見た目で判断するなっていうけど限度がある
「うわああああああああああ!?」
元々、その姿が真実の姿だったのだろう。
ぐにゃりと歪んだその直後に見せた姿に、ウェズンは思わず叫びを上げてありったけの魔術をぶちこんでいた。攻撃をしようだとか、そういう意思があるでもなくほとんど反射である。
その場のノリと勢い、というには軽すぎるが悲しい事に事実だった。
「はぁ!? 何おま、き、キモッ! いや能力的にはアレかもしんないけど見た目がアウトだわそりゃ魔女も失敗作認定しますわねーよマジねーよ!!」
普段であれば、ウェズンとて相手の外見を悪しざまに罵るような事はなかっただろう。一応これでも前世の記憶がある分、常識とか良識とか分別とかそこら辺は同年代の相手よりある、と思いたい部分もあるわけだし。常識に関しては正直疑わしい部分があるものの、それでも人としてやっていい事と悪い事の区別はそれなりについていると自負している。
だがしかしこの時のウェズンはそんなものをかなぐり捨てて叫んでいた。
ゲームのアバターじゃないんだから、自分で生まれる時の容姿を好きに設定できるなんてあるはずがないし、なので生まれついた姿がどれだけ酷かろうとそれは本人の意思ではない、とわかってはいる。わかってはいるのだ。
けれどもそれでもウェズンはその本人の意思でどうにもできない部分で罵っていた。
そもそも合成獣がどうやって作られるのか、というのは授業でざっくりとではあるが聞いた。細かくやらなかったのは、知った時点でやらかすバカがいるかららしい。
一応、合成獣を作る事は限りなく禁忌であるとされているのだ。
限りなくであって完全に禁忌でないあたり、この世界の闇の深さを物語っている。
世界各地を悩ませている瘴気問題。
瘴気が強ければそれを取り込んだ魔物がより強化される。
強くなりすぎた魔物はそう簡単に倒せるものではない。
そうして人の手に負えなくなるほどの強さを得てしまった魔物を、しかし野放しにするわけにもいかない。更に強くなっていって誰の手にも負えなくなって、その魔物が最終的に世界を滅ぼさない保証はどこにもないのだから。
倒せばその分の瘴気は浄化されるとはいえ、手に負えなければ意味がない。
合成獣はそういった魔物相手にぶつけるためのモノであった。生物を掛け合わせていって、強い個体を作成し、そうして魔物と戦わせる。制御できない魔物と違って合成獣は制御が可能だ。そして、仮に死んだとしてもそこまでの損失にもならない。
使い勝手のいい捨て駒、と言ってしまえばそれまでだった。
だがしかし、だからといって無節操にそこかしこで作るわけにもいかない。
合成獣を作るにあたって魔法を使うのだが、強い合成獣を作るとなると当然その分魔力の消耗も大きくなる。そしてその分成功率も下がるし失敗する可能性は上がる。
例え弱い個体の合成獣であっても捨て駒であるならば適当に魔物のいる地域に放り込めば良い、と考えられていた事も一時期あったようだが、結局その案は無かったことにされたのだ。
合成獣は元が動物であり、下手に強い魔物の前に捨て駒として放り込んだとして、動物的な本能が魔物を忌避し逃げ出す個体も多く存在した。制御できるとはいえ、完全に制御できるわけではない。ある程度行動の指針を定める事はできても、本能まで制御はできなかったのだ。
逃げた個体がたまたま遭遇した他の動物と交尾をし、増える事もあった。
合成獣と通常の動物との間に生まれた子は大半は死産であったが、極まれに生き残る個体もあった。新たに生まれた個体は突然変異した、と言われれば大半の人間が信じただろう。
少数とはいえ生き伸びてしまった個体が他の動物と交わり数を増やしていった結果、新種と呼ばれる動物が増える事態にもなった。その結果生態系に影響を及ぼし――まぁ、合成獣を無節操に作ってはいけない理由はここら辺にかかっている。
なので作れる人物は大分限られている、と授業で言っていた。
とはいえ、作っていいよ、と許可を得ている者だけが清く正しく実行しているかと言われればそんな事はない。非合法で作る者も勿論存在している。
この合成獣を作った魔女が合法非合法どちらかなんてのは今のウェズンにはどうでもよかった。
合成獣の成り立ちとか正直どうでもいい。自分で作るわけでもなし、多分そこまで関わらないだろうと思っていたし。
とりあえず重要なのは、今しがた真の姿を見せて襲い掛かって来たキメラのキモさに尽きた。
正直な話、姿を変える事ができるのなら、そのままアレスの姿で襲い掛かって来た方がこちらとしても反撃しにくかったし、手を出すのに多少葛藤もしただろう。けれども真の姿は躊躇うどころか一切の躊躇も何もなく魔術をぶっぱする勢いだった。状況が状況ならその場の勢いでやっちまったー! と後悔するくらいはしたかもしれないが、今のウェズンに一切の後悔はなかった。
まず、かろうじて人型……人型? まぁ多分人の形に近いんじゃないかなぁ、という形状ではあった。サスペンスドラマで死んだ人を囲んでるチョークの白い線、あれに近い。人の輪郭に沿って囲んでるから一応人に見えなくはない形をしている……みたいな。とはいえ、実際は中身も詰まっているのでいっそチョークで書かれた線画の方が千倍マシである。
手や足の関節は絵が下手な人間が描いたみたいに複雑骨折でもしてるんですか? と聞きたくなるくらい奇妙な方向に捻じれていた。よくそれで歩けるな……というか立つ事ができてるな、というものである。足の片方は何かの動物の後足っぽい感じで、もう片方が人の足だった。バランスが悪い。そのせいで恐らく直立しているはずなのに、変に傾いていた。
それ以前に片方が人間の足という時点で、この合成獣には人間が使われているという事が証明されてしまってとても恐ろしい。合成獣を作る事自体は限りなく禁忌に近いと言われているが、流石に人を材料にするのはアウトではなかろうか。こっちの世界ではそれオッケーなやつなの? テラ先生の授業ではそこら辺言ってなかったからいまいちわからない。
言わなくてもわかるだろ、で言わなかったのか、それともマジ禁忌になるし下手にやらかそうとするやつがいる可能性を考えて言わなかったのか……むしろ言ってたらそれはそれで、言われなかったら理解できない奴がいる、という可能性を突きつけられる事になるわけだが。
言われても言われなくともウェズン的には地獄である。
手足の動きがおかしいだけで済めば、まだ許容できた。受け入れるという意味での許容ではない。それくらいならまぁ、何か前世のホラーゲームのクリーチャーとかにいたし、という意味での許容だ。
正直手の指に該当する部分も何かおかしな動きをしていたというか、何の動物のパーツかわからないものがついていたのだが、そこら辺を細かく思い出す気はない。
ウェズンが見て思わずキモッ! と叫んだのはひとえにそいつの顔であった。
人の形に近いとはいうものの、顔のパーツもまぁ、大体目があって鼻があって口がある、のは間違いない。問題はその配置である。
目があるであろう部分に、確かにそれはあった。
アーモンド形のそれはしかし横ではなく縦に配置され、開いたそこにあるのはしかし瞳ではなかった。
口である。縦に開いたそこから人の歯と思しきものが見え、舌もあった。
この時点で口が二つだ。口が二つってだけなら何かそういう妖怪いたよな、で済むけれどその妖怪だって口は表に一つ裏に一つだったような。
少なくとも目だと思った部分が口とかちょっとどうかと思う。
鼻は、まぁ普通だったと思う。高くもなく低くもない普通の鼻、としか言えなかった。というか目だと思ったら口のインパクトが強すぎて正直鼻の印象はとても薄い。何か普通だった、それしか言えない。
では口があるだろう部分は何か、と言われると。
唇があり、そこが開くと中から見えたのは目であった。目だと思ってた部分よりも先にこちらを見ていたならば、こいつ何で口の中に眼球入れてんの食べんの? とか思ったかもしれない。しかし先に目だと思ったら口だった部分を見てしまったので、自然と理解してしまった。あ、そっちが目なのねと。理解したくなかった。
なんというか、人に近い形をしている割にヒトと異なりすぎているせいで、何とも言い難い気味の悪さが先だったと言える。化け物が一生懸命人間の振りをしている、とかそういう次元の話ではない。
人間に憧れた妖怪が人間の中に紛れようとかそういう系統の話ではないのだ。内容次第ではほっこりするかもしれないが、どう足掻いてもこいつがそれを実行してる時点でおぞましさしか生まれなかった。実際ウェズンだって考える間もなく拒絶の言葉と共に攻撃を仕掛けたわけだし。
大体目だと思ってた部分は当然まつげが生えていた。しかし開けばそこは口。えっ、ご飯食べるにしてもさ、そのまつげ邪魔じゃない……? とか一瞬でも考えてしまった事すら後悔しそうである。
反射だったとはいえ、まさかここまで高火力な魔術を叩きこまれるとは思っていなかったのだろう。合成獣は特に何をするでもないうちからごうごうと燃やされ、その熱でのたうち回っていた。魔術なので対象だけを燃やしているから、どれだけのたうち回ってそこら辺の床をゴロゴロと転がりまわられても室内が火の海になる事はない。
ギー……! とやけに甲高い奇妙な音がしたが、それがもしかしたらこいつの鳴き声なのかもしれない。
ごろごろと転がりまわっているが、一向に弱っていく様子がない事にウェズンは薄々気付いていた。
今はまだ突然燃やされたという事実に向こうも驚きパニクっているわけだが、その実そこまでダメージを負っているようには見えなかった。燃えている。燃えてはいるのだ。
けれど、肉が焼け爛れていくわけでも炭化していくわけでもなかった。熱さを感じないわけではないだろう。だが、恐らくはあれくらいなら耐えうる事ができるのではないか。突発的に魔術を連続して叩き込まれたからこそ、その勢いに驚いているだけの可能性が高い。
もしあれ? 思ったよりも大したことないぞ……? と気付いたら、最悪炎を身に纏ったままこちらに襲い掛かってくるのでは。
ウェズンは気付きたくない真実に気付いてしまった。
なので、手にしていた武器を発動させて、鎌ではなく大槌にした上で、
「どっ、せぇぇぇぇええええい!!」
容赦なく、ぶっ叩いた。
ごぎゅぁ、というどこから出したのかわからない音がして、合成獣は動きを止めた。ごろごろと転がっていたので正確に一撃で仕留められたとは思っていないウェズンはその隙にもう一度武器を振り上げて、今度は狙いを定めて頭を潰す。ごぢゅっ、という音と共に、赤黒い液体が飛び散る。途端、何とも言えない嫌なにおいが充満した。
思いつく限りの嫌なにおいを集めて混ぜたらきっとこんなにおいがするのではないか……そう思える程度には酷いにおいだった。
呼吸をするたびに吐き気がする。あまりに酷いにおいは頭痛も誘発させるのではないかと思えてくる。既に合成獣を燃やしていた術の効果は消えているけれど、改めてウェズンは別の術を発動させる。風を起こし、室内の悪臭をどうにかしようと思ったのだ。このままでは多分あと数秒しないうちに吐く。そんな、無駄に嫌な自信があった。
合成獣はもうピクリとも動かない。
動かないけれど、本当に死んでいるのかもわからない。死んでいる、という確証がないのだ。
大抵の生き物は心臓なり脳みそなりを潰されれば死ぬけれど。合成獣は言ってしまえば人工的に作られる化け物だ。瘴気によって強化された魔物に対抗するための手段として作られる以上、この程度で本当に死んだと言い切れるものなのか……大体複数の生物を組み合わせて魔改造してるのだから、頭や心臓潰されたくらいで死ぬようなヤワな代物であるという事実はどこにもないのだ。
なので再びウェズンは術を発動させた。今度は魔術ではなく魔法で。
そうして丹念にこんがりと合成獣の身体を焼き上げていく。
先程以上の威力で燃え上がっていって、身体のほとんどが炭と化していく。
ここまでくれば自己再生だとかで復活したりもしないだろう。きっと。
そうして一段落ついたな、と思ったウェズンはふぅ、と大きく息を吐いて。
そうして背後に向けて形状を大鎌に戻した武器を向ける。
「とりあえず生きてるようで何よりだよ。きみが、本当のアレス、でいいのかな?」
「っ……!?」
正直なところ合成獣のキモさに大騒ぎしていたからちょっとやそっとの物音があったとして気付かなかったのは確かだ。だからこそ、意識を取り戻したアレスがどうにか倒れていた本棚から抜け出して背後に忍び寄っていたとしても何もおかしな話ではない。
恐らくは隠し持っていたのだろうナイフを、ウェズンの背に突き刺すように押し当てている。一思いに刺さなかったのは、本物のアレスからすればウェズンが何者がわからないからだろう。情報を得て、その後で処遇を決めるつもりだったのかもしれない。
先程までウェズンが手にしていた武器は大槌。背後のアレスに当てるには振り返ってから振り下ろすか、そのまま遠心力に任せてぶん回すか。どちらにしても隙は生じる。
だが今、大鎌の状態に戻したため、背後のアレスの恐らく背だろう部分に先端が押し当てられている。
ウェズンは学園の制服を着ているので最悪ナイフを刺されても多分即死はしない。だがアレスは――
「…………」
からん、と背後で乾いた音がする。ナイフが床に落ちたのだ、と判断するには充分だった。ちら、とかすかに振り返って視線を向ければ、アレスは降参とばかりに両手を肩のあたりまで上げていた。
仮にナイフが刺さったとして、そのままウェズンが倒れたのであれば大鎌の切っ先はそのままアレスを貫くだろうから。どちらにしても己が不利であると悟るしかなかったのだ。




