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chapter5

いや、ほんとうによくあんなパーティーで倒せたな魔王。まともな戦士すら豪傑な性格だけど、なんか変なフィルターかかってるように思えてきて。


 翌日。七月二一日。天気は曇りだった。


 予定通り、俺は昨日のうちにソウジに連絡して、来るように促した。

 メッセージには、『明日来てほしい。『Re:makers』がクリアできるかもしれない』という、俺のメッセージの下に『わかった』と返信されている。

 了承は得た。

 今日は『Re:makers』攻略の大きな一手になるだろう。全てを取り戻すのだ。今日がその始まりである。


 そう思うと眠れず、俺は今の今まで起きていた。

 現時刻八時四七分。あくびをしながら顔を洗おうと、洗面所に移動する。

 すると、そこには母がいた。

 「おはようございます」

 「おはようございます」

 いつものように挨拶を交わし、俺はそのまま顔を洗おうと背の低い洗面台に体をかがめる。


 「最近。楽しそうね」

 と。背後から母の声が聞こえる。

 「……なんだよ急に」

 「いいえー。 なんとなくそう思ったのよ。アンタを見てるとね」

 「そーかよ」

 母の言葉を軽くあしらうように返答するが、気付けば、自然と笑みを浮かべていた。母の言う『楽しそう』というのがまんざらでもないのである。


 朝食を済ませると。母の頼みで、店番を十二時まで手伝った。現時刻十二時十三分。そろそろソウジとヒトミが訪れる頃だ。


 合図するかのように足音が部屋に近づいてくる。

 「おまたせー。来たよー」

 どうやら先に到着したのはヒトミのようだ。自室に顔を出したヒトミは笑みを浮かべた。

 「あれ。ソウジさん来てないの?」

 と。ヒトミは首を傾げながら尋ねてくる。

 「来てないぞ。一緒に来ると思ってたんだけどな」

 「ううん。見かけてないよー」

 「そっか」


 どうしたものか。昔から時間管理はしっかりとしていて、抜かりのないソウジであったのだが。

 約束の時刻になっても、音沙汰すらない。なにか事件や、事故などに巻き込まれていないと良いのだが。

 心配になってソウジに連絡渡ろうと、俺はスマホを手に取った。

 するとその瞬間、一件のメッセージ通知が画面に表示された。内容を確認するために画面に視線を向けた。


 『ごめん。遅れる。先に二人でやっておいて』


 というもの。

 「……ソウジの奴。遅れるらしい。何かしら仕事とかの関係かもなぁ」

 「そうだね。じゃ! 先にやろうよ!」

 ヒトミは飛び跳ねそうな弾む声音で俺にそんな風に提案する。

 「本当に。お前が一番楽しんでるからな。このゲーム」

 本当にヒトミはゲームに対しての扱いが変化したと思う。今ではすっかり虜になってしまっているわけだし。

 ゲームを楽しんでもらえるなら、俺も精一杯頑張らないといけないだろうが。特にこれから伴うであろう、痛覚への恐怖の克服と、覚悟を考えると、先が思いやられる。


 すぐさまゲームを進めようとするが、俺はコントローラーを握る力を弱める。

 「現状、ゲーム進められないんだよなぁ……」


 俺はコントローラーを床に置いて呟くようにそう告げる。

 ソウジの缶バッチをアテにしているため、ゲームを進める事が出来ない。このゲームを攻略できる算段はついているのに、それをすぐに実行できないというのは、もどかしい事この上ないだろう。


 「ま。そうだよね」

 しかし、ヒトミはそれを理解してくれたようだ。

 「ソウジさんが来るまでのがまんがまん!」

 「……そうだな」


 とりあえずゲームの進行状態やプレイヤーのステータスを確認する事にした。今できる事は確認と認知。ゲームを進める前に、自分がどれだけ攻略に利用できる物を持っているのか。それを確認して知らなければならない。


 『Re:makers』を起動する。


 すると、プレイヤーは前回中断していた祭壇の真ん中に立っていた。すぐさま俺は、メニューコマンドを開いて。自身のステータスを確認しようとしたが。

 画面上のある異変がある事に気がついた。


 「急に仲間増えてるじゃねえかよ」


 プレイヤーも合わせて、四人のキャラクターが縦並びで並んでいるのだ。

 トラクエでは仲間が増えると、順番に列を成して、プレイヤーの後ろを付いてくるのだが。それと瓜二つの現象が画面上で起きている。


 この現象を突き止めるために、俺はすぐにステータスを確認する。

 すると、俺の下に、ヤチカ、ニーナ、リョウ・コウキ。と名前が表示されている。


 「昨日の缶バッチが影響しているのか?」

 『Re:makers』は現実世界に干渉する力に加え、俺の過去をゲームのストーリーなどに組み込む能力がある。

 プレイヤーの過去が反映されたとするなら、仲間が一気に増えたのも理解できる。コードを入力した事によって、現実から干渉し、過去の仲間達をゲームに召喚した。のだろう。


 「わ、わからないけど。 仲間が増えたんだから良いんじゃないの?」

 ヒトミは俺に質問する。俺はすぐに頷いた。

 「ああ。今までの最大の問題点が消えた」


 このゲームで最も苦しんだ要素は、仲間を増やす事が出来なかった事だった。トラクエⅢは、最初の街で仲間が増やせるのだが、仲間を増やさなければクリア難易度が大幅に上がり、難しくなるという仕様がある。

 だが、このゲームはそのシステムすらなかった。イルーダの酒場が無い以上は、仲間を増やす事が出来ず、プレイヤーだけでゲームを進めていくしかない。ゲームバランスが破綻している。


 「そういえば、イッチーのレベルはどれくらい上がったの?」

 「そうだな……。確認しておくか」

 ステータス確認は、もとい俺のレベルや覚えている呪文を確認するためのものだったわけだし。

 次に俺は自分のステータスを確認してみる事に。ボタンを押してみるのだが……。反応しない。


 しばらくすると、画面が一人でにテキストを表示させた。

 テキストの右上には『???』と言う名前が表示された。


 『やぁ。 げんき してるかい?』


 突然現れたテキストに、ヒトミは動揺している。俺は思わず舌打ちをした。『???』だけは嘘の説明のしようが無い。だからといって本当のことを言うには『Re:makers』の事から教えないといけなくなる。


 面倒な事になった。


 『おや? きょうは かいわ してくれないんだねぇ』

 陽気な『???』はそんな風に俺に問いかけてくるが。俺はそのまま無視を続ける。


 「な、何これ⁉︎ コイツは何なの? イッチー』

 「このゲームのラスボスだよ」

 「ラスボスって……。最後の敵ってこと?」


 『そうだよぉ。 まおう やってまーす』

 「なんかチャラいね……。威厳がないと言うか」


 『しつれいだなぁ。 ま、べつにきにしてないけれど』

 「うわ……なんか。本当に話してるみたい」

 ヒトミの言葉に俺は冷や汗が噴き出た。

 余計な事を『???』が余計な事を言ったらと、俺は不安の感情が溢れだした。


 『そうだね。 ぼくもすこしだけ いらだたしいんだ』

 「……ざけんな。俺はお前に振り回されて寝不足なんだよ。この野郎」

 呟くように俺は独り言でぼやく。苛立たしいのは俺の方である。


 『でも がんばってるみたいだし そうだなぁ。 まおうらしく ゲームクリアの じゃまを しようかな』


 『???』がそう告げると。テキストは消え、画面が暗転する。何度も見てきた、このゲームの戦闘画面に移行する演出だ。


 現れたのはヒュドラ。と言うモンスター。

 『きみに ぜつぼうを みせてあげよう』


 トラクエⅢでオーブを集めるために倒さないといけないボスの一体だ。

 丁度いい。

 最初に比べ、俺がどれだけ成長したのか。どれだけこのゲームに、俺の実力が発揮できるのか。それを確認し、知る必要がある。


 「……なんかわからねえけど、戦闘だ。とりあえずソウジが来るまでにコイツをぶっ飛ばすぞ!」

 「うん!」

まずは増えた仲間が何を出来るのか。それを確認しないといけない。俺は、戦闘コマンドの内の一つである作戦を選択した。

 作戦は五つ。ガンガンいこうぜ、命を大事に、呪文を使うな、みんな頑張ろう、命令させろ。


 その五つのうち、俺は命令させろ。を選択する。


 この作戦は、仲間たち(パーティ)の一人一人にコマンドで行動選択する事ができるようにするものである。


 プレイヤーの俺は、通常攻撃。

 以前ならここでコマンド選択は終了なのだが。


 次は、武闘家のヤチカだ。

 「わわ。仲間の攻撃を選べるんだね」

 ヒトミはゲームの新要素に声音が明るくなった。

 「武闘家なら……特技だな」

 俺は特技コマンドを選択。習得しているのは、ためる、正拳突きの二つだ。俺は、二つのうち、ためるを選択した。

 「火力を出してもらうか」

 「なんか攻撃力が高そうだもんね」

 「高そう。じゃなくて、高いんだよ。つっても今は攻撃を溜めさせるけどな」

 ヤチカの攻撃はまだ温存させることにした。


 次に、踊り子のニーナ。踊り子という事は、呪文を扱う事ができる。俺は呪文コマンドを選択する。習得呪文は、炎呪文のミラ、メギラマ。相手からMPを吸収するマホトルの三つ。

 俺はそのうちメギラマを選択する。

 とりあえずは攻撃だ。


 最後に、リョウ・コウ。この仲間に関しては二人で一組の仕様である。職業は、魔法使い。呪文は氷系のヒョド、ヒョダルコ。雷系のダイン。風系のマギ。

 そのうち、俺はヒョダルコを選択した。


 四人の中で最初に行動したのは武闘家のヤチカだった。ヤチカは攻撃を貯める。

 続いて、踊り子のニーナが、メギラマを唱えると、ヒュドラに向かって炎の柱が渦巻く。ダメージは五〇ダメージだ。

 「すごい……。仲間全員で戦ってる」

 「これが本来のRPGだ。それぞれの個性を活用して、全員で戦う」

 「そうなんだ……!」


 と。ここで、ヒュドラの攻撃。燃え盛る火炎という技によって、全体に五七ダメージ。

 だが、焦る事はない。

 俺も含めて、全員のレベルが三〇に上がっているおかげか、それぞれのHPは三〇〇前後に減少したが、HP数値の残量が有り余っている。


 反撃をするように次は俺がヒュドラに攻撃。斬撃で四〇ダメージだ。

 そして、リョウ・コウが呪文を唱える。ヒョダルコによって地面から突き放たれた氷の刃がヒュドラを貫く。与えたダメージは六三ダメージだ。


 「快適だな」

 自然と笑みをこぼしながら、俺はそんな事を呟いた。今までの苦労が報われた気がするのだ。

 ヒュドラのHPはトラクエⅢでは一八〇〇だった。俺が先ほどのターンで与えられたダメージ総数は一五三ダメージだ。順当に進めていけば、最大でも一二ターンほどで倒す事ができる。


 「さてと。次の攻撃だな」

 最初に俺の選択だが。二ターン目はヒュドラが二回連続攻撃をする可能性が高い。一応の保険として、俺は回復系呪文のホイムを選択する。

 残る三人は先ほどと同じ選択である。

 前回と行動速度は変化し、最初に俺が回復呪文ホイムを唱える。回復させたのはヤチカだ。


 続いてヤチカが貯めるを発動し、ヒュドラが燃え盛る火炎によって五七ダメージを仲間たち(パーティ)全員に与えた。

 先程から全身が焼け付くような痛みが生じるが。まだまだ耐えられる。

 「このくらいどうって事無いぜ!」


 そのままニーナとリョウ・コウの呪文攻撃。合計で一〇七ダメージだ。


 順調に戦闘が進んでいる。

 俺はそのまま攻撃を繰り返した。HPが少なくなれば回復呪文を使用し、ヤチカは強化(バフ)を持続させ、ニーナとリョウ・コウたちには攻撃を率先してもらう。徐々にターンを重ねていって、ついに八ターンまで進行した。


 「このくらいが頃合いだな。そろそろヤチカを使うぜ」

 「ずっっと攻撃溜めてたもんね! 絶対すごい火力出ちゃうよ!」


 八ターン目にて、俺はヤチカに正拳突きを選択させる。そのほか三人も、それぞれがもっとも攻撃数値の高い技を選択させた。


 先行でヤチカの正拳突きが炸裂する。ダメージは三〇五。会心の一撃も発動していた。この時点で、与えたダメージ総数は一八〇〇を優に超えたはずなのだが。ヒュドラは消滅する事なく、俺に噛み付いた。ダメージは六〇。

 肩の辺りが潰れた感触がした。反射的に俺はコントローラーを握る片方の腕が痺れ握れなくなる。

 俺は滴る冷たい汗を拭う事なく口角をゆっくり上げた。


 「……やっぱりそうくるよな」

 「えええ? どうしたの⁉︎」

 不安げな表情を浮かべるヒトミに、俺は説明をする。

 「本来、ヒュドラはトラクエⅢのボスだ。総HPは、一八〇〇なんだけどな……俺が与えたダメージ数がHPの数値を上回っても、倒せてねぇんだよ」

 「それじゃあ、強くなってるってことだよね?」

 「そうなるな……」


 もう一度ヤチカの攻撃を与えれば勝てるかもしれない。それに、三人も仲間が増えたのだ。次で倒せなくても、考える余地は十分ある。


 俺は仲間たち(パーティ)に先ほどと同じ行動を選択させる。

 だが、最後のリョウ・コウのコマンドを選択しようとした瞬間だった。

 緊張感が漂う子供部屋に、扉が開く音が聞こえた。扉の先に現れたのはソウジである。


 「……やあ。ツグ」

 「ソウジさん!」


 「ちょうどいいところに来たぜ! ソウジ」

 仲間たち(パーティ)も増えた。それなりに強くなった。だからこそ、今三人でゲームをしたら、きっと楽しいに決まっている。

 やっとここまで到達した。ヒュドラを倒して、ソウジに缶バッチを貰って。『???』も倒す。


 そうしたら、俺は変われるかもしれない。

 『何者か』に、なれるかもしれない……。


 「……ん? どうしたんだよ。早く座れよ」

 ソウジはその場に立ち尽くしたまま、動く事はない。それどころか、俺と顔を合わせる事すらせずに、下を向いたままだった。


 「……どうしたの? ソウジさん」

 ヒトミはソウジに尋ねる。きっと、目の前のソウジが変だと感じたのだ。

 俺もそれは同感だった。ソウジに異変が起きている。様子がおかしい。


 「……何かあったのかよ」

 セミの鳴き声が俺の声を遮るようだった。ソウジは俺の質問に答えない。ずっと口をつぐんでいる。


 「……ごめん。ごめん。 ツグ」

 ようやく切り出した言葉が、謝罪だった。俺は何を謝っているのかがわからない。


 「な、何が……。どうしたんだよ、お前」

 「ごめん……」

 ヒトミは口を開かずに周りをキョロキョロと見ている。不安がこの空気を支配しているためだ。


 「今日は……。ツグに言いたい事があって、来たんだ」

 「言いたいことって……なんだよ」

 何を言うつもりなのだろうか。

 「ま、まさか! 何か嫌なことでもあったのか?」

 仕事や、人間関係を拗らせたのであれば、相談に乗るべきだろう。そして、ゲームをすればいい。落ち込んでいるなら、俺が慰めればいいのだ。


 だが、ソウジは俺の質問を否定するように、首を横に振った。


 そして、ソウジは深呼吸する。鼻から空気を吸う際、呼吸が震えていた。

 そして、その後にゆっくりと口を開く。


 「……今日で。会うのは最後にしよう」


 「は……?」

 ソウジの言い放った言葉に、俺は思考が止まる。


 「もう。二度と会わないようにしよう。僕とツグは」


 「関わるべきじゃないんだ」

「何言ってるの? ソウジさん……」

 俺が聞きたかった事を、先に聞いたのはヒトミだった。ヒトミは眉を顰めている。今までに無いほど不安に満ちた表情だ。


 「……そ、そうだぞ。お前急に、なんでそんな事」

 理解が追いつかない。急に現れたソウジが、いきなり俺との関係を切ろうとしている。


 「今更じゃないか……。 ツグはわかっているはずだろ?」

 ソウジの問いかけに、俺は頷けない。

 何を言っているのだ。今も昔も、俺とソウジは変わらず友達のはずだ。なにも、二人の関係に問題なんてないはずなのだ。


 「急すぎるだろ。説明してくれよ! お前が何を考えてそう言ってんのか、全然わかんねえってんだよ!」

 「わかるだろ! 僕とツグは……!」

 俺の言葉を遮ってソウジは怒鳴った。ヒトミは肩をびくつかせる。

 「僕とツグは……。あの日以来。関係を切ったんだ。もう、会うつもりもなかった。会えるわけが、なかったんだ」


 「お前……。何言って……」

 俺と、ソウジが関係を切った。その事実に心当たりなんて……。

 否定しようとしたその瞬間。俺は脳裏にとある映像が焼き付くように再生された。


 『友達なんかじゃないよ』


 ソウジが冷たい眼差しで、俺にその言葉を吐き捨てるのだ。


 最初はそれがいつの記憶か理解できなかったが、徐々に、俺はそれを理解した。


 俺は、忘れていたのだ。


 そうだ。ソウジと顔を合わせる事すらできないはずだ。ソウジの言っている事が正しい。

 俺は、二度と会う事はないと、思っていたのだから。

 俺は声を出せなくなる。そして、ソウジを見る事すらできなくなった。

 「どう言う事……? なんで、二人はあんなに仲良くしてたんじゃん!」

 ヒトミは混乱するように俺たちに質問をする。俺は目を瞑りながら、小さく首を横に振った。


 そうだ。そうだった。

 俺とソウジは、()()()を境に、互いに関わる事をやめたのだ。だから、再び会った時、俺は驚いた。自分から顔を出してくれたソウジが、一体どうして、俺に会いに来てくれたのか。それが疑問で仕方なかったからだ。

 だが、言える事はある。


 「……でも、お前。 ここに、来てくれたんじゃねえか! それは、本当だろうが!」

 そうだ。お互い、もう二度と会えないと思っていたが。一緒に笑った。真剣に考えた。なにより、あの時……。ブウタウロスを倒した時は、心の底からゲームを楽しいと思えたはずだ。


 「……それは、違う。 僕はゲームを楽しんでなんてないんだ。僕はそんなんじゃない……」

 「嘘つけよ! お前笑ってたろ! 一緒に考えたじゃねえか!」


 俺は必死に否定しようとする。だが、ソウジの意見は変わらない。


 「もう。僕は、僕たちは大人になったんだ。だからもう、戻れない。あの頃には、戻れないんだ」

 ソウジの言葉が、胸に突き刺さるようだった。


 そんなこと、わかっている。戻れるはずがない。崩れた関係を取り戻せるはずがない。お互いに残った傷跡は、綺麗に元通りにはならないのだ。大人になって、お互いの立場を理解して。もう踏み込めない事もわかっている。だとしても。


 「……それでも、俺はお前と一緒にゲームをやれて、楽しかったぞ!」

 もう、子供の頃に戻れなくても、今こうして紡いだ時間が、本当に好きだったのだ。


 「……なら。そのゲームは何なんだよ。ツグ」

 ソウジは、レトロマニアに目を向ける。レトロマニアに接続されているのは『Re:makers』だ。『そのゲーム』とは『Re:makers』を指しているのだろう。

 「……だから、これは祖母の家にあったゲームで。得体が知れない、正体不明の……」


 「だろうね。だって、それはツグが、作ったんだろ?」

 「何言ってんだよ! こんなの作るわけねえだろ!」

 「だったら、どうして僕たちの過去がストーリーになってるんだよ。トラクエがないと遊べないのだってそうだ。昔の技術で、そんなものが作れるわけがないじゃないか!」


 ソウジの言葉に。俺は反論ができない。そう思われても仕方ないと、納得してしまったのだ。

 『???』がトラクエを消滅させる。と言った事、現実が反映される事。そんな非現実的な現象を、どうやって妥当性のある意見として説明できるものか。到底、理解されるわけがなかった。

 俺は下を向いたまま。黙り込んでしまう。


 「ツグ。 もう無理なんだ」


 「僕たちは、もう。戻れないんだ」


 ソウジの言葉に、俺は目頭が熱くなるのがわかった。

 「んなもん! わかってる! でも、だからこうして……俺は!」

 必死に変わろうとしているのではないか。


 「……なんで、どうして? わからないよ……二人とも! あんなに仲良くしてたんじゃん……!」

 ヒトミは俺とソウジを交互に見ながら泣きそうになっていた。


 しばらく沈黙が続く。

 口を開いたのはソウジだ。


 「……ツグ。もう。会うのはやめよう。 本当に、さよならだ」


 そう告げて、ゆっくりと、ソウジは背を向けた。

 「待ってよ! ソウジさん! なんで! 行かないでよ!」

 ヒトミは必死に引き止めようとするが、ソウジはそれに耳を貸さなかった。俺は、俯いたまま、石像のように静止したままになる。ソウジが消えていく姿すら目に映す事ができない。


 こんな事があっていいはずがない。

 全てが順調だった。

 何もかも、うまくいくはずだった。


 忘れていたが。ソウジとも仲直りをして、昔のように心からゲームの話をできると。本当に思っていた。このゲームで……『Re:makers』で全てを変えられると。


 こんな事で、諦め切れるわけがない。


 ソウジは扉を閉める。

 「ねぇ! ねぇってば! イッチー! ソウジさんが! ソウジさんが行っちゃう……!」

 ヒトミの言葉に、俺は目が見開く。慌てて周りを見渡すが、既にソウジはいない。急いで扉を開けるが、家にもいなかった。俺は駆け出して、家の外に出た。


 玄関の扉を開けて、視界を前に向ける。

 まだそこには、ソウジの後ろ姿があった。


 俺は深呼吸をして。口を大きく開ける。

 「待てよ! ソウジ!」


 そうだ。俺は、かつて。ソウジと大切な約束をした。それは、ソウジと関係が切れる前。いつか二人で叶えようと決めた。大切な約束だ。


 「お前! 約束忘れたのかよ⁉︎ お前と、俺で一緒に……!」

 俺の叫び声に、ソウジは足を止める。だが、俺はソウジと()()()()()を思い出せない。確かに二人で誓い合った夢の話だ。その内容はいつだって俺の心の中にあった。


 だが、いくら思い出そうとしても。約束の内容が白紙のままだ。


 「……なんでだよ。なんで、こんな事を忘れてんだよ……! 俺とソウジの! 大切な約束なのに……!」


 どうして、思い出せないんだよ。


 ソウジは再び歩き始める。俺はソウジに声をかけられないまま。姿を消すソウジの姿を見つめることしかできなかった。

          ◇◇2◇◇



 「私……急いでソウジさんを説得してくるけん!まっとって!」

 ヒトミは必死になって俺にそう言い放つのだが。魂が抜けた殻のようになった俺は、無表情のままだった。静止した空間の中で『Re:makers』の戦闘BGMだけが流れ続けている。


 「……いや。いい。 俺が、どうにかするから」

 具体的な方法などないのに。俺はヒトミを説得しようとする。

 「そんなの……だって!」

 「いいんだよ。俺が、何とかするからさ。それに、お前が背負うべき事じゃねえよ」

 これは、俺とソウジの問題なのだ。


 「……そう、だよね。ごめん」

 ヒトミは冷静になったのか。口を閉じる。

 「……なんか、ごめんな? 辛気臭くなっちまったな。ははは」

 俺は無理やりに作り笑いをして。コントローラーを握ろうとするが。途中で、その腕が止まってしまう。この状況で、ゲームを進められる気分には、到底切り替えられないのだ。


 「ヒトミ。今日は帰れよ。一旦落ち着いて、それからゲームしようぜ」

 「……。そうだね。わかった」


 ヒトミも察してくれたのか。素早く身支度を済ませて、すぐに子供部屋から出ていった。


 そして、再び静寂が、部屋の中に立ち込む。

 俺は体育座りをして、考え事をする。


 「……何でこんな風になったんだ」

 本当に、全てがうまく行っていたはずなのだ。順調にゲームも進んでいた。ソウジから結局バッチすらもらっていない。これじゃ、ゲームすら進められないままだ。

 何もかもが終わったのである。


 『おーい。 だいじょうぶかい?』


 突然、戦闘BGMの音が消えた。咄嗟に俺はテレビの方に視線を向ける。画面の先で、テキストが表示されていた。『???』が、俺に話しかけてきたのである。


 「……何の用事だよ。テメェのせいで、こっちは最悪な気分なんだよ」

 俺は怒りを露わにしながら『???』に語りかける。

 『せきにんてんかん は よくないね。 キミとソウジは おたがいのこうどうの けっかで かんけいに きれつをうんだんだからさ』

 「うるせえ! お前何なんだよ! 大体、なんで俺たちの事を知ってるんだ!」


 『そりゃあ。 きみの かこ がさ。 トラクエとねづよく かんけいしてるからだね』

 「は……?」

 『???』の言う事が理解できず、俺は首を傾げる。


 『ゲームにつごうのわるいものは はいじょする。 それは、プレイヤー の きみからしたら よくわかっている ことだろう?』


 『だから。つごうが わるければ はいじょするのさ。 キミのたいせつな かこを』


 「……お前」

 『???』の言葉に、俺ある事が頭の中によぎる。それは、先ほど起こった出来事だった。


 どうして、ソウジとのことを忘れていたのか。そもそも、俺はソウジの顔すら見ることの出来なかった人間だった。


 極め付けは、ソウジと交わした大切な約束を、今も思い出せない事。


 証拠は十分すぎるほど有り余っている。

 「全部……。テメェの仕業なのか? 全部テメェが。仕掛けたことなのかよ……?」


 俺の記憶を『???』が忘却したのである。だから、ソウジに言われるまでそれを忘れていた。おそらく、その事実を思い出すには、その事実を知る人間から直接話を聞かないといけないのだろう。


 『???』はトラクエと俺の過去が深く関わっていると言っていた。俺もそれは理解ができる。なぜならトラクエは、俺にとって唯一無二の『意味』を与えてくれた、全てだからだ。

 俺の過去にトラクエが依存しているとするなら。


 トラクエの存在が消えたら。俺の存在はどうなるのだろうか。


 『しっけいな。 いやだなぁ。ぼく のせいじゃないだろう? これは、キミがまねいた ことだ』

 「ふざけんじゃねえぞ! トラクエが消滅すんのも! 俺の存在が消えるのも! 全部俺の自業自得だって言いてえのかよ!」


 『だって。きみ がはじめたゲームだろ?』


 『???』の言葉に俺は目を見開いた。

 そうだ。この『Re:makers』を始めたのは、他でもない俺自身なのである。


 『はぁ……。もういいや。バカのフリするのも つかれたしさ』


 『ここからは、しっかりと喋らせてもらうよ』


 突然。誰かの声が聞こえた。その声は脳に直接語りかけてくるようだった。俺は、必死に周りを見渡すが。当然、周りには誰もいない。そして、語りかけてきたのが、一体誰なのか。すぐに理解した。


 『???』だ。


 『君はさ。 本当に、いつまで経っても成長の無い人間だよね。 だから。いつまで経っても、大切なものを、自分の手で壊して』


 『失うんだよ』


 「……何が言いてぇんだよ」

 『???』の言う言葉に。俺は質問をする。『失う』という言葉に、寒気を感じた。それが、恐怖の感覚である事に気がついた俺は、歯を食いしばって、画面に表示された『???』のテキストを睨みつけた。


 『だいたいさぁ。君にチャンスとか、打開策とか。この()()が与えるわけねぇんだよなぁ。……おっと失礼。言葉が汚くなってしまった。気をつけないとね』


 『まぁ。理解してもらわないとね。ほらぁ。こんなふうになるって言ってるんだよ。ハジメ ツムグ』

 『???』がそう告げると、突然画面は切り替わり、目の前のヒュドラが消えた。戦闘画面は変わらない。しかし、その中で明らかに変化しているものがある。

 「なんだよ……これ」


 映し出された画面には、四人の人型のモンスターが表示され、プレイヤー側は、仲間たち(パーティ)の表示が無くなり、俺一人だけの状態に戻っていた。


 『対戦相手は、君の仲間だよ』

 「ふざけんなよ……! 何で俺の仲間が敵になってんだ!」


 『いい加減気がつけよマヌケ。そんなの。このゲームが、現在を媒体にしてはいないからに決まってるだろ』

「……現在を媒体にしてない?」


 どう言うことだろうか。理解が追いつかない。『Re:makers』はゲーム外の俺たちの世界に干渉できる能力を有している。『???』の告げた事が事実ならば、この世からトラクエが消えようとしている事の辻褄が合わない。なぜなら、現在進行でトラクエは人々の認知から抹消されているからだ。


 今起きている事が『???』の言っている事実を否定しているではないか。

 『まだ理解できてないねぇ。 あのさ。過去から現実、未来に平行に繋がっているよね。過去がなければ現在はないし。現在の先は未来で。未来から前は過去になる。 因果関係ってやつだよ』


 「過去があるから……未来がある。 お前、まさか……!」

 『そうだよ。 今君が言いたい事を代弁してやろう』


 『このゲームは過去を媒体にしているのさ』


 過去を媒体にしている。『???』の言っている事を、俺は今度こそ理解した。

 「缶バッチ……。俺たちの小学生の時の思い出……」

 思い返せば、ゲームに必要であったものは、どれも過去に関連するものだった。ゲームでの困難を乗り越えるために、何度も『過去』の事を思い出していたのだ。

 それに、トラクエの存在が消える理由も納得がいく。トラクエの存在を消滅させる最も合理的な手段は、トラクエを知る人々の認知を消す事。

 過去に存在した。と言う事実を消し去れば、当然誰もそれを知らない未来が出来上がる。


 全てが繋がっているのだ。


 「……嘘だろ。そんなの」

 どうやって対抗すればいいのだ。


 未来を変えるために、俺は行動している。だが、変えようとする理由を消されようとしている。手も足も出ない。イタチごっこにすらならないのだ。


 『ようやく絶望したみたいだね。でも、君にはもっと苦しみを味わってもらう。過去と未来は繋がっていないんだ。それは理解したはずだよね?』

 『???』が語りかけてくると、突然俺は腹部に激痛が走った。俺は腹を抱えながら、悶え苦しむように、地面に這いつくばる。


 すぐにテレビ画面を見た。そこにはテキストが表示されている。

 『ソウジ の こうげき。 七〇ダメージ』


 敵側に、ソウジが新たに増えていたのだ。


 『昔のことを思い出しながら、もがき苦しむといい!』

 嘲り笑う『???』。俺は歯を食いしばり、吹き出した汗すら拭うことなく画面を睨み。必死の思いで、コントローラーを握る。


 どうにかして、この状況を打破しなければいけない。


 だが。どうやって目の前の敵を倒すのか。そもそも、仲間を攻撃する事など、到底できるはずがない。それは、俺が犯した過ちを繰り返す事になってしまう。

 ……そうか。


 『???』の意図を、俺はようやく理解した。

 「お前……。ふざけんじゃ……ふざけんじゃねえよぉおおお!」

 『さぁ! 選べよ! 昔も今も、君は何一つすら変わっちゃいない! 積み上げた友情も信頼も、壊して崩して、見ないようにする。君はずっと、そうしてきたし、そうであるんだ!』

 「うるせぇ! ただで済むと思うなよ。こんな事して、お前は絶対許さねえぞ!」


 『傷口を抉られるのが辛いからだろ? 常套手段だものね。そうやって何度も逃げてきた! 人を傷つけるだけ傷つけてねぇ!』

 「黙れ!」

 『???』の言葉を遮るように俺はそう叫ぶ。俺は、間違ってなどいない。全て努力して、築こうとした。何度も失敗して、それでも変わろうとしてきたのだ。

 だが、それを崩したのはこの世の理不尽だ。


 「俺は、間違ってなんかない!」

 『だったら。昔やったように、仲間たちを傷つけて、全てを壊せばいい。迷う必要なんてないじゃないかぁ!』

 「黙れっつってんだよ! 今度こそ今度こそって、変わって、変わって! 俺は上手く生きようとしてきたんだよ! お前が俺を語るんじゃねえ!」


 俺はボタンを押す事なく、ただ怒鳴り続ける。その間、敵になった仲間たちからの攻撃は止まない。そこには当然、ターン制など存在しない。

 俺はひたすら、攻撃を受け続ける。


 『()き違えてるねぇ。 君は変わってない! 事実から目を逸らして、目の前の現実を見ようとしない! 次はどうにかなる。次こそは。そうやって言い訳を重ねて、逃げてきた』


 『変わらないことを初めから理解してるんだ。だから、関係を元に戻せると思いながらも! 君はソウジとも顔すら合わせなかった! 変えられないと分かっていたからだ!』


 『オレがソウジとの記憶の一部を奪ってあげたおかげで、君は調子に乗っていただけなんだよ。言ったろ? 何も変わっていないんだよ!』


 「違う……違う!」

 『???』の言うことを全て否定する。正しいはずがない。俺は必死に生きてきた。間違っても、今度こそ間違わないように。俺の何を知っているのか。俺は頑張って、頑張って生きてきた。


 俺は変わってきた。その行為は、何も間違っていないのだ。正しい行いのはずだ。


 俺は攻撃コマンドを選択することなく逃げるコマンドを選択する。


 『愚かだなぁ。君は自分の言っていることに気がつかないねぇ』


 「……なんで、なんでだよ!」

 しかし、逃げるコマンドを何度押しても、反応しない。

 それどころか、選択コマンドは攻撃コマンド以外は全てが消滅した。


 「ふざけんな! こんなのゲームじゃねえ!」

 俺はもう選択肢がない。仲間を攻撃するしかない。だが、仲間を攻撃すれば、その存在を消してしまうことになる。ソウジを攻撃しても、他の仲間を攻撃方も、俺はその存在を忘れて、同時に、ゲームをする理由すら忘れてしまう。


 俺は、トラクエを救う理由を失ってしまう。


 トラクエは俺の人生を変えてくれた大切なゲームだ。それを自分の手で失わせようと『???』はしている。


 到底ボタンなど押せるわけがなかった。


 静寂の中で、俺の激しい息切れだけが空間を支配したようだった。


 『長いなぁ。迷う必要なんてないだろ? 選択するのは一つだけだ』

 しかし、俺がボタンを押さなくても、ひとりでにゲーム画面のプレイヤーは攻撃コマンドを選択する。ゲームの中の過去(おれ)は、俺の抵抗を無視したのだ。


 「クソが……。クソが! クソがぁあああ!」

 俺は泣き叫ぶように、声を荒げる。


 画面に映るプレイヤーは、次々に仲間たちを斬りつけた。仲間たちは一撃でやられていく。その度に、俺はトラクエの記憶を忘れていく。

 忘れていく度、涙が溢れ出す。


 今まで集めてきた大切を失いたくなかったのだ。


 『過去は、変えられないんだよ。 そして、未来も変えられやしない!』


 『???』の言い放つ言葉を耳にしたながら、俺は握っていたコントローラーを落とし、地面に手をついた。

 次々に変えていく仲間たち。最後に残ったのはソウジだった。


 俺は咄嗟にゲーム機本体のレトロマニアの電源を消そうとする。しかし、プレイヤーの攻撃は止まらない。


 「やめろ……! やめてくれぇえええ!」

 俺の嘆きは届かずに、ソウジは斬撃を喰らう。そして、ソウジは戦闘画面から消滅した。


 同時に、ソウジとの全ての思い出が脳内から溶けるように消えたのがわかった。


 俺は、空っぽになったのだ。


 ただひたすらに溢れる涙。叫ぶことすらできず、俺は無表情に、滑稽な顔で画面を見つめるだけだ。もう何もする事ができない。何もできるはずがない。俺は、トラクエの存在を知っていても、それがどんなゲームかもわからないし、かつての仲間の名前すら思い出せない。

 ただ記憶の中にあるのは、その存在の断片だけだ。


 俺の中で、全ての『大切』を殺害された。


 『……ゲームオーバーだね。 せいぜい、大切なゲームを助けようとする気持ちだけが残ったまま。指を咥えて立ち尽くしてるといい。 君は無能なまま、トラクエはこの世から消える』


 『???』はそれを最後のテキストにして。プレイヤーの俺に向かって攻撃をする。



 その瞬間。視界が全て黒に塗りつぶされた。



         ◇◇3◇◇



 「イッチー! ねぇ! イッチーってば!」

 聞き覚えのある声だった。俺はゆっくりと暗闇から抜け出すようにして、瞼を開けた。

 それまで死んでいた俺が、次に目を覚ましたのは、夕日の明かりが窓に差し込んだ頃だった。


 目が覚めてから、次第に俺は、額に何かが張り付いている感触を覚える。

 反射的に首を横に向けると、纏わりつくその感触が剥がれていくのがわかる。その正体は、汗と水とが染み込んだタオルだった。

 ……布団の中に俺はいる。身体中が汗まみれになっていた。


 視界の先には、涙目になったヒトミが不安げな表情で様子を伺っている……。


 そうして、ようやく俺は先ほどまでの出来事を思い出す。


 ……俺は、全てを失ったのである。


 「良かったぁぁ……。 死んでるかと思ったとよぉ?」

 深呼吸をして、ヒトミは俺にそう告げる。俺はゆっくりとヒトミの顔を見る。


 「ああ……。ごめん」

 まともに声が出ない。

 掠れた声で俺はヒトミに謝った。ヒトミは首を横に振って「気にしないでいいよ」と言葉を返してくれた。

 「なんで……お前が、ここに……?」

 ヒトミはソウジが去った後に、すぐに家に帰したはずだった。それなのに、ヒトミはここにいる。まだ脳みそが回っていない。状況がいまいち掴めなかった。


 「忘れ物を取りに戻ってきたんだ……。それで、戻ってきたら、イッチーが倒れてて……」

 苦しそうな表情を浮かべるヒトミ。それは俺を心の底から心配しているものだと分かった。今日一日で俺の問題に巻き込ませて、本当に申し訳ない。


 「ごめんな……ヒトミ」

 謝ることしか、できなかった。俺は、不安にさせる必要のない人間まで不安にさせた。……最低だ。


 窓の外から、夕日の光が入り込む。その光が、ヒトミの体の右側を照らした。


 「ねぇ……。イッチー。教えて欲しいんだ。ソウジさんと何があったか」


 「そしてRe:makers(あのゲーム)の正体も」

 声は震えていた。ヒトミは顔をテレビ側に向けていた。あのゲームとは『Re:makers』の事を言っているのだろう。

 俺はヒトミの質問に、心臓を掴まれているような感覚を覚えた。


 「……お前は関わらなくていい」

 そうだ。ヒトミが関われば、もしかしたら、ヒトミに影響が起きるかもしれない。そんな危険に巻き込むわけにはいかないのだ。

 「なんで、なんでそんな事言うの?」

 ヒトミは俺にそう尋ねる。

 「関係無ぇもんは無ぇんだよ……」

 俺はそのままヒトミに事実を告げずに、関わらないように促す。


 そんなことよりも。ゲームを進めないといけない。

 ……まだ諦めきれない。『???』の。アイツの笑い声が頭から離れない。

 俺は全てを失ったかもしれない。

 だけど、俺の大切な『トラクエ』が。たくさんの人々の思いが詰まった大切な『トラクエ』がこの世から消えてしまうのだ。

 それを指を咥えたまま見てるだけだなんて嫌なのである。


 ……まだやれる事があるかもしれない。ゲームを続けて。過去を、トラクエを取り戻して……。


 続けて……。

 続けてどうする。


 もう、仲間はいない。ゲームの進め方も攻略法も記憶から消え去った。


 全てが白紙だ。俺はもう、何もできないのではないのか。空っぽの俺が、トラクエを救えるのだろうか。


 ……いや、そんな事を考えている暇などない。


 俺は死んだって良い。どうせ、社会不適合者で、この世から消えても、誰も気が付かない存在だ。

 だけど、トラクエは違う。

 プレイヤーを勇者にしてくれた、トラクエを救わないと。この世から消滅して良いはずがないのだ。


 そんな事を考えていると、気がつけば、横にしていた体を起こして、俺は四つん這いで、レトロマニアが置いてある場所まで移動していた。


 そして『Re:makers』を起動しようとする。

 「……ダメッ!」

 しかし、電源をつけようとした俺の手を、ヒトミが必死に抑えた。

 どうして邪魔をするのだ。と、頭の中で溢れそうな思いを抑え込み俺はゆっくりと口を開いた。


 「手をどけてくれ。俺は、このゲームをクリアしなけゃいけねぇんだ……」

 「そんな事より! 自分の体を大切にしてよ……!」


 「そんな事……?」

 ヒトミの言葉に、俺は抑えていた感情を制御する事ができなくなってしまう。


 「そんな事……って。なんだよ……! お前に何がわかるんだよ!」

 俺は怒鳴った。ヒトミは肩をビクつかせ、怯えていた。視界に映るヒトミを見て、俺の中の理性は、怒鳴り散らす俺を止めようと必死になっているのがわかる。だけど、それを抑えられずに、俺は怒鳴り続ける。


 「俺がどんな思いで! 必死にやってきたんだと思ってんだよ! 何も知らないだろ! 何も分からねえじゃねえかお前は!」

 「分からないよッ……! だから……。だから教えてって言ってるんじゃん!」

 「教えて何か変わるのかよこの現状が!」

 「何言ってるかわかんないの! どうしてそんなに焦ってるの? このゲームをクリアすることに、なんの意味があるの⁉︎」


 ヒトミの声が、狭い子供部屋の空間に響き渡り、余波のように、静寂が充満する。俺は呼吸を止めたように、ヒトミを見つめたままになった。


 音が消えそうな世界の中で、鼻を啜る音が聞こえる。


 目の前のヒトミは泣いていた。


 「わかんないよ……。わかんないんだもん。 トラクエが大好きなのはわかるし、ソウジさんと昔何かあったんだろうなって……。でも、このゲームをする理由がわかんないよ! ソウジさんと仲直りするために、このゲームを作ったの⁉︎ それともトラクエと何か関係してるの⁉︎」


 ヒトミの必死の訴えに、俺は下を向く。


 「なんで……。なんで身体が悪いのに、そんなになってまで、このゲームをしようとするの……? 教えてよ、教えてよ……。教えてよ!」


 ヒトミの疑問を、今ここで晴らせば、俺は楽になれるだろうか。俺は前に進めるだろうか。

 ヒトミの泣き声を聞きながら、俺は必死にそんな事を考えていた。


 ……そんなはずがない。

 俺は、弱さを見せるわけにはいかない。


 「……お前には、関係ねえだろ」

 何もない俺に、これ以上失わせるのはやめてくれ。


 「お前は、使えないんだよ……!」

 これ以上。傷つけさせるのを、やめてくれ。


 「お前に教えたって、現状が変わるわけないし……」

 これ以上。痛みを与えないでくれ。


 「お前が分かったところで、なんの意味もねえんだよ!」


 もうこれ以上。(おれ)に関わらないでくれ。


 「頼むから……。もう出てってくれ」

 俯いたまま。無表情のまま。俺はヒトミにそう告げた。俺は、ヒトミの顔すら見る事ができなくなっていた。

 自分の行動が、最低だってのも理解していた。


 それでも。もう俺は、何も考えたくなかった。



 「どうして……」


 「どうして……。そんなこと、言うと?」

 掠れたような声で。ヒトミは俺に尋ねる。泣いているヒトミは、呼吸が浅くなっている。苦しそうに、痛そうに。ヒトミはずっと泣いている。


 「い……今まで……。ずっと! 協力してきたんじゃん」

 「お前が、勝手にやってただけだろ。初っめから部外者なんだよ」

 「部外者……? 私だって、私だってイッチーの力になれるかもしれないんじゃん!」

 「しつこいんだよ。無理だって言ってるだろ」

 「私も、仲間じゃ……ないの?」



 「いいから! 出て行けよ!」

 そんなヒトミに、俺は怒鳴る。すると、しばらくして、ヒトミはゆっくりと立ち上がり、部屋から去って行った。


 夕焼けの日差しが、窓から俺を包み込む。

 伸びた影だけが、俺の視界に映り込む。


 これで良かったのだ。

 これで、何も考えなくて済む。

 邪魔者は居なくなった。

 俺はトラクエを救う。救ってみせる。


 ただ、それだけだ良いんだ。


 仲間も俺の信念も。必要ない。


 トラクエを救うだけで良い。


 ただ、それだけで。

「……クソ」

 明かりのない部屋で、ただ独り。

 ハジメ ツムグはコントローラーを握りしめ『Re:makers』を続けていた。


 どれほどの時間が経過したのかわからない。一つだけ確かなのは、ツムグの時間は全てを失ったあの時から、ずっと静止している。ということ。


 一体、何のために。ゲームを続けるのか。

 その理由すら霞みながらも、ゲームの操作だけは覚えたまま、中身のない『冒険』とやらをしている。


 空っぽの時間。


 この一言に尽きる。


 それでも、ツムグは理由もなく、画面上に表示されたプレイヤーを操作するのだ。


 プレイヤーは暗闇に支配された場所を彷徨い続けている。ゲームを再開した時からずっとこうだ。プレイヤー以外の表示が存在しない。


 何もない暗闇の世界を。放浪している。


 目的も指針も存在しない。途方もない世界。


 それでも、ツムグは進み続ける。


 まさに。今のツムグそのものを表しているようだ。答えなどどこにもないのに、進む事をしか知らない愚かな存在。


 ……。いや、違うかもしれない。


 初めから。そう決まっていたのかもしれない。


 もともと、ツムグは何も持っていなかった……。


 無から有は生まれない。人生とは引き算だ。

 積み重ねた経験値を消費して、それが尽きるまでが一生なのだ。

 ならば、最初から何も持ち合わせてない凡才が、何かを夢見たところで。無駄な事だった。


 『???』の言うことは、正しいのかもしれない。


 そんなふうに、頭の中で『???』の言葉を認めようとする自分に、ツムグは苛立ちを覚える。


 それを、認めたくない。


 無意味(じぶん)を理解するのが怖い。自分という存在が、いかに矮小な価値であるか。それを真正面から見ることなど、苦しくて、到底できやしないのだから。


 だからこうして『Re:makers』をやめられずにいる。


 そうだ。思い出した。

 ツムグは、そんな自分に目を向けたくないから。

 こうして抗い続けているのだった。


 意地だ。何の意味も持たない。ただの意地。

 認められないから意固地になって、それを信念と勘違いして、今日までずっと生きてきた。

 だから、それを今更変えられない。

 愚かで、どうしようもない意地。


 それを知った上で、自分が理解していないかのように思い込んでいる。ツムグは、それを自覚しないままなのだ。


 そうやって、ツムグは自分を見ないまま、プレイヤーを操作し続けていると。

 あるテキストが表示された。


 『ここからは ひとりで しれんを うけてもらう』


 テキストを読みながら、ツムグは笑う。

 「……一人しかいねえよ」


 そうして、先ほどと同じようにプレイヤーを動かそうとしたのだが……。一歩進むと、またもやテキストが表示される。


 『ひきかえせ!』

 と。


 舌打ちをしながら、それでもプレイヤーを前に進める。


 『ひきかえせ!』

 『ひきかえせ!』

 『ひきかえせ!』

 『ひきかえせ!』

 『ひきかえせ!』


 何度も、同じ台詞が表示され、頭の中では怒鳴り声が聞こえるが。それでも、ツムグはプレイヤーを十字キーカーソルで前に進める。


 すると、先ほどの怒鳴り声は止み、プレイヤーはこれ以上前に進むことが出来なくなった。


 しばらくするとテキストが表示される。


 『おまえの いしの つよさだけは みとめてやろう』


 『しかし むこうみずな だけでは ゆうきがある。 とはいえぬ。 ときには ひとのことば に したがう ゆうきもまた ひつようなのじゃ』


 「……うっせえよ。……もう」

 ツムグはもう。独りだというのに。


 ボタンを押して、テキストを閉じると。目の前に階段のアイコンが表示された。

 それは、何もなかったフィールドに現れた唯一の変化である。

 ツムグはその階段を登る。


 すると、階段の先には、プレイヤーと瓜二つのNPCが立っていた。


 『よくぞ かえってきた。 ……では おまえは ゆうかんだったか? いや。 それはおまえが いちばん よく しっているはずだ』


 と。NPCからそう告げられる。

 テキストを見つめたまま、ツムグは笑みをこぼす。だけど、ツムグの目の奥に光は存在しない。

 悲しい笑みを、ツムグは浮かべていた。


 そして、知らないと思い込んでいた無意味(じぶん)に、ツムグはようやく気が付いたのだ。


 自分は、今まで勇敢だったか。


 ……勇敢ではないだろう。

 今の今まで『意地』を張ってきた。

 が真実から目を背けて、働かず、散々逃げてきたではないか。

 自分はできると思い込んで、なれもしない理想を語って。

 初めから自分は『持たざる者』出会ったにも関わらず。それすら目を背けて。逃げて逃げて逃げてきた。


 何者にもなれなかったから。ここにいる。


 それを繰り返してこのザマだ。


 ……馬鹿みたいではないか。


 乾いた笑い声が、暗い部屋の中で響く。ツムグの笑い声だ。


 そうして、ツムグは笑い続けた。

 自分をようやく理解した。



 もう良いや。



 もう疲れた。



 諦めよう。何もかも。



 夢なんて幻想は見ない。



 それで。全て終わりだ。



 もう。何も考えなくて済む。



 さよなら。(おれ)

心地よい日差し。蝉の鳴き声に、風鈴の音。


 七月二四日。現時刻、七時十七分。空は雲一つない快晴だ。


 「ツムグ……? こんな朝っぱから、一体どこに行くんだぁ?」

 玄関の扉に手をかけた俺に、背後から祖父がそう尋ねくる。

 「おはようございます。じーちゃん。 母さんに伝えておいて、今日。 帰り遅くなっからさ」


 「俺。 働くよ」

 俺はおろしたてのスーツを見に纏いながら、祖父に言伝を預ける。


 ハジメ ツムグ。二三歳。童貞。

 職業。ひきこもり。ニート。

 好きなもの、不詳。


 嫌いなもの。自分。


それでも、冒険した思い出は僕だけのたった一つの思い出なのかもなぁ。あ、それではまた

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