君に決めた
最低限の家具しかない殺風景な部屋に戻れば、そこには一体のゴーレムがいた。
大きさはウェズンの膝くらいまでだろうか。そこまで大きくはない。
ゴーレムと言われれば岩でできた巨人だとかを想定されるかもしれないが、この部屋にいるのは巨人とは反対にとてもコンパクトサイズだった。
ついでに言うならウェズンの前世でももう滅多に見かけないような超合金ロボットみたいな見た目をしている。だがしかし強そうという感じはしない。どこか憎めないお間抜けマスコット感が漂っていた。
「えぇと……あ、世話役?」
テラの言葉を思い返す。そんなのが来るとか寄越すとか言ってたような気がして口に出せば、ゴーレムはこっくりと頷いた。頷くといっても首らしい部分がなかったためか、上半身ごと動いていたせいでお辞儀しているようにしか見えなかったけれど。
「部屋のカスタマイズとかのやり方とかそういう説明しに来たって事で合ってる?」
「ソウデスネ。とはいえ、部屋の内装を変えるのはそう難しいモノではありまセン。
そちらの壁にあるパネルに手を置いて魔力を流せばあとはドウニカ」
言われるままにそちら、とゴーレムが伸ばした腕の先を見ると確かに壁にパネルがあった。
昨日、部屋の灯りをつけたりするやつかと思っていたけど違ったやつだ。何のパネルなんだろう……? と思っていたが一先ず謎は解決した。
「ところで家具についてだけど」
「この部屋にも収納魔術がかけられているノデ、もし新しい家具などを入手した場合古いのはそちらへ収納してクダサイ。学園を卒業し家具を持ち帰る時はお忘れナク」
「忘れる奴いるのか……?」
「タマに。この部屋の前の持ち主もいくつかの家具を置いて行かれマシタよ」
ふぅん? とよくわからないなりに、とりあえずパネルに手を当ててみる。
するとフォン、とかいう音と同時に小さなスクリーンが浮かび上がる。
そこにはいくつかの項目が記されていた。
部屋の広さ調整。
家具の配置。
床や壁紙の変更。
そういったものを見て、完全にそういうゲームのアレじゃん! とウェズンは思う。ここにゴーレムがいなければ叫んでいたに違いない。流石に意味を理解されなくとも、何か妙な事を叫んでましたね。なんてゴーレムがどこかに報告した場合を考えるといらん事は言わない方がよさそうだ。
「……この画面の上の方に表示されてる数字は?」
「現時点での部屋の主が使用デキル魔力量ですね」
言われてもピンとこないが、要するにあれか。部屋に配置できる家具の数だとかを教えてくれるみたいなやつか。使用できる魔力量との事なので、家具以外にも部屋の広さを変更するのにも使う事になるわけだが。
とはいえ。
前の住人が残していった家具とやらを確認してみれば、スクリーンに小さいながらも画像が表示される。
完全にゲームのやつじゃん……と思いながらも確認してみれば、いくつかの椅子とクッションといった細々とした感じの物が残されていた。
多分部屋に友人が来た時用に椅子を用意したものの、家に持ち帰るには不要だと判断したのかもしれない。
既にいくつかの物が収納されているという事で魔力量がそこまでない相手だったならそのせいで困る事もあるかもしれないが、ウェズンにとっては今のところ特に困るものでもないのでこれに関しては放置する事にした。
部屋を広くするにしても、他の家具を出すにしても、初期も初期といった状態なのでウェズンはそのままパネルから手を離した。
特に何を置くでもないのに部屋を広くしても意味がないし、家具だって自分の物は無い状態だ。
もうちょっと色々増えてからならともかく……としか思えなかった。
「とりあえず、今はいいかな」
「ソウデスカ」
部屋のレイアウト変えるんだ~なんてウキウキしながら先に部屋に戻っていったであろう生徒は一体どうしているのだろう。
正直理想のお部屋にするチャンスが! となっていても、現時点ではウェズンと同じように手をつけようにもつけられないのではないだろうか。
それとも、購買があるとの事だったしそちらに何かないかと出向いているのだろうか。
一応ウェズンたちが学園に来る前に一部の荷物はこちらに届けてもらっていたけれど、それだって着替えだとかの普段使っていた物くらいで新たな家具だとかを用意したわけじゃない。
そもそも寮生活と聞いていたので、場合によっては誰かと同室の可能性もあったわけだ。そこで部屋の中を逼迫する程荷物を持っていくとはならないだろう。
「デハ次に」
「まだ何か……?」
「ハイ、部屋の世話係を選んでいただきたく」
「世話係……?」
なんだそれ……? と言い出しそうな顔をしているウェズンにゴーレムは淡々と説明していく。
一部屋に一人……といっていいかは謎だが、ともあれ守衛のようなものがつくのだとか。
必要か、それ? と思うものの聞けば過去には成績優秀者を妬んで闇討ちを仕掛けようなんて者が現れたりだとか、留守のうちに部屋に忍び込んで内部を荒らすだとかの嫌がらせをするようなのがいたのだとか。
治安が悪い。
と思ったものの、魔王を育てるという点で治安が悪くても何かそういうもの、と思えるのがとても困る。
これが勇者だとかであれば、そういう連中は勇者に相応しくないだとか言えただろうに。
魔王ならむしろその程度の三下がやりそうな嫌がらせなら逆に可愛いものだなとすら思えてくる。
「寮の中にも色々な魔法や魔術が仕掛けられているのですが、たまにそれらを上手く掻い潜る奴がいたり、掻い潜る方法を思いついたとかでやらかすおバカさんがいるのデス。なので、そういった侵入者迎撃システム的な感じでワレワレが守衛にあたるようになったのです」
普段は部屋の中に待機しているわけでもなく、見えない場所にいるし呼べば出てくる感じですのでお邪魔にはならないかと。
と言われて、ウェズンは少しばかり考える。
「それ、うっかりおかしな独り言とか言った場合聞かれてるって事か?」
「ワレワレには守秘義務がありますので、余程の事件にでもならない限りどこかに報告する事はありまセン」
うーん、と小さく唸る。
まぁ、セキュリティとして常に監視カメラがあるようなもの、と考えればわからんでもない。それに最初から何も言われずに見られていたと後になってわかるよりは、最初からある、と知らせてくれる分まだ親切に思える。
親元を離れて羽目を外してやらかす奴だって中にはいるだろうし。
「それ以外デスと、起床時間をあらかじめ伝えていただけレバその時間になった時に起こしたりできマス」
成程目覚まし機能。
確かに今まで親に起こされてた、なんて奴もいそうだなと思う。そういうのがいきなり親元離れて一人で起きれるかとなると、まぁ、最初のうちは厳しいかもしれない。ウェズンは特にそういうのがないので必要としない機能だなと思っているが。
「とりあえず、いらない、という選択肢は無理なんだろ?」
「ソウデスネ」
「わかった」
「では、どのタイプを選択しまスカ?」
言うなりゴーレムの前にスクリーンが浮かぶ。
「まず右から、ラビぽよ、バニぽよ」
「待て」
「? ハイ、どうされました?」
当たり前のように説明されるも、ウェズンは咄嗟に待ったをかけていた。途中でセリフを中断されたにもかかわらずゴーレムは気を悪くした様子もない。いや、そういう感情がないだけかもしれないが。
「世話係っていったな?」
「言いましたネ」
「それで? なんだこの、スクリーンに浮かんでる画像の……えぇと、ラビぽよにバニぽよ?」
「女子生徒にはそれなりに人気デスよ」
「いやそういうこっちゃないんだわ」
ラビぽよもバニぽよも、見た目は丸いスライムのような身体にウサギのような耳が生えている物体だ。もしかしたら後ろに丸いしっぽのようなものもついているかもしれないが、それはどうでもいい。
耳がピンと立っているタイプと垂れているタイプ。目は丸くきゅるんとした感じである。
丸いフォルムだし質感からしてぽよんぽよんと音を立てて小さく跳ねて移動しそうな見た目ではある。
「ペット感覚で人気ナンデスよ」
「そうか……」
確かに、親元離れて一人となれば、他の部屋に友人ができたとしても常時一緒というわけにもいかないだろうし、寂しさを埋めるものとして役に立つのかもしれない。
だがしかし。
世話係って言うけどそれこっちが世話をするって意味か? とウェズンは思ってしまった。
今まで散々イアを育ててきたようなものだし、今更他に育てるものが増えたとしてもなんとかなるとは思うが、親元離れた時点である程度自分の事は自分でしないといけないわけだし、そういった手間は正直あまり……と思う。
ちら、とスクリーンに映っているその他のやつを見る。
ラビぽよとバニぽよの次に映っていたのは小さな小人――いや、羽が生えているので妖精かもしれない。それが男女で並んでいる。二人セットというわけでもなく、ラビぽよとバニぽよのようにどちらかを選べという事なのかもしれない。
「この妖精っぽいのは?」
「ホムンクルスですね」
「ほぉん?」
つまりは人造妖精って事か。いや実際の妖精だったとしてもそれはそれで何かこう、気を使うというか、うっかり悪戯しかけられそうだなと思うのだけれど。
ちょっと可愛い系から次に映っているのは手の平に乗るくらいの小さなサイズのトカゲだった。しかしこちらにも羽が生えている。
ちっさいドラゴンも聞けばホムンクルスなのだとか。
というか最初のラビぽよバニぽよもそうらしい。
どれ選んでも結局はホムンクルスで違いは見た目だけ。
可愛い系からかっこいい感じのまで取り揃えてるから、見た目で好きなのを選べ、という事らしい。
見た目としてはどれもそこそこウケはいいと思える。
ただ――
「お前は?」
「エ?」
「お前は世話係に含まれてないのか?」
「イ、イエ……ですが、ワタシはゴーレムですよ?」
「そうだな」
「見た目こんなんですよ? アトから変えろと言われましてもできませんヨ?」
何故だか途端におろおろしだしたゴーレムに、ウェズンはそうだなと再び頷いた。
正直な話。
ホムンクルスたちの見た目は悪いものではない。愛らしいと感じるものから、カッコイイと思えるものまで。けれども、前世の記憶のせいで魔法少女のお供マスコットかな? としか思えないのだ。
イアならともかく自分にそれはちょっとキッツイ。
「できるなら。
僕は、お前がいい」
ゴーレムは割と普段から家で母が使役していた。だからこそ馴染みがある。見た目だけならホムンクルスたちの方が人気が出るだろうなと思えるものばかりだが、ウェズンとしてはそのせいで妙な気遣いをしてしまいそうな気がするのだ。
「ほ、本当にヨロシイノデ?」
「そっちが構わないなら是非」
「う……」
うん? と思った時には遅かった。
ゴーレムの目の周りにじわりと水が集まり、
「うぉお~ん、精一杯お役に立たせていただきます坊チャン!」
「お、おう」
まさかのギャン泣きにウェズンはちょっとだけ身を引いた。
とても感情豊かなゴーレムである。
聞けば以前はちゃんとリストにも表示されていたのだが、ゴーレムタイプ人気なさ過ぎて外されたのだとか。リストから外されても自分を売り込むゴーレムもかつてはいたのだが、毎回断られていくうちに心が折れ――ゴーレムに心が本当にあるのか、とかそういう突っ込みは流石にできなかった――いつしか自分を売り込むようなゴーレムはいなくなってしまったのだとか。
それはそれで悲しい話である。
だからこそ、このゴーレムも最初から余計な期待はしないでおこうと淡々と説明するだけにとどめてさっさとリストから選んでもらって退出するつもりだったのだ。
ところがまさかのご指名に感極まってこの号泣である。
誠心誠意仕えさせていただきますぅ……! と所々涙声であったもののそう言われ、ウェズンはちょっとこれどういうリアクションとればいいのかな……と困り果てた。
単純にウェズンが部屋にいない間のセキュリティ扱いくらいだと思っていたのに、おはようからおやすみまで何でも仰って下さいネ! とやる気満々である。
やる気に満ちているが、正直ウェズンとしては特に頼むような事もなく。
同じ室内にいるというのに、お互いの温度差でなんだかグッピーあたり死ぬんじゃないか……? なんてウェズンはとりあえず現実逃避する事にした。何の解決にもなっていない。