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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
二章 チュートリアルなんてなかった

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 それこそ少し前――この森に来たばかりであったなら、こんな風に呼び止められたら一瞬硬直して、それから何事もなかったように振舞っていたかもしれない。

 だって試練に失敗したのは事実だから。

 優秀なあの人の娘のはずなのに、こんな簡単な試練もクリアできない落ちこぼれ。

 だから、反論なんてしようがなかった。できるはずがない。


 けれども今は。

 少し前までとは違う。


 あと一つ、石を光らせなければならないけれどそれでもクリアまであと一歩なのだ。

 大丈夫、やればできる。そう自分を信じる事ができた。

 少し前ならそんな風に自分を信じる事すらできなかっただろう。

 頼った相手が本当に頼りになる相手だったから、というのを含めても、それでも自分自身、ここまでできるとは思っていなかったのだから。



「……何よ」


 だから、前みたいに何も言い返さず黙ってお互いの存在を認識していないかのような態度で建物の中に逃げ帰るような真似はせず、イルミナは僅かに目を細めて反応した。


「お前、この試練をクリアしたら本当に一人前の魔女になれると思ってんのか?」

 森の入口で声をかけてきた時は大勢いたけれど、今はたった一人で宙に浮いている妖精は呆れた表情を隠しもしなかった。この森に住む妖精たちの中でもリーダー格で、ついでに母との付き合いも長いのだとかつて聞いた覚えがある。そんな相手がわざわざたった一人でここまでやって来た、という事実をイルミナはどう受け止めるべきか考えて、それから言われた言葉を反芻する。


「あんなもん基本中の基本で、基礎中の基礎だ。できて当たり前なんだよ。それを今更他の誰かの手を借りてできるようになったからって、お前本当に一人前になれると?」

「なるわよ。なってみせる」

「は、無駄な努力だな。どうせ無駄なんだからとっとと諦めればいいのに」

「無駄じゃない。あとちょっとでクリアできるもの。時間はかかったけれど、それでも無駄なんかじゃないの」


 遅い歩みとはいえ、それでも確実に前進しているのだ。無駄であるはずがない。

 今までならば、その言葉にそうかもしれない……と思って何も言い返せなかっただろう。けれど、今は。


 無駄になんてするものか、と意気込んで、これ以上何か嫌な事を言われる前にと建物へと進んでいく。

「なぁ、今ならまだ引き返せるぜ? 諦めて、精々底辺這いずってりゃいいだろ」

「イヤよ。いつまでも自分が惨めなままでいるのを許容できる程、私、堕ちてないもの」

「そっちのが面倒だと思うんだけどな。なぁ、虫けらには虫けら並みの幸せってあるもんだぞ。それでいいじゃんか」

「お断りよ、私は、あの人みたいな魔女になるの」

「その意気込みがいつまで続くかねぇ……」

「そんなの、なるまでよ」


 ぎっ、と視線に温度があったならきっととても熱いか、それとも逆に冷え切っているか……ともあれ強くイルミナは妖精を睨んで、それ以上話す事はないとばかりに背を向けた。

 バタン、と大きな音を立てて扉が閉められる。


 妖精はしばらくそのまま建物の今閉じたばかりの扉を見ていたが中からすぐに開く様子は勿論ない。


 はぁ、ととても小さな息を吐く音は、きっとそれをやった本人にしか聞こえなかっただろう。


「莫迦な奴……なぁおい、お前、完全に見誤ってんぞ。このバカ」

 けっ、と吐き捨てるように呟いて、妖精はこれ以上は用はないとばかりに飛び立っていった。


 そんな呟きをイルミナは当然聞いていないので知る由もない。

 この後、この妖精が仲間たちの所へ戻って一連の会話を話した事も。


「莫迦な奴」

「ねぇ、ホント。諦めた方が楽になれるのに」

「折角心へし折っとこうと思ったのに」

「今折れた方が絶対楽になれるのに」

「馬鹿な娘」

「哀れな娘」

「自分の親がまともに魔女として育てなかった事に気付かないなんて、本当に」

「ばかな、娘……」


 水面を揺らすさざ波のような呟きは、草葉を揺らす風に乗っていったけれど。

 それがイルミナの耳に届く事は決してなかった。



 ――なのでまぁ、建物の中に戻って最後の石を光らせようと頑張ったイルミナは、そんな彼らの呟きなど知らないままとうとう最後の石を光らせる事に成功したわけである。


「や……っ、た……!!」

 頬を紅潮させて、四つ全ての石が光っている柱を見上げ、次にウェズンを見る。

 ウェズンはイルミナのように頬を紅潮させたりはしなかったけれど、とりあえず腕を組んでうむ、と言いそうな表情で一つ頷いておいた。

 私が育てました、とかいう完全なる生産者面だった。


 とはいえ、これで本当に一人前の魔女になった、と言えるかと聞かれれば正直微妙なところである。

 恐らく他の魔女からすればこの試練、どうしたって簡単すぎる。サービス問題通り越して完全なる接待プレイもいいところだ。

 だが喜んでいるイルミナにそれを言って水を差すのは……とウェズンはその疑問を口に出す事をほんのちょっと悩んだ。

 いや、恐らくイルミナもそれくらいはわかっているとは思う。

 けれどもかつて失敗した試練をようやくクリアできたのだから、まぁ、ちょっとくらいは……という気持ちがウェズンにないわけでもないのだ。


 だがしかし、そんな喜びは早々に水を差される結果となった。

 別にウェズンが何かいらんことを言ったわけではない。


 柱がガラガラと音を立てて崩れていく。柱の上についていた光る石も同じように崩壊していって、床には柱だったことがかろうじてわかる程度の残骸が散らば――るかと思いきやそれは床に触れる前にすっと溶けるように消えていく。


 次にそこに現れたのは、一人の女だった。

 長い黒髪の、イルミナによく似た女だ。

 とはいえ実物ではない。柱があった場所に立っている彼女の視線は定まっておらず、こちらと視線がこれっぽっちもあっていない。というか、若干下を向いているのでこちらがしゃがみ込めば視線くらいは合うかもしれないが……流石にそうまでして視線を合わせたとして、恐らく意味はないだろうとわかってしまった。


 実体ではない。

 以前学園で遭遇した半透明の女のように向こう側が薄っすらと透けて見えている。

 だが、あの女とも異なっているとウェズンが気付いたのは単に前世の記憶があったからだろう。


 それはホログラムのようであった。

 うっかり口からソリッ〇ビジョンとかいう某少年漫画の技術の方が出そうになったが、ともあれそういったやつだと直感的に判断できたわけだ。

 学園で出会った半透明の女は確実にこちらを認識していたけれど、しかし今目の前にいるイルミナに似た女は間違いなくこちらの存在を認識していなかった。前世の記憶・知識がなければそこら辺の小さな違いに気付けなかったのではないだろうか。気付いたからどうだ、というわけでもないが。


 イルミナに似た女は、数秒沈黙していたが二、三度瞬きをしてからかすかに口角を上げ笑みの形を作った。


『イルミナ、よくぞ試練を乗り越えましたね』

「お母さん……」


 えっ、という声を出さなかった自分を後になって褒め称えるべきでは……? とウェズンは思ったものの、この時は何となく空気を読んで声を出さないようにするだけで精一杯だった。

 確かにイルミナに似ている。

 だからこそ、まぁ、母という言葉がイルミナの口から出てきても何もおかしくはない。どちらかといえば姉と言われても違和感がないが、まぁこの世界の人間の平均寿命とかおかしい事になってるし外見年齢と実年齢が一致していないのもよくある事だと知ってからは、学園の教師にのじゃ口調のロリババアが出てきても何も驚く事ではないとさえ思っている。まだ見たことはないけれど。


『ですがイルミナ、試練はこれで終わりではないのです』


 せやろな。

 声に出さずにウェズンはそっと頷いた。

 まさしく今思ったばかりの事だったので、それを言われたとしても何も驚く事ではない。

 そしてそれはイルミナも同様だったらしく、神妙な顔をしてじっと次の言葉を待っている。


『最初に試練に挑戦して失敗して、これをイルミナ、貴女が攻略できたのは一体いつなのかしら。案外すぐに攻略できたりしちゃったのかしら。もしそうなら貴女の事を見くびっていたと認めるべきなのでしょう』


 あ、とやはり声に出さなかったがウェズンはそこで気付いてしまった。

 イルミナの母の視線が微妙にこちらに合わないのは、きっとまだ幼いイルミナに向けてのメッセージだからだろう。学園で出会った半透明の女と違ってあれは間違いなくあらかじめ設定されたプログラムのようなものだ。だから、今のイルミナと視線が合わなくてもそれはむしろ当然なのだ。


 それに気付いてしまったからか、イルミナも若干居心地悪そうにしている。


『もし、貴女がこの試練を終わらせるまでに数年かけていたのであれば、次なる試練に手をつけるのはやめておいた方がいいかもしれません。魔女としてではなく、普通に一人の人間として生きていく事を勧めます。

 ですが、それでもなお諦めないというのであれば、この建物が消えた後、浮島の中央を掘り返しなさい。次なる試練の鍵はそこにあります。

 試練を受けないのであればそのままで構いません。その場合鍵は友人たちが処分してくれるでしょう』


「……っ、ぁ、おかあさ……」


『正直な話、貴女が魔女として生きていく事、向いているとは思えません。ですが貴女の人生は貴女が切り拓くべきもの。母の言葉に従い魔女の血を引きながらもただの人として生きる事を選ぶも、母の言葉に背き魔女となる事を選ぶも、それは貴女の自由です。恐らくはどちらを選んでも後悔する事でしょう。だからこそ、よく考えて決めなさい』


 それはどこか突き放すような声だった。幼いイルミナに向けての言葉のつもりであるならば、あまりにもそっけない。目線からまだ幼いイルミナに向けての言葉であるのなら、もう少し……こう、導くような言い方であってもよかったのではないか。ウェズンは一瞬そう思ってしまったが、女の姿が消える最後の一瞬、ほんの刹那、今のイルミナと視線が交わったような気がした。


 幼いイルミナに向けてではなく、今のイルミナに向けて言ったように思えた。それはイルミナ本人もそうだったらしい。

 母を呼びながら手を伸ばすが、イルミナの手が触れる直前でイルミナの母はパッと消えてしまった。それこそ幻のように。いや、そもそも本体ではないのだからそういう意味では幻であるのだが。


 そしてイルミナの母が消えた直後、今度は建物がやはり先ほどの柱のようにすっと消えていく。天井部分から溶けるようにして崩れていって、地面に着く直前に水のようにパシャリと音を立てて浮島から泉へと流れていく。

 建物の床分、若干浮いていたも同然なウェズンとイルミナは建物が消えると同時にちょっとした浮遊感からの落下をする羽目になったが、高さはそこまでではなかったので怪我はしなかった。

 さあぁ……と建物だったものが水に変わり泉に落ちていくまでにそう時間はかかっていない。


 あっという間にそこに家があったなんてわからないくらいに、綺麗さっぱり何もなくなっていた。


 イルミナの母の言葉で建物が消えた後、という部分を聞いた時にウェズンはもしかして爆発とかすんのかな……なんて考えたりもしていたが、そういう事がないだけマシであった。あったのだけれど、もしイルミナが次の試練を受けない場合。鍵とやらは友人たちが処分すると言っていた。

 考えるまでもなくその友人たちというのは先程の妖精たちなのだろう。


 そっとウェズンが視線を移動させれば、木々のあちこちに妖精がいるような気がした。あからさまにこちらに声をかけてくる様子は今のところないけれど、それでも間違いなくこちらの様子を窺っている。



「……イルミナ」


 ウェズンはそっと声をかけた。長らく姿を見る事さえなかった母。本物ではないにしても、懐かしいその姿と声に多少思い出に浸るくらいは……と思っていたけれど、いつまでもこうしているわけにもいかないだろうと思ったからだ。

 今はまだいい。けれど、あまりにも長い時間ここにいたら恐らくあの妖精たちは先程のように声をかけてくるのだろう。それくらいは考えずともわかる事だった。


 イルミナの母はよく考えて決めろと言っていた。けれど、恐らくそこまで考える時間は与えてくれないのではないか。それは周囲にいる妖精たちが物語っているも同然で。

 急かすつもりはないが、自分が今しがたかけた声もきっと急かしているのではないか。そう思ったもののイルミナはその場にしゃがみ込んで土を掘り返し始める。


 浮島の中央、と言っていた。よく見れば確かに今イルミナがいる場所はほぼ中央と言える。

 何を言うでもなく無言で土を掘り返す様子は正直異様な雰囲気があったが、ウェズンは何も言わなかった。

 それでいいのか、とも、本当にいいのか、とも。

 何を言ったって意味がないと思えたので。


 そうして掘り返しはじめて数分後。


「鍵だわ」

「鍵だね」


 泥だらけの手にあるのは鍵であった。

 小箱に入っていたからまだしも、もし鍵だけをそのまま埋めていたなら見つけるまでに相当な時間がかかったに違いない。


 確かに次の試練の鍵があるとは言っていたけれど、まさか本当に鍵だとは思っていなかった。


「どこの鍵かしら」

「流石にそれを僕に聞かれても」

「そうよね。おばあ様ならわかるかしら……」


 イルミナの母が作った試練なのだから、母ならば確実に知っているだろう。

 けれど本人がどこにいるか定かではない。

 となると次にそれを知っていそうなのは、イルミナの祖母である。


「可能性としてはそれくらいだよね」


 そこら辺の村人が知ってるとか流石にないだろうし。ゲームだったら何でお前がヒント出してんだよ、みたいな事もたまにあるとはいえ。


「……ウェズン、ちょっと付き合ってくれる?」

「ここまで来たらレポート提出までは付き合うよ」

「ありがとう。助かる」


 言って、イルミナはすぐさま鍵をリングへとしまった。

 流石に落とすとは思っていないが、それでも近くで様子を見ている妖精たちが何かを仕出かしてこないとも限らないのだ。


 だがしかし、妖精たちは特に何を言うでもなくウェズンとイルミナが森を出るまで、その様子をただじっと見ているだけだった。

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