協力体制
そもそもどうしてウェズンが奇襲されたのか。
その疑問を投げかければアレスはあっさりとこたえた。
「いや、魔女の使い魔とかそういうやつかと思って」
アレス曰くここは魔女が作った館であるらしいので、魔女の使い魔とやらがいたとしても何もおかしな話ではない。だがしかしウェズンにはまったくピンとこなかったのだ。
何せ魔女の使い魔、と言われてすぐに頭の中に描くことができたのは、前世のアニメだ。魔女が一人前になるために故郷を出て別の町で仕事をして成長していく金曜の夜にも何度か放送された有名なやつだ。
なので勿論思い浮かべたのは真っ黒な猫である。
猫が相手なら襲われてもなんかまぁ、いいかな、と思わなくもない。
ウェズンは犬も猫もどちらも好きな方だ。とはいえ、犬の場合は襲い掛かる時割とガチめになるので、あと中型から大型になると割と命の危機になったりもするので襲われてもいいかなとは思わないが。
猫ちゃんならまぁ、ちょっと引っかかれるくらいだし噛まれてもちょっと皮膚に小さな穴が開くだけで別に身体の一部ごそっと持ってかれたりしないし。あ、でもなんか免疫力下がってる時だとマイコプラズマだか何かそういうのが危ないんだっけ? トキソプラズマだったかな? なんていう程度の知識しかない。
大きな猫ちゃんという名の猛獣――ライオンだとか豹だとか――であれば流石に襲われてもいいかな、とは思わないけれど、でも確か猫って基本的に獲物食べる時はきっちりトドメ刺してから食べるんだっけ? トドメ刺す前に甚振る事はあるけど食べる時は仕留めてからなら、熊よりマシでは。
そんな風に思考がそれていく。
勿論思考が明後日の方向へ旅立とうとしているのを実感したので、ウェズンはとりあえず意識してその思考を放棄する。もし今思い浮かべた黒猫だとかが使い魔だというのなら。
アレスがこうまで警戒したりはしなかったのではないか、と思い直したからだ。
仮に自分がアレスの立場であったとして、ロクな装備も何もないまま人食いの館とか呼ばれてるらしい場所に放り込まれたとして。
そこで真っ黒な猫ちゃんを恐れるか、となるとちょっと無理な話だ。むしろ心細すぎて猫に縋りつくまである。猫さん、猫さん助けて下さいちょっとでいいんで傍にいて下さい、とか言って縋り付くのが想像できる。
なお実際そう言って寄り添ってくれるかは猫さん次第である。野良でも余程こちらが憔悴していた場合であれば気の毒がって寄り添ってくれる事がないわけではない。可能性としてはとても低いが。
勿論大抵の猫は逃げる。
あ、また何か考えがずれてきたな、と思ったのでウェズンは改めてアレスに向き直った。
「ごめん、正直ここの事一切知らないんだ。知ってることがあるなら教えてほしい。できればそっちの状況についても」
アレスの言う事が事実でここに放り込まれていてどうにもできない状況である、というのであれば、ウェズンとて閉じ込められているという点で似たような状況なわけだ。
もし危険な事があるにしても、マトモな装備もないアレスを見捨てるわけにもいかないだろうし、もし何か危険な生き物がこの館の中を徘徊しているというのであれば、ウェズンが先頭に立って戦う事になる可能性は高い。けれども何が何だかわからないままそうするよりは、自分よりもここについて詳しそうなアレスと協力するべきだろう。
人食いの館。
そう言われてふと思い出す。
「そういえば、別の部屋で死んでる人がいたけど……」
「……恐らくは、知り合いだ。どんな奴だった?」
「あ、いやごめん、顔の部分はぐちゃぐちゃになってたから、わからないんだ。ただ、腹のあたりを結構大きく喰いちぎられたみたいな感じではあったよ」
「……髪の色とかは」
「外からの雷の光を光源にしてたから正確にそうとは言えないけど、確か黒髪、だったように思う」
雷光で照らされるのは一瞬。直後に暗くなるのでその明滅で色合いを瞬時に判断しろというのは中々に難しかったが、明るい色合いの髪ではなかったように思う。
顔をぐちゃぐちゃに潰されていたとはいえ、その血が髪にもべったりついて……なんて事はなかったと思うので一瞬、本当にチラッと見た限りでは黒、だったような気がしていた。
というか倒れていたのでそこら辺影になっててちょっとわかりにくかったのもあって断言しづらかった。
もし死体がいきなり動いたら……みたいな想像もしたのでそこまで近づいてしっかり見なかったというのもある。
「恐らくは、オードだろうな。この館の中に他に誰かがいるなら別人の可能性もあるけれど、俺たち以外はいないだろうし」
「え、つまり生存者は現時点でここにいる二名。そして魔女の使い魔とやらがいるとするなら、そいつに狙われるのは僕たちだけって、こと?」
「……いや」
「えっ!?」
てっきりそうだとばかり思っていたのにアレスが緩く首を振るものだから、ウェズンはわけがわからないというような声を上げてしまった。えっ、違うの? 目もまさにそう訴えている。
「魔女の使い魔はいるかもしれない、と推測していただけで実際にいるとは明言できない。ここにいるのはどちらかといえば、合成獣だ」
「キメラ……」
ちょっと前に一応授業でもやったから、知らないわけではない。
あと前世の漫画とかゲームの知識もあって、なぁにそれ? と言うものでもない。
キメラではなくキマイラと表記されてるゲームもあったけれど、とりあえず複数の動物を組み合わせてできた生命体、という認識で間違ってはいないだろう。
ウェズンの脳内で、とりあえず頭がライオンで尻尾に蛇が使われている猛獣が想像されるも、それ以外の部分は割と作品によって異なるので胴体部分は結構ふわっふわしていた。
「ここは魔女が作った館ではあるけれど、どちらかといえば使わないモノを入れておくだけの物置きみたいな扱いだったらしい。近くに神の楔もないような場所だ、わざわざ誰かが訪れてくる事もない。本来なら」
「でもこうして僕は事故で、きみは……人為的に放り込まれたわけですが」
「あぁ、存在を誰も知らなければまだしも、実はこの場所はそれなりに知られている。館の中は空間拡張魔法も使われているから、思っているよりは広い。そこに、失敗作と判断された合成獣が押し込められているわけだ」
「……え、それ、もしかしなくても、不味くない……?」
「そうだな」
ウェズンの脳裏に真っ先に思い浮かんだ言葉は蟲毒だ。ホラー作品をある程度目にする事がある者ならば大半は既に知ってるようなメジャーなものではないだろうか。
とても雑に説明するならクローズドサークルの中で最後の一人になるまで戦ってもらって最後の一人になった時点で呪いが発動するとかいうやつである。
本来は虫で行われるものだが、ウェズンの記憶の中では人間でやらかすような作品もあった。
どっちにしても気軽にやっていいものではない。
人間なら集めようは如何様にもあるけれど、虫とかコツコツ百匹とか集めて壺に入れるのって実際難しくないか……なんてウェズンはかつてそんな暢気な感想を抱いた事も思い出した。
実際蝶々ばかりを百匹集めたところで殺し合いに発展はしないだろうし、そもそも花の蜜などで生きてるタイプは向いていない。となると肉食系の昆虫を集めるところから始めるわけだが……それ、集める側も大変では? となったのだ。
あとそんなのでマジで呪いが完成したら手に負えなさそう。
というとても雑な感想も思い出した。
昆虫ですらそう思えるというのに、それ以外の生命体でやるとか正気か? という言葉しか出てこない。
しかもよりにもよって色んな生物を繋ぎ合わせて作られた合成獣でそれをやるとか、ここを作った魔女は一体何を考えているんだ。それでなくともこの世界の情勢そんなよろしくない感じなのに。いや、だからか?
失敗作と判断された合成獣とアレスは言っていた。その失敗作がどういうものなのかウェズンにはわからないが、では先程見かけた死体――アレスの言い分が確かならオードという人物らしい――を作ったのはその失敗作である合成獣だという事になる。
能力的に、という意味なのか見た目的に、という意味なのかで若干変わってくるけれど、アレスに出会う前にそれに遭遇しなくて良かった、と思ったのは確かだ。もしそうなら、多分もっと慌てて取り乱して死にこそしなくとも怪我をするくらいはしたかもしれない。
ほんの一瞬、アレスの言う事が嘘で実は先程の人を殺したのがアレスである、という可能性も疑いはしたのだけれど、流石にそれはないなと思い直した。
顔をぐちゃぐちゃにしてまで殺すという殺意の高さの有無、というよりは、胴体の消失っぷりなどからである。アレスが仮にオードという人物に殺意を抱いていて、顔をぐちゃぐちゃにして殺す、というのは想像できなくもない。けれど胴体部分を見る限り、そうする意味がわからなかった。
大体そんな殺し方したら間違いなく返り血とか酷い事になるだろうし。魔法や魔術で多少の汚れを落とす事できるにしても、この完全非武装状態のアレスがああいった殺し方をできる、とは思えなかった。それこそ魔法や魔術で殺した可能性もあるわけだが。
可能性としてはゼロではないけれど、多分ゼロに近い感じだろう。
身体能力そのものは高そうだし。というか、その格好で天井に張り付けるだけ凄いの一言に尽きる。
「合成獣そのものはほとんどいないといってもいい。一匹を残して。そして今この館にいるのはそいつと俺と――お前なわけだ」
「つまり、狙われてるって事か。えっ、全然そんな気配とかしてないんだけど」
「さっき一応動きを封じておいたから、当分は大人しくしてるとは思う。ただ、いつまでもそうとは限らないけど。というか多分そろそろ動き出すんじゃないか」
「動きを封じるって結構簡単に言うけど、どうやってやったんだ?」
「部屋の中におびき寄せて本棚で押しつぶしておいた」
「あ、意外とわかりやすい手段なんだな……」
武器もまともに持ってない相手だ。魔法か魔術でやるにしても、動きを封じるとかいう時点でそこから更に追撃したりするだろう、けれどもそうしていないというのは、何か事情が……? なんて考えてみたけれど、思った以上に原始的な方法だった。
しかしそれが普通の人間なら場合によっては死ぬかもしれないが、合成獣であるなら死ぬとは思えない。大体合成獣は余程意図的にやらかさない限りは耐久度合が半端ないと授業でやっていたので。
ここにいる合成獣が失敗作と判断されたとはいえ、その失敗部分がどこにかかっているか……単純に虚弱体質で生まれてしまいました、とかなら本棚で圧死してるかもしれないが、アレスの言い分からすると恐らくは生きているのだろう。
「ってことは……まずはその合成獣をどうにか倒して、それからここを出る方法を探すのがいい……のかな?」
「そういう事になるな」
「それじゃまずはその合成獣がいる場所まで行く事になるのか……」
「一応、簡単な魔術程度なら援護は可能だ。前線に立てと言われると厳しいけど」
「流石にその装備じゃね……」
ろくな防御力もないだろう事がわかりきっている相手に前に立てとか流石にそれを言う程ウェズンだって鬼ではない。お互いに頷きあって、それから二人は部屋を出た。




