恋愛のれの字もない
転移事故から数日。
授業は特にトラブルもなく進んでいってるし、学園生活は概ね平和と言える。
というかちょっと前の転移事故でそこそこトラブルはお腹いっぱいというのもあったので、平和が何よりだななんて思っていたくらいだ。
だがしかし、それが新たなフラグを誘発してしまったのだろうか。
「そういうわけなので、これから三日は授業が休みになる。その間、各自でフィールドワークしてレポートに纏めておくように。行先は特に指定しない。レポートの出来次第で今後お前らに出す課題が変わってくるから、適当に楽そうなのを選ぶとかはやめとけよ。今後が地獄になりたくなければな」
学園側の都合で授業が三日休みになる。そう言われて色めき立ったのは一瞬だった。
たった三日。されど三日。
短い休日を満喫しようと一瞬で計画を立てただろう生徒たちからは落胆の声が漏れていた。
普段の学外授業と異なり、今回は自分たちで行先を選んでいいとの事だが、教師の目から見て楽してるな、と思われたら今後の授業だとか課題とかの難易度が上がっていくとか言われてしまえば適当に選ぶわけにもいかない。
えっ、どうすればいいんだ……?
ちょっと危険そうな場所の魔物退治とかしてくればいいのか……?
そんな困惑がそこかしこで発生している。
大体どこら辺からが楽をしている、と見なされるのか。
自分の実力以上の何かを選んで最悪死んだら意味がないし、かといって安全策を取りすぎてしまった場合は楽をしているとみなされて今後厳しくなってくる。
自分の実力を見極めて、その上でギリギリクリアできそうな何かを選ばなければならない、という事なのかもしれないが……中々に難しい問題である。
大体自分の実力だとかを自分で正確に把握できているか、という話だ。
ゲームならステータス画面とかで数値として認識できるだろうけれど、生憎そういった機能はない。
モノリスフィアに客観的に自分の能力を表示してもらうような機能があればまだしも、残念ながらモノリスフィアにそういった便利機能は実装されていなかった。そのうち実装されるとかではなく、最初から存在していない。
過大評価も過小評価もどちらにしても後々自分が大変な事になる。
それだけは確かだ。
「じゃ、そういうわけだから、精々足掻けよ」
言うだけ言ってテラはさっさと教室を出ていってしまう。
一応、学外授業の際は組むメンバーが最近は大分固定化されてきているが、今回は特にそこら辺何も言われなかった。であれば、大勢で挑むもよし、少数、それこそ一人でやってもいい課題という事になるのだろうか。テラならそこら辺言うべき部分は流石に言うだろうし。
大勢で協力してやれば、レポートだとかも纏めて出せるし魔物退治だとかをするにしても一人でやるよりは生存率が上がる。だが、大勢でやった場合、それだけ人数いてこれしかやってないのか、と言われる可能性も出てきてしまうわけだ。
逆に一人でやった場合は、個人でできる範囲ならまぁ妥当だろうな、と評価される可能性が上がる。一人でやってもお前これしかやってないのか、と言われる可能性もあるけれど、個人でできる事には限界があるので複数でやるよりは評価が甘くなるのではあるまいか……
そんな考えを他の生徒たちもしたのだろう。
探るような視線が周囲で飛び交う。
期間は三日。
とはいえ三日間みっちり魔物退治だとかをやれ、とはならないだろう。レポートを纏める時間も確保しなくてはならない。
となると大体二日で自主課題をやって、残りの一日でレポートを纏める、が理想だろうか。
二日でできる範囲の課題、と考えていけば大体何をすればいいか自ずと判断できるとは思うが……
「ちょっといいかしらウェズン」
「あ、イルミナ。何?」
「今回の課題、一緒にやらない?」
「一緒に……? いいけど、他に誰誘う?」
「できれば、二人で」
イルミナの声が聞こえていた周囲が一瞬だけ動きを止めて、イルミナとウェズンを見る。
おっ、なんだ? 課題にかこつけてデートか? みたいな目が一部から向けられる。けれどもイルミナはそれを鬱陶しそうに一瞥して、「で、どう?」とウェズンに問いかけた。周囲の反応など一切気にしていない。
ウェズンはそれを冷静に見ていた。
これが人生一周目であったなら、イルミナは美人だしちょっと浮かれて「えっ、何そういう……?」と若干の下心と共に期待をしたかもしれない。
けれども前世の記憶がそれなりにあるウェズンは、イルミナの態度から察してしまった。
あ、これ別に色恋とかそういうの一切ねぇや、と。
もしイルミナにウェズンに対する好意が若干でもあったなら、その瞳には多少なりともそれが滲んでいただろう。だが一切無かった。もう完全に業務連絡をしに来ただけの人くらいの熱量である。つまりは、熱なんてなかった。
まぁ、思わせぶりな態度でこちらを掌で転がそうとかしてくる相手よりは気が楽ではある。
「いいよ。それで、どこに行くとか希望は?」
なのでウェズンもイチゴジャムとマーマレード、パンにどっち塗る? くらいの気持ちで言葉を返す事ができた。
イルミナもウェズンもあまりにも淡々としていて、周囲の「おっ、色恋沙汰か?」みたいな目をこれっぽっちも気にせず話を進めていく。その様子に期待して見ていた一部の生徒は、や、あれは違うわ、と早々に悟り、別の一部の生徒はなんだつまんね、とばかりに興味を失い、それ以外の生徒はとにかく課題をどうするかで悩んでいた。
ちなみにイアはルシアに声をかけられて、どうやらあちらも協力して課題をやる事にしたようだ。
他の面々も大勢でやると難易度的に問題が出そうだけれど少数ならまぁ……という結論に落ち着いたのか、それぞれが声をかけ始めている。声をかけられて唯一断っていたのは、ヴァンくらいであった。どうやら彼は一人で課題をこなすらしい。ヴァンに声をかけて断られた生徒は他の生徒に誘われてそちらのグループに入る事にしたらしい。
誰かと組みたいけれどぼっちである、みたいな生徒は多分出なさそうだな、と思いながらもウェズンはイルミナに視線を戻す。
イルミナは少しだけ悩んでいたが、ややあって口を開いた。
「その、黒の森に行きたいのだけれど」
「いいよ、行こうか」
「えっ? い、いいの……?」
「いいよ。他に行きたいとこないし」
行先は秒で決まった。
ちなみにウェズンはその黒の森とやらがどこにあるかを知らない。知らないけれどイルミナが決めたなら、流石に二人で行くには危険極まりないとかではないだろうと思ったからこそ即決で頷いたに過ぎない。
ちなみにイルミナの声が聞こえていた周囲の生徒の一部が、
「えっ、マジであそこ行くの?」
と言いたげな顔をしていたがウェズンはそれに気付いていなかった。気付いていたらその生徒にちょっとお話を、とか言っていたかもしれない。
ウェズンの知るイルミナという人物が普段そこまで無茶をしないタイプであったから、気にしていなかったと言えばそれまでである。
突発的な三日間。明日からのそれに、とりあえず組む事にした生徒たちはああでもないこうでもないと行先を決めあぐね、行先が被った場合の事を考えたりした結果それぞれがグループごとに分かれて教室を出ていく。
いくら生徒たちが別行動だったんです、とか言われても目的地が同じで課題も似たようなものであった場合、テラがどういう判断を下すか……何となく想像できてしまったからだ。
時折とんでもなく理不尽な判断をするので、もし今回そうなった場合後々面倒な事にしかならないのは言うまでもない。
イルミナが口にした黒の森とやらに行こうと言い出す生徒は他にはいなかったので、イルミナはそのままそれじゃ明日朝一で出発ね、とだけ言ってこちらもさっさと教室から出ていってしまった。
「黒の森か……」
名前からして森なのは間違いないが、どこにあるどんな場所なのか。それすらさっぱりなウェズンはとりあえず図書室の地図コーナーで確認だけでもしてこようかなと思い立ち、こちらも席を立った。
「――黒の森、ですか。あそこは地元民ですら近寄らない場所ですね」
ははっ、と軽やかに笑って言ったのはウェッジであった。たまたま図書室にウェズンが行ったら、丁度彼もそこにいたのだ。そんな彼の手には初心者向け食虫植物の育て方、とかいう本があった。え、育てるの……? と思ったがまぁ、余計な口は出さないに限る。
あ、この人も教師だしな、と思ってウェズンは軽率に彼に黒の森について知りたいんですが……と声をかけたのだ。
そしてそれに対する反応が地元民ですら近寄らない場所ですね、である。
あれ、もしかして自分は選択を誤ったのでは……? とここらで薄っすらとそんな事を思い始める。
「えっと、その、危険な場所なんですか?」
「近寄らなければ問題ないよ。死ぬとかはなかったんじゃないかなぁ……あの森から帰って来た後で自殺した人については森で死んだわけじゃないし」
いやそれ問題ないって言えます? と思ったが、ウェズンはどこから突っ込むべきか考えて、結局何も言わなかった。もう何言っても手遅れだろこんなん。そんな気持ちである。
「まぁ、大丈夫じゃないかな。多分。え、もしかして行くの? 気を付けてね」
「あ、はい……」
凄い、こんなに頼りにならない大丈夫じゃないかな、という言葉今の人生で初めて聞いた。
そんな奇妙な驚きはあるが、イルミナは一体何を思って目的地をそこに定めたのか。
もしこれがもっと危険な場所であったならウェッジもきっともっと真剣に止めただろうから、多分そこまでの危険はないのだろう。安全というわけでもなさそうだけれど。
それにしたって……という気持ちがないわけではないけれど。
多分、黒の森というのが世界のどこら辺にあるだとか、そういう事を調べたとしても今更なのだろう。もし調べた方がよさそうであったなら、ウェッジもきっとここら辺の本とか参考になる、くらいは教えてくれただろうし。
というか、事前に調べて対策を練る事ができるような感じがしない気がしてきた。
「まぁ、なるようになるか……」
なのでウェズンは、早々に図書室から撤退したのである。




