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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
二章 チュートリアルなんてなかった

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強者の余裕



 襲撃がある、と知ったからとてこの状況でどうにかできるかと言えばそうじゃない。

 知っていれば全てを未然にどうにかできるなんて事、そもそもあるはずがないのだ。


 現に今だってそうだ。

 神に見捨てられたこの世界はいずれ滅びを迎える。それを知っていながら滅びの道を回避できているか、と問われればそんな事はない。ウェズンが魔王になって、どうにかできれば滅びまでの時間を延命できるかもしれないが、確実に世界を救えるかとなると話は別だ。

 イアはどうにかなると思っているようだが、ウェズンからすれば魔王になるだけで世界が救われるとは到底思えるはずもない。魔王になるのは最低条件で、それ以外に絶対何かがあるはずなのだ。


 世界がいずれ滅びると言われたからとて、どうにかできる気がしない。

 知っているなら何もかもどうにかできるなんて、そんな簡単な話であるはずがないのだ。


 世界規模だから無理だと思えるのかもしれないが、もっと小さな――それこそ例えば、テストの問題を事前に全部知ったとして。じゃあ満点がとれるかとなれば。

 頭が良ければ事前に問題を知って解いて答えを理解できていれば満点も余裕かもしれない。しかしそういう頭の良い奴は事前に問題を知らなくたって問題を出されれば普通に解けるだろうから、あまり意味が無いと思える。

 だが、大抵の連中は事前に問題を知ったとして、必ずしも満点がとれるか、となると微妙なところではないかと思う。

 もっと言うなら頭の悪い奴は答えまで暗記できたとして、テストの時までに全てを暗記したままでいられるか。


 事前に知っているから何もかもが万全である、なんてのはそういう風に考えると無茶な話なのだ。



 イアが原作を全て覚えていたとしても。

 途中でどこか展開を変えてしまえばそれ以降の展開も地味に変化するだろう。

 それを考えると、イアが原作の内容をほとんど覚えていないのはある意味で良かったのかもしれない。

 覚えている展開通りに事を進めるとなると、一挙手一投足間違えるわけにはいかなくなるだろうし。下手をすればセリフの言い回し一つも間違えられなくなる可能性が出てきてしまう。


 けれども、覚えていないからこそ。

 とうに原作から乖離していたとしても、だろうな、と受け入れる事ができる。

 主役格が二名も転生者な時点で破綻しているのだから、今更だろう。


 ともあれ、襲撃がある、と知らせてくれたのはいいがある意味で手遅れだったわけだ。これが前日あたりに言われていたなら、もう少し心の準備だとか、はたまた何かこう……いい感じのアイテムだとかを用意しようとしたかもしれない。だが襲撃があると知ったのは、既に旧寮の中に入り込み、引き返すのも難しい状況になってからだ。


 となれば、現時点で打てる手段でもってどうにかするしかない。


 ある意味で無茶であり無謀だと思えるが、泣き言を言っている暇があるなら行動するしかないのだ。

 だからこそ、余裕の笑みを浮かべる男をどうにかしないといけない。圧倒的に強者の余裕をかましている男の態度は、しかしそれが許されるだけの実力を持っている事を示している。どうせなら自分の実力を過大評価した調子に乗ってるだけの奴なら良かったのに、困ったことに強者であるのだ。

 この世界に転生してから、父にある程度戦いの手ほどきをされてきたのでそこら辺は理解できてしまった。勇者がやって来た時だって、それで命拾いしたようなものなのだが、しかしこういう時自分と相手の実力差を推し量れてしまうのもまた困りものである。

 真っ向から戦って、勝ち目があるかと問われればその可能性は低い。

 故に、正々堂々なんて手段は切り捨てる。


 ここは学園の中で、今回は勇者が強襲したわけではないとはいえ、しかし目の前にいる男の正体がわからない。生徒には見えない――制服を着ていないからというのもある――が、かといって教師か、と問われればそれも違う気がした。

 割と暴力に訴える教師もいるが、テラとて時と場合を選んでいる。例えばこちらが攻撃を仕掛けてきた時だとか、そういう授業の時だとか。けれどもこういう風に、わけがわからない状況のままテラが攻撃を仕掛けてくる事はなかった。だからこの男が教師ではない、とは言い切れない。


 今回、こういう役割を持っている、という可能性もあるのだから。


 掃除当番と言いながらその実特別授業でした、というオチは考えられる。

 だが、男は機会があれば平然とウェズンたちを殺すだろう。死んだとして、相手が弱かったから。こっちは手加減したんだがなぁ、なんて平然と言い放ちそうだと思ってしまった。男が自ら言ったわけではない。ウェズンの想像で、偏見だ。けれども、なんだかとてもしっくりくるのだその偏見に満ちた想像が。


 ルシアは早々に気絶した。

 思った以上の速度で接近されて蹴りを胴体にめり込ませ、勢いよく廊下の端までとんでいって、床の上で一度大きくバウンドして叩きつけられ、それからピクリとも動かなくなってしまった。

 男は見た目からわかりやすいくらいに近接戦闘を得意としているようだった。

 鍛え上げられたとわかる身体は、どちらかと言えばレイが近いかもしれない。だが、恐らくはレイよりもこちらの方がより鍛え上げられているだろう。並んで立ってもらって比べたりしたわけじゃないが、なんとなくわかる。


 かつて、レイと殴り合いをした時はかろうじてウェズンが勝利をおさめたが、今にして思えばレイはきっと本気ではなかった。ウェズンだって殴られるのは痛いのでなるべく避けたけれど、それ以上に後ろにイアがいた。小柄でどう見たって自分より年下に見える相手が後ろにいて、そこでウェズンを吹っ飛ばせば最悪巻き込む可能性が出てくる。

 最終的に全員倒すつもりであったとしてもだ。それでも、あのレイならば相手をみて加減ぐらいはしただろう。

 勿論それを本人に言えば否定されるとは思う。は? 手加減? するはずないだろ。最近少し会話が増えてきたので、何となくレイという人物についてもわかることが増えてきたからそう思うだけだ。


 勿論完全に敵対すれば、きっと容赦はしないだろう。

 けれども今はまだ、多少手心を加えようとするだろうなと思うのだ。殺すしかない状況になれば切り替えるだろうけれど、そうじゃないならある程度は足掻くだろうなと。ウェズンがそう思いたいだけかもしれない。


 だがしかし、目の前にいるこの男にそういう感情はない。

 こいつはレイではないので、レイのようにこちらに対して何らかの感情を持つはずもない。なので手加減をしてやろうなんぞという感情が浮かぶはずもないのだ。


 そして弱者である相手を見逃してやろうという考えもなさそうである。

 大鎌を構えたウェズンを見て、僅かばかり片眉を跳ね上げ面白そうなものを見つけた、みたいな表情を浮かべている。まぁそうだろうな、と思う。


 ウェズンが手にしている武器は、本来こんな狭い場所で使うようなものじゃない。何せ大鎌だ。広い場所でぶん回すならともかく、こんな所でそんな風にぶん回せば間違いなくすぐさま壁にぶつかる。というかぶん回せる程の広さがあるかという話である。

 寮という事もあって多少普通の建物よりは広めに作られているとはいえ、廊下で戦闘を想定されて作られた建物ではないのだ。いやもしかしたら想定されてるかもしれないけれど、だが間違いなく鎌を振り回して立ち回る事は想定されていない。

 だからだろう。男が楽しそうに見ているのは。

 彼は、ウェズンが次にどうでるかを観察している。それも楽しんだ上で。余裕からくる行動であるのは言うまでもなかった。


 ウェズンとて、普通に鎌を振り回して戦おうとは思っていない。今から魔力を注ぎに注いで形状を変えるという方法もあるけれど、それをやろうとすると恐らく男は黙って見ていてくれないだろう。この空間に適した武器になった場合、多分遠慮も何もなく全力でこちらをぶちのめしに来ると思う。

 何故って不利だろう要因が消えたのなら、それこそ遠慮も手加減もいらないだろうから。

 今はまだ不利だと思われているから、どう出るかを観察されているだけだ。


 だからこそ、武器の形状を変化させるのは得策ではない。



 ――と、普通ならそう考えるのだろうけれど。


 このままでどうにかできるとは思わないのでウェズンはあえて武器の形状を変化させる事にした。

 あからさまだと即座に向こうも反応するだろうと思ったので、見た目は極力変えずに鎌部分を薄く伸ばしていく。そうして全体を刃に変えて振り回した。薄く、それでいて固いリボン状になった刃が男に向かって伸びていく。


「へぇ?」


 だが男の余裕は崩れない。固さがあって刃となっても薄く、それでは皮膚を裂く程度だと判断されたのだろう。傷はつけども致命傷には至らない。瞬時にそう判断して男はその刃を掻い潜るようにしてウェズンへ接近しようとし――


「ぐっ!?」


 直後、リボンは男に巻き付く。刃となった部分は上と下の端で巻き付いただけなら傷を負う事もない。とはいえ、思った以上の強さで巻き付いてきたそれに強制的にその場で足止めを食らう。

 そこから更に形状を変化させて、巻き付いた部分に小さな棘を無数に出す。そうしてウェズンは巻き付いたリボンをほどくように勢いよく引っ張った。

 脳内では時代劇の悪代官が町娘の帯を引っ張っている図がちらっとよぎったが、まぁ大体そんな感じで合ってる。ただ、悪代官と異なるのはほどくのは帯ではなく凶悪なトゲつきリボンであるという点だ。しかもリボンではあるけれど、刃でもあるので扱い方を間違えればズタズタになる。


「いってぇ!?」


 いやいてぇ、で済むのかよ……と内心ウェズンはげんなりしながらも、そのまま魔術を発動させて追撃を仕掛けた。

 例えるならば超高速で卸金で皮膚をすりおろしたようなものなのに、それで済むとかこいつの耐久度合どうなってるんだろうと戦慄する。

 普通の人間なら間違いなくあまりの痛さに泣いてるレベルだろうに。ちょっと調理中にうっかり怪我しちゃいました、では済まない勢いで皮膚をすり下ろされたようなものだというのに男は血を流しながらもピンピンしていた。

 だがその余裕も一瞬だったようで、次に発動したウェズンの魔術を食らえばその場で頽れて悶絶する。


 何てことはない。


 ただ水を出しただけだ。


 ただその水にちょっと塩分が多量に含まれた状態だっただけで。


 あれをいてぇの一言で済ませたから効果があるかは微妙だったが思った以上に効果は抜群だった。更に他の魔術を連発させつつ、ウェズンは一度廊下の奥へ駆け、倒れたまま動かないルシアを回収する。

 ぐったりとしているけれど一応息はしているので生きてはいた。なるべく揺らさないようにそっと抱え上げ、やっぱ重いな……なんて思いながらも階段へ移動――しながらも男へ警戒は怠らない。

 発動させた魔術で塩分過多な水が凍った挙句それが更に突き刺さった状態なので多分そう簡単に動き回る事はないと思うが、念の為風の魔術で空気を圧縮させたもので男の頭をぶん殴っておく。


「がっ!?」


 その衝撃で凍った塩水が尖ったやつが更に深く突き刺さったのか、男は白目をむいて倒れた。


「良かった……こいつが油断してくれててホンットーに良かった……」


 そうじゃなかったら武器を出した時点でウェズンだってボッコボコにされて倒れたに違いないのだ。


 近接戦闘に持ち込まれていたら、回避できたかもわからない。一発食らえばその時点で動きが鈍って防戦一方だとか、そういう可能性になってただろう。


 とはいえ。

 これでじゃあ安心かと問われると。



 まだ下の階で何かがあったのは確実だろうしそれが解決してるかもわからないので。


 息を大きく吸って吐く。

 呼吸を整えてから、ウェズンはゆっくりと階段を下りたのだった。

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