幻想バキバキ
一応調べておこうかな、と思いながらもウェッジの言葉で調べるのをやめたウェズンではあるが、別に何も考えていないわけではない。
なんというか、世の中には知らないままの方がいい事というものがあると知っているからだ。
知らないままも何も、お前これからそこ行くんだろ、と突っ込まれそうではあるが下手に余計な知識を得た結果何が何でも行くのをやめたい、となったらイルミナの説得が大変かもしれないな……と後々の面倒を回避というか先延ばしと言うか、まぁ、要するに面倒になってきたとも言う。
仮にイルミナを説得したとして、じゃあ他の所に行きましょうか、と言われたとしよう。
ウェズンが反対した以上、他に行くアテはあるんでしょ? と言われた場合、残念ながらそんなアテはないのである。
ロクに意見も出さず文句ばかり言えば、じゃあ最初に決めた場所でいいじゃない、となりかねない。既に行く事に関していいよと言ってしまった以上、今更やめたいと言うのも……という気持ちと、いいって言っておいて後から文句みたいな事を言うのもな……と思ったのもある。他にどうしても行きたい場所ができたとかいうならまだしも。
そこら辺のあれこれを考えた結果、まるで思考を停止させたかのような結論に至ってしまったわけだけれど、ウェズンとしてはまぁそういう事もあるさ、という認識である。
考えた結果、考えなしみたいな事になっているとかどういう事なんだろうか。
そこに至ってはまぁ人間って常に矛盾を抱えて生きてる生き物だしなで無理矢理自己完結した。大抵の物事は良い方にも悪い方にも捉える事ができるわけで。
なので、翌日イルミナと一緒にその黒の森という場所へやって来たウェズンはほぼノープランだというのに特にそれを気にした風もなく、イルミナの案内に従いつつ周辺を観光気分で見まわしていた。
黒の森、と言われているだけあってかなんというか全体的に黒い。
木々が真っ黒、というわけではないのだが、パッと見葉は黒く見えた。森中の木がそんな感じで黒く見えればそりゃわかりやすく黒の森なんて名称がついてもおかしくはない。
とはいえ、実際に落ちていた葉っぱを拾い上げてじっくり見てみれば、葉は別に黒くはなかった。
限りなく黒に近く見えるけれど、太陽の光にかざすと緑色をしているのがわかる。とても濃い色の緑。じっくりよく見ればわかるけれど、パッと見ただけでは黒く見えてしまうだけのようだった。
あとは木の種類にもよるのかもしれないが、幹だとかの部分も通常の木より暗い色合いだったのも黒の森と呼ばれる原因なのかもしれなかった。
別に日の光も差し込まないような暗い森が広がっているだとか、鬱蒼として昼であってもさながら夜のような暗さ、だとかそういった感じではなかった。
普通に森である。木漏れ日だって差し込むし、枝葉のない空を見上げれば普通に青空が広がっているし太陽だって眩しく輝いている。
おおよその人間が想像するような黒の森、という言葉からはなんとなく似つかわしくないな、とも思えた。
確かに若干色合いが暗めではあるけれどそれだけだ。
むしろちょっと前に魔物退治で出向いた森よりも魔物の気配だってしないし平和なくらいで……
と、ここまで思った時点で一瞬ウェズンは足を止めそうになった。
今回の課題は各自で決めろ、とは言われたものの大半は自分で行く地域を選んでの魔物退治だとか、現地調査だろう。仮に魔物が思っていた以上にいなかったとしてもそこの瘴気濃度だとかを調べ、そこからどれくらいの期間は問題ない状態であるか、だとかを調べるだとか、このままだとそのうち魔物が多く発生するかもしれないから近々魔物退治に行く人数を増やした方がいいだとか、そういうのを調査するだけなら危険はないとは思う。現状危険はなくともそのうち……という点は決して見過ごしてはいけないわけだし。
明らかに汚染度合が少ない地域にいって、今後も大丈夫そうです、とかだとテラもきっと課題の難易度下げすぎだろうと厳しい評価を出すだろうけれど、そうでなければ調査の方が案外面倒なものではある。
現地の冒険者たちだとかの話を聞いて、実際に自分たちで調査に乗り出したりだとか、正直三日でできる事はたかが知れている。
どちらかといえば魔物退治の方がとてもわかりやすいのだ。
だからこそイルミナもてっきりそのつもりでここに来たのだと思っていたのだが、魔物がいそうな気配はない。では、ここの調査だろうか。
それにしたって地元の人間が近寄らないとか言われてる場所を?
いや、近寄らないからこそ調査が進んでいないのであれば、やる価値はあるだろう。
あるだろうけれど……
「ねぇイルミナ」
「なに?」
「どうしてここへ?」
「そうね、事情を説明してなかったわね。それは――」
イルミナが説明に入ろうとした途端であった。
くすくすという笑い声が風に乗って聞こえてきたのは。
それは風のさざめきのようなかすかなもので、ウェズンとイルミナの会話が弾んでいたら恐らくきっと気にも留めなかっただろう。けれどもウェズンはイルミナの話を聞く態勢に入っていたしイルミナもここに来た理由を話そうとしていたところで。
いくら魔物の気配が近くに無いといっても周囲に一切気を配らないわけにもいかない状況下、そこで自分たちが出した以外の音が聞こえれば、嫌でもそちらに意識が向くのは当然であった。
「性懲りもなくやって来たのか。落ちこぼれ」
「失敗作! 失敗作!」
「魔女の面汚し、どの面下げてやってきた」
声は、どちらかといえば子供のような高さを含んでいた。
例えば小学校のグラウンドで大勢の子が駆け回っている時のような、そんな騒がしさ。だがしかし、聞こえてきた言葉はそういった時に聞こえてくるようなものとは大分かけ離れていた。
その声が聞こえて、イルミナは歩みを止めこそしなかったが、右手の拳がギュッと握りしめられたのをウェズンは見た。何かに耐えるように、ぐっと力が入っている。
声がした方へウェズンが視線を向ければ、確かに彼らはそこにいた。
黒く見える木の枝に腰を掛けたり仁王立ちをしていたりしていたが、彼ら・彼女らは全員がイルミナを見ている。その視線は決して友好的とは言い難く、どちらかといえば蔑んでいるといってもいい。
見た目は恐らく大半の人間が想像するような妖精であるのだが、友好的な態度が一切そこにないとこうまで……とウェズンは思わず口元を引きつらせた。
手のひらサイズだろう大きさの人間に羽が生えている、といえばまぁ大半が想像するオーソドックスな妖精と言ってもいいだろう。だがしかし、その態度はいただけない。
もっとこう……うわぁ、妖精だ……! と突然のメルヘンに胸弾ませる事があってもよさそうなのに、どいつもこいつもイルミナを蔑んだ目で見下ろしているのだ。
叩き落して地面で一度踏んづけた上であの羽毟り取ってやろうか……と思える程度に好感度が育たない。
可愛いは正義とはいうが、今回に関してはそれはウェズンの中で適用されなかった。
一応同じクラスでそれなりに関わりがある相手をいきなり侮辱されているのだから、そりゃそうだろうという話ではあるのだが。
てか、妖精っているんだなぁこの世界……と思ったが思っていたよりも数が多い。
なんていうかこう……この手のメルヘンな存在って数が少なくて人前に滅多に姿を見せなくて、うっかり人間に捕まったら見世物にされたりとかするんじゃなかろうか。割と前世で闇の深い話にも手を出していたためか、そんな考えがよぎるがむしろこんだけいたら珍しいとかあったもんじゃないなとすら思える。
この世界既に純血という意味での人間は存在せずどいつもこいつもデミヒューマンなわけだが、妖精は人の括りに入るのだろうか……いや、あのサイズじゃそもそも人間との混血とか無理か? そうやって少しでも意識をよそに向けておかないと、イルミナを馬鹿にする連中にいきなり魔術をぶちかましそうになる。
いや、友人馬鹿にされてそのままにしておくつもりはないけれど、一応何か事情とか理由があるかもしれないのでいきなり攻撃はちょっと……とウェズンは状況を見極めようとしていたのだが。
イルミナはそんな言葉に何を言うでもなくそのまま歩みを進めていく。
そうなるとウェズンもついていくしかないわけで。
とりあえず手近な木の枝を陣取っていた一部の妖精の顔だけ認識しておく。
覚えたからな……全部は無理でもお前らの顔ある程度覚えたからな……後で覚えてろよ……といった気持である。
ちなみにその目は前世のウェズンがまだ幼かったころ、大体小学三年生くらいの頃に小一の弟を虐めてきた近所のガキ大将の腰ぎんちゃくどもに向ける目と大体同じであった。ガキ大将は認識してたけど腰ぎんちゃくどもはいちいち覚えていなかったが、思えばあの時に個体識別したんだったな……と頭の一部でとてもどうでもいい思い出がよみがえっている。
「逃げるのか、腰抜け!」
「精々一生そうやって不様に逃げ惑ってろ!」
「出来損ない!」
それぞれが好き勝手に言い放ち、そうして一斉に笑う。
何が楽しいのかウェズンにはさっぱり理解できなかったが、木の枝を陣取っていた妖精たちは腹を抱えて笑い転げたりうつ伏せになって手をバンバンと枝に叩きつけたりしている。大爆笑だった。
イルミナは妖精たちに背を向けて進んでいるので、確かに逃げているように見えるけれど、元々の進行方向へ移動しているだけにも思えた。というかむしろそうなのだろう。
一切相手にするつもりはないとばかりに無視して移動するイルミナのその対応は、ウェズンからすればまぁそうだよな、と思えるもので。
ここで下手に噛みついてもどうせ向こうはこちらの言い分など聞く気もないだろう。
向こうは向こうで好き勝手馬鹿にできれば満足なのだろうから。
分かり合えない存在っているよな……と思いながらも、これで攻撃仕掛けてきたら遠慮なくぶっ潰そ、とウェズンは心に決めた。むしろこちらから手を出すと面倒な事になりそうなので、いっそ向こうが馬鹿にするついでに適当な攻撃仕掛けてこないかなとすら思う始末。
正当防衛がちょっと過剰防衛になってあいつら根絶やしにしても仕方ないよな。そんな心境である。
とりあえず、この時点でウェズンの中の妖精に対する好感度は最低値を這いずっているのだけは間違いなかった。




