表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
二章 チュートリアルなんてなかった

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/465

上から来た



 カッ! という一瞬の閃光の後に来る轟音。ドォンと腹の底に響くようなそれは、なんともタイミングのいい効果音のように思えた。


 あ、あわ……とかひょわ……とかとても気の弱そうな悲鳴、というよりも鳴き声を上げればもっと完璧だったかもしれない。何がって、この状況的に。


 人の気配なんてこれっぽっちもなかったから、てっきりこの館は今はもう使われていない寂れた廃墟候補だと思っていたのに。まさか人が死んでるなんて誰が思うだろうか。

 しかも、しかもだ。


 死んで多分そう時間が経過していない。


 腐っているわけでもないし、ましてや白骨化しているわけでもない。


 かすかに漂うのは血のにおいだろうか。

 腐乱死体に比べれば全然マシだとは思うが、それにしたって多分ほんのちょっと前まで生きてましたよ、というのがほんのりわかる感じで死んでいるのだ。


 前世のウェズンだったなら、多分ここで腰を抜かしてその場にへたり込んで、次いでそれから警察へ連絡をしようと慌てて懐からスマホを取り出そうとして――突然の事態に手が震えて上手く動かせずにスマホを取り落とすくらいはしていたかもしれない。


 だがしかし。


 そりゃビックリはしたけれど、別に死体を見た事がないわけじゃない。というか、死ぬまでの一部始終まざまざと見る機会すらあったくらいだ。正直あってほしくない経験である。

 いやな方向に慣れて順応してる気がするな……と思いはすれど、しかしここで取り乱してパニクってわぁわぁ喚き散らすよりはよほどマシだろう。


 誰かに連絡をとろうにもモノリスフィアは瘴気濃度が原因で現在誰とも連絡がとれない。浄化魔法を唱えたらもしかしたら……と思って一度実行してみたが、結果は変わらなかった。

 つまり、この土地はそれなりに瘴気に汚染されているというわけだ。自分ではあまりそうと感じられないが、モノリスフィアには別に精神生命体が宿ってたりするわけでもないので、その日の気分で今日働きたくないでーす、なんて感じで作動しないわけでもない。天気が良かろうと悪かろうと、全てはその場の瘴気汚染具合である。


 ウェズンは瘴気耐性がそれなりにあるから平然としているが、もしこれがヴァンであったなら館の中に引きずり込まれた時点で早々に浄化薬を口にしていただろうし、その効果も早々に切れて恐らくは途中で倒れていただろう。もしここに来たのがヴァンであったなら、彼は救助が間に合わず人知れずこんなところで死んでいたかもしれない。


 そう考えると、ここにいるのがウェズンであったのは良かったのか悪かったのか……


 どこかも具体的にわからない土地で、いかにもな洋館になんでか引きずり込まれて出られない状況。

 いや今すぐ外に出るにしても雷雨酷すぎて出られる状態になってももうしばらくはここにいるだろうけれども。

 仲間に連絡をとれるでもなく、完全な孤立無援。


 しかもここには死体がある。


 安全な場所ではない、そう判断するには充分だろう。


 そう考えると誰が来ても結果は同じでは? という気しかしない。


 ウェズンはそっとその死体に近づいてみた。

 とはいえ、ある程度の距離は保ったままである。

 下手に近づきすぎて、いきなり死体が動いたらどうするという話だからだ。

 前世だったらおいおいホラー作品の見過ぎだろ、と笑い飛ばせるけれど、生憎ここは異世界で魔物なんてものが普通に存在しているので。

 死体が動かないというのは決して常識でもなんでもない。むしろ動き出してもおかしくない、という認識でいないと痛い目を見るのはこちらなのだ。


 じっと見つめてみるけれど、動く様子はない。

 倒れているそれは、一応人であるというのがわかるけれど。

 顔の部分はぐちゃぐちゃになっていて酷いものだった。更に胴体――腹の部分は大きくえぐれて――いや、これはもしや、何かに食われた? と思えるような感じで。

 何かがこの人を食らった時に溢れた液体も啜ったのか、思っていた以上に血だまりが広がっているとかそういう事はなかったけれど、そのせいで余計に現実味がない。

 ウェズンだってこんな状況じゃなかったらこの死体の小道具よくできてんなぁ、とか暢気な感想を口にしたかもしれない。


 死んで、恐らくそう時間は経っていない死体である。

 つまり、この誰かを殺した何かがこの館の中にいると考えて間違いない。

 もしかしてウェズンを引きずり込んだのはそのナニカの魔法とか魔術とかそういうやつではあるまいか……? そう考えるのも無理はなかった。

 さっきまで長い廊下を歩いていた時の外の雷ひっどいな……なんて暢気に思っていたのがちょっと危機感なさすぎじゃないか? とか思えるくらいにちょっと自分に駄目出ししたくなってくる。


 警戒しつつ周囲の気配を探ってみるも、何かが潜んでいるようには感じられない。

 この見知らぬ誰かを殺した何かが周囲にいない、と今は判断していいだろう。だからといって完全に安心できるものではないが。


 ざっと室内を見回して、重要そうな何かがあるでもないと判断したウェズンは速やかに部屋を出た。


 正直死体と一緒にいたいとは思わないし、何かが潜んでるわけじゃないならこの部屋の中は一時的に安全かもしれないが、それにしたって死体と一緒はイヤなので。あと、この誰かを殺した何かがまたこの部屋にやってこないとも限らないし。

 犯人は現場に戻るとかいう言葉がこの世界でも適用されているなら、この部屋に留まるのはとても危険な気がしたのだ。


 そういうわけで、ウェズンが館の中を探索する際、今までのように気楽に適当に進んでいけばいいか、という考えは早々に打ち砕かれる事になった。

 もしかしたら殺人鬼がいるかもしれない中を、ひっそりと移動しなければならなくなったのだ。


 ドアを開ける時も気にせずバタンと音を立てて開けるのではなく、極力音を立てないようにしてそっと開けなければならない。


 謎の洋館。

 閉じ込められて出られない状況。

 先程まではまだ生きていただろう死体。


 ますますホラーじみてきたな……と声に出さずにそう思う。


 ここに更に殺人鬼かもしれない何かの存在も追加されているわけだ。

 普通に人であるのか、それとも謎の生命体なのか、悪霊だとかのちょっと馴染みのないものかもしれないし、それ以外の――ウェズンには想像もつかない何かかもしれない。

 できれば自力で対処できる存在であれ。そう願うが、自分が対処できるのってどれくらいのものからなんだろう……? と思考はあっさりと彷徨い始めた。

 魔物であればなんとなく強さの基準とかこれくらいで、と言えるだろうけれど。

 むしろいっそ魔物の方がまだ楽だとすら思えるのだけれど。


 あ~~~~もうやってらんね~~~~!! と叫びたくなるけれど、叫んだ結果何かにウェズンの居場所が割れるのは得策ではない。とりあえず隣の部屋を覗き込んでみたけれどそこも死体がないだけで隣の部屋とそう変わりなく、更に隣の部屋も同様だった。


 向かい側にある部屋も丁寧に覗き込んだけれど、死体がないだけでやはり最初に見た使用人部屋とそう変わりはしなかった。


 ここまで何の手掛かりもないとか……ある?

 いやあるな、これゲームじゃないんだから、と内心で早々に訂正する。

 ゲームだったらここまでノーヒントとかマジかよクソゲーじゃねーのこれ、とかのたまっただろうけれど、いかにホラー系脱出ゲームにありそうな状況だからといっても現実なわけで。


 ここを出るためのヒントがそもそもご丁寧に存在していなくとも、別に何もおかしな話ではないのだ。

 死体があった以外は特筆するような事もなく、またあの死体を作り上げただろう何かとも遭遇はしなかった。

 長い廊下を進んでいた時だとかの一本道で遭遇しないだけ良かったと思えるが、つまりは、これからウェズンが移動する先で遭遇する可能性はその分上がったわけで。


 悩んだ末にリングから武器を取り出す。

 まだ大鎌状態にしないで柄の部分だけを握り締めておく。場所によっては大鎌振り回すのも難しいだろうし、だがしかし柄だけでも勢いよくぶん殴ればそれなりの鈍器程度の威力にはなるだろう。

 事前に武器の形状を変更しておくというのも考えたけれど、魔力感知型の生命体とか罠とかあったら一瞬で不利な状況になりそうなので今はまだ魔力を温存しておく事にする。


(正直何をしたら駄目で何をしたら良いのか、っていう指針がないのは困るな……)


 知らないうちにやってはいけない事をやらかして、なんだかとんでもない事になるのではないか。

 そんな不安が付き纏う。

 そういう意味では情報って大事なんだな……と思いつつも、仕方なしにウェズンは別の場所を確認するべく先程よりも慎重に廊下を移動した。二階の方が何らかの情報を得る事ができるのではないか、と思ったがまだ反対側を見ていない。

 二階を見て何もなくてまた一階、というのも面倒ではあるのでまずは一階を確認しようと決めたわけだ。



 ギッ、と床が軋んだ音を立て、思わずびくっと身体が跳ねそうになった。

 外は未だ悪天候のままで、ざぁざぁごうごうと雨と風の音が凄いし、そこにさらに雷の音まで追加されている。だから、床がちょっと軋んだ音を立てたくらいじゃ音を立てたうちに入らないのではないか、と思えるのだが。

 それでも外から聞こえる音とは違う系統の音は、やけに心臓に悪かった。


 先程使用人たちの部屋だろうものがあった場所と違い、こちらは窓が少なくそのせいで暗くて見づらい部分が多かった。思い出したように雷光が照らすものの、なんというかその一瞬の光で見てはいけない何かが照らし出されそうで嫌な雰囲気たっぷりである。


 こちら側にある部屋は一体何に使われていたのか、殺風景すぎて予想できなかった。

 もしかしたら物置のかわりだったのかもしれないし、単純に使っていなかっただけなのかもしれない。


 家具などがほとんど置かれていない部屋なので、ドアを開けてそこから中を見れば一目瞭然だった。

 なのでウェズンはほとんど作業のようにドアを開けて中を見て何もなければドアを閉める、を繰り返していく。

 そうしていくつめかの部屋のドアを開けると。


 部屋の中央に、何かが置かれているのが見えた。

 何かがある、とわかったものの薄暗くてよくわからない。こういう時に雷の光があればよかったのに、つい先程落ちたばかりなのかすぐにまた光る感じでもなかった。

 仕方なしに、ウェズンはその部屋に入る事にした。何かわからないが、生き物ではなさそうだし、危険はないだろうと判断しての事だ。


 そうして一歩、部屋の中に足を踏み入れて念の為ドアを閉める。正直気持ち的には開けたままの方がいいのかもしれないが、なんというか開けっ放しにしておいて部屋の中央にある何かに意識が向いてる隙に外から何かが入り込んで来るのではないか、と思ったからだ。

 その場合ウェズンはバックアタックを食らう事になるし、その状況で的確に対処できる自信はなかった。


 これで部屋に閉じ込められたら……とも考えたけれど、その場合は最悪ドアを壊せばどうにかなるだろうと判断した。先程から何度も開け閉めを繰り返しているこの館のドアは、素材としてはそこまで頑丈な感じではなかったのでこれならどうにか壊せるだろうと思ったのだ。


 ならば、最悪閉じ込められてもドアは破壊すればいい。

 それよりも下手に開けて中にいる事を知らせてうっかり背後からの奇襲を受ける可能性をどうにかしたい。

 というかだ、部屋に閉じ込められる可能性は低いとも思っていた。何せ既に館の中に閉じ込められているようなものだ。現状外に出られないのに、更に部屋の中に閉じ込める必要性は流石にないだろう。そう思いたい。


 多分危険な物ではないだろうけれど、それでも万が一という事もある。だからこそウェズンは恐る恐るといった具合にゆっくりと近づいて――


「ふっ……!!」


「うわ!?」


 何かが息を吐く音。来るなら背後からだとばかり思っていたため一瞬僅かに反応が遅れてしまったが、それでもウェズンは咄嗟に動いていた。

 頭上――天井から降って来た何かはウェズンに狙いを定めていた。落下、強襲。もし、こんな状況じゃなければ成功していたかもしれない。

 もしくは、この状況をウェズンがもっとビビり散らかしていたならば。

 間違いなくこの奇襲は成功していただろう。


 だがしかし、今しがたもし背後から何かが襲い掛かってきたりしたら……! なんて考えていたウェズンの警戒心は普段以上に仕事をしていた。だからこそ、まさか天井に張り付くようにしていた何者かの攻撃を驚いてそのまま食らう、なんて事にはならなかった。


「あっ……!?」


 上から降って来た何者かは、空中で動きを止めるような魔術を使わなかった。使えなかったのかもしれない。どちらにしろ張り付くようにしていた天井から落下してきた時点で後は落ちるだけだ。


 体の一部――腕だった――を何が何だかわからないまま掴んだウェズンはそのまま前方へ叩きつけるように振り下ろす。それはかろうじて一本背負いと呼べるかもしれないものだった。


「えっ?」


 ダァン! と強かに背中を床に打ち付ける事になった何者かを、その時ウェズンはマトモに見た。

 人だ。

 それも、ウェズンとそこまで年は変わらないかもしれない。


 背中を強打した彼は、かはっ、と肺の中の空気を全て強制的に吐き出すような形となって――ぴくりとも、動かなくなったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ