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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
二章 チュートリアルなんてなかった

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知ったからどうというものではない



 強くならねばならない。


 とはいえ、なろうと思ってすぐに強くなれれば苦労はしない。


「そもそも哲学的な事言うけど、強さって何」


 単純に言えば敵を倒せるだけの強さ。守りたいものを守れるだけの強さ。

 この学園において言える強さは多分これだろうか。

 勇者側の相手と戦って勝てるだけの強さ。世界を守るために、延命してもまぁいいかと神に思わせる事ができるだけの強さ。


 他によく言われるものといえば、己の信念を貫くための強さだとかの精神的なものだろうか。


 まぁ、物理的にも精神的にも強さは必要なのだろうな、とはわかる。

 生きていくだけなら弱くとも生きていけるが、やはり弱いとその分困難が多い。強ければ乗り越えられる障害もしかし弱ければ自力で乗り越える事もできないのだ。そういう時に誰かが助けてくれればいいが、一度くらいはそうなったとしても毎回誰かが助けてくれるとは限らない。


 けれども、強さというのは他にもあるのだとウェズンは知っている。

 主に前世で見た作品の数々から。

 時に家族や友人といった人たちの生き方から。



「なんだか難しい事を仰いますネェ坊ちゃん」


 室内でぽつりと呟いた独り言であったが、しかしナビがそれを拾い上げる。


「や、強くなれ、って言われるのはわかるんだよこの学園のコンセプト考えると。弱かったら話にならないってのもな」


 例えば三年後の神前試合を乗り越えたとして。

 どうにか世界が滅びるような事がなくなったとして。

 けれどもそこで何もかも全てが丸く収まってハッピーエンドになったとして、話として終わるとしてもそこで人生まで終了するわけではない。

 その先もウェズンたちは生きていかなければならないのだ。

 その時にまだ瘴気があって魔物が活発に行動しているようであれば勿論討伐する必要が出てくるし、そうでなくとも。


(今は世界の危機というのもあって、大っぴらに人類同士でいがみ合ってる場合じゃないからそうでもないけど。でもなぁ。世界が平和になったら今度は人間同士の争い勃発しないか?)


 流石にそれは声には出さなかった。ナビがどういう反応をしても困るので。


 ウェズンは人類すべてがいい奴だとは思っていない。性善説も性悪説もどちらも当てはまると思っている。世界が平和になれば今度は各国がそれぞれ己の利権だとか繁栄だとかを求めて争う可能性は大いにあるし、国じゃなくとも個人間での争いだって普通に増えるのではないかと思える。

 というか個人間での争い規模なら普通に今もあるし。


 そう考えると平和な世界がやってきたからといっても、じゃあこれからは戦わなくていいんだとはならないだろうなとも思うわけだ。

 それどころか下手をすれば自分たちが危険視されてという可能性すらある。

 考えれば考える程バッドエンドルートしか思いつかないとかいう時点でどうかしているが、あり得ない話じゃないのが困る。

 武力的な強さを恐らく今求められているのだろうけれど、正直権力とかも必要になるのではないかと思えてきた。


 権力がなくとも人脈的なものがあれば仮に何か世界の脅威みたいな扱いになりかけても、この人は危険な存在ではありませんみたいな擁護が出るかもしれない。少数があれは危険だとか言っても大多数が大丈夫だろうと言えば世の中そこまで積極的に動かなかったりするだろうし。一部過激派が行動に出ないとは言っていない。


 ……いや、前世の常識で考えるととんでもなくお先真っ暗では? としか思えない。

 だがしかし、この世界の常識で考えたとして。

 正直そこまで違いがあるか? となるのだ。


 いやホント、なんでこんなバトル物少年漫画みたいな世界観に転生しちゃったんだろう。もっとこう、のんびりまったり特殊能力で身の安全確保しつつのスローライフ生活できるような世界が良かった。

 まぁどの世界も根底に弱肉強食があるとはいえ、危険度合いはスローライフができそうな平和な世界のがまだマシだ。


「大体さ、神前試合で生徒が戦うのはまぁ、いいよ? 仕方ない部分もあるってわかるよ?

 でもさ、大して強いのが出なかった場合どうすんの? お粗末な試合するわけにもいかないんでしょ? そういう時ってかわりに何か強い教師とかが出たりしないの?」

「おや坊ちゃん、マダそこらヘン授業でやってナイんですか?」

「え?」


 授業。

 まぁなんて言うか座学はそこそこやっているけれど、思い返してみてもそういうのはやってなかったように思う。だが、何か近々そんな感じの話をするとは言っていた、ような……?


 そんなリアクションを返せば、ナビは「ソウデシタか」と大きく頷いた。


「ざっくり説明致しマスと、過去、どうあっても使い物にならない生徒ばかりだった時にかつての卒業生が代理で出た事ガアルんですよ。神前試合を生き延びた者がネ」


 へぇ、と素直に思った。


 前世基準の人間であれば十年に一度の試合で、十年前に参加してまた次の十年後に参加となれば肉体のピークも過ぎてそうではあるけれど、この世界の人間は既にいくつかの種族の血も混じっているデミヒューマンだ。十年程度で肉体が全盛期を終えるなんて事もない者だってそれなりにいるだろう。


「とはいえ、三回連続で出た時点で神から次からソイツ禁止って言われちゃいマシタからネェ……」


「三回連続……」


 つまり、生徒時代に出て卒業した後更に二度も呼ばれたのか……凄いな。

 もしそこで神が何も言わなかったら次もまた駆り出されていたかもしれない。

 むしろ命がけの戦いに三度も出て生還してるのか。次から禁止といわれてる時点で生きていたわけだろうし。


 というか、そんだけ凄いのがいても世界どうにかなってないのか……と考えると先程までのバッドエンドルートとも言えるだろうあれこれは自分の身には降りかからない気がしてきた。いやどう考えてもそっちのが凄いし。それ差し置いて自分が何か周囲からヤイヤイ言われるとはとても思えないし。


「凄い人がいたんだね。その人くらい強くならないといけない感じ?」

 もしテラの目標がそういうのだったら、無茶だろと思えるけれど一周回ってプレッシャーも何もあったものではない。けれども逆に気が楽になる。目標が大きすぎて漠然としてるという意味で。


 そんな風に言えばナビはエェエェそうでしょう、とニコニコした声で頷いた。


「歴代魔王の中でもあのお方は別格デシタ。他の追随を許さない、まさにその言葉が当てはまると言ったカンジで。一度目、生徒だった時のあの方はたった一人で勇者たちをなぎ倒して見せタのデス」

「一人で!? 勇者側何人いたのそれ!?」

「エェート、確か……八人程?」


 無双系ゲームだと敵の数百人くらい余裕で出てくるみたいなのもあるからそれなら少ないな……? なんて思いそうになったが、しかし現実である。

 現実で一対八は流石に……いや、相手が達人で、とかならまだしも実力に余程差が、という事もないだろう。何せ勇者側だって魔王側と死闘を繰り広げるために辛く厳しい修行みたいなのやってただろうし。


 だというのに、こちらはたった一人でその八名の勇者様ご一行と戦ったのだ。そして勝利をおさめたとなれば、素直に凄いとしか言いようがない。


 自分だったら、とウェズンは想像してみる。

 勇者側の人間に知り合いはそういない。

 ファラムやウィルと仮に戦うとしても、殺しあうまでは想像できない。というかあまり想像したくなかった。

 男子寮前に陣取っていたやたら強かった相手を思いだしてみる。


 ……あんなの八人いたとして、それを一人で戦えなんて言われたら。


(無理では)


 想像したところで勝ち目が全く想像できない。名も知らぬ男子寮前に陣取っていた勇者側の人の事なんてほんの一瞬見たくらいでしかわからないけれど、それでもあの一瞬の時間で彼の強さは感じ取れた。

 仮に全く同じ能力で八人の場合でも、はたまた役割が異なる状態で彼が八人いたとしても。

 どちらにしたって今のウェズン一人だけで勝てなんて言われたなら、無理な話だ。


「卒業して、その十年後の戦いにも駆り出されたんだよね? その時も一人で……?」

「イイエ、確かその時はお仲間がイマシタよ。ただ……そちらも卒業した相手でした」

「えっ」

「当時在籍していた生徒の中に、彼のお眼鏡にかなう相手はイナカッタようです。当時、本来ならばその仲間も参加する予定だったらしいんデスけどねェ……何やら事情があったヨウデ」


 つまり、本当なら当時生徒だった時に一人で参加せず他の仲間も参加予定だったのに、その相手が何らかの事情で参加できなくなって一人で……?

 え、それもそれでどうなんだろう。


 その仲間が何人いたのかもわからないが、言い方からして決して多くはないだろう。

 仲間が一人、もしくは二人いたとして、二人なら片方が残ってくれる可能性もあったかもしれない。けれども同時に二人が参加できなくなったとして。

 じゃあそこで一人で参加するわってなるのがおかしい。


 二人、と考えてみたものの実際どうだかはわからない。

 二人きりの参加であった可能性の方が高いくらいだ。


 他に誰かいなかったのだろうか。仲間の代理でも参加してくれる相手は。

 それとも、他の誰かを連れていくくらいなら一人の方がマシだと思うくらい他と実力がかけ離れていたのだろうか。


 考えたところでウェズンにわかるはずもない。


「え、それじゃ、三度目の参加は? その時も同じメンバーで?」

「イイエ。その時は生徒も参加しましたよ。その時は確か……アァ、そうそう、今ここで教師をしている人がソウデスネ」

「へぇ……そうなんだ」


 命がけの戦いとやらを生き延びて、その上でここで教師を……そう考えるととても凄い人なんだなと思えてくる。


「名は確か……テラ、だったカト」

「……テラ先生? えっ、あのテラ先生……!?

 っていうか、生徒で参加できる人がいたのに卒業生引っ張り出したの!?」


 もしかして他に誰も試合に参加できると判断される程度に選ばれるようなのがいなかったのだろうか……けれども一人とはいえ生徒がいるなら、その生徒一人で……とは本来ならならないんだろうなとは思う。多分、その一人で出た人がおかしい。


「ちょ、っとまって? その、三度も試合に出た人って何者……!?」


 テラは強くなれと言っていた。彼自身、神前試合に参加した事があるならその言葉が出るのは当然だろう。

 直接体験して、そして恐らくは求められているハードルの高さを知ってしまったに違いない。


 基準としてはその三度も参加する事になった相手がそうなのだろう。

 むしろそれくらいの強さがなければまともに渡り合えないとテラが考えたとしてもおかしくはない。


 ただ漠然と強くなれと言われるより明確な目的・目標がある方がマシであるとはいえ、その目標があまりにも大きすぎるようであれば、そこに至れないと判断した時点で色々と終わりしか見えてこない。

 三度参加した相手ですら、世界を変えるまでに至っていない。イア曰く自分が魔王にならないと世界が滅ぶらしいのだが、恐らくはその三度参加した相手と同等かそれ以上の実力がなければならないのではないか……?

 どうにかなりそうだと思えるならばまだしも、そうでなければ。


 再び浮かび上がる様々なバッドエンド。考えられる限りの最悪の事態がポコポコと脳内を駆け巡っていく。


 頼む、どうにか自力でなんとかできそうな範囲であれ……!


 そう思いながらも、何らかの参考になるだろうと思ってナビにその何か凄い魔王の事を聞けば。



「歴代最強の魔王と称されたそのお方の名はウェインストレーゼ。そして、次の神前試合で共に戦ったお仲間を、ファーゼルフィテューネ。そこについていけたテラも凄いとは思いマスが……このお二方はまさに別格デシタネ」

「うん!?」


 どこか遠くを見るように懐かしむような声で語られた名に。


 ウェズンは激しく戸惑った。すごく……聞き覚えがあります。


 というかだ。


(父さんと母さんじゃん……!?)


 あの人たち家ではウェインとかファムとか呼ばれてたけど、学園に入る前の書類だとかで自分のフルネームを知った時に、両親の正式な名も知る事になったのだ。なので記憶に新しい。親の名前が記憶に新しいというのもどうなんだとは思うが。


「あぁ、成程ね……なんかテラ先生に期待されてる気がしたけど、そういう事か……」


 謎は全て解けた。


 別に謎でもなんでもないかもしれないが、気分としてはまさしくそれだった。

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