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chapter4

ちなみに、仲間のうちの魔法使いはお嬢様で、ムチを装備していたんですよ。むっつりスケベの僧侶とお嬢様な魔法使い。

         ◇◇◇◇


空だけが暗闇を放つ中。輝きが支配した街の中で、ミスミ ソウジは罪悪感に溺れていた。


 このまま隠し続けるのか。それとも、勇気を振り絞って真実を伝えるのか。きっと、後者を選ぶことは、今後も出来るはずがない。

 ソウジは臆病だ。

 たとえどんなことが起きても、背負って抱えた、この大きな『闇』をツムグに見せることはないだろう。


 「今日。楽しかったな……」

 「僕。あの頃に戻れるかな」

 「……無理、だよな」

 「だって、僕は……」


 僕は。ツグと一緒に居ていい存在じゃない。


 そんな思いを胸に秘めて、ソウジはとある居酒屋に入っていく。


 居酒屋の中は光に満ち溢れていた。

 影すら放つことのできないほどに満ちた光に。



        ◇◇◇◇



「この辺りにあったはずなんだよなぁ。緑のオーブ」

 「それ無いと進められないんでしょ?」

 「そうなんだが……。無いんだよな。 またゲーム改変されてる……。一度金を貯めて強い装備を手に入れて……そっから青のオーブを。てことで! カジノ行こう!」

 「ダメ。 それで昨日一日中やってたじゃん。結局お金も増えてないし! ゲーム進めようよ」

 「……はい。自重します」


 七月二〇日。あの日から一週間経過した。その間、俺は『Re:makers』を順調に進め、トラクエでも、中盤に位置するストーリーまで到達することができた。

 どうやら、俺たちがゲームを進めたおかげか、チラシ、テレビなどはトラクエの報道を続けているようだ。

 なんとなくテレビをぼんやり見ていて『あの伝説のゲーム。ついに新作が!』みたいな言い回しで、トラクエⅪのCMを見た時は思わず声に出た。

 今やテレビを見る人間が少ないお陰で、情報媒体が若い層に行き届いてないのだが……。

 トラクエの存在は消えてはいないが、SNSやネットにはトラクエ関連の情報が一切流れてこない。


 おそらくだが『Re:makers』の影響で存在の消滅が進行しているのだろうが、トラクエを認知している人間に対して、情報媒体が強いものは既に消滅しているのだろう。


 「ソウジさん……。今日も来ないね」

 ゲームをしている俺の隣で、悲しそうにヒトミが呟くように言った。俺はため息を吐く。

 「仕方ねえだろ。アイツは仕事してるんだ」

 俺と違って。


 二日前までは一緒にゲームをしていたのだが、ソウジは仕事の都合で二日間この家に訪れていない。ソウジからの連絡では『仕事の都合で行けない。ごめん』というもの。仕方ないとしか言いようがない。


 「そうだね……。でも、次会った時に『ここまで進んだ!』って伝えたいからさ。頑張ってよ」

 「分かってるよ……。そのつもりだ」


 それに。この一週間で、このゲームの仕様が色々と分かった。

 一つ。このゲームはリセット機能が存在せず、セーブもできない。ゲームはおそらくクリアするまで継続されるか『???』によってドラクエが消滅するまで終わらない。


 二つ。このゲームには残機制度がある。最初はクリアすることに集中していたが、よく見れば画面の右端に残機を示す『×3』というものがあった。

 今のところこの残機を増やすことはできないが。俺は三回死んでもいいのだろうか。と気になっている。なぜなら、クリアするために失敗ができるからだ。ゲームでは実行という行動は重要なのである。


 「あーあ。私がやった方が先に進められるんじゃないの?」

 「なわけねえだろ。俺が一番このゲームは得意だよ」

 三つ。このゲームは俺以外進められない。

 以前ヒトミに冗談でコントローラーを渡して、操作をさせようとしたが、コントローラーは反応しなかった。その時はバグとして解釈したが。あとあと母にも触らせたところ。やはり反応しなかった。

 このゲームは、プレイヤー本人しかプレイすることができないのである。


 四つ。ゲームでのプレイヤブルキャラクターの行動や身に起こる現象全てが、プレイヤーに感覚として影響する。ということ。

 ダメージを与えられた時の痛みはもちろん、他にもフィールドを移動する後は疲れるし、呪文を使うと魔力的な何かを感じる。これはゲームファンからしたら、とても良い体験だが。ゲームをするだけで疲れるのは少し面倒である。


 「やりたかったのに。()()()()のケチ」

 「ケチってなんだよ。てかイッチーて、誰だよそれ」

 突然出てきたあだ名のような固有名詞。俺はその存在を確かめるためにヒトミに尋ねたが。返答の代わりに帰ってきたのは、俺を指差すしぐさだけ。

 最初はそれが、理解できなかったが。何となく分かった。

 「え。 俺?」

 「うん」

 どうやらあだ名を付けられたらしい。

 「変なあだ名つけんなよ……」

 「ええー。良いじゃん別に。それに、イッチーはイッチーだよ」

 ヒトミの膨れっ面を尻目に、俺はストーリーを進めるための打開策を考える。現在、オーブは一つも入手していない。


 「あ。棒アイスいる?」

 「貰う」

 調子が狂う。以前までやれ『キモい』だの『オタク』だの罵っていた女子高生が、ある日を境に距離感が近くなってきている。ここのところ、ヒトミは俺に対してそれほど罵詈雑言を吐くこともなく。捻りも何もない普通の会話をしている。


 「おっけ。えいっ!」

 ヒトミは手に持っている棒アイスを二つに割る。

 と、言ってもおそらく伝わらないので。棒アイスの説明をすると、細長いポリエチレンの容器に入った、ジュースを冷凍してアイスにしたもの。である。

 昔は有名で、俺が小さい頃には流通していたお菓子。『チューペット』という名前だった気がする。

 今ではこのアイスを知っている人間の方が少ないと思うのだが、なぜか一商店には毎月入荷してくるのだ。

 一商店では唯一販売しているためか、ヒトミが集めてきた子供たちの間で『棒アイス』として知り渡り、流行になっている。売り上げは上々。


 俺はその棒アイスとやらの先端部分を口に咥えたまま、ゲームを進める。とりあえず、オーブ集めになってからは聞き込みが疎かになっていた。カジノに夢中になった自分を戒めるためにも、まずは聞き込みだ。むしろそれしかない。


 さっそく、街を移動するためにワープ系呪文『ルーロ』で移動した。ブウタウロス戦の前に、なぜか上がっていたレベル。その際に追加されていた呪文である。戦闘もなるべく避けれるし、訪れた街などに再度移動する時に移動も短縮できる。トラクエではゲームクリアまで一生お供になる必須呪文である。


 この呪文を覚えてから楽になった。

 それに、ルーロの感覚を味わうのも良い。使用すると、自分が透明な殻に包ままれた状態で、エレベーターに乗った気分になる。新鮮だ。トラクエの世界に干渉できる。というのは、オタクにとって羨ましい限りである。

 「また笑ってるし……。きもーい」

 おっと。どうやら顔に出ていたらしい。ヒトミがいることを忘れてはならない。

 気を取り直して、俺がやってきた街はトラクエⅢ内で緑のオーブのヒントがもらえる王様ないは街である。

 いつも通り街人の話をメモして、最後に城にたどり着いた。早速王様に、俺話しかけた。


 『よくぞきた そなたがくるのを まっておった。 ここにくるまで さまざまな しれんを のりこえてきたの だろう』

 王様は労いの言葉をくれた。過酷な旅を続けてきた俺にとっては素直に嬉しい言葉である。

 『では ここにきた ほうび として じょげんを しよう』

 「すげぇ唐突だなオイ」

 「でも助言だって!」

 代わり映えのしないゲーム進行に飽き飽きとしていたのだろうか。ヒトミは目を輝かせてそう言った。ゲームを始めてから、ヒトミは楽しんでいる。それは、大きな変化だと思う。

 俺は王様のテキストを進めるため、決定ボタンを押した。


 『せかいを みわたすが よい。 そして なかまをあつめるために おもいで を かくちでさがせ』

 『まずは くらやみで さがすことだ そこでしか みえない しんじつ もある』


 王様はそう言葉を残した。

 世界を見渡す。まだ冒険が必要ということだろうか。と言っても、トラクエⅢでクリアすべきところは全てクリアしたのである。残りはオーブを集めて魔王を倒すだけだ。


 「へはいほひははふっへ、はっひはっへはほ」

 「ごめんヒトミ。何言ってるか伝わらねえ。棒アイスくわえたまま話すからそうなるんだろ」

 行儀が悪い。ヒトミは「あそっか」と呟き、口にくわえた棒アイスを外した。

 「だから、さっきまで世界を見渡してたんじゃん」

 「まぁ。確かにそうだよな」


 ヒトミの言った通り、俺は既に現状行ける場所は全て赴いている。ところが、本来目的のオーブがある場所に、存在しないから困っているのである。このゲームお得意の、進める要素を無くすシステムだ。


 「当てが外れたかぁ」

 ため息混じりに俺はそうぼやく。

 「えぇ。それじゃどうするの! 進められないじゃん」

 本当に策は無いものだろうか。このまま無用に時間が過ぎて、世界中のトラクエの勇者たちの存在が忘れ去られて。何もできずに終わる。


 それはだけは避けたい。


 何か策を考えねば。

 このゲームの仕様を思い出せ。


 まずは……。セールがなくて、終わるまで続く。残機制で、俺しか進められない。後は……。ゲームで与えられる現象が、プレイヤーに干渉する……。


 「プレイヤーに、干渉……」

 「何? 急に何言ってんの?」

 「ヒトミ」

 「え? なに」

 「出かけよう」

 「え? 何で」

 「いいから」

 「いやいやいや。怖いんですけど」


 「そこに、このゲームの攻略方法があるんだよ」


 そうだ。俺は大事な事を忘れていた。

 存在を忘させる。抹消する。と言った超常現象が起こせるゲームなら。逆に現実側がゲームに《《干渉》》できる可能性だってあったのだ。


 世界を見渡すというのはつまり。

 「え、普通にキモいんですけど」

という事で、俺とヒトミは急遽、外へ出かけた。外出先はヒトミが帰る際によく利用する駅の、その先の街だ。タイヤが道路を這う音と、信号機のカッコウの鳴き声。それと行き交う人々の笑い声が絶えない街。


 『()(もん)』。


 巨大な商店街が特徴的で、年に一度祭りも開催している。東京の街並みを知らなかった当時の幼い俺はここが都会だとはしゃいでいた思い出がある。


 「で、なんできたわけ」

 「この街に、答えがあると思ってだな」


 俺は現実の世界でストーリーを進めるために必要なオーブの代わりになるものをこの街に探しにきたのである。

 現実に干渉が可能な『Re:makers』は、現実世界に影響を与えている。ならば、逆の考え方で、現実世界からゲームの世界に影響を与えられないのか。

 王様の『せかいを みわたせ』というのは現実世界のことではないのか。と、仮説を立てのだ。


 この仮説を確実にさせるためには、ゲーム序盤『アーリハン』にて街人の一人の発言が重要となった。


 『なんでも せかい は ふたつあるそうだ』


 これは、互いの世界が関係性がある事を示すと同時に、ゲームクリアをするためには現実世界を利用しなければならないという暗示だった。

 実際、ブウタウロスの時もその前の塔の時も、現実世界の知識が必要であったのだ。俺たちが現実世界から攻略法を導き出しても何ら問題はないだろう。

 これが成功すれば『???』に対抗できる手段を手に入れたも同然だ。

 外になんか出たくないが。今回ばかりは気合を入れないといけない。


 「……ま。別にいいんだけどさ。せっかく来たんだし、楽しむかんね」

 「好きにしていいけど。ただし一つだけ頼んでくれ」

 「なに?」

 「ゲーム関連。特にトラクエに関連するものを買っていく」

 「は? やだ。お金かかるじゃん」

 「それは俺の金使うんだよ。お前の趣味にもちゃんと付き合うから」

 正しくは、母の金だ。ヒトミと外に出る。というので恥をかく前に恥をかけ。と言われてもらった三万円。そのうち一万円をヒトミに渡す。


 「えぇ。それって、本当にあのゲームに必要なもの?」

 お前はただ。オタクの物欲しさに人を利用しているだけではないのか。と、眼差しで伝えてくるヒトミに対して、俺は首を横に振る。

 「本当だ。もしかしたら手がかりがあるかもしれん。行動あるのみ!」

 ここは勢いよく『ガンガン行こうぜ!』と。俺は心の中で叫んで、気合いを入れる。


 「てか。()()()()じゃなくて良かったわ。隣歩いてて恥ずかしいもん」

 ヒトミは安心したようにため息を吐く。

 「何が。まさかお前、俺の『さすらいTシャツ』を馬鹿にしたのか⁉︎」

 「それ以外ないじゃん! ファッションセンス皆無!」

 「お前制服の奴が言うんじゃねえよ」

 「私どんな服着ても似合うもん。かわいいから」


 ムカつく。何だその理不尽な理由は。マジでこの人生(ゲーム)クソゲーなんだが。

 「あっそ」

 俺は自分の心を落ち着かせた。こんなところで挑発になってはダメだ。精神は大人な俺である。我慢するのだ。


 と。俺がやや早歩きになって、すぐ。隣にヒトミがいない事に気がついた。

 俺は後ろを振り向く。すると、ヒトミは一定の方向を見つめながら立ち止まっていた。

 「何だ? どうかしたのか?」

 俺はヒトミのもとに近づいて、訪ねる。

 「飲むわらびもち」

 「あ? ん? 何が? 飲むわらびもちってなんだよ」

 なんか。そのわらび餅喉に詰まりそうだな。と、内心思いながら、ヒトミがずっと見つめている場所に視点を合わせるために右を向いた。

 そこにはスイーツショップがあった。


 「飲みたい」

 「飲めばいいじゃんか」

 「ダメ。イッチーも一緒に飲む」

 「やだよ。俺まだ死にたくねえもん」


 ヒトミに何度『嫌』と言っても。ヒトミはその場から離れない。それどころか、俺の服の袖を掴んだ。一週間ほどしか関わってはいないが、一度言い始めたら言う事を聞かないのがヒトミの気性である。こうなると面倒だ。

 だが俺も、大好きなトラクエのために、ここで従うわけにはいかない。俺はトラクエを救わなければならないのだ。


 「絶対嫌だからな。俺は飲まないからな。大体甘いものは俺はそんな好きじゃないんだ。スイーツのこだわりとか理解できんし、俺はトラクエの事で今頭がいっぱいなんだよ。こんなところで油を売っ……」



         ◇◇2◇◇



 「……美味しい」

 結局。買ってしまった。しかも、俺の奢りで。

 「でしょぉー。今SNSで流行ってるもん!」

 そんな事を言いながらヒトミは『飲むわらびもち』とやらを片手に自撮り写真を何度も何度も撮影している。これがJKという生き物の習性らしい。隣にいて怖い。俺の存在消えそうだもん。


 俺がそうやって肩身が狭い思いをしていると、気がつけば、完全にヒトミのペースに流され、流行の店や俺の趣味ではない場所を連れ回された。


 「イッチーって。メガネ似合うんだね。やっぱオタクだからかな?」

 「観点がまず偏見なんだよ。普通に似合ってるって言ってくれよ」

 「えー。ヤダ。キモいもん」

 「もはやどんな理由でもキモいんだな俺は」


 困った。本当に困った。ここで俺がキレ散らかして、場の雰囲気を悪くするのは得策ではない。ヒトミをなんとか攻略のために利用しなければならないのだ。

 ならば、ヒトミを満足させてから、俺が行きたい場所に連れていけば良いだろう。まずは、ヒトミに従うことにする。

 未来への投資と思えば。何事も耐えられる。


 「お腹すいちゃった」

 そうやって、気がつけば十四時だ。一時間経過していた。

 「わらび餅が腹の中まだあるだろ」

 俺は無理やり食べさ……飲まされたのだ。しばらくは食事をしなくても良いと思っているが。というか、先程からヒトミはワガママすぎないだろうか。俺は振り回されてばっかりである。

 でも。ここは我慢だ。報酬は後でもらう。今は耐えて耐えて耐えるのみだ。


 「女子は胃袋二つあるもん」

 何て超理論だろうか。化け物なのだろうか。俺は怖くなってきた。

 「仕方ないな……。メシ食うならどこに行きたいんだ?」

 とりあえず、ヒトミが行きたいところに行かせることにした。どうせ、オタクのような俺が消滅しそうな場所に連れてかれることは承知だ。何も考えないでついて行くことにしよう。


 「ふふん。 私にまかせて!」

 ヒトミは自慢げにそう言った。


 そしてたどり着いたのは……。

 「おま……え? 嘘だろお前」

 「何が? ご飯といえばここでしょ」


 JKという生物に無縁としか思えない。小汚い、豚骨ラーメン屋さんであった。

 店の名前『丸龍』だぞ。そんなところにJKは来ないだろ。何だ? 新手の萌えアニメか何かなのか。幻想じゃないのか?

 本当にさっきまで女子高生していたヒトミの選択なのだろうか。


 普段はラーメン屋では気を使わない俺が、なぜか気を遣っている。おかしい。この立ち位置は普通逆ではないか。

 「てかさ。ホントにラーメンだけで良かったの?」

 首を傾げながら、食券を見つめるヒトミ。俺は汗を拭い「ああ……」と返事をした。


 「はーい。ラーメンに、替え玉券二枚ね。あとは白飯と、ギョーザ一人前。お嬢ちゃん食べるねぇ」

 と。ヒトミ側の食券を見て、店員のおばちゃんが驚いている。

 俺だって驚いているさ。

 「ひ、ヒトミ。お前本当に替え玉とメシと餃子食うのかよ」

 「うん。食べるよ」


 「ラーメン二杯ねぇ。硬さはどげんするね?」

 と、博多弁でおばさんがラーメンの硬さを確認する。

 「あ。俺は普通で」

 「私バリカタでお願いしまーす!」


 ダメだ。ヒトミがオッサンに見えてきて仕方ない。別腹がオッサンだ。額に油が滲んでそうなオッサンにしか見えなくなってきた。女子高生っていたっけ。本当は女子高生の皮を着たオッサンではないのだろうか……。


 「んんー! やっぱラーメンは豚骨! バリカタバリうま! ご飯も合うわぁ!」

 ラーメンを啜りながら、ご飯を口に運び、ヒトミは食事を続ける。食べるそぶりはかわいい。しかしそれ以外は可愛いと言うかなんというか。

 俺は気を遣いながら、静かに麺を啜っている。味は美味しい。今度からラーメン屋に行くなら、ヒトミを連れて行ったほうが良いかもしれない。


 「はーい。替え玉一丁ね」

 「ありがとうございまーす」


 俺は、その食べっぷりをただ呆然と見ていた。何と言うか、敬意を表する食べっぷり。


 「なんか……。ありがとうヒトミ」

 「ん? 何が?」

 昼食の後。ついに俺たちは、目的の場所。『ブンコ倉庫』に足を踏み入れた。

 豊富な文庫本の品揃えを中心に、様々な世代のゲームや、トレーディングカード、音楽CD、ギターなどの軽音楽器や、財布などのブランド品まで取り揃えている。

 豊富な品揃えを誇る巨大なリサイクルショップであり、この辺りでは最大級の中古品が集まる場所。

 それが、ブンコ倉庫である。


 「う、うわ。オタク臭がする……」

 「お前いつも失礼なんだよ。本題はこっちだって言ったろ。てか、俺はお前に付き合っていろいろ行ってやったろ」


 食べたくもないものを食べさせられたり(昼食のラーメンは除く)興味のない物の買い物に付き合ったり。何のために我慢したと言うのだ。


 そう。この時のためだけに、俺は我慢したのだ。


 「……はぁ。騙された」

 違う。騙されたのでは無い。意図せずとも、ヒトミが率先して恩を先売りしたのである。俺はただそれを買っただけだ。当然返してもらう義務がある。


 「とりあえず探すぞ。トラクエ関連……関連と。お! 早速缶バッチ! 懐かしいなぁ。俺集めてたっけなぁぁ」

 と。目移りした中古品のグッズコーナーに目を輝かせる俺。ヒトミはそんな俺を見て「バカ」と言って呆れていた。

 他にも何かしらグッズがないか調べてみることにする。


 「って……商品が異様に少ねえな。 ここだけしかねえのかよ⁉︎」

 先程からトラクエ関連商品を探しているが、見つかったのはフレコンカセットと、缶バッチだけだ。

 しかも、トラクエのコーナーは狭い空間の一角だけ。まるで需要のないマイナーゲームのようだ。


 それにしてもグッズが少なすぎる。せめて、看板モンスターのスライミのぬいぐるみは置いて欲しいのだが……。

 「全然無いじゃん」


 今年で三〇周年を迎える、歴史あるゲームの存在が、ネットの情報が消滅しただけで忘れ去られるものだろうか。

 そんなはずはない。ネットが家庭に普及したいない時代から絶大な人気を誇るゲームなのだ。


 「おかしい。神ゲーだぞ! こんな品揃え悪い店あるか!」

 なんだか腹が立ってきた。

 大好きなゲームがぞんざいに扱われている現状と、それに見向きもしないゲーマーに。

 RPGを世界に解き放った伝説の神ゲーだぞ。


 「あっ。すみません」

 咄嗟に、通りかかった店員に声をかける。愛想が良く、話しかけやすい店員だった。


 「どうかしました?」

 「いえ……。質問なんすけど、トラクエの商品って売ってるのここだけっすか?」

 もしかしたら他に商品があるかもしれない。とりあえず探し出して、ゲームを進める糧にしなければならない。


 「……トラクエ? えっと。ゲームの題名ですか?」

 「は……」

 店員の返答に俺は言葉を失う。

 「トラクエですよ! RPGと言えばトラクエですよね? 小さい時一度でも遊んだことあるでしょ?」

 「ごめんなさい……。ゲームに疎いわけでは無いと思いますが、有名なゲームなんですか?」


 嘘だろ?

 「冒険の書が消えたとか……。仲間集めでも感動の数々で…。 経験値を集めるのだって一苦労だけど、頑張った分だけ結果が出る……。トラクエを、本当に知らないんですか……?」

 俺は必死に問いかけた。トラクエを知らない人間がいて良いはずがない。そんなことがあって良いはずがないのだ。


 「す、すみません。本当に知らなくて……」

 店員は苦笑いしながら俺にそう告げた。

 トラクエを知らない人間を俺は見つけた。それは、刻々と迫る『トラクエ消滅の危機』を目視した。ということである。人々の認知が無くなれば、存在の価値が消えてしまう。誰もが知っているから有名であり、トラクエは『神ゲー』なのだ。


 だけど、目の絵で起きていることはそうではない。

 トラクエを誰も知らないのだ。

 「いえ……。こちらこそ、すみませんでした」


 「なんだ? トラクエってゲーム」

 「無名のゲームじゃねえの?」

 「こんなゲームがフレコンにあったんだな。うわ。結構シリーズあるぞ」

 「ええ!? そんなに続いてるなら、なんで俺らレトロゲームマニアが知らないんだ?」


 いつの間にか、店員と俺の会話を聞いていたオタクたちがその場に集まってきた。その誰もが『トラクエ』を神ゲーとは言わない。初めて知ったように。関心が無いように。『無名のゲーム』と口を揃えるのだ。

 無意識に拳を握りしめた。悔しいのだ。誰もが知っているはずなのに……。


 「……ヒトミ。場所変えるぞ」

 目的の品が無い以上ここにいても仕方ない。とりあえずはトラクエの商品を探して見つけることが重要なのだ。この現状を打開したければ、本当にドラクエは世界から消えてしまう。


 「ね。これってトラクエ遊べるの?」

 突然ヒトミがそんな質問をする。手に持っていたのは最近発売されたフレコンミニという、五〇種類ほどゲームが収録された復刻機だった。

 「何がだよ。唐突すぎんだろ」

 「いいから。できるかできないのかどっち」

 「できるぞ。収録されてたろ」

 「そう。じゃあ買う」

 ヒトミはそう言ってカウンターまで移動すると。すぐさまフレコンミニを購入してきた。


 「お前な。あくまで資金はトラクエのグッズを買うためにだな……」

 「自分のお金で買ったんだもん。いーじゃん」

 ヒトミの発言に、俺は目を見開いて驚く。

 「化粧品とか、文具とかさ。なんかそういうのにお金使わなくて良いのかよ」

 「あるもん。私買いたかったのこれ。なんか文句ある?」

 「いや……無い」


 急になぜフレコンやトラクエに興味が湧いたのだろうか。不思議だが、そんなことを考えている暇もないだろう。俺はすぐに移動することにした。



          ◇◇3◇◇



 それから、俺は何件かレトロゲームが売られているゲームショップやリサイクルショップに赴き、トラクエに関するゲームグッズを探した。

 しかし、手に入れられたのは小さなモブモンスターのぬいぐるみ、アラーム時計、缶バッチとストラップなど。ほとんどの店で『トラクエ』に関する聞き込みをしてみたが、先ほどのブンコ倉庫にいた店員や客のように『知らない』と言って困った表情をするばかりだ。


 「店に出かけて……。こんだけしか手に入らないとか……辛いわ」

 流石の俺も落ち込んだ。

 大好きなゲームを。大人気のゲームを。知らない扱いされるのは堪えるものだ。

 俺はてっきり、店に顔を出せば、現状の異変を共有する勇者たちが複数人いると思っていた。そして、協力して『???』を打倒するための作戦を考えてくれるのだと。

 手に入れたグッズが役に立つかもわからない。無駄に時間を浪費して、トラクエの消滅を促進させただけ。これでは外に出た意味がない。


 「ね」


 俺が落ち込んでいると、ヒトミが声をかけてきた。

 「どうして。そんなにその『トラクエ』にこだわるの?」


 そう尋ねられた。『あのゲーム』というのは、トラクエの事を指しているのだろう。俺は質問を仕方なく返答してやることにした。


 「神ゲーだからだよ」

 「それはたくさん聞いた。違う理由」

 「違う理由って。それ以外にねえよ」

 話を切り上げたかった。精神的なダメージで、俺は瀕死手前なのだ。

 だが、ヒトミはそんな事を汲み取ってくれるわけもない。苛立ちを覚えた俺は、歩幅が大きくなってしまう。


 「だから。神ゲーってさ。そんな風にまで言えるんなら、それだけ好きだってことでしょ? なんでそんな好きなのよ」


 足を止めて、ヒトミは背後から俺にそう質問を投げかけた。

 冷静になるべきだろう。

 目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をして、ヒトミがいる後ろへ振り向く。


 そして、俺は『理由』を口にした。

 「トラクエは、俺の人生に意味をくれた。大切なゲームだからだ」

 照れ臭い。というか、こういう話を人にするのは苦手なのである。大抵、好きな根底というのは、自慢げに語るものではない。それでも仕方なく、俺は後頭部をかけながら話を続ける。


 「ゲームを作りたいって夢ができて……まぁ、今諦めてニートやってるけど。それでも、俺がここまで生きてこられたのは、トラクエが俺に夢をくれたからなんだ。いつでも、どんな時だって、俺の目標であり、憧れが。あのゲームなんだよ」

 俺はトラクエを初めてプレイした時に『こんなゲームを創りたい!』と。心の底からそう思った。

 この感情は、思い出す必要すらない。

 なぜなら、俺はずっと、その想いに支えられてきた。

 俺は、この思いを形にするために生きてきた。


 そんな大切な『生き方』を教えてくれたゲームの存在が、消えるというのだ。放っておける理由などない。俺は夢を諦めたが、与えてくれた恩を蔑ろにはしたくないのだ。


 「それに、それだけじゃねえ。トラクエには……沢山の人々の想いが込められてるんだ」

 そう告げた俺は自然と、笑みを浮かべていた。


 「トラクエのゲーム制作に関わった人たちは、その当時、フレコンでどうやってRPGをゲームにするか。ひたすら葛藤して創り上げたんだ。多くの子供に遊んでもらうためにな。……それは、ただ物を売るための熱意じゃない。 必死で、必死で。自分の思いを、信念を、遊び手(プレイヤー)に伝えたいって。努力して、吟味して……。そういうもんなんだ」


 その熱意は、思いは。ゲームになって、子供たちの手元に届いた。子供たちはゲーム画面の中で、世界を救う勇者となった。その『伝説』は、大人になった多くの子供たちの人生の柱になっている。


 ネットの掲示板に思い出を語る人がいたり。ゲームショップで出会った同士たちと共感したり。あるいは、俺のように『トラクエのようなゲームを創りたい』と思って、ゲーム業界に身を投じたり。

 そうやって、一つのゲームソフトに、沢山の人々の想いが詰まっている。


 「ふーん」

 ヒトミは興味なさそうな返答をする。

 「お前から聞いたのにそれかよ……。 あーあ。話すもんじゃねえな」

 あった時から、俺の熱意に耳を傾ける奴ではない。いつものように、話すだけ無駄だったようだ。


 「なら。今日()()買った甲斐があったかも」

 そう言ってヒトミは袋の中に入っているフレコンミニを俺に見せたけて、笑顔を見せる。


 俺はヒトミと目が合った瞬間。視線を前へ向けた。

 「……何がだよ」

 「だってー。プレイヤーのイッチーが自信満々にそんな事言うんだもん。それって評価高いんじゃん? 買って得してるもん私」


 空は、気付けば黄金色になっていて、太陽は沈み始めている。


 「そうかよ」


 ヒトミの言ったことに笑いながら、俺は家へと歩き続ける。


 どうやらこの外出。無駄ではなかったらしい。



「って、今日外に出たの無駄だったじゃねぇえええかぁあぁああああ!」

 俺は自分の髪の毛を両手でかき回して、悶えるように叫んだ。

 現在。時刻一八時三〇分。ヒトミとの外出から帰宅して『Re:makers』をプレイ再開したていたのだが……。

 俺は全く進展しない画面との睨めっこをして、同じ場所を繰り返し移動しては街人に話しかけるだけ。

 代わり映えのしない画面を見ようともせずに、ヒトミは退屈そうにあくびをした。

 ちなみに、ヒトミは夕飯を一緒に食べるので、二〇時までは家にいるらしい。あれほど親に叱られると言っていたヒトミだが、両親に了承を得たのだろうか。


  「打開策見つけたんじゃなかったっけ」

 ヒトミの言葉に俺は胸を抉られた気持ちになる。辛い。反論の余地すらない。

 「わざわざ外に出たのにね。結局オタクの趣味に付き合わされただけだね」

 「わかってるよぉおお! そんな言わないでくれよぉおお!」

 俺は涙を流しながらヒトミの肩を掴む。

 「ちょ! 触んな!」


 ストラップも、ぬいぐるみも、買ってきたそのどれもがゲームに反映されているわけもなく。俺は本当に時間を無駄にしてしまった。


 「だいたい、もっと考えるべきだよ! こういう時の、ゲームのヒントじゃないの?」

 ヒトミに頬を打たれて、涙目になっている俺は、その言葉を聞いてゆっくりと口を開いた。


 「あ……」


 確かにそうである。

 今までの行動はどれも推察ばかりで確証性がない。

 現実世界からゲームに干渉できないか。という計らいでで外に出たのだ。ならば、具体的な干渉方法のヒントがゲーム内にある可能性を加味すべきであった。


 「王様が言っていたヒント……」


  『せかいを みわたすが よい。 そして なかまをあつめるために おもいで を かくちでさがせ』

 『まずは くらやみで さがすことだ そこでしか みえない しんじつ もある』


 世界は見渡した。ならば、暗闇で探す。というのは、一体何を示しているのだろうか。


 俺の過去、トラクエに関係している場所……。

 「向かいの居酒屋か……!」

 「何が?」

 「ゲームを進めるために必要な場所の事だよ!」

 「そうなの? じゃ、早速行こうよそこに!」

 「おう!」


 俺は勢いよく立ち上がり部屋を後にしようとするが。

 「は? 何してんの?」

 「何って、お前。居酒屋の行くんだよ」


 「また外なのぉ⁉︎」

 ヒトミは悲鳴をあげるようにそう告げた。



         ◇◇4◇◇



 そして、俺とヒトミは、一商店の向かいの居酒屋『save』へ訪れた。

 俺は、店の裏側にあるインターホンを鳴らす。というのは、『save』は火曜日が定休日であるためである。そのため、裏側にある店のオーナーの家を直接伺うことにしたのだ。


 この場所に、俺とソウジの過去。それから、トラクエを救う手がかりがある。


 インターホンのマイクのスイッチが入る。

 『はーい。店は閉まってるよ。どちらさま?』


 「こんばんは。アカネさん、ツムグです。お久しぶりです」

 俺はまず最初にsaveのオーナーである『アカネさん』に挨拶をした。

 『おーい。了解。要件は?』

 アカネさんは言葉を返してくれた。早速俺は事訳を話すことにする。


 「アカネさん。実はある事でお話をしたいんですけど……」

 「金は貸さない。働けい」

 何か、アカネさんは勘違いをしているようだ。とりあえず、誤解を解かないと。

 「違うし! 少し話を聞いてくださ……」

 俺が弁解しようとする途端、インターホンのマイクが切れた。


 しばらくすると、ゆっくりと扉が開く。開かれた扉の隙間から差し込む光の先に、アカネさんの姿が映り込む。


 「わあ。綺麗な人」

 ヒトミは目を見開いて、アカネさんの容姿に見惚れていた。長身でスタイルが良く、少し浅黒い肌で、切長の目が特徴的な美人。巷では『美魔女』とか言われている。実際俺も、幼い頃から容姿が変わらないアカネさんは魔女ではないかといまだに疑っているし。


 「アカネさん! 夜分遅くにすみません! お話がありまして……」

 「働け。二度も言わせるんじゃない」


 そう言ってアカネさんは扉を閉めようとする。しかし、ヒトミが扉の取っ手を掴んで、それを阻止した。

 「は、はじめまして! イッチーの……じゃなくてツムグさんの友人の……」

 「未成年ご法度! お帰り!」

 そう言って力づくで扉を閉められてしまう。


 「「え」」


 俺たちは扉の前で呆然とする。

 対応が理不尽すぎないか。話も聞いてくれなかったぞ。

 悔しくて俺はもう一度インターホンを押した。

 こんなところで諦めてたまるものか。


 「……合言葉は」


 すると、再びアカネさんがそんなふうに声をかけてくる。

 「合言葉? ……知らないすよそんなの」

 「しっかーく」

 再びインターホンを切られてしまう。


 何なんだよ!


 俺は心の中で怒鳴った。油を売るほど暇は無い。今こうして無駄な時間を過ごしている間も、着々と人々の記憶からトラクエの存在が消えているのだ。


 俺はもう一度、インターホンを押す。

 「だらぁ! しつこいねぇ!」

 そう言って、アカネさんは怒鳴りながら玄関の扉を勢いよく開けた。何故だか俺とヒトミは恐縮して背筋を伸ばしてしまう。


 「だ、だから。お話をしたくてっすね……」

 「……わかった。 そこまで聞きたいなら、上がって良し」

 「え」

 突然了承を得たので、俺は戸惑ってしまう。昔からこういうところがあるが、アカネさんの言動や行動。判断基準は、予測ができない。


 「何? やなの? 上がりたく無いなら帰る?」

 「いやいや! 上がらせてもらいますとも!」

 俺とヒトミは慌ててアカネさんの家の中に入った。



 アカネさんの家は、そのまま一階を居酒屋として経営し、二階を自宅にしている。先ほど、裏側に家があると述べたが、自宅の玄関からそのまま店に繋がっていて、本来リビングがあるはずの場所に居酒屋が配置されているのである。


 「それで。何よ。聞きたいってのは」

 俺たちは何故か居酒屋のカウンター席に案内された。

 「その……。昔は俺、ここに遊びに来てたじゃ無いっすか。その事でなんすけど」

 俺がこうやって質問をしている間も、切長の眼差しで見つめるアカネさんはやや怖い。

 「あぁ。懐かしーね。 キミとぉ。それからソウジ君。そっから他にもいたね。私の家の二階で作戦会議とかやってたね……あ、ところでヒトミちゃんさ。なんか飲む?」


 「いいんですか! それじゃ、オレンジジュースで!」

 「無いし。ザクロソーダね」

 「ザクロソーダ! 美味しそうですね!」

 いつものように環境適応能力を活用してヒトミは容器にアカネさんに接する。その陽キャ要素はチートだな。と、俺は常々思ってしまう。


 「んで?」

 と。アカネは話を促す。

 「あの……これ覚えますか?」

 そう言って、俺は洋服のポケットから缶バッチを取り出した。今日購入したトラクエのゲームバッチである。

 「なんこれ。全然記憶に無いわ。ナメとんか?」


 なんだろう。もうこの人と話すだけで、泣きそうだ。当たり口調が怖い。基本怖い女性は昔から苦手なのだ俺は。


 「な、何とか思い出してくれると助かります!」


 「うーん。だってね。キミたち二階でほったらかしで遊ばせてたからね」

 「えぇ……」

 ヒトミは引き気味で俺を見つめる。なんか、俺の少年時代偏見持たれてないか、これ。


 「ま、覚えてっけどさ」

 「いや覚えてるのかよ!」

 とんだ嫌がらせだ。俺は思わずアカネさんにツッコミを入れてしまう。その直後に「すみません」と呟くように謝罪をして縮こまることにした。


 「ふははは。やっぱツムグは面白いね。うそぴょんでしたぁ」

 「うそぴょんかわいい!」

 「でそ。私発祥よ。使ってけ」

 「使う使う!」


 何故か、ヒトミとアカネは共鳴し始める。もう何が何だかわからなくなってきた。

 「そ、それで、缶バッチなんですけど。この家に、もしかして残ってないかなと」

 昔よくこの場所で遊んでいたのを覚えている。そして、ゲームバッチを二階に飾らせてもらっていた。今も残っているなら、それがゲームを進めるために必要な大切な代物だ。


 「はーい。缶バッチねお待ちー」

 「って! なんでお酒みたいに出てくんだよ!」

 何故か、アカネさんはカウンターから缶バッチ二つを取り出した。


 「ん? いや大切なもんだから。金庫に閉まってた」

 「あ。そういう」


 とりあえず助かった。俺はその缶バッチを受け取る。

 「なんか知らんけど。キミ頑張ってそうだから、頑張りよ。応援してっから」


 「はい! ありがとうございました!」

 「ザクロソーダすっごい美味しかったです! また来ます!」

 俺たちは挨拶をすると、すぐに店を出る準備をする。急に突撃して、颯爽に帰るのは失礼で申し訳ないが。仕方ないのだ。


 「ほいほーい。さっさと帰れー」

 早速家に帰ってきた俺たちは、缶バッチを利用するために『Re:makers』を起動させた。


 「それで、その缶バッチが何か関係あるの?」

 「まぁまぁ。見とけって」早速俺は『Re:makers』を起動させ、メニューコマンドを開いた。その中の道具コマンドを選択する。

 このコマンドは、今まで入手した道具を確認することができる。俺はその中から『思い出の鍵』を探す。


 「あったあった。これこれ」

 「これ、ブタさん倒した時のだよね」

 「ああ。ただ俺が欲しかったのは『山賊の鍵』だけどな」

 俺は最初、トラクエ3で登場したものと同名の『山賊の鍵』を手に入れるために塔攻略を目指していた。


 だが、たどり着いた目当ての場所の名前は『西の塔』ではなく『ヒガシヤマ小学校』になっていた。おまけにソウジと一緒に創ったモンスターのブウタウロスがボスであったり。それを倒すには俺たちの過去が必要だったりと。

 このゲームは、トラクエのゲームシステムや、要素意外にも、現実世界の実体験をストーリーを組み込ませている。


 その上で現実に干渉できるのであれば、過去に関与する媒体なら、ゲームに干渉できるのでは無いかと、俺は考えたのだ。


 おそらくそのために必要なものがこの『思い出の鍵』。


 俺は思い出の鍵を選択し『使う』というコマンドを入力した。


 すると、画面はしばらく暗転し、五つの枠組みが現れる。

 枠組みの上にはテキストが表示された。

 『おもいでのバッチ を せんたく してください』


 「……うし。ビンゴだな」

 「え、何これ何これ!」

 先に進まなかったゲームが、ついに進んだ。ヒトミは目を輝かせる。それは、隣でゲームをプレイしている俺も同じだ。


 やっと打開策を見つけた。

 俺は早速五つの枠から一番上を選択する。その枠の名称は『ツムグの記憶』と表記されている。


 「イッチーの名前じゃん」

 「そうだな」

 普通。自分の名前が、ゲームに表示されたら驚き恐れるのだろうが。

 今までダメージを喰らうたびに激痛を伴ったり、現実からゲームが消えたりと。この『非現実』も随分と俺の日常に馴染みつつある。ヒトミは隣で怯えているが。俺はそれを尻目に、そのままゲームを進めた。


 「俺の記憶ってことは、間違いなくこのバッチだよな」

 と。俺は昼にブンコ倉庫で入手した、トラクエの缶バッチをポケットから取り出した。


 『バッチの コード を にゅうりょく してください』


 画面にはそうテキストが表示されている。

 「バッチのコードねえ」

 「何かそのバッチに書いてあるんじゃないの?」

 「俺もそう思ってる」


 俺は缶バッチをじっくりと観察し、コードらしきものがないかを探す。

 「お。あった。おそらくこれだな」

 見つけたのはバッチの裏側に書いてある英数字七文字。『DQ31988』というもの。


 俺は早速そのコードを入力する。

 すると、画面は切り替わり、フィールド画面へ移行した。

 「あれ、さっきいた場所と違うよ!」

 ヒトミがそう言ったように、先ほどまで草原にいたはずのプレイヤーが、いつのまにか、五つの柱が円状に並び立つ祭壇のような場所の真ん中に立たされていた。

 その真ん中には大きな卵がある。

 「トラクエⅢの不死鳥レミアを復活させる祭壇と瓜二つだな」

 まぁ。そのオマージュなのだろうが……。


 コードを入力したためか、柱の一つが赤い光を放つ。おそらくこれでオーブを一つ代用した、という事になるのだろう。


 「これで、一つ完了か」

 「おお! どんどん進めちゃおー!」

 「おうよ」


 俺は缶バッチのコードを次々入力していく。まずは現在入手しているバッチだ。


 「今あるバッチは……ときめきクロニクルと、スーパーソルジャーだけか。……ストリームファイトと、RPGメーカーがないな」

 昔『save』で遊んでいたかつての仲間たちの缶バッチだが、残る二人分を俺は持ち合わせていない。


 「あ。待てよ」

 俺はすぐさま押し入れに体を突っ込む。前回と同じように探し物だ。

 「確か……ここに。ヤチカからもらったのが……」

 独り言を呟きながら俺は押し入れの引き出しを開く。ヒトミは「ねーまだ?」と尋ねてくるが。俺はそれを無視してそのまま引き出しの中身を漁った。


 「お! 見つけた! ストリームファイトのバッチ!」

 「マジ⁉︎」

 俺はすぐさまストリームファイトの缶バッチのコードを入力する。


 「ていうか。このバッチのゲーム私知ってるかも。格闘ゲームってやつだよね?」

 「ああ。そうだぜ」

 「なんか意外。イッチーずっとトラクエトラクエって言うから。てっきりRPGだけ好きなのかと思ってた」

 「他も色々遊ぶぞ。上手く無いけど格ゲーとかもやるし。それと……そのバッチは俺の親戚のヤチカって奴の趣味だ」

 「へー。やっぱイッチーの周りってオタクばっかなんだね」


 何を失礼な。ゲームが大好きなだけだ。

 「うーし。あと一つだけ。RPGメーカーだけだな」

 昔このゲームが好きだったのは、ソウジである。俺はひとまず安心して深いため息を吐いた。これでオーブ代わりはあと一つだけで良い。

 残り一つは『RPGメーカー』のゲームバッチ。それは、当時ソウジが持っていた。後は呼び出してバッチを貰えば、ストーリーもいよいよ終盤になる。


 「魔王を倒して。その後に大魔王を倒す。これでトラクエではゲームクリアだ。ようやくクリアが見えてきた」

 ファミコンのゲームだいうのに、まじめに何時間もプレイして一週間も時間が経過しているのは新鮮な気分である。


 「もう終わりが近づいてるんだね。結構楽しかったなぁ」

 「そうだな。俺もわりと面白かったよ」

 面白いだけでは無かったが、《《昔のように》》笑ったり、悩んだり、苦労して、真剣に遊んで。心の底から楽しめた。『Re:makers』は物騒なゲームだが面白かった。


 ぐぅぅ。

 現時刻一九時。セミも鳴き声も収まって、風鈴の揺れる音だけが聞こえる静かな部屋で空腹を示す腹部からの音が聞こえる。それは、俺の腹部から聞こえた後では無かった。答え合わせをするために、俺はヒトミの顔を見る。


 ヒトミは俺と目が合うと、顔を真っ赤にして、目を逸らす。

 「……お腹すいちゃった」

 「あ……ああ。そうだな」


 もうすぐ夕飯の支度を母が終える時間帯だ。ゲームを切り上げるのにも丁度良い。今日はここらへんでゲームを中断すべきだろう。明日からもっと気を引き締めなければ。


 「今日はここらへんでやめて。飯食って。お前送るよ」

 「うん。そだね。そーしよ」

 俺たちは母のいるリビングに移動することにした。



          ◇◇5◇◇



 食事を済ませ。俺はヒトミを駅まで送ることに。今日一日大変だった。外に出て、いろんな店を回って。それなのに収穫は少なくて。

 「今日も楽しかったよ」

 ヒトミは隣で歩きながら独り言のように俺にそう告げる。

 「そうかよ」

 「ゲームも買ったし。帰って遊んじゃお」

 「おうおう。トラクエ楽しめ」


 それにしても、今日を振り返ってみて、一番衝撃だったのは、ヒトミの食事の好みだったな。まさか、豚骨ラーメンが好きだとは、炭水化物コンボきめてたし。ギャップ萌えを狙っているのだろうか。俺はますます女子高生という生物の未知に翻弄される。感慨深いものである。


 「ね。明日はソウジさんも来るかな」

 「呼んではみるよ」

 「そっか。三人でやった方が楽しいもん。みんなでゲームしたいな」

 「……そうだな」


 ヒトミの言う通りだ。

 ソウジと、ヒトミと。協力してブウタウロスを倒した時に味わったあの感覚。あれは、ゲームを心の底から『楽しい』と思える瞬間だった。

 願わくば、ずっとこんなふうに、三人でゲームを遊びたいものだとさえ、俺は思ってしまったのだ。


 「遊べるといいな」


 それから、俺たちは駅に着くまでゲームの話をして盛り上がった。最初の出会いから、ヒトミとは目覚ましい距離感の発展を伺える。最初は『キモ』という言葉しか返してくれなかったヒトミも。今では普通に会話をできるようになったわけだし。

 それに、トラクエをするためにゲームも買ってくれた。


 「それじゃ。またね! イッチー!」

 「またな」

 いつものように後ろ姿を見せると、ヒトミは駆け足で駅の中に駆けていく。


 「ヒトミ」

 俺はそんなヒトミに声かけた。


 「何? キモオタが発動してしまいそうなの?」

 ヒトミはにこやかな笑みでそう返答する。


 「うるせ。……いや。その、なんだ」


 「お前って、案外イイ奴だな!」


 俺はヒトミに向かって伝えたい事を言い放った。ヒトミは俺の言葉に小さくだが口を開いた。そして鼻でため息を吐くと笑みを浮かべる。


 「やっぱキモオタじゃん! 案外が余計! そんなんで私を引き止めるなっての。またね!」

 「あ。ああ。 そうだな。すまん! またな!」


 今度こそヒトミは駅へその姿を消した。


 俺は最後までそれを見送ると。しばらくして空を見上げる。濃く、深く、青い空。目を凝らせば小さな星々が目に映り込む。


 大丈夫。


 大丈夫だ。

 俺はちゃんと変われてる。今は無理でも、ゆっくりでも良いから前に進んで。そしてたら、昔の事も全て解決して。俺はもっと前に進めるかもしれない。


 俺は、もっと変われるかもしれない。


 そう、心の中に何度も言い聞かせながら。

 ただ、ひたすらに。星を見つめようとした。



              ◇◇◇◇



 光。光。光。

 照明。笑い声。何か調理のために焼く音。ビールの炭酸音。その他諸々。


 それは、光に包まれた世界の中の出来事。影が覗き込むことすら許されない場所の出来事。


 「ソウジくーん。カンパーイ!」

 「「「「カンパーイ‼︎」」」」


 盛大に盛り上がる大人数の客。ここは六ツ門の中にある文化街という区画の居酒屋だ。


 「いやぁ。同窓会でさ。会えるなんて思ってなかったわぁ」

 「だよね。懐かしいよね。みんな今何の仕事してんの?」

 「ハーイハーイ俺教師! 毎日クソガキの教育してまーす!」

 「ははは! サイテーイ、こんな大人になりたく無いわぁw」

 「いやいやw 私たち皆んな同じようなもんでしょ? ねー。ソウジくーん!」


 飲み会の席で、笑い声は絶えない。その中にいるソウジも同じだった。

 ずっと。にこやかに笑っている。ただ、ひたすらに。


 「あ。そういえばソウジくんってさ。今何の仕事してんの?」

 「……ええと。父さんと一緒に家の病院で働いてるよ」

 「うっそぉ! 羨ましいわぁ! なぁなぁ、俺もそこで働かせてくれよぉぉ」

 「いやいや。アンタ働いたら人殺すっしょ」

 「いや。本当そうだわ。はははは!」


 ソウジはこの空間で、空気を読んで喋る。それが、この場を切り抜くために最も必要なことだからだ。そこに自我などない。他人と同じ意見を発言して、聞いて、共感する。その『作業』で、ソウジは喜びを得る。


 これが、今のソウジにとっての『幸福』だった。


 孤独を味わう必要のない、統制された友好関係の中で味わうことのできる『幸福』。


 これでいい。これでいいのだ。


 ソウジはそう思い続ける。それが正しい事であると納得するために。



 「そいうや、今日来てないヤツ誰よ」

 「あ。あいつじゃね? えっと……ツムグだっけ? あの……」


 「クソ陰キャ」


 一人の男が放った言葉。それを聞いた人間は一人残らず大声で笑った。

 「でも来なくてよかったぁ。だってさ。あいつ中学の時もオタクすぎてキモかったもぉん」

 女性は眉を顰めながら口角を上げる。隣にいるソウジはその女性の表情を確認すると一緒に笑みを浮かべる。空気を読む。ただそれだけを行うのだ。


 「あ。そういや、ソウジくんアイツの家に行ったんだっけ? 話してくれよ」

 「そうそう! それ気になってた! ピンスタに投稿してたじゃん? 『夢半ば、挫折したオタクの末路』ってさ」


 「……ああ。そうだね。それじゃ。話すかなぁ」

 ソウジは口を開いてそう告げる。


 そうだ。これが幸福だ。自分達よりも『以下』の人間を、それとなく生きてきた人間が酒の肴にする。そうしなければ、ここにいる誰もが、今を生きている現状を否定して、全てを拒絶したくなるからだ。この場合、肴にされる人間の大抵は、自分よりも高位である立場を目指そうとした人間である。


 例えば『夢から挫折した人間』。


 現状を否定し、序列を作って、現状の自分はまだ安全な場所にいるのだと確認したい。


 「聞いてよ。アイツさ。久しぶり家に行ったら……」

 ソウジはそれに加担しているのだ。


 「クソニートになって、馬鹿みたいにゲームしてたんだよねぇ」



 それは、光に満ち溢れた世界。


 その世界で、ソウジは心の底から『友人』を笑っていた。


 「昔あれほど夢を叶えるって息巻いてたのさ。夢を諦めて見窄らしくしてんの」


 「本当に、ダサいよね。馬鹿だよねぇ」


戦士と勇者だけがマトモだったんですよね。それではまた。

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