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chapter9

一度は諦めてしまった事でも、諦められないものってあります。僕の場合は今現在も夢であるプロの小説家になるというものでした。皆さんは諦めきれないものはありますか?


 次に目を覚ましたのは夕刻が迫る一六時半であった。俺はゆっくりと目を覚ました。最初に聞こえたのは蝉の鳴き声でも、風鈴の音でも、木々が揺れる音でもなかった。そんな夏の音よりも、一番近くで響いた音は。


 ヒトミの泣いている音だった。

 「……ヒトミ」

 俺は、心配するようにヒトミに声をかける。

 「イッチー……。イドラ、さんが……!」

 必死になった眼差しに、俺は従うように、すぐに画面を見つめた。そこのには、倒れたプレイヤーの前で膝を突き、朽ち果てようとしていたイドラの姿だった。


 『やっと……おめざめに、なりましたか?』

 テキストがゆっくりと、表示されると、俺はすぐにコントローラーを握った。

 「お前……俺を守ってくれたのか……?」

 『???』に殺され、その後の状況を知らない俺はイデアに何が起きたのかを尋ねた。


 「……イッチーが。気を失ってから、すぐにイドラさんは復活呪文のジオリクを唱えたんだけど。 それをすぐに『???』が、封じたの。それから、イッチーの『創造』の力も『思い出の指輪』も奪われちゃって……」

 だが、代わりにヒトミは事の顛末(てんまつ)を説明してくれた。

 「それじゃ……。俺が気ぃ失ってる間、イデア……お前は」

 ずっと。俺を守ってくれていたのか。何もかもを奪われた、非力な状態で。


 『やくそく。 したでしょ……? トラクエをとりもどす。 と』

 「……お前」

 俺は、かける言葉が見つからない。人々の思いを、取り戻すために。俺たちの大切な『過去』を取り返すために。イデアは身を挺して、諦めないと言い続けた俺を守り続けたのだ。


 かける言葉が、見つからない。ありがとうも、ごめんも、そのどれもが、伝えるには小さすぎる言葉ばかりなのだ。

 俺を信じ続けてくれた、イデアに。


 何を伝えればいい。


 『よかったぁ。 あなたがもどってきてくれて……』

 イデアの放つ言葉に、俺は目を見開く。

 『わたしは、トラクエがいかに たいせつな ゲームなのか。 ……よくしっている』

 「イデアさん……」

 鼻をすすりながらヒトミは零すようにそう呟く。


 『わたしは よくみてきた。 そこには、たくさんのえがおと、なみだと、ぼうけんがあった。 それは……ただのゲームだなんて いわせない。 いわせたくない、ひとびとの おもいでが……あったのです』


 「ああ……ああ! よく知ってる! 知らねぇけど、思いだせねぇけど! 大切なんだって、トラクエが俺にとってどんな存在なのかって……クソ、何も……」

 トラクエに関する思い出を、何も思いだせなかった。


 おそらく、また俺は『???』に全てを奪われてしまったのだ。

 こんな時に、何も伝えることができない自分が……情けなくて、仕方ない。

 悔しくて、溜まらない。


 『だいじょうぶ。 それも、よくしっています。 わたしはずっと、あなたをみてきたのだから。 だって、わたしは あなたの たのしむ こころから うまれた そんざい……ですから』

 「……そんな」

 ヒトミは涙を流し、呼吸が荒くなる。それは、涙を必死で耐えている俺も、一緒であった。

 「お前は、俺の……俺にとっての大切なものだったのか……?」

 いつしか失っていたと、そう思っていた感情。それが、イデアであったのだ。


 『だから、どうか どうか……トラクエをおすくい ください。 みんなの おもいを とりもどして ください』

 『あなたが たたかっている ??? の ほんとうのしょうたいは』


 『あなたのこころに いつもいる。 あなたじしんなのだから』


 イデアの言葉に俺は思わず息を止めた。


 「……どういう事? イッチーの心の中に居るって」

 「つまり『???(アイツ)』は……」


 俺自身だというのか。

 勝負を仕掛けてきたのも、たくさんのプレイヤーからトラクエを奪ったのも。全ては俺であったというのだろうか。

 だとするなら俺は……。


 『いいですか……?』

 コントローラーを握る手が震えていた。だが、俺はその震えを止め、イデアの言葉を必死に目に焼き付ける。


 『だれしもが こころのなかに まおう を やどしている。 ですが、それにたちむかい、あきらめずにたたかうものを ひとは ゆうしゃと よびます』

 「勇者……」

 『ええ……そう。 トラクエをはじめた とき あなたが たくさんのぼうけん を その ひとみに やどした ときから。 ツムグ……。あなたは ゆうしゃなのですよ』


 『ハジメ ツムグ』

 俺の名前を呼んだイデアに光が差し込んだ。その時、コントローラーに暖かい感触を覚えた。まるでそれは、イデアが優しく、その掌で進みこんでいるかのようだった。


 『どうかトラクエを おすくいください……』


 『わたしは……』


 『わたしは……ね』


 『あなた を しんじています』


 「ぁあ……」

 イデアの言葉に、抑え込んでいた涙が、とうとうあふれ出したのが分かった。

 俺は、泣いている。


 俺が……勇者(おれ)が。 イデアに声をかける言葉は。


 これしかないと、そう思った。

 意を決して、鼻を勢いよくすすり、腕で涙をぬぐう。そして俺は深呼吸をした。


 「まかせろ」

 最後に、イデアにそう伝えた。


 『はい……まかせました』


 『ふふ……』


 最後に、イデアは満面の笑みを俺たちに見せ、息を引き取った。


 夕日が窓から差し込んでいる。強い日差しだ。強すぎるくらいの。


 「……イッチー」

 俺は、もう一度、深呼吸をしてコントローラーを強く握りしめる。そしてゆっくちと口を開いた。


 「行こう。 『???(おれ)』を倒しに」


 ゲームと繋がっている俺は、自分がいかに無力かわかっている。

 装備も、呪文も、『諦め』の能力も。全てを失って、何もかも奪われているのだ。


 だが。思いを受け取った。


 イデアに。『しんじています』と、思いを受け取った。


 それだけで十分だ。

 十分だろ。


 立ち上がる理由は。

 立ち向かう勇気は。


 俺は、(まおう)を倒す。


 その思いを胸に、十字キーの前を力強く押し込んだ。

 魔王城最深部に続く大門を開いて、俺は階段を駆け上がる。階段を昇り続けていると、両端に青い炎が灯る。まるで、俺を誘うかのように。全身に吸い付くような禍々しい空気が立ち込めている。

 大丈夫だ。そう、俺の中にある勇気が背中を押してくれる。

 母から、信念を思い出した。

 ヒトミから、大切な俺たちの日々を思い出した。

 『諦め』と戦って、覚悟を決めた。

 レミアから、トラクエの偉大さを再確認した。


 そして、イデアから願いを託された。


 現在(いま)の俺がここに立つ理由、この先を歩くための誓いだ。


 「ヒトミ」

 「どうしたの? イッチー」


 「絶対。取り返すぞ。 俺たちの日々と、トラクエを!」

 「うん!」

 最後の覚悟を決めて、俺は階段を登り切った。すると、足を踏み入れたと同時に、イベントが発生した。プレイヤーは操作が不可能になる。


 暗闇に包まれたエリア一面が、次第に明かりに包まれていく。すると、徐々に王座に腰かけた『???(じぶん)』が姿を見せた。威風堂々たるその様は、魔王の名にふさわしいものだ……。と言いたいところだが。


 『やあ! 待ってたよ愚か者ども』 

 開幕早々に放たれた言葉は、威厳のかけらもない軽い言動であった。

 「決着つけに来たぜ」

 『勝敗ならすでに決しているだろ? それに君は失わないって俺に言っていたよね? でも、想像の能力すら奪われた今の君に、一体何ができる?』

 「失ってなんかねぇよ。 思いも願いも、俺の中にずっとのこってんだ。お前は、奪えないだろ?」

 『……減らず口を。 まだ諦めないのか』

 「何回も言わせんな。 それが俺で、お前だ」

 『???』は俺を何度も危機に追い詰めて、絶望を与え続けた。もし『???』の正体が俺であるなら根底にあるものは『諦めない』という信念であるはずだ。

 『一緒にしないでくれよ。 夢なんて持っただけ、無意味無価値。 ただの人生の浪費だ』

 「だったら。 ……お前、俺には勝てねぇな」

 『……何だって?』


 「……ヒトミ、RPGにとって大切な事はなんだっけか?」

 「って、急に降ってくるじゃん!」

 「だってお前全然喋らねぇだろ」

 「そーいう空気だったじゃん! ……ええと、RPGで大切な事? 聞き込みに、メモ。それと……考えること!」

 そうヒトミが淡々と告げていく。

 聞き込み、これは調べること。すなわち、自分で動く事だ。答えは自分で探さなくてはならない。メモ。継続して続けること。これは努力を指している。考えること。前回での『???』の戦いで、使用した創造の能力で見せた。工夫する姿勢。

 そのどれもが『トラクエ』から教わった。大切な人生の指針だ。

 だが、まだ一つだけ。俺が明確に示していない事がある。


 深呼吸をした。それは覚悟を決めるための準備だ。

 「いいか。RPGで、トラクエで、人生で。一番大切なのは。諦めねぇことだ」


 「これは俺の信念」


 『信念だぁ? それをして、何になる? もしかして、すべての人間が諦めないまま、大人になると思ってるのかい? ちがうね。人は、成長するために妥協する。多くは進路、夢! 自分の人生を選択するときに、幼稚な理想論は捨てるん……』


 「そいつらはそいつらだろ。他人の人生なんざ勝手に進んでくんだ」

 俺は『???』の発言を遮る。

 「俺の敵がテメェなら……だったら、そこだけは譲らねぇんだ」

 俺が今こうして自分の信念を口にして『???』に伝えたのは、自分自身と戦う上でも、それが重要になるためである。


 「いいか。お前が俺なら、別にそれでいいけどよ。……だったら、お前をねじ伏せてでも、俺は勝ちに行くぞ。 意地でお前の根性叩き直す」

 『威勢は聞き飽きた。 じゃあ、証明してほしいね。 君のその青臭い理想論が、通用するかどうかを』


 『君は自分(オレ)には勝てない』

 「ぬかせ。お前が俺には勝てねぇんだよ」


 『だったら。まずは代えられないこの現実を覆しなよ』


 『???』がそう語りかけると、戦闘画面に移行する。画面に現れたのは。

 『ツグ』

 ゲームに登場した。過去の姿のソウジであった。しかし、敵の名前は『現実』と表記されている。『???』に勝つ手段もなく、何も持っていない無力な俺に対して、ソウジすら救えない現実。そう言った皮肉の意味合いを表しているのだろう。

 「また陰湿なことするなぁ。テメェは」

 「やっぱり……操られてたんじゃ……」

 「大丈夫だ。 それに、戦うって決めた時、必ずこうなるってわかってたろ」

 

 『Re:makers』をクリアするためには、ソウジとの仲を修復することは必要不可欠であった。昨日の作戦でも絶対条件としてヒトミと二人で決めたことだ。やるべき事に変更点はない。どんな手を使われても、俺は全てを手に入れるまで諦めない。

 「でも……。どうやって倒すの……今のイッチーのじゃ……」

 「いつも通りやって考えるさ。 考えて仕方ねぇなら、その都度決める」

 相手はソウジではなく、この現実全てだ。おそらくだが、今立ちはだかっている『現実』とやらに戦いを挑んだところで、勝つことは不可能だろう。


 だったら、やるべきことは一つだ。

 このゲームの特徴とルールに従えばいい。

 「とりあえず、戦うっきゃねぇな」


 一ターン目。まずは『調べる』からだ。

 俺は最初に表示されている簡易ステータスに視線を向けた。HP、MPともに一と表示されている。レベルは変わらず七〇のようだ。

 続いて習得呪文を確認した、呪文の項目にはおもいだす。という呪文だけが残っている。道具も、見当たらない。

 「……なるほど」

 今できる事は把握した。次は……『真・攻略設定書』を手に取って、NPCやボスの会話のメモを確認する。その中から、俺はブウタウロス戦の時のセリフに目を通した。現状形になった努力の結果が無いなら、現実でそれに該当する物を利用するしかない。

 俺はソウジを連れ戻すための、『真・攻略設定書』のメモを二ページ破いた。


 では、そのセリフをどうやって使用するか。を考えるべきだろう。

 今まで『Re:makers』において、ストーリーに深くかかわり、重要であったものと言えば『過去』や『記憶』に関する物だ。それらをゲーム内に『???』は『干渉』させていた。それは、プレイヤーである俺も同じであり、干渉によって、何度も窮地から逆転してきたのだ。


 ならば、干渉によって、この絶望的な状況を変える手立てを探すべきだろう。


 だが、創造の能力を奪われてしまった、俺に、どうやってゲームへの干渉の手立てを用意する?

 疑問が頭の中で顔を出す。

 しかし、その疑問もすぐに解消された。実行する存在ならこの部屋に存在している。


 今から行う作戦はある程度決まった。これから実行するだけだ。俺は、呪文コマンドから、残っていた『たった一つの呪文』のおもいだすを選択した。

 専攻は俺が貰った。呪文おもいだすを発動しようとする。その直前で、俺は破った『真・攻略設定書』の一ページを画面に見せつける。そこに書いてあるのは『ミスミ ソウジ』『過去』『思いだす』という単語。

 もちろん。奪われている『創作』の能力を使用することはできない。


 『意味のない行動だ。 君は死ぬ』

 『???』の問いかけを無視して、俺はコントローラーを握る。

 「え、え、えええ⁉ イッチー何してんの?」

 「現状の打開策を実行してんだよ」

 「創造の力、使えてないし! これじゃ???(アイツ)の言ってる通り、イッチー死んじゃうよ⁉」

 「大丈夫だ。信じろ」

 「……そこまで言うなら、信じてみるけど」


 呪文は創造力を使用しないまま発動する。しかし、表示されたテキストには『しかし、なにもおきない!』と記されている。

 次は『現実』の攻撃である。ダメージを食らえば、俺は一撃でやられてしまう事が確定している。それで良い。俺は今実行している作戦に置いて、一度、死ぬ必要があるのだ。


 『現実』は俺に剣を向ける。その際、脳内に大勢の呻き声が聞こえた。


 『諦めた方が良い』

 『現実は変わらない』

 『理想論だ』

 『一部の人しか、夢はかなえられない』

 『無謀だ』


 そういった、かつて俺が言われてきたであろう、言葉が耳元で怒鳴るように響き渡る。


 それだけではない。


 卑下や蔑みに包まれた世界で、一人だけ、聞き馴染みのある声がある事に俺は気が付いた。


 『ボクはそんな人間じゃない』

 『関わるべきじゃないんだ』

 『初めから決まっていた。だけど、言いだせなかったんだ』

 『ボクはただ、謝りたかった。それできっぱりさよならをする予定だった』


 俺はゆっくりと目を瞑る。闇に包まれた世界で俺はソウジに思いを伝える。この願いが、現実のソウジに伝わることは無い。だが、決意として俺は心の中で念じるのだ。


 ……ソウジ。

 俺は、お前の気持ちも、俺が何を考えているのかも、考えないようにしていた。分からないままでいい、理解しないまま時が進んで、自然と元に戻ればいいだなんて、そう思っていたんだ。

 だけど、もう。俺はお前を諦めない。

 お前と、話がしたいんだ。


 俺は深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。


 「ヒトミ」


 「お前に託す。 ソウジを……。あのバカを連れてきてくれ」


 『げんじつ の こうげき! 九九九ダメージ!』

 テキストが表示されると、俺は胸元に焼き付くような痛みが感覚として伝わった。このゲームを始めてから、何度も経験した痛みの感触だ。


 やがて俺は瞼が重くなり、次第に目を瞑る。


 体は一気に脱力し、(うる)んだ眼差しを向けるヒトミが最後に視界に移ったものだ。

 次第に、視覚が遮断され、嗅覚が遮断され、触覚、口内の味覚も遮断された。


 最後に感じたのは聴覚。ヒトミの声が、ずっと聞こえている。

 意識が失うその瞬間。俺は笑みを浮かべた。


 覚悟と、信念と、伝えなくてはならない『思い』を託して。

ハジメ ツムグが死んだ。

 「イッチー! どうすればいいの⁉ 託すって何⁉ わかんないよ……!」

 静寂と、恐怖が檻から放たれた部屋の中で。ナナセ ヒトミは何度も呼吸をしないツムグに問いかける。返事が返ってくるはずもない。


 『愚かだねぇ。 何もできないまま、世迷言ばかりを口にして……。 何も取り返さずに死んだ。 また同じ失敗だ』

 暗闇に包まれていた画面にテキストが表示され、それを読み、ヒトミは睨んだ。

 「???(アンタ)……!」

 『何も間違いは言っていないよ? それに君とオレは同族だ』

 「アンタなんかと一緒にしないで……!」

 『やだなぁ。同じだろ。 君も似たようなものだろう?』


 『ねぇ。 どうしてオレが人のものを奪うと思う?』

 

 『自分が無価値だとわかっているからさ』


 『だから欲しい。 奪えば、何もない自分を、少しは肯定できる。 そうすれば生きてるって実感が湧く!』


 「……アンタのそれは自己満足でしょ」

 『???』は自分の存在証明のためだけに私利私欲のまま行動している。

 それは、歪んだ存在証明だ。


 『自己満足、ね。それじゃあ、君は完璧だと、価値のある人間だと断言できるのかい?』

 睨み続けるヒトミを嘲笑うようにしてテキストが表示される。


 「それは……」


 『君だって自分を肯定するために、無価値な自分を、隠してきたのではないのかい?』


 『君は幻想に身を包みながら、それを否定して、同じように幻想を重ねて着飾ってるのではないかい?』


 ヒトミは口をつぐんだ。

 『???』の言う通りであったからである。


 ずっと『何気ない気持ち』で生きてきた。


 周りの空気を読むことが呼吸そのもので、窒息しそうな世界。

 すべては、無価値な自分を自覚したくないがための行動で生き方。

 それを積み重ね、偽りを(まと)い続けた自分は、その偽物が本物であると錯覚した。引き返す道の方へ振り替える勇気すら持たないまま。存在価値の所存を可視化させた。


 すべて完璧な人生設計で、当たり障りなく、平凡に生れる何不自由のない生活だ。


 『夢だの理想だのを口にする人間は、自分の価値すら弁えない。そこで死んでいる馬鹿のように同じ失敗を繰り返し続けるのさ』


 『オレはハジメ ツムグの生き方を、完全否定する。 期待しても意味のないソイツの志向は、消し去るべき不純物だ』


 ほとんどの人間が理想を語っては、それを捨てていく。

 多くの人々は妥協を『華』と言い聞かせて、今日を生きている。成長という言い訳で大人になっていくのだ。


 叶わないから、抗う事すらやめて。


 そこに、勇気など存在しない。


 『運命は変わらない。君がもし、これからミスミ ソウジを助けに行くとして、それも同じような結末を迎える。それが現実なんだよ』


 『叶いもしないなら、繰り返すことが無駄だ。何も生産できない、合意性すら無い。 無駄。無駄。無駄。 それに尽きる』


 『だから諦めた方が良いナナセ ヒトミ。 みんなそうしている。 これまでだって、その皆に合わせて、ずっと生きてきただろう?』


 まるで時が止まったかのように制止した空間。そこに、俯いて口を閉ざしたヒトミと、ツムグの亡骸がある。静かな空気が充満している。『???』の圧力にも感じるその空気が、ヒトミに襲い掛かってくる。


 「……やだ」

 しかし、ヒトミはそれに抗うように、か細い声でそう言い放った。震えながら、ゆっくりと、ヒトミは冷たいツムグの手に触れる。


 「たしかに、アンタの言う事は正しいのかもしれない……。 でも、嫌な事はやだ。絶対に……諦めたくない!」

 『……理解に苦しむね。大した理由すらないじゃあないか』

 「ううん……ある」


 「イッチーは私を信じてる……!」


 この世に、諦めずに存在するものは無いのかもしれない。

 理想を掲げても、簡単に朽ち果てるのかもしれない。


 だけど、それでも、ヒトミは『諦めたくなかった』のだ。

 この感情は、ツムグからもらった大切なものである。


 そうだ。もうヒトミは『何もない私』ではないのである。


 『幼稚だね。それじゃあ、せいぜい変えられない未来を変えるために足掻けばいい。君の失敗を快く待っているとしよう』


 『???』は最後にそ言い残して、テキストを暗闇で隠した。


 しばらくして、ヒトミは深呼吸をする。


 今の自分にできる事……それを把握するべきだろう。ツムグがやっていたことと同じように、ヒトミは最初に『調べる』。

 ヒトミがまず最優先で行うべきことは、ソウジをこの家に連れて帰ることだ。そのためには、ソウジを説得する必要がある。

 説得には、ヒトミの今の気持ちと、ツムグの思いを伝える必要がある。

 大丈夫だ。その点に関しては、今までツムグたちと過ごして培った思いがある。それをぶつけられれば勝機はあるはずだ。

 では、これらの思いを伝えるために、どうやってソウジを見つけて、探し出すかだ。


 すぐにでも、行動しなくてはならないだろう。『???』によってトラクエを消されてしまうのは時間の問題だ。

 ヒトミは家を出ようと立ち上がる。

 その時、視界に一枚の紙きれがうつり込んだ。それは、先程ツムグが創造力を発動しようとして使った『真・攻略設定書』の一ページである。その紙切れは、白紙になっていた。

 「……これって」

 気になったヒトミは、すぐに白紙になっいた紙切れを手に取った。

 あの場面で『創造力』は発動していたのだ。そして、白紙の紙切れの後ろにもう一枚。『真・攻略設定書』の破かれたページがかさんっていることに、気が付いた。


 そこには『二人の約束』とだけ、書かれている。


 「イッチー……」

 その時ヒトミは、ツムグに託された思いを理解した。


 ヒトミはその紙切れを握りしめたまま、部屋を後にするのだった。今の私にできる事。その思いを、何度も胸の中で唱えながら。

 聞こえていますか?

 聞こえて、いますか?


 ツムグ。どうかお願いです。

 とても重大で深刻な問題です。


 どうか。どうかお願いします。



 ……。

 一度、聞いたことのある声だった。意識がもうろうとしながら、俺は、ゆっくりと目を開けた。


 視界はあたり一面純白に包まれている。不思議な場所だ。


 「ここは……」

 『ここは、あなたの ゆめ の せかい です』

 「夢の世界……。って! その声、イデアなのか……⁉」

 段々と覚醒していく意識の中で、俺の意識に直接語り掛けてきた声主がイデアである事を理解した。

 「イデア……。お前、どーしてこんなとこに。 お前、あの時」

 二度目の死亡の後、確かにこの目で俺は、イデアが息を引き取るのを見守ったはずだ。イデアの死は、存在の抹消だと思っていた。だがこうしてまた、話すことができています。

 『……じかんが もう ありません。 いまは あなた の ことに しゅうちゅう してください』

 「俺の事……。それってどういう」


 そういえば、俺は何をすべきだったのだろうか。ここは夢の世界とイデアは言っていたが。……いや待て、そもそもイデアって誰だ。俺は、どうしてコイツの死に様を知っていて、心の奥底で危機感を抱いているのだろうか。

 なにか、重要な理由があったはずだ。


 俺は一体何をしていた。


 『トラクエです。 あなたは トラクエ を すくうために たたかっている』

 「……そうだ! 俺は『???(じぶん)』と戦わなくちゃいけねぇんだ……!」

 『そう。 そして、じぶん を たおすために ソウジさん を つれもどさなくては なりません』


 イデアと話をするうちに、忘れていた記憶を思いだしていった。次第に、自分のこれまでの行動や結果。そして、これから先やるべきことを思いだす。


 「俺は……ヒトミにソウジを連れ戻してくれって頼んだ」

 そして、俺は三度目の残機を犠牲にして死んだのである。おそらく、現実世界の俺は息絶えたように気を失っているはずだ。


 『ヒトミは うまく あなたの さくせんを じっこうしています』

 「そっか。 よかったぁぁ。それじゃ、後は俺が目覚めるだけだな」

 『ええ……と、いいたいところですが。 げんじつ せかい で めがさめてしまう まえに。 あなたに ひとつ おくりもの が あります』

 「なんだよ……。お前はもうゆっくり休んでて良いんだぜ?」

 イドラはあの時、俺のために死力を尽くしてくれた。これ以上貰うものはないはずだ。既に、たくさんの思いを託されたのだから。


 『ひとつだけ。 わすれて いました』

 「忘れ物って。案外お前って抜けてるとこあんだな」

 俺は笑いながらそう伝えると、イデアの咳払いをする声が聞こえる。俺は自重して話を聞くことにした。


 『いいですか? あなたには とある かこ を みてもらいます』

 「過去……」

 一体何にまつわるものだろうか。俺は『???』にほとんどの過去を奪われている。どれを見ても、きっと新鮮なものだろうが……。

 『とにもかくにも まずは たいけん あるのみ です』

 イデアのその発言と共に、俺の目の前には灰色の扉が瞬きの次の間に顕現した。今更驚くわけもなく俺は扉のドアノブに手を掛けようとするが。

 ドアには鍵の差込口がある事に気が付く。


 『これを つかって。 ひらいてください。 そしてとびら のさきで その かこ の ついたいけん してもらいます』

 「過去の、追体験ねぇ」

 そうやって呟いていると、頭上からゆっくりと銀色の鍵が俺の手のひらに吸い込まれていく。握った瞬間、何故かその鍵が『思い出の鍵』であることが分かった。


 ……緊張する。

 「おりゃ!」

 意を決して、俺はドアの鍵を開ける。そして、その中へ足を踏み出した。


 その空間に入った直後、前進がまるで液体になったようなそんな感覚に苛まれた。意識は段々と溶けていくようであった。その感覚に従って、身をゆだねる。


 この先に待ち受ける試練。そこに『???』を倒すための答えがあるのかもしれない。


 ドアの先に広がった風景……。そこにあったものは。


 『あれ……ここは。がっこう……?』

 視界が白黒で統一された世界。どうやらここは、小学校の教室のようだが……教室には俺以外誰も居ない。


 『ツグ。きたよ』

 教室の引き戸が開く音。それと同時に、俺の視界に移ったのは。


 『ソウジ……なのか?』

 幼い姿をした『過去』のミスミ ソウジであった。



          ◆◆1◆◆ 



『なにいってるのさ。 ボクはソウジに きまってるだろ』

 『そっか……』

 イデアの言っていた、過去の追体験とやらに、実感が湧いてきた。俺は、今過去に居る。トラクエを知って、ソウジと初めて出会った、あの時に。


 『……どうしたの? ツグ』

 『あ、いや。 なんでもねぇよ』

 俺はソウジに対してぎこちない態度を取ってしまう。現在の俺は、ソウジと関係が切れてしまった状態だ。いくら姿と時間が(さかのぼ)ったとはいえ、その時と同じようには振舞えそうにない。


 『あ……! そういえば、ボクかんがえてきたんだよ!』

 『えっと、なにを?』

 『ひどいなぁ。 ツグがいったんでしょ? ふたりでモンスターを かんがえるんだって』


 『あ……そうだったな』

 ソウジが言っている『二人で作ったモンスター』とは、おそらくブウタウロスのことを指しているのだろう。それではこの過去は、先程の『現実』との戦闘によってい思いだされた記憶である可能性が高い。


 俺とソウジは、静かな二人きりの教室で隣り合った席に座る。そして机いっぱいにノートを広げた。

 『おもったんだけど、まおうは、いつかつくるとして。 はいか からつくった ほうがいいと おもったんだ』

 ソウジは目を輝かせながら、ノートに書き込まれたオリジナルモンスターの設定の書き込みを指さす。俺は誘導されるように、それを読み上げた。


 『まおうに ちゅうじつな はいか……。 せいぎのこころをもつ……まおうなのに?』

 『そうだよ!』

 俺の質問に、ソウジは乗り出すようにして答えた。


 ……ソウジって、こんなに明るいヤツだったっけ。


 胸の中に置き洗るように浮かんだ疑問。過去を奪われた俺は、かつてのソウジがどんなヤツであったのかを知らない。

 『せいせいどうどう しょうぶするんだ! ゆうしゃと がまんくらべするんだよ!』

 『へぇぇ……! おまえ、よくそんなのかんがえたな』

 あの難関で、一筋縄では無かったギミックはソウジが考えたものであったのか。

 奪われた記憶を知っていくたびに、驚きと、喜びが俺の中に増えていった。


 『まおうなら……だいまおう。 ゾルマみたく バリアをはずす のとか たのしいんじゃねぇか?』

 自然と、俺は過去のソウジに対してそんな提案をする。

 『あ! それ、ビーだま のときも いってたよね! だがしたべててさ!』

 『あれ……そうだったっけ』

 『そうだよぉ! もう、わすれっぽいなツグはさ』

 『ははは……わりぃ』

 記憶を思いだすことができない。慎重に言葉を選ばなければ……。


 そうして、しばらく俺は小学生の頃に戻ったかのように、ソウジと語り合った。

 話をしているうちに、次第に俺は、ソウジとの思い出を少しずつ、思いだしていった。

 ソウジの好きなトラクエシリーズ。武器。トラクエでない、他のゲームの話。

 好きな駄菓子や、漫画。とにかくいろんな事。

 話していくたび、俺はソウジと『親友』であったことを思いだす。『ソウジって、こんなヤツだったな』と。



          ◆◆2◆◆



 『ブウタウロスって、名前はどうかな?』

 ソウジとの記憶をたどり、気が付けば視界に移っていた幼いソウジの姿が、少しだけたくましくなっていた。イデアによって、もたらされた過去の追体験は、ソウジと話した記憶の断片を連続させるもので、一つの記憶を体験し終えると、また別の場面から会話が始まるような仕組みになっている。


 記憶を辿るたび、楽しくなる。


 いくつもの記憶群を体験して、俺とソウジの周りには仲間が増えていった。

 俺とソウジから始まった、ゲームを趣味にするヤツらの集まりである。

 俺がリーダーで、ソウジが副リーダー。皆でゲームの話をしたり、一商店の向かいにある『save』という居酒屋の二階で、作戦会議なんかもやった。


 『ね。ブウタウロスなんだけどさ、仲間(みんな)の一番好きなゲームを題材にしたギミックとかどう……?』

 切り替わってすぐに持ち掛けられたソウジからの提案に『いいね。それ!』と、呼吸をするように、俺は返答する。随分と、過去の自分を体験することに馴染んできたようだ。

 ここで俺が少し驚いたのは『ブウタウロス』をソウジとずっと創ろうという取り組みを続けていることだ。出会った時、一年生であった俺たちが、熱心にオリジナルモンスターを創り続けて、いつしか四年生になっている。

 俺と、ソウジにとって『ブウタウロス』はそれほどまでに大切であったのだろうか。

 普通なら、考えても自然消滅しそうな取り組み。それを、どうして俺とソウジはずっと続けているのだろう。


 白黒の世界で、隣に座っているソウジに、改めて俺は『ブウタウロス』の創作について、ソウジに尋ねようとする。

 「ソウジ」

 俺が名前を呼んで、ソウジは振り替えった。

 『ブウタウロス』を創り続ける理由を聞こうとしたが。それは叶わない。俺が瞬きをすると、過去は次の場面に進んだのだ。


 『なんだよ。 って、ここは』

 次の場面は、教室ではなかった。視界に映るのは、民間の病院の裏口。おそらく病院を経営している者の家だ。

 なにか、右手に暖かい感触があった。視界を右手の方に向けると、そこには母の姿がうつり込む。


 『もう。うちの子とは関わらないでください』



          ◆◆3◆◆



 突然、扉の先に立っていた女性に、俺と母はそんなことを言われてしまう。


 状況が掴めないが、俺はなにか問題でも起こしてしまったのではないかと不安になる。それと同時に、無意識に『なんで』と心の中で俺は呟いた。


 再び瞬きをすると、今度は目の前に、俺に目線を合わせるためにしゃがんだ母の姿が映り込む。母は深呼吸をする。空気を吸う時、母の喉は少しだけ震えていた。


 『きっと、大丈夫よ。ね? ツムグ』


 俺は、またもや無意識に心の中で『大丈夫。大丈夫だ』と何度も念じるように呟いた。


 何もわからず、疑問を抱えたまま、さらに次の場面に移行する。

 そして、次に移り込んだのは、ソウジの背中であった。


 『あ……れ』

 俺は、涙を流していた。


 何も話すことなく、俺とソウジとの距離は離れていく。それは街中ですれ違う他人のようであった。

 だが。俺はすぐに前方に足を踏み出していた。


 そうだ。

 そうだった。俺とソウジで創った集まりが、親たちに見つかったのだ。そして、問題になった。そして、不幸の連続でソウジは転校してしまう事になったのだ。


 俺たちは、離れ離れになると、その時理解したのだ。


 そして、この場面は、俺とソウジが最後に会って、話をした時の思い出である。


 身体よりも、心よりも先に、俺は足が前に進んで、ソウジに伝えたい言葉が溢れていった。俺は過去に身を任せる。


 『約束だ! ソウジ!』


 『俺とお前で、いつか魔王を倒すんだ!』


 『少しの間……離れ離れになっけど! ほんの、少しの間だ!』


 顔をぐちゃぐちゃにしながら、俺はソウジに必死で思いを伝える。


 『俺たちはまた会って、同じようにトラクエや、ゲームの話をするんだ!』


 『そして、二人で決めた夢をまた一緒に……』


 『俺たちは……!』


 最後に子供(かこ)の俺が、何かを告げようとしたが、瞬きをした瞬間。今度は視界が真っ白になった。



          ◇◇◇◇



 「あれ……ソウジは?」

 俺はあたりを見渡すが、どこにもソウジは見当たらない。ただ、俺の体は大人《げんざい》の姿に戻っている。ソウジを掴もうとして伸ばした腕をみてそれに気が付いた。


 『おつかれさまです』

 「……その声、イデアか⁉」

 『はい』

 「……ってことは、俺は過去の追体験を終えたって事になるんだな?」

 イデアは過去に一度も介入しなかった。声が聞こえると言う事は、夢の世界に戻ったという解釈をして間違いないはずだ。


 『はい。 ぶじ、わたしがみせることのできる ミスミ ソウジとのかこ の ついたいけん を あなたは おえました。 はいごをみてください』

 「……背後?」

 イデアの指示に従い、俺は後ろを振り返ってみる。すると、追体験をするために、入っていった灰色の扉が、そこにはあった。


 「終わりって。 なんか、すっげぇ中途半端なとこで終わったぞ? 俺と、ソウジとの約束のところで……」

 ソウジとした約束。


 俺はゆっくりと口を閉じる。

 そうだ、俺とソウジは大切なある『約束』をした。それを思いだそうと、必死になっていた気がする。

 「俺、思いだそうとしてたような……そうだ! 『???(アイツ)』に記憶奪われて……あの時、ゲームバッジが必要でソウジが来て……」

 奪われたはずの記憶が溢れるように蘇る。そうだ。ソウジと再開してからブウタウロスを倒して、俺は魔王城に行こうとしていた。だけど、次にソウジと会ったその時。

 ソウジから縁を切るように話を切り出された。


 「イデア……! イデア‼ 頼む、あの過去の続きを見せてくれ! あの約束は俺にとって、本当に大切なもんなんだ!」

 関係を断ち切ると言われたあの日、また俺の前から立ち去ろうとするソウジに俺は問いかけた。

 『あの時の約束を、覚えていないのか』と。


 だが、その約束を俺は思いだせなかった。ずっと取り返したかったものだった。


 「頼む! これが無いと、俺はアイツに……『???(じぶん)』には勝てねぇよ!」

 俺は必死に問いかける。


 『……すみません。 それは、できません』

 しばらくしてイデアは俺にそう告げた。

 「なんで……。どうしてだよ!」

 『まず、わたしが みせられた かこが そこまでである。 ということ』

 「そんな……」

 俺は俯いて、拳を握り締める。掴めそうなのに、掴むことができないその記憶。

 悔しいのだ。


 『そして、きっとその やくそく というのは あなたが これから げんじつのせかいで おもいださなければ ならないこと なのです』

 だが、イデアが放った次の言葉を聞いた瞬間。俯いた顔を俺は上げた。


 「……俺のやるべき事」

 ソウジとの過去を思いだした現在(いま)の俺にできる事。

 それは一体何なのだろうか。


 『じかんです……。 つかのま でしたが、あなたにまた あえてよかった。 わすれものは とどけましたよ』

 「待ってくれ……! 俺がやるべきことって!」

 『それは すでに つたえています』

 「伝えてるって……」


 俺はイデアに『トラクエ』を救う事を託された。


 「……そっか、トラクエを救わねぇといけねぇんだ俺は」

 そして、そのトラクエを救うために、ソウジを連れ戻し、仲直りをしなくてはならない。今、それを実行するために、気を失っている俺の代わりにヒトミが動いてくれているはずなのだ。


 早く、現実に戻らなければ。


 「……ありがとな。イデア。俺に過去を見せてくれて」

 『あなた に そういわれるのであれば よかった』


 『ツムグ』

 最後にイデアは俺の名前を呼ぶ。

 「わかってるよ。任せろって」


 『……はい』


 『しんじています』


 最後にイデアが、優しそうにそう告げると、俺の意識は夢の世界から乖離したのが分かった。

 俺は、現実の世界に戻るのだ。



       ◇◇last chapter◇◇



 「うおおぉおおぉおお! 戻ってきたのか⁉」

 俺は上体を勢いよく起こした。すると、額からは暖かい濡れたタオルが落ちるのが分かった。気が付けば俺は布団の中に居た。


 「気が付いた?」

 覚醒して、最初に聞いたのは母の問いかけだった。

 「母さん……」

 気を失っていた俺を看病してくれていたのだろうか。ありがたい事なのだが、俺は感謝を伝える先に気になることがあった。

 「ヒトミは……⁉」


 「ヒトミちゃんなら出かけてったよ。 ウチの配達用の自転車貸しちゃった。 だって目がすごかったから。もあんなに意志が宿った眼は久々みたわよ」

 「……そうか」

 ひとまずは、安堵だ。ヒトミはちゃんと、俺の作戦の意図が分かったようである。であるなら、作戦は続いている。

 「それじゃ、私は退散するわよ」

 「え……あ。 母さん!」

 「なに」

 「ありがとう」

 母は俺の言葉を聞くと無表情のまま背中を向ける。その時『クス』っと笑う音が聞こえた気がした。

 「はやく帰って来なさい」

 母はそう告げて、部屋を後にした。


 「うし。作戦再開だ!」

 気を取り直して、すぐに俺はスマホを手に取った。ヒトミの現状を確認しなくてはならない。もしかしたら、ヒトミは『トラクエ』を、俺たちの記憶を忘れているかもしれないのだ。

 『???』の剥奪者(ウバウモノ)は、時間経過で人々の記憶を奪うものだと、イデアが言っていた。窓から移る空は暗闇に支配されている。時刻は一九時である。推測でも、ヒトミとは三時間以上話していない。記憶が奪われている可能性は十分だろう。

 ヒトミを失えば、全ての作戦が破綻する。先ほど述べた『???』の時間経過は対象におけるすべてに該当する。トラクエをこの世界で知っているのは、おそらく俺とヒトミだけだ。

 すでに、トラクエ消滅の危機は差し迫っている。


 とにかく、ヒトミという生命線を失っては全てが水の泡だ。俺はすぐにヒトミの電話に着信をつないだ。


 耳にスマホを当てる。……発信音を聞くだけでもどかしい。

 数秒まって通話が始まった。


 「……もしもし? ヒトミ? 大丈夫か⁉」

 俺は慌てるようにそう質問する。返事は帰ってこない。

 「……ヒトミ? ヒトミ! 聞こえてるか? ヒトミ!」


 「……誰、ですか」

 「……え」

 帰ってきた返答に、俺は冷や汗を滲ませる。既に手遅れだったのだ。


 「お、俺だ! ハジメ ツムグだ! イッチーだ! トラクエオタクの引きこもりニート!」

 「……ごめんなさい。わからないです」

 震えた声は帰ってくる。おそらく電話越しのヒトミは俺に引いている。

 ……諦めるわけにはいかない。今外にいるヒトミは、俺のために行動してくれたのだ。その頑張りを無駄になんてできない。


 「……いいか? お前にはじめて声をかけた時、お前は同じ高校のチャラ男にウザ絡みされてたんだ。 俺は場違いにお前に声をかけた!」

 俺が覚えているヒトミに関するすべての記憶を、淡々と開示していく。恥ずかしくてかが厚いが、仕方ない。トラクエを救うためなのだ。


 「次会った時はなぁ! お前が俺の家の駄菓子屋のバイトに来た時だ! お前は生意気だけど、要領がいいから、すぐ仕事覚えて店の一躍スターになった!」


 「それから、俺の『親友』のソウジと再開して、お前も一緒にゲームしたんだよ! だけど、ソウジが抜けて俺がやる気なくなって! お前を責めたけど……」

 俺は大きく息を吸った。

 「そんな時でも、お前が俺を奮い立たせた!」

 思いを伝える。俺は必死だった。

 「お前は今! 俺にとって、ソウジと同じくらい大切な存在だ! ……お前は俺たちの居場所を取り戻すために、ソウジを探すために……! 今外に出かけてるんだ!」


 「俺にとってかけがえの無い存在! それがナナセ ヒトミ! お前だ!……どうだ、思いだしたか⁉」

 しばらくの間息を吸い込んでなかった俺は、伝えたい思いの全てをヒトミに言い放つと、思い切り息を吸い込んだ。死にそうだ。


 「……いきなりなんですか?」

 「うっ……これでもダメかよ⁉」

 ヒトミの態度は、まるで初めて会ったと気と同じようであった。これでもダメなのだろうか。


 「……お前は、俺に負けないくらい諦めないヤツだ。 だから……頼む! 思い出してくれぇ!」

 「もういいです」


 「知らない人でした」

 俺の必死の思いはヒトミに届くことは無い。


 「私の知ってるイッチーは、もっとヘタレですもん」

 そう思っていたのだが……。

 「お前……! イッチーって」

 「あと自己紹介に『童貞』つけ忘れてるし」

 「お前、お前なぁ! もしかして、最初から忘れてなかったんじゃ……!」

 どうやら、盛大に騙されたようだ。


 本当に心配かけさせやがって……。

 俺は深い溜息を吐いて、笑みを浮かべる。


 「イッチー。信じてくれてありがと」

 「こちらこそだよ。 お前が動いてくれて助かってるんだ」

 「最初からその算段ついてたくせに」

 「いや、そうなんだけどよ……」

 電話越しから伝わる、ヒトミの持ち前の元気に俺は気合いが入った。


 「ヒトミ」

 「何?」

 「お前に、ソウジは任せたからな」

 「うん! 絶対に、ぜぇーったいに。連れて帰るから!」

 「……おう。俺は俺で、できる事をやる! ぜってぇ諦めねぇ!」


 最後にヒトミにそう伝えると、俺は通話を切った。


 ……頼んだぜ、ヒトミ。


 心の中で俺は強く念じる。それが終わると、近くに置いてあった『真・攻略設定書』を手に取った。

 ソウジが転校するときに伝えた約束。大人になって再開して、伝えられなかったソウジとの約束。それをどうしても思い出す必要があるのだ。

 絶対絶命じゃない。まだ勝敗は決していない。

 その思いを胸に、俺は目を凝らして記されたメモを読むのであった。

繰り返される吐息。滲む汗。体が怠い。


 ナナセ ヒトミは自転車を漕ぎ続ける。

 トラクエを救うために、ツムグと、ソウジを仲直りさせるために。


 いままでずっと、ヒトミは傍観者であった。二人の過去も知らない。

 ゲームだってずっと隣で見るだけだった。それが自分のできる最善であると。

 自分が楽しむことで、ツムグたちと居場所を創れたら良いと……。


 ……そうじゃなかった。


 ヒトミが本当に望んで欲していたものは、自分の気持ちを誤魔化して居座る場所ではない。

 ありのままの自分で居られる場所だった。


 トラクエを一人でプレイして、分かったことが二つある。一つはツムグの言った通り、トラクエは神ゲーであったこと。

 もう一つは。物語は自分で進めなくては、何も始まらない。ということだ。


 これからは、周りなんて気にして行動なんてしない。

 気にしなくても、必要としてくれる仲間がいる。


 滴る汗を拭うことなく、歯を食いしばりヒトミは自転車を漕ぎ続ける。


 ツムグが気絶してから、ひたすらソウジに関する情報を集めていた。最初はツムグの母親から教えてもらったソウジの実家への経路。

 容易に入手できたが、実家を訪ねてみるとそこは空き地になっていた。

 次に出向いたのは、『Re:makers』のヒガシヤマ小学校だ。

 当時、ソウジのクラスを担当していたと言う教師と対談をした。


 『周りをよくみている子で、気配りができる子だったよ』

 『ムードメーカーでね。 人気があったね』

 『五年生の時に、転校しちゃったみたいだけどね』


 小学生時代のソウジがどんな生徒であったのかを聞くことができたが、その他の情報は得ることはできなかった。だが、その代わり今でも繋がりのあるというソウジと仲良くしていた同級生の住んでいる住所を、その教師は教えてくれた。


 今はその同級生の自宅へ向かっている。経路通りなら、視界の先にある角を曲がった細道の先にあるアパートであるはずだ。


 「……ここ、だよね」

 経路通りに、来てみたはいいものの。たどり着いた場所は、トタンが貼られている白璧の古いアパート。

 その佇まいに、ヒトミは思わず立ち止まってしまう。

 ここであってるのだろうか。あってたとして、どうしてこんな場所に住んでいるのだろうか……。


 疑問を抱えたまま、勇気を振り絞って、同級生が住んでいると言う二〇三号室まで移動し、錆びついたチャイムを鳴らす。


 しばらくして『はーい』という大きな声と共に、扉が勢いよく開いた。思わずヒトミは後ろにたじろぐ。現れたのは、くたびれた覇気のない顔の男性だった。


 「制服……。あ、君ってもしかしてセンセが言ってたヒトミちゃん?」

 「ええと……。貴方がクワバラさんであってますか……?」

 教えられた同級生のクワバラであるかどうか。ヒトミは恐る恐る確認する。

 「うん。俺がクワバラだよ。上がってく?」

 クワバラはニヤつきながら誘ってくるが、ヒトミは即答で「いえ、時間がないので結構です」と拒否した。


 「ちぇ、ノってくれなかった。かわい子ちゃんなのに」

 クワバラの発言を耳にして、ますますヒトミは家に入りたくなくなった。


 というか、どうでも良い事で、時間を取るわけにはいかない。

 今頃ツムグは一人で頑張っているはずだ。刻々とタイムリミットは迫っている。ヒトミは急いでいるのだ。


 「端的で申し訳ないんですけど、小学校の時のミスミ ソウジさんの連絡先とかって、知ってますか?」

 「んー? ソウジ君の? ごめん。知らないんだよね。あの子ね、人気あったけどさ、俺の周りでソウジ君知ってるって奴。全員連絡先持ってないんだよ」

 「そう……ですか」

 どうやら、ここもハズレであったようだ。次の情報につながる事を訪ねて過去を立ち去ろう。そう、ヒトミは決断した。


 「ありがとうございました。 では、他にソウジさんに関する情報ってありますか? たとえば、共通の友人とか」

 「あー。俺さ、生活やばくって、携帯持ってないんだよねぇ」


 クワバラの発言にヒトミはいよいよ本格的に恐怖を感じ始める。

 本当に危ない男ではないのだろうか。この男と知り合いである教師も教師だ。普通に一女性として、いや、人間として怖い。


 「そ、そうですか。失礼しました。私は急いでるんでここらへんで……」

 ヒトミは青ざめた顔を隠すように俯きながら、アパートを立ち去ろうとする。


 「あぁ、ちょいちょい! 待って待って!」

 「嫌です! 私貴方に興味ありません!」

 「そーじゃなくて! ソウジ君がいるかも知れない場所、俺知ってるって!」

 背後から聞こえるクワバラの発言に、勢いよく前に進んでいた足が止まる。ヒトミは眉を顰め(ひそ)ながら後ろへ振り向いた。


 「……本当ですか?」

 「信用無いアイだねぇ! ま、いーけどさぁ。 えっとぉ、ソウジ君だよね。 たしか、今日同窓会あるんだよ、場所は……。ちょっと待ってね、確かここら辺に落ちてた……。あ、あった! この、ハガキの場所だから。行ってみるといいよ」

 満面の笑みで灯油の染みがついたハガキを渡してくるクワバラ。ヒトミは顔が引き()りながらそのハガキを受け取った。とにかくもうここを離れたい。

 「ありがとうございます助かりますそれでは!」

 早口で、今度こそ走ってアパートの階段を駆け降りるヒトミ。


 「も夜遅くだから俺が送ってこうか⁉︎ バイクあるから!」

 「嫌です!絶対嫌!」


 クワバラの提案をきっぱりと断って自転車に勢いよく跨ぐと、力強くペダルを踏んで、自転車を漕ぎ始める。トラクエの存亡を賭けた戦いだ。

 一刻を争う緊迫感と、早くここから離れたいと言う焦燥感が、心の中にあったのだ。


 ハガキを片手に自転車を走らせて、ヒトミはクワバラの家から数キロ離れ、ようやく記載されている同窓会の会場を確認する。


 「居酒屋 なかよし。場所は……って、ここから五キロも離れてんじゃん……!」

 そろそろ足の筋肉が限界を告げようとしている。中学校までは陸上部で、県大会までは出場していたヒトミ。その名残で、早朝ランニングをやっているため、体力には自信があったのだが。


 かれこれ、四時間くらいは体を動かしている。限界になってもおかしく無い。


 「疲れたし。 これでもJKの中では強いと思うけど……! ああもう、やだ!」

 ヒトミは愚痴をこぼしながら、再び自転車を漕ぎ始めた。滲む汗を拭う事なく、必死に、ヒトミは目的地へ向かう。

 今度ツムグに何か奢ってもらおう。そうだ、スイーツパラダイスに行きたい。豚骨ラーメンも食べたい。全部ツムグの奢りだ。奢ってもらおう。


 頭の中で報酬を浮かべながら、ヒトミは気合を入れた。

 そうして、必死な思いで、ヒトミは『居酒屋 なかよし』にたどり着いた。現時刻は二十時を回ろうとしている。駐輪場に自転車を停め、急いで店に駆け込む。


 その途中で店に入ろうとする通行人にぶつかってしまう。

 「ごめんなさい!」

 すぐにヒトミは謝った。

 「ん? あ、いーよいーよ。 ところで、この店に何か用があるの? いま同窓会やっててさ、俺も含めてそいつらで貸切なんだよね。ここ」

 「え……。あ、ええと、ミスミ ソウジさんって、いますかね……?」

 「ソーちゃん? あ、もしかして知り合い?」

 「ええ……はい」

 先程から、話す人全てが妙にチャラい気がする。今日は運がないのだろうかと、ヒトミは思ってしまう。


 「いるよ。 今日は来てる」

 「あ……だったら、どうにか会えないでしょうか!」

 ソウジが中にいる。やっと見つけたのだ。

 「あー。知り合いだったら、呼んだげるからさ、外も危ないだろうし、とりま中入ろっか。 大人同伴ならこの店は大丈夫だし」

 「お願いします……」

 ヒトミはすぐにその提案に承諾し、居酒屋の中に入っていく。


 扉を開けると、強い照明が目に刺さるようにだった。次第に聞こえるガヤの音。賑やかな笑い声が四方から聞こえてくる。

 「ついて来な」

 「はい」


 ヒトミはその男の後ろを歩いていく。

 まるで、光に包まれた世界だ。息が詰まりそうになる。


 「おーい。ソーちゃん。 知り合いの女の子ぉ!」

 そう言って、座敷部屋を勢いよく開けて男はソウジに声をかけた。

 ヒトミも乗り出すように座敷部屋に顔を出す。辺りを見渡した。


 「……ヒトミちゃん?」

 「あ! ソウジさん!」

 声をかけられて、すぐに見つけた。ヒトミはソウジを見る。

 ソウジは怯えるようにして驚いていた。

 「おー。何その子ォ可愛い」

 「え、ソウジ君の知り合い? てか、カノジョ?」

 「いーねいーね。こっちおいでよー」


 周りの同級生たちは盛り上がる。それを尻目にヒトミは口を開いた。

 「ソウジさん。話をしたいんです。来てくれますか?」

 芯の通った声で、ヒトミはソウジに尋ねる。だが、返答は返ってこない。ソウジは目を合わせようともしてくれないのだ。


 「えぇ。カノジョじゃね? 恥ずかしがってんの?」

 「エスコートしてやりなよー。ソウジくーん」

 「ね! 俺らの奢りでなんか食べなよ! 知り合いちゃん!」

 「あー。私なに奢ろかなぁ」


 「ソウジさん!」

 ヒトミは叫んだ。辺りは一瞬にして静寂とかした。だが、それは束の間、すぐに笑い声が聞こえ始める。


 「な、なんか不味くない? ね、カノジョなら相手してやりなって」

 「……違うよ」

 「そ、それじゃあ! あ……! そうだ、盛り上がる話しよ」

 「そうよ! ソウジ君、アイツの話しよ! 知り合いちゃんも、爆笑だって! ふははは!」

 「……タシロ。 よしてくれ」

 苦虫を潰したような表情で、ソウジは、隣で話題を提案した男性にそう告げる。だが、男性は酔いが回っているのか、勢いを止めない。


 「なんでぇ! あー。酔ってて口が勝手に開いちゃいます! ね! ソウジ君いつものおはこ! クソニートの話ィ!」

 周りは一斉に拍手をする。その中でソウジだけが誰とも目を合わせない。


 「……クソニート?」

 ヒトミは目を見開いて、静かにタシロという男が言った言葉を繰り返すように呟いた。

 「そうそう! ゲームオタクらしいのよ! んで、昔ソウジ君が仕方なく話してあげてた奴でさ、名前忘れちゃったけど! で、久しぶりにあったら勘違いしてまた話しかけて来たらしくてさ!」


 タシロは口角を上げ、興奮しながら語っていく。ヒトミは、その話題の人物が、ツムグであるような気がしてままならない。大切な仲間をコケにされているのだ。たとえ違ったとしても、そうしか聞こえない。


 「夢追ってさぁ! なんだっけ? ゲーム作る人ォ? 忘れたけど、諦めてニートやってんの。マジ笑えね? はははははは!」

 話を聞くたび、ヒトミは怒りが込み上げていく。侮辱されるたびに、拳を強く握りしめた。


 「ああ! そうだ! あのクソゲーの話忘れてた……。なんだっけ? あのぉ。 聞いた事ないトラ……トラク……」

 タシロの弁舌に、とうとうヒトミは我慢ができなくなり、座敷に土足のまま乗り上げようとしたその瞬間だった。ずっと俯いていたソウジがテーブルに勢いよく掌を叩きつけた。

 そこにいた誰もが驚いていたが、ヒトミも同じで、肩をびくつかせた。


 先ほどのように、辺りは静かになる。今度はすぐには賑やかさが戻ることはなかった。

 「え……ソウジ君? 怒っちゃった?」

 「た、タシロ……。お前が先走って話進めっから……」

 「え……ああ。 ごめんソウジ君」


 ソウジは誰にも返答することなく、ゆっくりと立ち上がった。そして、笑みを見せる。いつもヒトミも見て来た目を細めた笑みだ。


 「ごめん。みんな、席、外すね?」

 「え、ああ」

 「いってらっしゃい……」


 困惑する同級生たちを無視するように、ヒトミの方へ歩いていくソウジ。


 「あーあ。ソー君のおかげで空気が終わったわ」

 ソウジがヒトミの目の前に立ったその時、案内をしてくれた男性が、ソウジに向かってそう告げた。その男もまた笑みを浮かべている。

 「……ごめん」

 「ま、いーけど。いってらー」


 ソウジは俯いた顔をゆっくりとヒトミに向ける。

 「……行こう」

 そして、呟くようにそう告げた。

 ヒトミは返答する事なく、ソウジに背を向けて出口へと歩いていく。



          ◇◇◇◇



 「……どういう事ですか! 本当に、ソウジさんが、あんな事……言ってたんですか⁉︎」

 居酒屋から少し離れ、人がいない薄暗い駐輪場で、ヒトミは怒鳴った。同級生の話が正しいなら、ソウジはツムグを馬鹿にして、笑い物にしていた事になる。そんな事があって良い筈が無いのだ。

 すぐに否定して欲しかった。


 だが。

 「……事実だよ。 俺がそう話したんだ」

 ソウジは目を合わせる事なくそう告げる。それを聞いた瞬間、ヒトミはソウジの頬を平手打ちした。


 「……どうして、ですかっ!」

 潤んだ眼差しで睨みながらソウジに質問する。


 「怖いからだよ」

 迷いのない回答だった。

 「……怖い?」

 「うん。怖いんだ。ボクは失うのが怖い。 アイツらは、小学校からの付き合いだ」

 「そんなの! イッチーがいるからどうだって良いじゃないですか!」

 「どうでも良くないよ。 もしアイツらの俺への見る目が変わったら、ボクは今度こそ、居場所を無くす。もう誰も、……ボクに見向きもしなくなる」


 ソウジの言葉を聞くたび、ヒトミは苛立ちが増していった。なぜなら、ソウジの言う事はすべて、ヒトミが今まで抱えて来た恐怖心と合致するものであったからだ。ヒトミはそれを乗り越えるためにここに来た。


 「ボクは、何も無い人間だから。 居場所が無くなっていくのが、怖いんだよ。 だからこうやって、自分の居場所を守るために、居続けるために、生きて来た。 ……今更変えられない」

 「私も……ずっとその考えだった。 見捨てられるのが怖くて、独りが辛いってわかってるから! でも

、今はイッチーがいる! ソウジさんも! その中にいるんですよ⁉︎」

 「ツグとは、縁を切ったろ?」

 「イッチーは納得してません! 話し合えば、許してくれるはずです!」

 ヒトミは引き下がる事なく、ソウジにそう言い放った。だが、ソウジは表情を変える事はない。


 「私たちがいます! きっと私たちならどんな苦難だって乗り越えられます!」

 「無理だよ」


 淡々とソウジは話を続ける。

 「それを取り戻したって、社会じゃそんな狭い価値。守っても、評価されないよ。 皆んな諦めて大人になるんだ。 理想論じゃ生きていけない」

 「意味がわりません……! ソウジさん、理由ばっか! 逃げてるだけじゃ無いんですか⁉︎」

 「……逃げてる?」


ヒトミの言葉にソウジは深呼吸をする。

 「ああ。そうさ。ボクは逃げてる。逃げて逃げて、ここまで来たんだ。 最初、ツグを知ったのは、周りが馬鹿にしているからだった。ボクは周りから冷やかしを受けて、仕方なく話す事にした。 辛かったよ、あの時は。 ツグにも良い顔をして、友人にも良い顔をして。八方塞がりだった」

 吐露されていくソウジの本音を聞いて、ヒトミは呼吸が震える。何も言い返せない。

  明かされる過去のソウジの気持ち。

 ずっとソウジは、ツムグに嘘をついて付き合って来たのだ。ゲームのことしか話さない変わり者のツムグを、周りは馬鹿にしていた。それに乗っかって、ソウジも同じようにツムグを馬鹿にしていたのだ。


 「それでもツグと付き合いを続けて、今度は親にそれがバレた。 ツグと、その他にも仲間がいて、ソイツらと悪ふざけをしてたのがバレたんだ。 ボクは、その時に言い返すこともできず、母にツグの事を擁護することすらできなかった」


 ソウジは乾いた声で笑った。

 「今は離婚していないけど。母さんは父さんの医者の仕事をボクに継がせたかった。 環境が良く無いと判断したんだ。だから、ボクを転校させた。ボクはやっと、小学校の友達との関係を作ったのに、新しく変わった環境で、もう一度振り出しに戻った。 いっつも、ボクは周りに合わせることを徹底したんだ」


 「そんな……」

 ヒトミは言葉を失ってしまう。ソウジを連れ戻す事ができないのでは無いかと、そう思ってしまう。手を伸ばしても、ソウジは闇の中にずっといて、差し伸べた手に気が付かないのだ。どうしようもない。


 「ね? ボクは逃げて来た。 周りに合わせるために。独りが怖かった。 自分の本音を隠して来たから、頼るのが周りしか居なかった。だからずっと、諦めて諦めて。現在(いま)のボクがいる。人の顔色見なくちゃ、生きていけない人間にさ」


 「だからもう、あの頃には戻れない。……いいや、そもそも戻る過去なんてボクにはないんだよ。ヒトミちゃん」


 しばらく二人の間に沈黙が走る。ヒトミは言い返す事ができない。ヒトミは、ツムグと出会ってから、変わる事ができた。だけど、ソウジは、本音を隠したままずっと生きて来たのだろう。もう、手遅れになったのだ。

 「……ごめん。今度こそさよならだ。ボクのことはもう、忘れて欲しい。それじゃ」

 ソウジは最後まで、ヒトミに目を合わせることなく、背を向けようとする。


 言葉が出てこない。何も伝えられない。

 ヒトミはツムグのことも、ソウジの事も、何も知らないからだ。変わろうとしたのに、何一つ変わっていない。ただ、傍観するだけの観客だ。


 それが嫌なのに。それを変えたいのに。


 ヒトミは苦しい気持ちで胸がいっぱいになる。

 諦めたく無い。トラクエを失いたく無い。ツムグと、ソウジと。あの時、本気で笑い合った居場所を。失いたく無い。

 嫌だ。嫌だ。嫌なのだ。



 『ヒトミ。お前に、ソウジは任せたからな!』



 ふと、ヒトミの中で、電話越しで聞いたツムグの声が脳裏によぎる。

 ツムグは今も、必死の思いで、トラクエを救おうとしている。『???(じぶん)』と戦っているのだ。


 ツムグは……。ヒトミを信じている。


 そう思った瞬間。立ち去ろうとするソウジを引き止めるために、ヒトミは足を前に出していた。呼吸は震えていた。心は、挫けそうだった。

 それでも、諦めたくなかったのだ。


 諦めるわけには、いかなかったのだ。


 勢いよく前に踏み込み、ヒトミは走る。そして、ソウジの前に立ちはだかる。

 「ヒトミちゃん……いい加減、諦め……」

 そして、すぐにソウジの胸ぐらを力強く掴んだ。

 「……諦めん!」


 涙を流しながら、顔を真っ赤にして、ヒトミは必死に叫んだ。

 ソウジに想いをぶつけるのだ。自分の思いを伝えるのだ。だって、ひとヒトミは、ツムグと約束したのだから。


 「今……。今! イッチーは必死に戦っとる!」


 「自分の過去を! ソウジさんとの大切な思い出を! みんなのトラクエの思い出を! 取り返すために、必死に戦っとると!」


 「そんなヤツを見捨てて! ソウジさんは! 本当にそれでいいと⁉︎」


 「みんなで笑い合った、楽しい思い出まで……大切な思い出まで捨てて()かとね⁉︎」


 「諦めて、()かとね⁉︎」



 必死の思い。それをソウジにぶつけた。これで、届かないなら、もう……。


 「……ごめん」

 涙を流し、震えながら息を吐くヒトミ。その、掴んでいた両手を、弱まった両手を振り解いて。

 ソウジは目を逸らしたまま、そう告げた。


 ……届かなかったのだ。


 「ヒトミちゃんも、もう諦めてくれ」

 最後にそう告げて、今度こそ、ヒトミを横切り、ソウジは立ち去っていく。


 「ソウジさん‼︎」

 何度も。何度も。ヒトミはソウジの名前を叫んだが……。ソウジは姿が見えなくなるその最後まで、振り返る事なかった。


 暗闇に包まれた世界。夜空の月の光だけが、独りになったヒトミの背中を照らした。

 ただ、一人だけの世界で、ヒトミの泣き声だけが聞こえる。


 ……何もできなかった。何も変えられなかった。


 自分はなんて無力なのだろう。


 そう思いながら、ただただ、ナナセ ヒトミは涙を流す事しかできなかった。

「……ダメだ。全く思いだせねぇ」

 あれから俺は『真・攻略設定書』や、押し入れなどにあるアルバムなどを見て、ソウジとの『約束』を思いだそうとしているのだが……一向に進展が見えない。


 「でも、アイツと……ヒトミと約束したからな。絶対諦めらんねぇ」

 俺たちで、大切な『思い出』を取り戻すのだ。気を引き締めるために、俺は両手で頬を強く叩いた。


 「……しゃああああ!」

 しばらく痛みに悶えたあと、雄たけびのように俺は叫ぶ。これで気合いは注入された。

 「頑張るぞ!って……電話かかってきた」

 スマホから着信音が鳴り響いた。着信先はヒトミからだ。表示された名前を見てすぐに、俺は笑みを浮かべる。もしかしたら、ソウジを見つけたのかもしれない。

 すぐに応答のボタンを押して、俺は耳元にスマホをあてる。


 「ヒトミ! そっちはどうだ? ソウジは見つかったのか?」

 電話が繋がるとすぐにヒトミにそう尋ねる。が、返答がかえってこない……。


 「……ごめん」

 まるで萎れた花のように暗い声が俺の鼓膜に響いた。ヒトミはあきらかに、気を落としている。

 「ごめんって。なにがだよ……? どうした⁉」

 一先ず現状を確認するため、俺はヒトミにそう問いかける。

 「何も……できんかった」


 「何も変えられんかった」


 「ソウジさん……止められんやったと……」


 「イッチー。私を、信じてくれたとにっ……!」


 「イッチーの力になれんかったぁぁ……」


 鼻をすする音。小刻みな荒い呼吸。すぐにわかった。電話越しのヒトミは泣いているのだ。苦しそうだった。痛そうだった。

 ソウジを連れ戻すことに失敗したと、ヒトミは告げた。

 かける言葉が見つからず、開いた口を閉じることができない。そのまま俺は静止した。


 しかし、すぐに俺は大きく息を吸った。

 「大丈夫だ。 大丈夫だって! お前……お前は頑張ったじゃねぇか! 俺のために、ソウジのために……!」


 「だから……大丈夫だ。 どうにかなる」


 下手くそな慰め。大丈夫なはずがない。ソウジが居なければ、俺の過去も、『トラクエ』も救えないのだ。

 だけど、それを理由にヒトミを責めることはできない。ヒトミは俺を信じてくれたのだ。十分。精一杯頑張ったではないか。咎める理由など、何処にも存在しない。


 「諦められねぇよ。 だって、俺もお前も。……ソウジだって、大切な仲間なんだからよ。……俺が何とかするから。……だから、帰ってこいよ」

 俺の提案に対して、ヒトミから返答は帰ってこない。ただ、か細く震えた吐息が聞こえるだけだ。


 「なぁ。ヒトミ」

 「ソウジはな。昔から、ずっと俺と一緒に居てくれたんだ」

 「だけど、アイツは。 俺に気を使ってるだけだった。ひとりぼっちだった俺に仕方なく声をかけたんだと思う。そういうの、ずっと一緒に居たら、わかんだよ。嫌でもさ」


 俺はずっと知っていたのだ。ソウジが、周りに合わせるために、仕方なく俺に関わってくれていたことを。


 「だけどな。 アイツは……」

 だが、ソウジは。

 「……アイツは。ソウジは。ずっっと、一緒に居てくれた。 たとえそれが偽りだったとしても、俺と一緒に居てくれた時、アイツの笑顔は本物だったと、そう思うんだ」

 「だからよ。ヒトミ」


 俺は大きなため息を吐いた。そして、笑みを浮かべる。

 「大丈夫だ。アイツはきっと、戻ってきてくれるって!」


 「だから、信じよう。 アイツを」


 不確かで、何一つ信憑性のない言葉だ。だが、俺はそんな言葉を、まっすぐ。ヒトミに伝える。きっと、ソウジは帰ってくる。俺はそう信じている。

 何故ならあの日ソウジは。もう一度、俺に会うために一商店に来てくれたのだから。

 「それじゃ、電話。切るな? お前も早く戻ってこいよ……」

 俺は最後に双言葉を残して、ヒトミからの電話を切った。


 独りになった部屋で、何度も深呼吸を繰り返した。自身の感情を落ち着かせるためだ。

 ソウジは、必ず帰ってきてくれる。信じるのだ。


 だから今は、精一杯、現状の打開策を考えるしかない。ヒトミは精一杯動いてくれた。今度は俺が頑張らなくては割に合わない。


 「なんか。……なんかあるはずだ。トラクエを、ソウジを! この現実を変えるための、打開策が!」

 考えるしかない。単細胞で、使えない俺の脳みそだとしても、振り絞って、死ぬ気で考え抜けば、現実を覆すことができる一手を編み出すことだって、可能なはずなのである。


 『無理だね。トラクエをこの世界で知っているのは、君と、ナナセ ヒトミ。 ミスミ ソウジの三人。 どのみちこの三人では、圧倒的なオレの力に敵わない』


 『もう終わりだよ』


 脳内で『???(じぶん)』が語り掛けてくる。

 「うるせぇえ!テメェがテメェを見限ってんじゃねぇ!」

 『勝算の無い賭けに、いったい何の意味がある? そんなのただの時間の浪費じゃないかい?』

 「何度も言わせんじゃねぇ! お前が、限界決めんなってんだ!」

 『……ほとほと呆れるね。もう呆れつかれた。 君のそれ、諦めるってのじゃないんじゃないのかい?』


 『君のそれは、ただの思い込みだ』


 『叶わないことに必死になって。その必死になった時間が無駄であると、認めたくないんだ。俺はすごい。俺にはまだ可能性がある。あらぬ事を並べるだけ。 結果、残るのは君のような、現実に目を向けず、誰からも見向きもされない』


 『そんな、無価値な人間だけだ』


 俺は、真っ暗なモニターを睨む。

 悔しかった。悔しくてたまらない。

 『???』の言う事は、思うことは。確かに俺の中に備わっている感情であるからだ。叶うことのない幻想。理想論。そんな事、端から分かっている。居場所が欲しいという思いも、ソウジを信じる願いも。すべて俺の欲望であって、それが真実でないことなど、分かっているのだ。


 それでも、諦めたくない。捨てたくない。ずっと追い求めてきた願いだ。思いだ。

 俺は、居場所が欲しかった。小さな頃からずっと。隣に居る人間を心から信じて、笑い合える、そんな居場所を。

 それが、やっと目の前に現れた。


 だったら、死ぬ気でつかみ取るしかない。諦めない強さが、生きる強さだと教えてくれた『トラクエ』に、胸を張っていられるように。

 俺を信じてくれる。母やヒトミを、俺も信じられるように。


 こんなところで、ゲーム―オーバーにはさせられないのだ。


 俺はすぐに、スマホを開くと、ソウジにメッセージを送る。

 『ソウジ。俺、お前に伝えたいことがあるんだ』

 『お前と、話がしたい』

 『はじめて、お前とトラクエをプレイしたとき、覚えてるか? 二番目のボスで大苦戦したよな』

 『俺に、お前が必要なんだ。一緒に戦って欲しいんだ』


 いくつか送信してみるが、メッセージに既読がつくことは無い。


 まだだ。まだ諦められない。


 俺は勢いよく立ち上がって、自室の扉を勢いよく開いた。そこから、玄関に向かって走っていく。明かりのついていない廊下で、床が軋む音が鳴り響いた。

 そんな事に構っている暇はない。

 そのまま玄関までたどり着くと、すぐに俺は靴を履いて外に出た。視界の先に移り込む向かいの居酒屋。アカネさんの経営する『save』。そこに向かって、急かす足を進めた。

 運動をしていない俺は、すでに息を切らしている。必死の思いでたどり着いた『save』の扉を、勢いよく開いた。それと同時に、扉についていた鈴の音が店内にうるさく鳴り響く。


 店中の客が、入り口で息を切らしている俺に注目する。ざわめきを無視しながら、俺は口を開いた。

 「み、皆さん‼ トラクエを知ってるかぁあ!」

 そして、叫ぶ。


 「ツムグ……⁉ 何? 急にどうした?」

 慌てて俺のもとに駆け付けてきたのはアカネさんだ。だが俺は、見向きもせずにもう一度、叫ぶ。

 「トランジェント・クエスト! 誰もが知っている社会現象にもなったRPGゲームのことだ! 知ってるかぁあああ!」


 トラクエの存在をなるべく大勢の人に伝えて、思い出させる。 今の俺にできるのはそれしかない。トラクエが消滅する時間を少しでも延ばせば、それだけ、考える時間も増える。悪あがきでも良い。たった一人でもいい。思い出してほしいのだ。


 「ちょっと営業妨害! 頭おかしいんじゃないの⁉」

 慌てながら、アカネさんは俺に怒鳴りながら俺を店の外に押し出そうとしている。営業妨害なんて知ったことではない。俺の大切な思い出を救うためなら、常識も理屈も関係ないのだ。


 諦められない。

 「アカネさん。 トラクエですよ! 知ってますよね⁉」

 「はぁ? そんなの、知らないって!」

 俺は、押し出そうとするアカネさんの腕を掴んだ。


 「知ってるだろ! ソウジと、俺と。大好きだったゲームだよ! ここの二階で、皆で遊んだんだ!」

 「いちいち事細かに覚えてられるか! そんなの!」

 だが、すぐにつかんだ手を力強く振り払われてしまう。


 「トラクエは……。 トラクエは! 神ゲーなんだよ! 俺を!皆を! 勇者にしてくれた。 大切なゲームなんだよ! 諦めないって気持ちを、信念を与えてくれた! 俺の大切なもんなんだぁああ!」

 「あっそ! わかったから、本当に出ていけ! 出禁で許してやる! これ以上騒ぐんだったら……警察呼ぶわよ⁉」

 アカネさんの言葉を聞いて、俺は一瞬だけ怯んだ。それを見逃さなかったアカネさんは、俺を思い切り押し出す。俺はしりもちをつきながら、店の外へ放り出されてしまう。


 「……クソ! クソッ!」

 誰も居ない暗がりの道路に何度も拳を叩きつけながら、俺は叫ぶ。


 「こんなところで、諦めてたまるかよ!」

 やっとの思いで、ラスボスまでたどり着いた。後は倒すだけなのだ。足踏みだけで、こんな中途半端な場所で、終わっていいはずがないんだ。


 悔しさで胸がいっぱいだ。叩きつける拳には血が滲む。


 「こんなところで、終わってたまるかぁああ!」

 枯れそうな声で、そう叫んだ瞬間だった。

 スマホから着信音が鳴り響く。そこに映っていたのは見知らぬ電話番号だ。

 どんな奴でもいい、もしかしたらトラクエを思いださせることができるかもしれない。

 すぐさま応答し、俺は耳にスマホをあてた。


それはきっと大切なものだと、僕は思ってしまうんです。それではまた

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