かい合っている。


 緊迫した空気。それもそのはずだ。まだしっかりとは思い出せないが、俺は記憶を失うその前に、ヒトミに酷い言葉を投げかけて、傷つけたのだ。

 どんな言葉を言い放ったのかはわからないのだが、女の子を泣かせたことには変わりない。気まずい……。


 意を決して、俺は口を開いた。

 「まず……。俺から言いたいことが、ある」


 勢いよく、俺はヒトミに頭を下げた。

 「ごめん……!」


 会ったら、すぐに言うべきだった。というか、顔を見た瞬間、ヒトミであると気がつくべきだ普通は。いくら記憶を失っていたとは言え、である。


 「本当に、本当に思ってんの」

 ヒトミは呆れたような声音で俺に尋ねてくる。俺は頭を下げたままだった。

 「本当の、本当だ。 お前が俺のために色んなこと考えてくれてたのを知らないで……酷い言葉を言ってしまって」

 「キモい。ウザい。馬鹿、アホ」

 単調すぎるヒトミからの悪口。それでも、こんなふうに罵られるのは、なんだか、久しぶりな気がする。


 「……あと、何が俺のために。よ。 勘違いも甚だしいっての」

 「……もう本当にごめんなさい」


 合わせる顔なんか無い。本来、ここに来てくれただけで、ありがたい事だ。慎重に言葉は選ばなければ……。


 「ま、間違ってなくも無いけど。 なんか言い方がキモいから無理」

 「う……」

 「それと、そんなの。 もういいの」


 「……え?」

 どうしてだろうか。俺のただの癇癪(かんしゃく)で傷つけたのだ。あの時、ヒトミは泣いていた。


 「……悲しいっていうより、なんか、すっっごいムカついて、悔しかったし。 謝ってくれたし、もういいや」

 「ゆ、許してくれんのか?」

 「しつこい!」


 「……それより、イッチーに聞きたいことがあるの」

 「聞きたい事……?」

 一体、何だろうか。


 「どうして、みんなトラクエの事を知らないの……?」


 ヒトミの質問に、俺は答えることができない。

 先ほどまで俺も忘れていたゲームの存在だ。

 俺もまだ、よくはわからないままだ。どんなゲームなのか、それは、俺にとって大切なものだったのか。


 「トラクエ……。 それってどんなゲームだ?」

 どんなゲームか内容を思い出さなければ。とりあえず、俺はヒトミに聞いてみる事にした。


 「……何言ってんの! 神ゲーだよ⁉︎」

 乗り出すようにして、突然、ヒトミは近づいて来た。ずっと俯いていた俺は顔を上げた。

 すると、視界に、ヒトミの顔が映り込むんだ。慌てて俺は後ろ下がろうとするが、正座をしたままだったので足が痺れている。


 そのまま、背中から倒れ込むように俺は後ろにたじろいでしまう。


 「な、何だよ急に!」

 「信じらんない! イッチーだけは覚えてるって思ってたのに!」

 「だから! 何でそんな必死なんだよ!」

 「だって! イッチーにとって、とっっても大切なゲームじゃなかったの⁉︎」


 必死なヒトミの表情を見て、俺は目を見開いた。


 ……また一つ、記憶が蘇る。


 そうだ。トラクエは、俺にとって大切で、どんなゲームよりも神ゲーだった。

 俺の人生に、意味を与えてくれたものだった。


 だから、俺は必死になって、忘れないように……。忘れさせないようにしていた。


 「俺にとって……。人生の一部……いや、その全てだった。 俺の人生に意味をくれた、俺にとって、俺にとって!」

 呟くように、掬い上げるように、俺は思い出した大切(トラクエ)を何度も言葉にして確認した。


 「……なんで俺。 こんな大切な事。忘れちまったんだよ。 つうか、ヒトミ! 皆んなトラクエを知らねえってどう言う事だ!」

 「だから! それを聞いたんじゃん! 私もわからないから聞いてるんじゃん!」


 「……そうだった、ごめん。でも、俺もついさっきまで忘れてたんだ。どうして、忘れたのかもわからねぇ。 あんなに大切だったのに」

 正直、今まで思い出すことができなかった事自体、俺は悔しいし辛いのだが。

 俺以外にも、トラクエの記憶を失った人間がいるのだ。だとするなら、これは世界共通の出来事だと言って良いはずだ。


 「いや待てよ……俺、それを止めようとしてたんじゃなかったけか⁉︎」


 そうだ。そうなのである。

 母に諭されるまで、どうして俺は絶望して、何もかも投げ出そうとしていたのだろうか。


 それもこれも、トラクエを救う事が、俺にはできないと思ったからだった。


 失ったはずの記憶が、次々に蘇る。

 「……思い出して来た!」

 まだ完全とはいかないが。俺は自分が記憶を失う前に、やろうとしていた事を思い出した。


 俺は、この世から消滅するトラクエを救おうとしていた。


 すぐに俺はモニターが置いてある方へ視界を移した。そこにはゲーム機にセットされた黒いカセットゲームがある。


 「……Re():makers(メイカーズ)

 トラクエが危機に晒されたのは、俺があのゲームを起動したからだ。

 記憶を消された事を、俺は知っていた。それが、ゲームをプレイして失った、という事も理解していた。


 『???』との勝負。

 ゲームに負ければ、トラクエの存在をこの世から消滅させられてしまう。そういうルールだった。


 「ごめん。 ヒトミ、俺……。 さっきまで忘れてたんだ。 トラクエの事を。そして、どうして俺がRe():makers(メイカーズ)をプレイするのかも……」

 「……やっぱり、あのゲームのせいで、この世からトラクエが消えてたの?」

 ヒトミは自分の中の推理が確立したのか、俺に確認を取る。俺はゆっくりと頷いた。

 ヒトミは、この世からトラクエが消滅している事を知っていたのだ。


 「だけど……。どうしてお前がそれを?」

 ヒトミはトラクエの存在こそ知っていたが、今の俺のようにストーリーやゲーム性などは知らなかったはずなのである。だから、記憶を失う以前の俺は必死になって、ヒトミにトラクエの良さを教えていた記憶がある。


 「……実は、あれからね。ずっとトラクエをしてたんだ」

 ヒトミの衝撃的なカミングアウトに、俺は驚く。

 「お、お前が?」

 「うん。私も自分でビックリしたけど、夢中になって、徹夜しちゃって……。 だからね、トラクエの知識は少しだけ持ってるよ! もしかしたら、私役に立てるかもしれないの!」


 トラクエに対して、最初はまるで興味のなかったヒトミが、今は必死になってそのトラクエを救おうとしている。気が付けば、俺よりもトラクエを好きになっているヒトミが、そこにはいた。


 「……どうして、お前。 そこまでして」

 そこまでして。 トラクエを救おうとするのか。俺はその理由が気になって仕方なかった。


 「消えて良いはずがないからだよ!」

 ヒトミは俺の質問にすぐさま答えた。そのまま、ヒトミの饒舌は止まる事を知らない。


 「BGMだって! 沢山の人たちを虜にして冒険させてさ! ストーリーだって神じゃん! 私今まで知らなかった事を後悔したんだもん! だからそれを共有したくて、色々とネットとかで調べたんだけど……。 検索もヒットしないし、テレビとかのCMも、広告も無いし……。 私の周りで、トラクエを知ってる人が誰も居なかった……」


 必死に語るヒトミを見て、俺は自然と口角を上げていた。


 「……イッチーは、その……トラクエの事、本当に覚えてないの?」

 「ごめん……。トラクエが俺にとって大切な事なのはわかるんだが、深くは思い出せないんだ。それに、他の記憶も失ってる。 ソウジとの事もだ……」


 「……そんな」

 ヒトミは眉を顰めて泣きそうな顔をしている。しかし、すぐさまヒトミは表情を変えていた。


 真っ直ぐな眼差しだ。それは、母の眼差しによく似ている。


 「それじゃ……。 全部取り返さなくっちゃ!」

 そう、ヒトミは俺に告げた。


 「お前……何言って」

 「まだ希望があるかもしんないじゃん!」

 言い放った言葉に。俺は自然と耳を傾けていた。

 俺はそのまま、ヒトミの発言を聞くことにする。


 「トラクエを知る事ができたのは、ソウジさんと、イッチーと出会えたから。 トラクエを面白いってきっかけをくれたのは、三人でゲームをしたから!」

 そうして、ヒトミの言葉を聞くたびに、失った記憶が、まるで解凍されていくように、俺の頭の中に次々と溢れていくのがわかった。


 俺と、ソウジと、ヒトミの三人で『Re:makers』をプレイした記憶。

 三人で心から笑いあった記憶。


 その情景が、頭の中で再生されていく。


 「イッチーがいて、ソウジさんがいて。 いつの間にか、ゲームに夢中になっちゃってた。 三人で豚さん倒した時は、人生で初めて、心の底から楽しいって。そう思えたんだ。 だから、それを失いたくないの」


 「私の居場所だから」


 ヒトミの言葉を聞くたびに、俺が心の中で感じていた事が、ヒトミにも伝わっている事を知って、嬉しくなる。最初、俺は二人を利用しようとした。だけど、いつのまにか。俺は、三人で造った『居場所』を失いたく無いと、そう思ったのだ。


 俺も、同じだった。


 ああ。そうだ。

 そうだった。


 俺はまた『???』から消されたはずの記憶の一つを取り戻していた。

 それは、ヒトミと、ソウジ。三人で過ごした日々。


 大切な居場所。失いたく無い居場所。


 トラクエ以外無かった俺が、手に入れた。新しい大切。


 ここにあったじゃないか。


 俺は『全て』を失ってなどいなかった。

 気付いていなかったのだ。

 トラクエを救うために、必要なもの。


 「私のことを、トラクエの事を思い出せたんだもん。まだ希望があるかも!」


 諦めない事を。

 信じる事を。

 そして、仲間の存在を。


 「一緒に、トラクエを。 世界を救おうよ!」


 ヒトミのその言葉を聞いて。

 俺はそれが嬉しくて。嬉しくてたまらなくて。思わず腹を抱えて笑ってしまう。


 「ぶふッ……! ふふはははははは!」

 「ちょ? え、何? 何で笑うの! 私真剣に、重要な事言ったんじゃん!」

 「いや……す、すまん。 ふふふ……。 いやぁ、お前も中々だなあと」

 「はぁ⁉︎」

 『諦めない』というのは、どうやら俺だけの特権ではないのかも知れない。

 なにせ、ヒトミは、誰よりも先に行動し、俺とソウジとの関係を再び繋げようとしていたのだ。

 そのうえ、トラクエすら救おうとしている。全てを救おうとしている……。

 心強い仲間である。


 「意味わかんない……。何で笑うとよぉ……」

 「いや、嬉しいんだよ。嬉しいから笑いが止まんねえの」

 「何それ……。もう知らんけんね……!」


 ヒトミは俯いて膨れている。

 いじけながら、博多弁で呟くようにそうぼやいた。


 「……ありがとうヒトミ」

 「……なんね、いまさら遅かよ」


 「お前のおかげで。失っちゃいけねえもん。失いたかねえもんに気付けたんだよ」

 ヒトミは俺に、理由をくれたのだ。

 「俺はお前たちが大好きなんだ。 だから、一緒に救おうぜ。 トラクエも、ソウジもよ!」

 俺の言葉を聞くと、ヒトミは顔を見上げて俺を見つめる。俺はヒトミに笑顔を見せた。


 「うん!」


 俺は今、記憶のほとんどを失っている。

 だけど、母から『諦めない』事を思い出した。ヒトミから『大切な居場所』を思い出した。

 失っていたはずのものをいくつか、取り戻す事ができた。


 まだだ。まだ諦めるわけにはいかないのだ。

 勝負はこれからだ。



 『仲良しごっこ?』

 突然。モニターの電源がついて、画面にテキストが表示される。それと同時に、俺の脳内に直接声が語りかけて来た。

 『???』が話しかけて来たのである。


 「なんだよ。盗み聞きか?」

 俺は画面を睨んでそんなふうに言い返した。ヒトミは突然のことで怯えている。俺は小声で『大丈夫だ』とヒトミに伝えた。


 『何度繰り返しても、同じ結果なのにね。 馬鹿だなぁ。 全てを失って、気が付いたかと思いきや……』


 『また同じように立ち上がるんだね』


 「当たり前だろ。それが、俺の唯一の取り柄なんだよ」

 もう負けるわけにはいかない。『???』の口車にも乗らない。俺は今度こそ、トラクエを救わなければならないのだ。


 『……まぁいいさ。 君はどうせ、同じ過ちを繰り返すのだから。 同じように失うのさ。 そうやって薄っぺらい大切なものを造って増やしていくと良い』


 『過去はもう戻らない』


 『???』の言葉に、俺は大きなため息を吐いた。

 「……もう終わりか? ちまちまうっせぇわ。 お前」

 怒りの感情はない。淡々と俺は『???』をそう告げる。恐れることなどない。


 「もう俺は、失わねえし。失わせねえよ。 お前の言った通り、過去は戻らねえ。 ……俺は俺の過ちで、たくさん失って来たわけだしな」

 『理解しているじゃないか。 だったら何だい? 君はわからないフリを始めたのかい?』


 「ちげーよバーカ」

 『何を……』


 「いいから、覚悟してろ。 俺はお前をぶっ飛ばす」

 画面に指を挿しながら、決意を口にする。


 『その威勢、本当に腹立たしいが。 良いだろう、ゲームをしてあげるよ。 そのかわり今度は容赦しない。君が諦めないなら、君の存在ごと消せば良いだけのことだからねぇ』


 『ふふ……。 でも、仲間すらいない、たった一人の君に、一体なにができるのかな?』

 「仲間なら居るぜ? ここに優秀なのがな」

 俺はヒトミの方を見た。すると、ヒトミは自慢げに腕組みをして笑みを浮かべる。


 『そうか。 ならせいぜい足掻くといいさ。 何も変わらない絶望の淵の中でね……』

 最後にそんな台詞を残してテキストは消え『???』の声も聞こえなくなった。


 「えっと、イ、イッチー?」

 「なんだよ」

 「い、いい。今のは何? もしかして、オバケ……とか?」

 どうやら、独りでに起動してテキストが淡々た表示されたことに、ヒトミは怯えたままのようだった。そう思っても普通だろう。

 ヒトミはまだ『Re:makers』な事をよく知らないのである。それは、俺と同じなのだが……。


 「うーん。 俺もよくわかんねぇんだよな」

 「えええ……⁉︎」

 考えてみれば俺は記憶が無いにしても『???』の事をよく知らないのだ。きっとこの先、ゲーム攻略のためには必須になる事である、というのに。


 「まぁ、とりあえず。今俺が思い出せる事全て、お前に伝える。ゲーム攻略に関してはそれからだ」

 「……わかった! 全部聞かせて」

 ヒトミは勢いよく返答する。


 俺はなぜだか、楽しくなって来た。


 絶望の淵が何だ。それを変えるために、ここにいるのだ。

 母が言っていた、俺の昔の決め台詞。今ここで使うべきだろう。俺は大きな息を吸った。


 「俺の伝説(ものがたり)はこれからだ!」


 「……え、何それダサ」

 「お前……。 そんなに真顔で言ってくれるなよ……」


皆さんは、思い出のゲームや大切なゲームはありますか?

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