生存者
まずは海沿いに移動してみる事に決めて移動する事三十分ほど。
ウェズンが最初この村に来た時に見ていた山がある方向へ移動すると、ちょっとした洞窟のようなものが見えた。中を覗いてみれば当然日の光も差し込まないような場所なので暗く、ウェズンが照明魔法で照らしてみれば、なんとそこには人が倒れていた。
「えっ!? 第一村人!?」
慌てて駆け寄ろうとしたが、念の為周囲を確認しておく。ざっと見た限り倒れているのは若い男で、着ている服から多分あの村の人かもしれない……と思えるものだった。
シンプルと言えば聞こえはいいがどちらかといえば貧相とも言える服装。それこそウェズンの前世で放送していた昔話のアニメに出てきたようなものに近い。
昔話に出てきた漁師、みたいなイメージそのままの服装であった。
だからこそ、村人だと思ったのだが。
これが仮に燕尾服だとかシルクハットだとかを身につけていたなら流石に村の人か!? とは思わなかっただろう。その場合は多分普通に別の事件性を疑っていたと思われる。
男以外に周囲に何かある感じでもなかったため、ウェズンは男に近づいて首筋に手を当てる。脈を確認したところ生きてはいるようだ。
「あの、すいません、大丈夫ですか?」
声をかけながら軽く肩を叩く。身体をゆするのはなんというか、頭の方に衝撃がいくのでは? と思ったのでやめておいた。特に怪我をしているわけではない、と断言できて揺さぶっても問題がないという状況ならゆっさゆっさと揺すっただろうけれど、生憎とどういう状況かもわからないので、下手な事はしない方がいい。折角見つけた手掛かりみたいなものだ、下手な事をして自分の手でトドメを刺してしまいました、なんて事になったらそれこそ学園でテラに報告する時にどう伝えるべきか悩むだけではない。何を言われるかわかったものでもないのだ。
え? 何。馬鹿なの?
とか笑顔で言われるだけならまだ可愛らしい方だ。
真顔で滾々と正論を突きつけられたら流石にメンタルにくる。正論は正論であるが故に時としてえげつないダメージを叩きだすものだ。反論したくても正論だとそれがとても難しい。何せ正論だし。
いっそ清々しいくらいの逆切れで返す方法もあるけれど相手がテラならそれは悪手でしかない。まぁ落ち着けよとかいいながら腹に拳をめり込ませてくるタイプだし。最終的に物理でのやりとりになるかもしれない相手だとむしろそれを待ってましたと望まれている可能性すらあるので我が身が可愛ければ決してやってはいけない選択である。
身体にやってきた軽い衝撃とウェズンの声に、倒れていた男はうぅ、と小さな呻き声を上げつつもどうにか意識が覚醒したらしい。うっすらと目を開ける。
「……ここは……あぁ、そうだ……あ、きみは……?」
「グラドルーシュ学園から来ました。魔法薬の材料を買い取りに。あの、この近くにある村の人、ですよね?」
完全に覚醒していないのかどこかぼんやりしていた男ではあったが、それでもすぐ近くにいたウェズンに気付いて何者かと問いかける。それに簡単に答えて、ウェズンもまた男の身元を確認しようとした。
村人で間違いないとは思うけれど、あくまでも念の為である。
そして男は素直に頷いた。
「あぁ……そうだけど……学園の人か……いつものやつかな……?」
まだ若干呂律が回り切っていないけれど、それでも意識は大分ハッキリしてきたらしい。
「跳ねトビウオの羽がいつものならそうです」
「そうか。いつものやつだ……だがすまない、生憎それは今村にはないんだ」
そう言われても特にウェズンは驚かなかった。何せ先程村の中をざっくりとはいえ確認したばかりなのだ。家には鍵がかかってなかったから開け放題だったし。もし村の人たちが全員何処探してもいないとなって、挙句それっぽい材料がそのままだったりした場合はゲームの勇者のようにアイテムを発見した! のノリでそれだけ回収してやろうかとすら思い始めていたくらいだ。とはいえそれは最終手段だと思っているけれども。
だがしかしそれらしいアイテムは見える範囲にはなかったので、本格的に家探しするかそれとも材料そのものが無いのではないか……? とも思ってはいた。
どうやら男の言葉を信じるならば、探したところで無意味なのだろう。
「一体何があったんですか……?」
「あぁ、それは……うっ、げほ」
言葉を続けようとした矢先、咳き込んで言葉は出てこなかった。何度かゲホゲホと大きめの咳をしていたが、どうにか落ち着いたのだろう合間に、
「すまない、ここから連れ出してもらえないだろうか……」
とても弱々しい声でそう頼まれてしまう。
断る理由は特にない。
だからこそウェズンは男に肩を貸して男の様子を確認しながらもゆっくりと洞窟から出る。
幸い、と言っていいかはわからないが、ほぼ出入口付近での出来事だったのでそう長い距離を歩く必要もなく、すんなりと洞窟から出る事ができた。
照明魔法で洞窟内を照らしていたとはいえ、男は倒れた状態のままほぼうつ伏せ状態であった。だからこそ、顔をちょっとだけ持ち上げてウェズンとどうにか視線を合わそうとしていても気持ち顔が持ち上がった程度でウェズンとしてもハッキリと男の顔を認識していたわけではなかった。しゃがみ込んで男に声をかけていたとはいえ、ウェズンの方が上から見下ろす形になっていたので見える箇所には限りがあった。
だが外に連れ出していざ日の光の元に出てみれば。
男の顔色は思った以上に悪かった。
真っ青を通り越して白い、とかであればまだしも、どちらかというとなんというか不健康などす黒さを感じさせた。
「あの、本当に大丈夫ですか? 何か必要な物とかあったりします? 薬とか薬とか薬とか」
「あぁ、いや、薬とかはない……これは単純に……ぉ、え、っ……」
ウェズンの肩を借りる形で立ち上がり歩いていた男であったが、咄嗟にウェズンから距離を取る。しかしその際にバランスを崩し、膝をつく形で倒れ込んだ。そうして何度か咳き込んで堪えきれなかったのだろう。その口から吐瀉物があふれ出す。
「おにい! 浄化魔法!」
「えっ!? あ、あぁ」
慌てた声のイアにせっつかれ、ウェズンはわけがわからないながらも浄化魔法を唱える。
男の身体が淡い光に包まれて、激しく咳き込み吐いていたのが徐々に落ち着いてくる。浅い呼吸はまだ続いているが、それでも多少楽になったのであろう。
「……は、助かりました……」
ぜひゅ、かひゅ、というなんとも不安定な音が喉から発せられているが、それでも男の言葉に嘘はないのか先程よりはマシらしい。
「一体何が」
「瘴気汚染だよおにい。この人危うく異形化するところだった」
「えっ」
イアに言われて咄嗟にウェズンはモノリスフィアを取り出して現在地の瘴気汚染度をチェックしてみる。
なんと驚きの80%である。
「はぁあ!? なんっだこの数値。おかしいだろ!」
なんて言ってるうちに、ピ、と数値が一つ上がる。81%。
土地の浄化作用だとかが追い付かずに瘴気汚染が進むところはあるにはあるけれど、そういうところは浄化機などでどうにか浄化している状態だ。とはいえそれもあくまでも表面上。土地の深部、地下だとかに瘴気が溢れている、なんて事もあるらしいとはいえウェズンはここまで汚染されている場所など初めて見たも同然だった。
むしろこれだけ汚染されていたら浄化機で浄化しようにも浄化が追い付かず、また浄化魔法を使えたとしても焼け石に水ではなかろうか。
ウェズンもイアも今のところ体調に異変はないとはいえ、いつまでも長居はできそうにない。
イアが異形化、と言い切ったのは男が吐いた吐瀉物からだ。それはさながらコールタールのような黒さで、到底人体から出ていいようなものではない。ちょっと食べすぎて……とかで吐くにしてもこんなん吐いたら前世なら間違いなく即座に病院に駆け込んでいる。一体何食べたらこうなるんだ、とかいう突っ込みなどする余裕すらないだろう。
「この村はもうだめです……皆、皆が……」
両手で顔を覆うようにしている男の言葉にウェズンは「あっ」と察するしかなかった。
「他の村の人は? まだ生きていますか?」
「いや、もう皆、手遅れだ……揃って異形化して、そうして殺し合いを始めてしまった」
「それ、最後の勝者がとかいう事になるのでは」
「いいや、あの洞窟の奥はね、海と繋がっているんだけれど、皆沈んでしまったから。仮に生きていたとしても、血の匂いで肉食魚がやってくるだろうし……どのみち駄目だろう」
そう言われてしまうと、ウェズンとしては希望を持って! などの気休めすら言えなくなる。元々言うつもりはないが。
水の中に血を一滴落とすだけでもサメだとかはこちらの居場所を察知してやってくるというし、この世界の肉食魚の嗅覚が如何ほどかはわからないが他の村人たちが異形化し、そこでお互いに争いを始めて血が海に落ちたのであれば。そこに負けた個体や勝ったもののうっかり海に入ったり引きずり込めそうなのが近くにいた場合……まぁ、考えるまでもなく無事でいられるはずもない。
「あの、本当にここで何があったんですか……?」
まさか瘴気汚染度合が80%超えてるような所に学園がお使いに行けなんて言うはずもない。恐らく今までは問題なかったはずだ。だがしかし、現にモノリスフィアの瘴気汚染チェッカーは明らかにヤバイ数値を出している。
異形化するまでに瘴気を溢れさせておく、というのもそもそも余程の事がなければ有り得ない。大抵は浄化機に問題があろうとそれでも浄化するしかないのだから、高い地域でも50%をちょっと超えるくらいまでにはどうにか抑えられるはずなのだ。そうしなければ自分たちの身体が変異することになるのだから。
考えられるのは学園側が察知する間もない速度で瘴気汚染が広がったという事。
つまりは、ここ最近で何かがあったはずなのだ。
とはいえ、村人のほとんどは異形化したらしいし、そうなると頼みの綱とも言える情報源はこの男だけだ。
ウェズンとイアはまだそこまで瘴気に汚染されていないが、あまり長居もできそうにない。
それに男も今ウェズンが浄化魔法でどうにか異形化を食い止める事ができたけれど、そう長くはもたないだろう。定期的に浄化魔法をかければ人のままでいられるとは思うが、事態を解決しなければ最終的に男も異形化するだろう事は確定している。
学園にこの男を連れていけるか、となると恐らくは神の楔に弾かれる。ウェズンが限界まで男に浄化魔法をかけたとして、恐らくは……声にだしてはいないが、イアも恐らくそう思っているに違いない。
「ここじゃなんだから、少し場所を変えよう……」
男に言われて、ウェズンとしてはさっさと話を聞きだしたい気持ちはあったものの一先ずは男の提案に頷いた。
瘴気汚染の酷いところでどれくらいかかるかわからない話をしているうちに自分たちまで……なんて事になるのは流石に回避したかったので。




