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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
二章 チュートリアルなんてなかった

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出現フラグ? 知らない子ですね



 なんでいっつも思い出すのが遅いのかなぁ……なんぞと思いながらもイアは階段を下りていた。

 旧寮、と聞いた時点でピンときて思い出すべきだったのに。


 小説版ではどうだったかあまり思い出せていないけれど、それでもここはゲーム版ではレベル上げ施設みたいな扱いだったのだ。

 ゲームでレベルを上げる際、基本は学外授業で外に出た時に魔物を退治したりして強化していくわけだが、学園に戻ってきてから好き勝手外に出られるかというとそうではない。できないわけでもないが、外出届を出すだとかまぁシステム的に面倒な感じなのだ。現実的に考えれば普通の事なのかもしれないけれど。


 なので学外に出ないでレベルを上げるための場所、というのが学園にも存在していた。

 魔物こそ出ないけれど、例えば訓練室で先輩などが稽古つけてくれるだとかもあった。勝てば何かアイテムがもらえた気がする。

 とはいえ、訓練室に実際イアが足を運んでみた時は特にそういう感じのイベントがあるでもなく。

 だからこそ思い出すのが遅れたのかもしれない。ここの存在をすこんと忘れてるのもそれはそれでどうかと思うが。


 確か、もう少ししたら向こうからちょっかいかけてくるはず……そう思い出したのでイアは極力背後などに気をつけつつも階段を下りて、そうして三階に着いた。

 あれ? まだだったかな? ここを出る前とかではなかったと思うんだけど……


「あれ? あいつら下りてきてないな」

 最初に三階に着いたレイが階段の上の方を眺め、目を細めた。

 つられるようにイアも後ろを振り返る。レイが最初に下りて、イアはほぼ最後の方だった。実際の最後はウェズンかルシアのはずだが、二人が下りてきていない時点で今最後だと言えるのはイアだ。


 少しだけ待ってみたが、ウェズンもルシアも下りてくる気配がない。そこそこの長さなので、もう一度上がって踊り場から更に上に、と考えるととても面倒。せめて途中で気付いていればまだマシだったものを。

 もしかして、何かあった……? とイアがどうしようかと視線を泳がせる。

 何もないなら下りてこないはずがない。でも、下りてくる様子がない。トントンと階段を下りてくる音がしない。離れているならその音が聞こえていないだけだが、下りてきているならその音が近づいてきていないとおかしい。


 やっぱり、何かが。


 あったのだと考えるべきだろう。

 であるならば、どうにかしないといけない。いけないのだが……


(なんて言えばいいのこの場合)


 言葉に詰まる。


 何かがあった。はずだ。

 だが、確定じゃない。イアとしては何かがあったと断言していいと思っているが、では何故そう言い切れるのかと問われればマトモにこたえられるはずがない。

 前世の記憶から、などと言えるはずがないのだ。

 ウェズンに対しては言ったけれど、そして彼は物語の主人公にありがちな大抵の物事を受け入れるとかいうやつで信じてくれたけれど。

 だが、他の人がそれを信じてくれる可能性はとても低かった。


 イアは知らない。ウェズンが転生者である事など。

 転生者であるが故にそういうものかで受け入れられたという事実を。

 だからこそ、主人公にありがちな何か器の大きい感じのやつだと思っている。

 だがそれ以外の人物に対しては。

 すんなりと信じてくれるとは到底思えなかった。ウェズンが信じてくれた事ですら、ある種奇跡に等しいとすら思っている。


 だからこそ、何かがあった・ある、というこの状況をどう伝えればいいのか。イアは考えあぐねていた。


「あら? 何かしら、あれ」


 そんなイアの思考を断ち切ったのはイルミナの呟きだった。

 廊下の先を何やら見つめて、怪訝そうな表情を浮かべている。つられるようにしてイアもそちらへ視線を向ければ、廊下の先にぽつんとした影が見える。


 影だけ。


 不自然に黒く丸い影がある。まるでそこに誰かがいるとでもいうように。


(あ、あ……!)


 そこで思い出した。

 ウェズンたちに何かあったのは間違いない。けれど、今自分たちも確実に危険な状況にあるという事を。


 とぷん、という音が聞こえた気がした。

 影が揺らめく。

 そうしてそこから、一人の女が姿を現した。日にあたっていないのか驚くほどに白い肌。動いているから人だと思えるけれど、もし椅子に座り微動だにしなければ人形だとでも思ったかもしれないくらいに整った容貌。青い髪は左右に分けられ結ばれている。所謂ツインテールというやつだった。

 クラシカルな服装はいっそ衣装と呼んだ方がいいくらいに非現実じみていて。それが余計に人ではなく人形じみて見える。


 だがイアは知っている。それが人形なんて可愛らしいものじゃない事を。


「えっ!?」


 イルミナもなんだか廊下にポツンとある影から人が出てくるとは思わなかったのだろう。驚いたような声。そして、そこでレイとヴァンも気付く。


 けれども――遅い。


 イアは咄嗟に武器を構えて、女目掛けて糸を全力で射出した。貫いて相手の動きを封じる事ができればいい。だがそれは無理だろう。現に女はイアが射出した糸に気付いて――嗤った。

 シャキン、とやけに澄んだ音がして、糸がバラバラになる。次の瞬間、周辺の気温が一気に下がったのを感じて。



 何がどう、とかではない。考えている余裕なんてなかった。

 ただ、このままではマズイと思ったからこそイアはほとんど反射的に魔術を行使していた。


 ドォン! とやけに大きな音が響く。

 女の仕掛けた攻撃と、イアの魔術がぶつかり合ってできた現象だ、と気づくまでに少し時間がかかった。ぶわっと風が巻き起こってイアはそれに巻き込まれ足が浮いて気付いた時には壁に背中を打ち付けていた。背中だけではない。後頭部もやけに痛む。ごちん、という音が頭の中で響いたのだから、まぁそれだけ強くぶつけたのだ、とはわかったがそれのせいだろうか、視界がぐらぐらする。


 近くにいて巻き込まれたであろうイルミナは上手い具合に壁に足をつけて着地して、そのまま壁を蹴って女に向けて魔術を放っていた。そのまますとっと軽やかな音を立てて床に着地して更に追撃。

 レイとヴァンも同様だった。


 出遅れた感があろうとも、だからといってこのまま黙って見ているわけにはいかない。そう判断してか、ヴァンも魔術を、レイは接近して物理で攻撃を仕掛けていた――がそれらはどれも軽やかに回避された。


 レイの攻撃は紙一重で回避され、魔術に至っては同じ威力のもので相殺されていく。


 ずりり、と背中が壁にこすれながらも落下するのを感じて、イアはどうにか足を床につけた時点で踏みとどまる。まだ頭がくらくらする。けれど、だから何もしないままでいるわけにもいかない。


「気を付けて、その人、人間じゃない……!」


 イアがなんとかそれだけを伝えれば、動く様子もなかった女の表情がかすかだが動いた。口角が僅かに持ち上がる。


「気付いたか、そうか、勘がいいな」


 笑っているはずなのにそうと感じられないのは、目が笑っていないからか。けれども声は弾むようで。

 そしてその声に誘われるように、女の周囲に水が出現する。大きさはそれぞれ拳くらいの大きさだろうか。それが複数女の周囲で浮いている。


 球状ではあるものの水なので形が定まっているわけではない。揺らめいて形をかえて、女の周囲に浮いていた水は時々他の塊とぶつかって融合し大きさを増して――ぱしゃん、と弾けるような音がしたと同時に。


「くそっ!?」


 一番近くにいたレイに突き刺さった。


「っ!? レイ、下がって!」


 魔術での攻撃を仕掛けず接近戦を仕掛けていたレイは、どうにか回避しようとしたようだが一つ二つならまだしもそうではなかった。弾け、小さくなった水はそれこそ小さな刃物のように形を変えて凄まじい勢いでレイの身体に突き刺さって、そうして何事もなかったかのように形を消した。急所だけはどうにか避けたものの、水に濡れ血に染まったレイはよろけつつもどうにか女から距離を取る。それと入れ替わるようにして、イルミナの魔術が発動する。暗くどろりと溶けた闇のようなナニカが女を覆い隠そうとするが、女はそれを一瞥し軽く腕を払う。それと同時にイルミナの発動させた術は最初からそこになかったかのように霧散した。


「う、そでしょ……!?」


 目を見開いて驚愕する。よくわからないが、それでも甘く見て許される相手ではないと判断したイルミナはかなりの威力の術を発動させたのだ。だがそれは、命中する以前の話であった。命中して傷一つつかないだとかならまだしも、命中する前に無効化されるとは思ってもいなかったのだ。

 だがその隙を突いてヴァンが放った魔術が女に命中した――が、


「今、何かしたか?」


 無傷であった。ふん、と軽く首を振った事でツインテールがさらりと揺れる。


 このままじゃ不味いな、と強めにイアは思ったものの、ではどうするべきかが浮かばない。

 ゲームではレベル上げのために戦闘することもあるけれど、そもそもこの相手はもっと後で出てくるはずなのだ。ゲームの中と仮定するなら、まだ現状は序盤もいいところだと思えるのにいきなり中盤から終盤にかけて出てくるようなのが出てこられても、勝ち目があるわけがない。周回プレイをしてステータスを引き継いで強い状態ならいざ知らず、生憎と転生してるとはいえこの世界での人生は一度目だ。しかも原作知識なんて思い出そうとしても大体後になってからそういえば、で思い出すような状況。


 出会ってしまった時点で詰んだとしか言いようがない。


(どうしようおにい、ってか、おにいなんで来ないの? もしかしてそっちにもいるって事? 襲撃に気を付けてとは言ったけど、分断されるとか思ってなかったホントどうしよ……!?)


 どうすればいいのかいい案なんて思い浮かばずに、ただ焦りしか出てこない。もし、もしウェズンの方にも同じようにいるのであれば。

 そしてウェズンが負けた場合。


 挟み撃ちになるのは言うまでもなかった。


 仮にここから階段を更に下りて逃げるにしてもだ。

 下の階にもいないとは限らないのだ。


 言うなればやたら敵の強いダンジョンの奥で戻る手段もないまま回復アイテムも魔力も尽きたくらいヤバイ状況である。


 女の周囲に再び水が出現する。

 細長い形でまるで何かが泳いでいるようなそれらは、実際泳いでいるのだろう。こちらが下手に動けば間違いなくそれらは牙をむく。


 今までそこまで実感した事のない、生命の危機。

 集落にいた時もそれなりに危険ではあったのだけれど、ろくに身動きできなかった時の比ではない。打つ手が何もないような、なすすべなく死ぬしかなかった時と比べると今は何かしら打つ手がありそうな状況だというのに、それでも何もできないのだ。


 落ち着いて、それでもどうにかこの状況を何とかする方法を考えなければならないのに、イアの呼吸はそれに反するようにどんどん浅くなっていく。

 視界にノイズが走るように不明瞭になっていく。


 ぱしゃ、と何かに水がぶつかったのか、場違いなくらい涼しげな音がして。


 気付いた時にはイアの身体は水に包まれて――


「がぼっ!?」


 息をし損ねて、ほとんど体内に残ってなかっただろう酸素が吐き出される。


 あ、ヤバイ。


 そう思ってはいるけれど。動いたところで水は全身を包んでいるし、どんどん冷たさを増してくる。揺らめく視線の先にいる女は――



 ただ、笑っていた。

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