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chapter3

僕はとあるRPGゲームをやってたんですが性格がそれぞれ仲間に振り分けれていて、仲間のうちの僧侶がずっと『むっつりスケベ』だったんですよ。それでかくかくしかじか僧侶から賢者になったんですが。もう笑いましたよね。

 「うし。んじゃコイツ倒して、山賊の鍵頂くぜ」

 「なんか……。なんかっ! 楽しくなってきちゃった⁉︎」

 俺は決意を固めて、目の前の魔獣に声をかける。


 『まちわびた。 きさまを ここで ずっとまっていた』

 テキストを読み上げながら、俺は思わず口角を上げる。興奮している。いついかなる時も『初見プレイ』というのはゲーマーはやる気を上げるための展開(バフ)なのだ。俺はボタンを押してテキストを進める。


 『きさまたちに つくられた この いのち。 はてるまで たたかうことをちかおう!』

 「随分血の気の多いヤツだな。こう言うボス、嫌いではないけどな」

 「物腰なんか強そう!」

 ヒトミは目を輝かせながら画面を見つめてそう言った。


 俺はそう呟きながら。決定ボタンを押す。すると、たちまち画面は暗転し、戦闘画面に変化する。戦う。ということは、痛みを有する。ということだ。


 俺は覚悟を決めた。


 ボス名は表示されず、そのまま戦闘は開始される。攻撃コマンドで、ターゲットであるボスを選択するが、名前は『戦士』と表示される。


 プレイヤーは銅剣で『戦士』を切り裂く。ダメージは三五。今までよりも大きな攻撃数値だった。

 ……だが。


 『ほう。 きさま の ちからは それしきか?』

 と。『戦士』は告げると。反撃をすることなく。『ちからをためている……』とテキストに表示された。

 「攻撃をしてこない……」

 「後で大きなダメージを食らうやつだね。仲間もいないし、一気に畳み掛けるしかないね」

 「そうだな」


 俺は、ソウジの意見に従い、もう一度攻撃コマンドを選択する。三六ダメージを与えることができた。対して『戦士』は先ほどと同じように力を貯める。


 その行動が繰り返し続いた。一向に『戦士』は攻撃をしない。それどころか、いくら攻撃しても倒せないのである。このままではいたちごっこだ。埒が開かない。


 「全然倒せないじゃん! しかも攻撃もしてこないし! 何なのコイツ!」

 「何か……。する必要があるのかな?」

 「わかんねぇ。そもそもコイツに関しては、何のヒントもねえしな」

 『戦士』は謎に包まれた存在。今までのストーリー内で、何かしらの接点があるとは思えない。一体コイツは、何者なのだろうか。


 ゲームコントローラーを置いて、俺は考えることにした。

 しかし、一向に手立ても、ひらめきもなく、ゲームの戦闘BGMと、蝉の鳴き声だけが、静かな部屋で響く。


 「……なぁ。そういえば、コイツ戦う前に『貴様たちに創られた命』って言ってたよな」

 五分ほど経過して、俺は話を切り出した。二人はすぐに耳を傾け、質問の解答として頷いてくれる。


 「これが、もし、俺とソウジの過去に関係する話として、コイツを俺たちが昔作ったなら。それがヒントになるんじゃねえのか?」

 俺にしては、筋道通った推察だが。ソウジはどう思うだろうか。

 「……そうだね。思い出せるといいけれど。ボクも、覚えてないんだよね」

 「ダメかぁ……。なんか、ブタで、戦士で! そういうの居たっけなぁぁ!」


 「あ」

 突如、俺はあることを思い出した。それは画面で仁王立ちしている戦士(きょうてき)の正体について。ではないが、それに深く関与するかもしれない事象だ。俺は何も告げずにゆっくりと立ち上がると、押入れの扉を開けて、その中身を手荒くかき分けていく。


 「ツグ?」

 「急に何してんの?」

 「探し物。きっと、攻略に役立つアイテムなんだよ。たしかここらへんに……あった!」


 何も考えずに押入れに上半身を突っ込んだ結果、俺は埃だらけになった。だが、そのかわり、大切な思い出の品(アイテム)を手に入れることができたのである。

 それは、一冊のキャンパスノート。そのノートには『オリジナルモンスター設定資料集』という文字が書かれていた。


 「それ……。ツグが小学生の時に書いてたノート」

 ソウジは目を見開いて、俺を見つめた。きっと、思い出してくれたはずだ。


 「もし、画面で偉そうにしてるコイツが、俺たちが作ったモンスターなら。このノートに載ってるはずだ」

 「なるほど。早速確認してみよう!」

 「ああ!」


 俺はノートを開いて、見た目と名前が一致するモンスターを探す。

 「これも違う。これも違う……。なんか、結構作ってるな。これとか設定ガバガバだし。チートだろ」

 過去の自分が設定したモンスターは、どれもこれも実装されたらプレイヤーの苦情が殺到する、今で言うなら炎上コースものばかりだ。ゲームバランスを崩壊される幾つもの設定たち……。一体どこにいる。


 「……ねえよ。載って無ぇ」

 しかし。いくらノートを見返しても『戦士』と言う名前も、該当する特徴も、どのモンスターにも一致しなかった。八方塞がりだ。ヒントがないなら、攻略するための手立てが無いのと同じである。


 「……てか、このノート上って書いてるし。もしかして下があるわけ?」

 と。俺を睨むヒトミ。いつのまにか俺より熱心になってないのだろうか。

 「そういえばツグは上下とかシステムが昔好きだったよね。多分設定資料の下はあると思うよ……」

 「きったない商法。……だって二つも買わないといけないんでしょ?」

 「さすが、ツグのビジネスセンス」


 二人に散々言われ。俺はしょぼくれる。

 「し、仕方ねぇだろぉお! キャンパスノートは三十ページしかないんだよぉおお!」

 小学生の時のツムグ少年は多くて分割できる五冊入りを買って活用していたのだ。仕方ないではないか。


 「ともかく。探してよ。その下のヤツ」

 「……はい。探します」

 何故だか、ヒトミに命令され、俺はしみじみと押し入れから設定資料集『下』を探すことに。しかし、押し入れの中を散すようにして探しても、設定資料の下は見当たらなかった。


 「……ねぇ」

 「嘘でしょ⁉︎ ここまで来て、大事な大事なヒントが何で無いわけ?」

 「困ったね……。どう攻略すればいいのか分からないなら、進めようが無い……」


 三人は絶望する。なぜなら、これ以上ゲームを進めることが困難だと実感したからだ。


 「クッソぉおおおおお! ここに来てゲームオーバーとかマジであり得んからな!」

 悶え苦しむように俺はそう叫んだ。

 何か。何か。手立てはないのか。俺は必死に考える。このモンスターの特徴。豚! 甲冑! 槍!

 こんなモンスター作ったはずなんだハジメ ツムグ!

 思い出せ。思い出せ。


 弱点や、ゲーム進めるための選択が必ずあるはずなのだ。


 「クソぉおおおおお!」


 「うるさいわよ! てかアンタ! 何で店閉めてるのぉおおお!」


 「へ?」


 突如として部屋の中に響き渡る。三人以外の別の人の怒鳴り声。俺はその声の主が一体誰なのか。すぐにわかってしまった。

 なにせ生まれてこの方、二十三年間も耳に記録していれば、嫌でも理解できる声音である。


 「か、母さん……?」

 恐る恐る俺は背後を振り向いた。すると、どんな魔物よりも恐ろしい、母が俺を鬼の形相で睨んでいたのだ。またもや恐怖で、俺は身震いした。


 絶望から絶望。

 絶体絶命。背水の陣。表現の仕方は何通りもあるだろう。ただ明確に言えることは一つだけだ。


 「終わった……」

 そう、思わず俺はそう口に出していた。


 あたりは静寂に包まれる。虚しく流れる戦闘BGMだけが俺たちの鼓膜にただ響くのであった。

あれから、俺とヒトミは母に説教され、その後、昼食を取ることになった。母曰く『怒りすぎて腹が減った』とのこと。当然、俺とヒトミは断ることもできず、ゲームを放置したまま。食卓に座る。ちなみに、ソウジも座っている。


 現在食卓を囲んでいるのは俺、母、ヒトミ、ソウジだ。祖父は日中はデイサービスに通っているのである。

 「んんー! おばさんこれ美味しい!」

 と。ヒトミが元気よくそう告げた。先ほどまで俺の隣でしょぼくれて落ち込んでいたのに、気がつけば以前のヒトミに戻っていた。


 「あら。作って良かったわ。ヒトミちゃんがいいなら、夜も食べてっていいのよぉ」

 「今日は無理だけど。ママとパパに聞いてますね!」

 「そうしてそうして!」


 母は自分の手料理を絶賛してもらって舞い上がっているのか、満面の笑みでヒトミにそんなことを言う。調子が狂うのは俺だけなのだろうか。


 「確かに。おばさんの料理は美味しいですよね。ツグが羨ましい」

 ここでソウジが会話に参入。おだてるのが上手い。そして、何より場の空気を読んだ言葉選びだ。尊敬する。


 しかし、俺だけ会話に参加しようとしなかった。頭の中は『Re:makers』が浸透しているのである。もうそのことしか考えられていない。第一、俺はストーリーを進められずにいる。

 ゲームクリアができないと言うことは、つまり、この世界から『トラクエ』が消滅する事を意味するのである。悠長にしている暇などないのだ。


 ここは一つ。ゲームを進めるための選択を、俺はすべきだろう。

 「母さん。一個質問あんだけどさ」

 「……何よ。改まって」

 「その……。昔の話なんだけどさ。 俺昔からゲーム大好きだったじゃん? それでオリジナルモンスターとか考えちゃって……」

 冗談のように俺は話を進める。

 「それで……。母さん覚えてないかなって。ブタの甲冑を着た、槍持ってるモンスターなんだけどさ」

 分かるはずがない事は、理解していた。しかし、俺を小さい頃から知ってる母なら、何かしらヒントになる方は助言してくれるかもしれないと、俺は思ったのだ。


 「なんかそれ。聞き覚えあるわねぇ。ブタのぉ……。何だったしかしらね。ブータウなんとか。だった気がするけどぉ」

 母の発言に俺は思わず乗り出す勢いで前屈みになって母に耳を傾けた。

 「ブータウ……。忘れたけど、今のアンタはプー太郎だねぇ」

 「そりゃ俺だけどよ!」

 「あははははは! おばさんそれ正解!」

 と。ヒトミは腹を抱えて笑っている。腹が立つ。今は冗談など聞いてる暇はないのだ。だが、皆んなは知らない。何だか俺は悔しい気持ちになった。


 俺は深呼吸をして質問を続ける。

 「んで。なんか覚えてない? そのことで、昔の何かしてた〜とかさ」

 「そうだねぇ。アンタとソウジ君。それからいろんな子が集まって、向かいの居酒屋の二階で遊んでたわね。懐かしいねぇ」

 と、母は嬉しそうに語る。


 「そりゃ、覚えてるよ」

 俺は、笑うこともできずにそう返答した。


 「さて。食事も終えたところだし。店番は私がするから、せっかくだから三人とも遊びな。でも、金輪際こんなことがあったら許さないからね!」

 と、母は俺とヒトミに注意する。俺たちはかしこまって「はい!」と大きく返事した。いくつ歳を取っても、母親という存在は怖い。俺はいつまでも母の子供なのだなと思ってしまうのだ。


 食事語、俺たちは子供部屋に戻ってゲームを再開する。と言っても具体的な解決策は見出せてないし、ゲームを進めることができないままなのは変わっていない。

 一歩も前進できてないのである。


 母からもらった賞味期限の近いラムネを飲みながら俺は、解決策を模索する。

 「かぁぉぁ! んおいっしい!」

 と、俺の隣でヒトミがラムネの喉越しを堪能している。

 「もちょっと真面目にやってくれよ……」

 「なによ。息抜きも大切じゃーん」

 その息抜きのやり過ぎで俺と一緒に怒られましたよね。ヒトミさん。


 「あ。駄菓子ももらったよ。焼肉屋さん太郎と、蒲焼きさん太郎と、わさびのり太郎、すだこさん太郎もあるね」

 と、『太郎』駄菓子シリーズを一通り紹介したヒトミは、おいそれと自分用の蒲焼きさん選んだ。「あるよ」と言いながら選択肢は四つから三つになっている。

 と言っても俺はもう決まっていた。

 「……んじゃ、焼肉さん太郎で」

 「ボクはわさびのり太郎かなぁ」


 それぞれ三人の違う意見は綺麗に分裂した。だが、可哀想なのはすだこさん太郎である。誰からも選ばれなかった。

 「食わねえの?すだこさん太郎」

 俺は二人にそう尋ねてみる。するとヒトミは「ベタベタするしお酢臭いからヤダ」と言い「昔からそれだけ買わないんだよね」と、あからさまに拒否した。


 なんだよ。可哀想じゃないか。すだこさん太郎が。

 たしかに、すだこさん太郎を食べた後のカスを、考えなしに袋に入れてると、他の駄菓子屋に汁が付いた嫌な思い出はあるが。味は美味しいのだ。

 仕方なく俺が食べた。


 「それじゃそのまんまグレープ食べようよ」

 「もういいわ! 駄菓子本編じゃないから! ゲームが本編なんだよ」

 「えぇ。いいじゃん少しくらい。融通効かないなあまオタクはぁ。私は右端ぃ」

 「それじゃ、僕は真ん中」

 「おいちょい待て。こういうのは公平にじゃんけんするだろ」


 「ん。すっぱくなーい」

 「ボクも」

 「それじゃ確定じゃねえか!」


 そのまんまガムシリーズ。

 三つ入りの丸いガムなのだが、三つのうち一つだけ強烈に酸っぱい。というのが売りの商品。子供の時はこれでよく盛り上がっていた。


 俺は、強制的にその強烈に酸っぱいガムを食わされる。すだこさん太郎といい。口がもうしゅわしゅわである。


 「それにしても。本当にどうやったらコイツの正体暴けるんだろうね」

 と。ソウジがゲームの話題を切り出した。ようやくズレた話題から離脱できるようだ。


 「……わかんねえよ」

 俺はそうぼやきながらラムネを飲み干す。

 しばらくの間。三人は口を開くことなく、沈黙が続く。

 聞こえるのは、蝉の音。ゲームの戦闘BGM。かすかに風鈴の音も聞こえるような。

 俺は考えながら、ラムネの瓶に入っているビー玉を見つめていた。


 「ね。ラムネの中にあるビー玉ってさ、どうやって取り出すの?」

 ヒトミは疑問に思った事をいつものように口にした。俺はその質問に答える。

 「そんなん簡単だ。フタを回すだけでいいんだよ」

 「えっ。ほんと……? 本当だぁ。なんか残念」


 そういや。俺も昔。もっと面白いビー玉の取り出し方があるって、思っていたような……。


 ビー玉。……ビー玉。


 「ソウジ。俺、コイツの正体分かったかもしんない……」

 「本当に⁉︎ それでこのボスの正体は?」


 ……思い出した。

 そうだ。昔、ビー玉の事でそんな風に考え事をして。なぜかゲームの話に発展した。ビー玉を活用したモンスターを創りたいと思ったのが期限だったのだ。


 コイツは、俺とソウジで創った。義理と人情を大切にする、誇り高き孤高の戦士。


 「コイツの名前は! ブウタウロスだ!」

 俺は、画面の先にあるモンスター……ブウタウロスの名前を叫んだのだった。

  「ぶー……たうろす?」

 ヒトミは眉間にシワを寄せ、不恰好な名前に対して疑念を抱いたようである。

 「……なんか。ダサ」


 「な、なにをぉ! コイツはな! 魔王に絶対の忠誠を誓う、最強の戦士なんだぞ。騎士道を重んじる礼儀もあるし!」

 「最後まで正々堂々としてるって、設定なんだよね」

 ソウジの発言に俺は激しく頷いた。誰もいない空き教室で、二人で語り合って創り出した、最強の(ボス)

 それが、ブウタウロスなのである。

 「つっても。最強のボスってので創ったからな。それが行手を阻んでやがる」

 「出来る限り思い出そう。僕も手伝う」

 「おう」


 ここからが、本当の勝負だと思い知らされる。ブウタウロスは本当の力を見せてもいない状態なのだ。

 それに、その正体を思い出しただけで、俺はブウタウロスの詳細設定を思い出していない。これからは、手探りでコマンド選択して、何が通用するのかを調べながら、並行して過去の自分が考えた設定を思い出さなければならない。


 大丈夫。RPGはピンチをチャンスにかえるゲームだ。


 そう信じて、俺は防御コマンドを選択する。攻撃がダメなら、自分を守ってみる。何か行動に変化が起きるかもしれない。

 すると、防御コマンドを選択した途端。ブウタウロスの表示が変化した。


 『ほう。 こうどうを かえてみたか。 ただの かんがえなし では ないようだな』


 テキストが表示される。この先に待ち受けるのは攻撃である可能性が高い。ボタンを押そうとする指が震えて動かない。このゲームで与えられるダメージは、現実で、相応の痛感覚が反映される。ブウタウロスは先ほどまで力を貯めていた。

 攻撃を食らって一撃でHPがゼロになる可能性もある。もし、HPがゼロになれば、俺は死んでしまうのではないのか。


 「大丈夫だよツグ」

 呟くようにソウジは俺の肩に手を置きながらそう告げた。汗を頬に滴らせながら、咄嗟に俺はソウジの方を振り向いた。

 「……確か、ブウタウロスを倒すためには五ターン攻撃を耐えなくちゃいけないんだ。防御や回復をしてしまうと殺されてしまうけど。連続で五回選択すれば、HPは一から先に減少しない」

 「本当か?」

 俺の確認にソウジは頷いた。

 「一回目の攻撃で、HP数値は一だけになる。それ以降はダメージを食らわない。これは僕が考えた設定だ」


 ソウジはブウタウロスの設定を口にした。俺はそれが、正しいのかどうかわからない。思い出せないのままだ。

 

 この選択で、死んでしまうかもしれない。


 俺は今、命を賭けて戦っているのだ。


 だが。悩んでる暇だってない。

 「やって……みるか」

 深呼吸をする。そうだ。RPGに大切なの事の一つは。

 挑戦することだ。

 俺は決意して、ボタンを押した。


 ブウタウロスの攻撃。ダメージは五〇ダメージ。俺のHPは五一で、一の数値だけがHP数値で残った。


 「がっ……ぁあぁ……」

 「ツグ! どうした⁉︎ 大丈夫か!」


 ソウジに声をかけようとするが、言葉が出ない。それどころか、呼吸が猛烈に苦しい。

 ダメージを食らった瞬間、意識と感覚が俺の体から一瞬だけ乖離した。

 激痛。溢れるように滲み出る汗。コントローラーを握れずに、落とした瞬間。座ったまま俺は前に倒れ込んだ。


 それから徐々に、強い耳鳴りと、回る機会を制御できないまま、俺は精一杯息を吐いた。


 「え……え! 何? ちょっと大丈夫なの?」

 ヒトミは混乱する。当然だ。ゲームをしているだけなのに、その途中で悶え苦しんで、倒れ込んだ奴を見て、冷静になれるわけがない。

 「きゅ……救急車呼ばないと!」

 「うん……! ヒトミちゃんお願いできる?」


 「だい……じょうぶだ。 ただの、腹痛……だか……ら」

 「そんなわけないだろ! 何考えてるんだよツグ!」

 「ねぇ! 大丈夫なの! 電話を……救急車呼ばなきゃ!」


 完全に二人が混乱している。協力と言う手段は、安易な考えだった。()()()()()()を想定しておけば良かった。対処が面倒だ。


 「大丈夫だぁぁあ!」

 俺は腹部を必死に抑えて、叫んだ。


 大丈夫。痛みはすぐに治る。ダメージを食らった後の少しの間の苦痛。俺はゆっくりと呼吸をする。そして体を無理やり起こした。


 二人は言葉を失っている。そんな二人を見て、俺は笑みを浮かべた。


 「やらせてくれ……。やり……たいんだ。倒してぇんだよ。んじゃないと……。今ぁ……やらなきゃ俺」


 絶対。『あの時、ああすれば良かった』って。


 「後悔する」

 それだけは嫌だ。全部さらけ出して、もし俺が『???』との戦いで負けて、トラクエが消えたとしても、その時は悔いが残らないように。

 そう思わないために。トラクエを救うために。


 大切な俺の『思い出』を守り抜くために。


 今ここで、途中でやめるわけにはいかない。


 「……ツグ。本当に、大丈夫なんだな?」

 「ソウジさん……?」

 しばらく沈黙した後、ソウジは俺に語りかける。俺はゆっくり頷いた。

 「ああ。大丈夫だ」

 「……わかった。だったら、このボス」


 「全力で倒そう!」


 ソウジの言葉に、俺は乾いた笑い声で返事する。滴る汗を腕で拭って、コントローラーを握る。


 「なんで、ゲームでそんな必死になって……。ヤバい病気だったら、取り返しがつかないんだよっ!」

 ヒトミは涙目になりながら俺に向かって叫んだ。


 「うるせえなぁ。だから、死なねえよ。それに、このゲームクリアするまで死ぬわけにはいかないしな」

 もし俺が負けたら、この世から歴史を変えた一つの神ゲーがなくなるんだ。俺の大好きな神ゲーが。


 俺は迷わずに防御を選択する。

 ブウタウロスの攻撃。しかし、ダメージは発生しない。そのかわりテキストが表示された。


 『プレイヤーは しんねん と こんじょう で こうげきを たえた』


 ソウジの言った通りだ。二回目からダメージは発生しない。そのまま俺は防御コマンドを連続で選択。

 三回目、四回目も同じ結果になった。しかし、五回目の防御選択。ブウタウロスの攻撃の後に、テキストが表示された。


 『ほほう。 では ひっさつわざ を だすしかないな。 ぜんりょくで おまえを たおすぞ!』


 ブウタウロスがそう言い放つと。再び力を貯め始める。そして、選択コマンドが表示されるが。表示されたのは『部位選択』というコマンドだけ。


 「部位……んだよそれ」

 「これ。多分一つでも間違ったら死んじゃうやつだ」

 「どう言うことだよ。これもお前の考えた設定か?」

 「二人で考えた。でも、勝機もある」

 ソウジは額から汗を滲ませて俺にそう告げる。

 「ほんと? コイツやっつけられるの?」

 すると、ヒトミも不安そうな顔でそう質問した。


 いつの間にか俺たちは、ゲームに必死なっていた。一体感。みんなで楽しむ感覚。


 この感覚は久しぶりだった。


 「うし。やってみるか。ソウジ、出来るだけでいい。俺も思い出せたら思い出すぜ!」

 やるしかない。


 ブウタウロスは、体中からオーラのようなエフェクトを放っている。先ほどまで感じていた覇気よりも、もっと強力な威圧。それが、画面上から、俺の体内に伝わってくる。

 ブウタウロスが本気になったことがよくわかった。


 だが、やってみるしかない。

 俺は部位選択のコマンドを決定する。すると、現れたのは四つの選択肢。


 『腕』『武器』『胸』『頭』


 これから一つ選択する。間違えば即死。

 誰が一番最初だろうか。


 「この四つは、僕も含めて、昔集まって遊んでたグループの好きなゲームにちなんだものになってる」

 「四つ……。四人。ソウジと、アイツらの好きなゲームか。それを正しい順番に選択するんだな」

 四人。ソウジを含めて、俺が昔集めたグループの友人三人の好きなゲーム。

 それはよく覚えている。


 「なぁ……ソウジ。これ、俺がお前に、アイツらに出会った順番で選択するんだよな」

 「うん。昔もそうやって決めた」


 「ねぇ! その前にこのブタさん。なんか言ってたよね!」

 ヒトミがそう告げる。それを聞いた瞬間俺は口を大きく開いてしまう。


 「えええ⁉︎ マジかよ!」

 痛みや感情が先導して、画面をよく見てなかった。重要なことが書いてあったのだろうか。俺は青ざめる。


 「大丈夫。覚えてる。順番に言ってくから!」

 「ヒトミちゃん助かるよ」

 ヒトミは、ブウタウロスの発言を口にした。


 『わが うでに ひめられた かくとうかの ちから』

 『わが むねに ひめられた とおくいとしき おもい』

 『わが ぶきに ひめられた しんりゃくしゃ を たおす ぶき』

 『わが あたまに ひめられた さきをみすえる せんりゃく』


 順番に伝えた後。ヒトミは満足げな表情を浮かべる。

 「感謝して!」

 「ああもちろんだ! お前のおかげで、コイツを倒せるぞ!」

 俺は勢いに任せてヒトミにそう告げる。ヒトミは勢いよく「うん!」と頷いた。


 その情報を聞いて、俺は順番がはっきりとわかった。昔の出来事をよく思い出す。

 俺が出会った。かつての仲間達のことを。


 「順番は……頭、腕、胸、武器。だな」

 「うん。僕もそう思う」


 「さぁ。いくぜ、こっから俺たちの反撃だ」

 俺は勢いよくそう言い放つと『腕』のコマンドを選択した。

『ブウタウロス の あたまを しらべた……。 すると あたまに ひめた せんりゃくが あふれだす』

 そうテキストが表示される。すると、テキストが表示された。


 『そう かんたんに こうげきを そしされるものか!』

 それはブウタウロスの発言。それと同時にブウタウロスはプレイヤーに向かって攻撃を繰り出した。

 だが、その直後にコマンドメニューが表示される。


 コマンドは一つだけ。『攻撃をかわす』というもの。迷わずに俺は選択する。すると、攻撃をプレイヤーはかわしてダメージは発生しなかった。再び『部位選択』の画面へ。


 次に俺は、腕を選択した。


 『ブウタウロス の うでを しらべた……。 すると うでに しみついた とうし が あふれだす』

 テキスト表示の後に、同じようにブウタウロスは攻撃を繰り出す。そしてコマンドが表示。


 現れたのは『腕を斬りつける』というもの。選択すると、プレイヤーが攻撃。その後で画面に映るブウタウロスの右腕が欠損した状態で、再表示された。


 「反撃したのか! かっこいい!」

 「これ考えたのツグだったろ」

 ソウジは笑いながら俺にツッコミを入れる。

 「いけいけ! どんどん倒しちゃえ!」

 ヒトミは興奮して拳を天井に向かって突き上げた。俺もそれに合わせるようにして『胸』を選択。


 『ブウタウロスの むねを しらべた……。 すると むねに めばえた おもいが あふれだす』

 すると、ブウタウロスは攻撃を繰り出す。それと同時に現れた選択肢は『相殺する』というもの。

 決定すると、攻撃をプレイヤーが同時に当ててダメージがゼロになった。


 最後は『武器』である。

 『ブウタウロスの ぶきを しらべた……。 すると、ぶきに あたえられた つらぬくちから があふれだす』


 そのテキストの後にブウタウロスが言葉を放った。

 『ここで! おわらせてやる!』

 画面に映るブウタウロスを中心に光り輝くエフェクトが発生する。その光はブウタウロスの体全身から、武器の槍の先端に集合した。

 おそらく必殺技だ。


 「ここで必殺技が溜まってしまうってやつか!」

 俺は、これまでにないブウタウロスからの殺気を感じながらも、笑みを浮かべる。このギリギリの戦い。俺が好きで仕方ないRPGの醍醐味だ。


 ブウタウロスの攻撃を一度喰らえば死んでしまうだろうが。こちら側にもコマンドが表示された。


 『とどめをさす』


 「いっけぇえええええええ!」

 「ここで決めよう!」

 「ブタさん倒しちゃえぇええええ!」

 三人で叫びながら。俺はコマンドを選択するために勢いよくボタンを押した。


 すると、ブウタウロスの必殺技の前に俺の斬撃のエフェクトが表示される。


 会心の一撃。三〇六ダメージ。

 攻撃の後に、ブウタウロスはゆっくりと消滅する。


 『よくぞ われを たおした。 これから おまえたちに よそうだもしない しれんが まちうけている だろう』

 死に際に、ブウタウロスはそんなことを言い残す。

 『ゆめゆめ わすれるでないぞ なかま の たいせつさ を』

 最後にブウタウロスの言葉がテキストで表示されると。ダメージリザルトに移行した。


 それは、戦闘が終了したことを合図するものだ。


 『ブウタウロスを たおした』


 「うそ……倒したの……?」

 「そう……みたいだね」

 「……よっしゃ」

 俺たちはしばらく放心状態に陥る。あんなに必死で頑張ったのに終わり方があっさりとしていたからだ。だが、その事実を徐々に理解して、気が付いたら。


「「「よっしゃぁあぁあぁあああああああ!」」」


 三人で大声をあげていた。

 それは、心の底からの喜び。狭い子供部屋に、俺たちの歓声が響き渡る。それは夏を占拠する、蝉たちの声すら凌ぐほどのものだ。

 高揚し、熱気に満ちている。


 「ね! ねぇ! 勝ったの? 私たち勝ったんだよね⁉︎」

 「うん! ブウタウロスを倒したんだ」

 ヒトミとソウジは大笑いしている。そんな二人を見ながら、俺は大きなため息を吐いた。安心したのだ。

 なんとか、ボスを倒すことができた。命を賭して、強敵を倒すことができたことに。

 俺は安心したのだ。


 ストーリーを進めることができた。この先が思いやられるが、俺はトラクエを救えるかもしれないと。そう思うことができたのである。


 こうして、俺たちの冒険は幕を開けたのだった。




          ◇◇7◇◇



 戦闘を終了して、塔の画面に戻ると、前方に宝箱のアイコンが表示された。俺はそれを開ける。


 『おもいで の かぎ を てにいれた!』

 「ん……? 山賊の鍵じゃないのか?」

 「わからないけれど……。示された場所に来たんだし、これがストーリーを進めるために重要になるんじゃないのかな……」

 ソウジが言っていることに、俺も賛同する。

 どちらにせよ、ストーリーを進めることができただけで今回の収穫は大きいものである。



 「……って。もう十七時じゃん!」

 「げ。本当じゃねえか」

 ゲームの力というのは物凄い。俺たちは必死になって、熱中して、昼からゲームをやっていたのに、気がつけば当たりは夕刻を迎えようとしていた。


 ヒトミは慌てる。

 俺とソウジは慌てながら、急いでヒトミを家に送ることにした。


 それにしても、夢中になりすぎた。


 帰り道。ヒトミは笑う。

 「ウケる。 私初めてだったなぁ。ゲームでこんなに夢中になってさ。ははは」

 「だろ。トラクエはもっと面白いぞ」

 隣を歩くヒトミに俺は笑みを浮かべる。やっと理解してくれたのだ。ゲームは面白いと。あのゲームが面白いというなら、当然、それを元手にしているドラクエが面白くないわけがないのである。汚名をついに返上できるのだ。嬉しくないはずがない。


 「これで、トラクエは神ゲーってことがわかったろ?」

 「それはわかんない」

 「はぁあ? お前! 今日遊んだじゃ……」

 「まだやったことないんだもん。 だからわかんなーい」

 ヒトミの声音は踊っている。


 「そんなら俺がいまから教えてやるぞ! トラクエはな! もともとゲームブックが元ネタでなぁあ!」

 俺はトラクエについてヒトミに熱弁する。今のうちにファンを増やしておいて『???』との勝負を有利に進める駒にしようと考えたのだ。

 それに、好きなことを共有できる人間が増えることは、オタクにとってはこの上ない幸せなのである。



 「あーあ。まーたはじまったし。 本当子供だわ。 大人のクセにバカだし考えなしで、一番楽しんでたし」

 「それが。ツグのいいところだよ」



 「……それでなぁあ! トラクエはいくつものシリーズ分けがって……。お前たち話し聞いていたか!」

 俺がトラクエの歴史について必死に語っていたというのに。ソウジとヒトミは別の話をしていたらしい。話の内容は聞いてはいなかったが。失礼だ。

 「ツグ。ちゃんと僕たち聞いてたよ」

 「きいてたよー」


 「うっそつけぇええ! 横のヤツが棒読みなんだよ!」

 反省していただきたい。トラクエは神ゲーなのだ。その話を無視するのは侵害なのである。

 「もっと布教するなら、真摯に布教してよ!」

 ヒトミは不満げな表情で俺に向かって、また失礼なことを言っている。

 「何をぉ! いいか! そもそもお前は俺より歳下でだな!」

 「あーもう。わかったわかった」



 そんなふうに。いつのまにか夢中になって、俺はヒトミと、ソウジと話していた。

 あっという間に、ヒトミと別れる駅に辿り着いた。時間の経過が早い。きっと俺たちは『Re:makers』の余韻にまだ浸っていたのだろう。

 駅に駆け出していくヒトミを俺とソウジはそれは最後まで見送る。


 「ありがと! 今日はすっっごい楽しかった! またゲームしよ!」

 「おう!」

 立ち止まって、大声でヒトミが叫んだ言葉に、俺も大声で返答した。

 ヒトミは俺の返答を聞くと、笑みを浮かべながら、背を向ける。そして、走って駅の中に入って行った。


 残ったのは二人。

 昨日のように、俺とソウジだけだ。

 日は沈み、真っ暗な空を見上げながら、俺は帰り道をソウジと歩く。でも、昨日と違うのは、俺もソウジも。互いの顔を見合って、楽しく会話をしているということ。

 昨日と今日で、遠かったはずの距離感が、変わったのである。

 「楽しかったな」

 「うん」

 「それにしても。俺たちの考えたモンスター強すぎだろ」

 「二人で考えて。ノートに書いてさ。それで、同じような事言って笑ってたっけ」

 ソウジの言う過去に俺は頷いた。

 「絶対言ってたそれ。あの頃は色々馬鹿みたいな設定考えてたもんなぁ俺たち」

 「そうだね」


 相変わらず、不細工な会話だが、俺はそれでも出来るだけ口を開いて積極的に会話をする。ソウジもそれに合わせてくれた。

 もっと話していたい。

 この時間が終わらないで欲しい。


 大人になって働いてない俺が、そんなワガママを心に秘めながら。ただただ、暗い夜道を歩いていくのだ。

 それでも、悪戯に時はすぎて、ついに俺とソウジは分かれ道で足を止める。

 その時がやってきた。


 「それじゃ。またな」

 遠ざかる背中に俺は声をかける。今日味わった感覚はどんなものよりも「神ゲー」だったはずだ。それはソウジやヒトミがいなかったら、きっと思い出せなかった。大切な感覚。


 「うん。またね。次も遊ぼう」

 振り返るソウジは笑みを浮かべ、しばらくすると光り輝く街に姿を溶かしていく。そんなソウジの姿を、俺は最後まで目に焼き付けた。



 大丈夫。大丈夫だ。


 夜の微笑みを背に、俺は心の中でまた何度も自分に言い聞かせた。

 東京から逃げて、この街に戻ってきて。俺は全てを失ったと、そう思っていた。

 でも、俺はこの日。何かを取り戻したのだと。心から感じたのだ。


 俺は忘れていた。夢を諦めた時には、忘れていた感覚を。


 確かな何かを。取り戻したのだ。

前書きで何言ってるんだ。と書きながら自分で思いました。ではまた。

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