緩やかな崩壊
学園内をあちこち移動して、兄からメッセージが届いて。
そこでふと思い出した。原作小説の内容を。
「あ」
声を出したのはほぼ無意識だった。
小説の内容を全部思い出したわけじゃない。それでも何となくここ最近あった出来事から、そういやあったような気がするなこんなエピソード……という程度だ。
だがそれでも。
ルシアがウェズンを殺そうとしていた、という情報に。
「前倒しすぎでは」
流石にそんな情報を見て何も思い出さないとかあるはずもない。むしろそんな重要な部分を今まで忘れていた方がビックリである。
ゲームでは親密度というか好感度的なものも関わってくるので必ずしもルシアがウェズンを殺そうとしているかとなるとそうではないのだが、小説版、つまり原作では確かにあったエピソードだ。
だがしかし。
「……それっても少し後だったはずだけど??」
なんでこんな前倒しされてるんだろ。ある意味で当然の疑問である。
イアが知る限りでのこの世界でウェズン少年を主人公とした話の内容は、とりあえず魔王養成学校で魔王目指して頑張る話、というなんとも身も蓋もないものである。そうして最終的に魔王になって、なんやかんやあって世界が救われる。
そのなんやかんやの部分が一番肝心だろうが! と言われそうだが、困ったことにそこはまだ思い出せていない。なんだったかな……なんか神様的な存在となんらかのやりとりが発生していたような気はするのだが、いかんせん細かく覚えていない。
まぁそこはさておき。
小説の最初の方でウェズン少年は基本的にボッチである。
イアという妹の存在はゲームで追加された新しい主人公であって基本的に小説という原作には存在していない。なので、魔王養成学校で勇者になりたいなんぞと抜かしたウェズン少年が周囲に無駄に敵を作った時点でボッチは確定なわけだ。
そんな初っ端からアウェイ上等な感じでスタートするとか、何故自ら難易度を上げていくスタイルなのか……ともしこの世界のウェズンが知れば思わず呟いていた事だろう。だがそこら辺はイアがふわっとしか語っていないのでウェズンも初っ端から難易度を上げていくスタイルの主人公であるとまでは知らないはずだ。
ゲーム版だとイアが主人公になっているので、ウェズンはサブ主人公みたいな立ち位置になる。とはいえ、彼が魔王にならなければゲームオーバーになるのでないがしろにしていい存在では決してないのだが。
正直ゲーム版の方がまだ人間関係はマシかもしれない。プレイヤー次第ではあるけれど。
基本的に放置しておくと一人孤高の道に勝手に突き進むウェズンを妹であるイアが他の仲間たちと橋渡ししたりしている……といった感じであったような気がする。どちらかというとなし崩しに巻き込んで一緒に行動させていくうちに、というのが正解だったかもしれない。
ゲーム版はともかく小説の方は基本的に孤軍奮闘状態なわけだ。
そうして小説第一巻のラストでなんやかんやあって一応味方になりそうな相手が数人できる。ここら辺は少年漫画にありがちな戦闘したり一緒に困難に立ち向かったりとかの安定のアレである。
魔王養成学校に来ておきながら勇者になりたいと抜かした相手に、それでも一応実力を認めて周囲もそれなりにウェズン少年の事を認めるようになってきたわけだ。勇者になりたいとか言ってる部分に関しては馬鹿か? といった反応だが。
……思い返してみると、この世界の勇者と魔王の存在は名前が違うだけでやる事大体同じでは? と思えるものの小説の中では若干異なっていたような気がする。世間体的な意味で魔王の方が何となく評判悪かったような……いや、魔王そのものがというよりは、グラドルーシュ学園の生徒の素行が悪くて評判悪かったんだっけ……?
細かい部分は覚えていないのでそこら辺は曖昧だった。
さて、小説二巻ではそんな味方になってくれそうな相手と学外授業で色々な事件に巻き込まれていたような気がするが、そこら辺ほとんど忘れてるのでここはもう仕方がない。イアだって思い出そうとして思い出せれば苦労はしていないのだ。思い出せない部分はそのうち何かの拍子にひょっこり思い出すかもしれないし、これっぽっちも思い出せないままかもしれない。
けれどもボッチから脱却しつつあった主人公・ウェズン少年がこれからどんな活躍をするのだろうか、といった期待はあったと思う。
そして三巻。
ルシアがウェズン少年を殺そうとしたエピソードは確かここら辺だったはずだ。
なんで殺そうとしてたかは覚えていない。自分の記憶力に関してどうかと思うが、前世でもよく考えたらサポートデバイスのお世話になっていたのでもしかしたら、もしサポートデバイスがなかったら前世の自分の記憶力もこんなものなのかもしれない。下手をすれば今より悪い可能性もある。
覚えた気になって何も覚えていない、という可能性も。デバイスに頼り切った結果がこれだ。
前倒しでエピソードがやって来たような気がするが、考えてみたらそもそも小説第一巻の内容ほとんどすっ飛ばしてる気がする。
何故ってウェズンはボッチじゃないからだ。
割と最初の段階でクラスメイトとそれなりにやっていけてるし、周囲が全員敵みたいな状況ですらない。同じクラスの中にいて周囲が全員敵といっても過言じゃないレベルでバチバチに険悪なわけでもなかった。
むしろ険悪とは……? といった具合ですらある。
正直周囲とそこそこ上手くやってってるようだし、何か知らないうちにヴァンがウェズンの事を親友と呼んでいるのだ。
小説ではヴァンの存在がどういう立ち位置だったか覚えていないけれど、ゲームにもいたような気が最近してきた。いたよね? いたはず。そんな心情なので曖昧過ぎるが、いたと仮定して。
普通の友人面するなら別におかしくもないけれど、親友とまで称している時点でゲームだったら大分好感度高めである。
少し前の勇者襲撃事件でうっかり外に出て勇者の襲撃を共に受けた仲らしいし、吊り橋効果かどうかはさておき、仲が良くなっているのは事実だ。
小説第二巻でもなんとなくちょっと距離が縮まったかなぁ……? といった感じだったので、いきなり既に仲が良い相手がいるのでもしかしたら二巻の内容もすっ飛ばした可能性がある。
それにしたって内容すっ飛ばしすぎじゃないか? という気がするが。
(というか。既に原作とは……? ってなってる気がしてきたぞい? や、それ言っちゃうともうかなり最初の段階からそうなんだけど)
大体勇者を目指していたウェズン少年が父親に半ば騙される形で魔王養成学校に行く事になったわけで。
初期の頃はウェズン少年の父親に対する好感度というか、まぁなんていうか抱いた感情はかなり悪い。反抗期かってくらい酷い。むしろ反抗期の方がまだ健全な気がしてくるレベル。
まぁわからんでもない。
何せ父親は歴代の中でもかなり優秀というか、もう名を知らない者がいないレベルで知られてる魔王。しかもそれを知ったのが学園に来てから。多分何か裏切られた気にでもなったのだろう。
事前に知った上で、それで自分から学園を選んだならまだしもそうじゃないのだ。裏切られたというか騙されたとは思っていたはずだ。
だがしかしこちらの世界でのウェズンは別に父親との仲が確執あるレベルで悪いわけではない。むしろ良好。勇者になりたいなんぞという事もなく、普通にここが魔王養成学校であるというのも最初から知っていた。
「いやこれ、冷静に考えると結構最初から崩壊してるんにゃー」
話の内容なんてほとんど覚えてなかったのだから、終わりよければすべて良し論法で最後のつじつまさえ合わせてしまえばどうにか……と思う事にしてきたけれど。
あまりにもエピソード前倒しになってきたら、何かこう……前倒しになったら不味いものもあるのではないか……そんな気がしてくる。
いや、流石に季節に関連する内容とかは前倒しにはならないはず……でもどうだろう。夏に海に行くとかそういう浮かれ切ったイベントがあったような気もするけれど、最悪冬に南国で海とかいうパターンもあり得る。南国なら冬でもまぁどうにか……と思えてくるので流石にないだろと楽観視できない。
そういうちょっと場所が変わる程度ならいいが、いわゆるボス戦みたいなのも前倒しとかになるとそれは流石に困る。
神前試合が前倒しになる事はないと思いたいが問題はそれ以外である。
……何か、あったとは思う。
何だかんだ小説だと一冊の中で戦うしそれなりに敵というかボスというか、そういった存在はいた。
いた、のだけれど。
困ったことにというか安定のというか、まぁ覚えていなかったのである。
学園内をあちこち適当に移動して、何か思い出せる切っ掛けとかないかな~とかすかな期待を抱いたりもしたけれど。
「思い出さない方がマシレベルでどうしようもなさすぎ~」
イアの行きついた結論は、なんともしょっぱいものであった。




