知ってるからってどうにかなるとは限らない
外観も大概であったが中に入ってみると更に大概であった。
鍵はかかっていなかった。他の生徒が探検だとかで中に入り込んだりして荒らしたりしなかったのだろうか……? などと思ったものの、中に入って見える範囲はそこまで荒れ果てているという感じはしない。だがしかし、とにかく暗い。
外が森に囲まれた状態になっているし日当たりは最悪だから中が暗いのは薄々わかっていた話だが、それにしたって暗い。
時間帯を把握していなければ間違いなく今は夜だと思いこめるような暗さである。
思わずウェズンは明かりの魔法を唱えて室内を照らす。この時点で意外と近くに誰かがいた……なんて事はなく、旧寮内はしんと静まり返っていた。
聞こえるはずのないしーん、という音すら聞こえてきそうな程に静かで近くにいるレイたちの普段は気にも留めない呼吸音すら気になるくらいだ。ちょっと身動ぎした時の布がこすれたような音も、髪がさらりと揺れた時の音も、やけに気になる程に静かだった。
ぷしっ、という音が聞こえたのは少し異様な雰囲気にのまれそうになった矢先だった。
音がした方へ視線を向ければルシアがくしゃみをしたらしく、鼻の下を指でこすっていた。
「ここ、寒くない?」
「言われてみれば少し冷えるな」
隙間風が入り込んでいるとかいうわけではないが、何というか空気全体がひんやりとしている気がする。
「え、ここ掃除すんの……? 本気で言ってる?」
別段何があるというわけでもないが、それでも何かが出そうな雰囲気のある建物の中でルシアの声はかすかに震えていた。
「一応学園がある場所だから、危険はないと思いたいけど……どうする? 各自別れて掃除する? それとも時間かかるけどある程度まとまって行動する?」
視線が泳いでもう既に帰りたい……と訴えているルシアを見て、流石にじゃあ掃除しようか各自散開ッ、とは言えなかった。そんなことをすれば、ルシアは早々にいや無理だから! 逃げ帰ってやるから! とか言いそうな雰囲気だったのだ。
これがいかにもオバケがでますよ、という雰囲気であればまだしも、そこまで酷いわけでもない。
むしろアトラクションとしてのホラーハウスの方がまだ出るのがわかってるしアトラクションだともわかってる分良心的とまで言える。ここは、別に何が出るとも言われていないが、しかし出ないと断言もできないのだ。
「え、嘘でしょここ使用してる人いんの……? 心臓オリハルコンでできてらっしゃる……?」
「複数で毎日ワイワイしてたら気にならないんじゃないか?」
すっかり尻込みしているルシアに、慰めるようにヴァンが言う。とはいえ、こんなところで毎日フィーバーしてるようなのがいると考えるのも何となく嫌だった。気持ち的には墓地くらいに静かすぎて、そこでパーティー騒ぎとかしてる奴がいる、と考えると確かに関わりたいとは思わないのもまた事実。
「正直さっさと済ませたいけど……各自で適当に掃除した結果やり方が甘いとか後から言われてやり直し、なんて事になるよりかはいっそ全員で確実に終わらせてった方がマシかもな」
纏まって行動するとなると無駄に時間がかかるのは言うまでもない。だからこそその意見に反対しそうだと思われていたレイが逆に賛成した事に内心で驚きつつも、ウェズンはその言い分にも一理あるな……と納得していた。
後からチェックされてここ掃除できてないからやりなおしな、なんて言われたらそこを掃除したの誰だよとなりそうだし。それなら全員で確実に掃除していって複数でチェックしてこれなら大丈夫だろうとなった方が確かにマシだ。その状態で後日やりなおしを命じられたらむしろチェックが厳しすぎるんだわ!! となるだろうけれども、まだ仲間内で責め合う事にはならないだろうし。
「とりあえず……それじゃ上から掃除していこうか」
基本的に上からやってって、最後に下をやれば終わったらすぐに寮から出ていける。上のごみを下に落として後でそれらを集めればいいか、なんて考えもあった。
というか掃除の基本は奥から手前だし上から下だ。
なので、それを知ってる者は特に反対することもなく、それを知らなくとも他の誰かが反対する事もなかったので、じゃあそれで……となったわけだ。
階段を上がって、四階にたどり着く。正直いくら転生して若返った肉体であっても、階段を延々のぼるのはだるかった。息切れを起こす程疲れたりはしていないけれど、それでも既になんとなく疲れた気がしてくる。階段を上がったところで廊下は左右に伸びていた。旧寮はどうやら今ウェズンたちが使っている寮とは内部構造が大分違うようで、寮、と言われても全然違う建物に思えてくる。
「とりあえず……同じ階だし左右に分かれて掃除しつつ最終的にここ合流って事で大丈夫かな?」
「ま、それでいーんじゃねーの。念の為かたまって行動するにしても、全員で寮の一室一室掃除するとなると空間拡張魔法は流石に使用されてないだろうし、そうなると部屋狭いだろ」
「じゃ、三名ずつに分かれていこうか」
「はいはいそれじゃあたしおにいと!」
「勿論親友の僕もお忘れなく!」
早い者勝ちとばかりにイアとヴァンがウェズンの両隣を陣取る。うえっ!? と声をあげたのは、置いてけぼりを食らったルシアだ。
だがしかしレイもイルミナもどうしてもウェズンと組みたいだとか、イアやヴァンと行動したいというわけでもないので二人は何も言わなかった。なので自動的に組み分けは終了した。こうなってしまってはルシアが何を言ったところで無意味だろう。
ひとまずウェズンたちは右へ、レイたちは左へ廊下を進んでいく。
奥の部屋まで移動して、そうしてその室内を掃除して廊下に出て次の部屋へ……を繰り返していけば、余程どちらかが手を抜くかやたら仕事が早いかのどちらかでもない限り、大体同じくらいに階段付近で合流できるだろう。
レイが言ったように、実際部屋の中は殺風景でそこまで広いものでもなかった。
だからこそリングから取り出した掃除道具で部屋の中をざっと掃いて、そうしてごみを廊下へ出していく。
「思った程汚れてないな」
そう呟いたのはヴァンだった。
人が住まなくなった建物は傷むのが早いというが、ここを使用している誰かがいるというのであれば傷むだとかどうだとかは関係ないのかもしれない。けれどそれならばそれなりに汚れていてもおかしくはないはずなのだ。使用者が自分で掃除をしているような口振りではなかった。もし自分で掃除をしていて、けれどもそいつだけでは不安であるというのならテラももう少し別の言い方をした事だろう。
けれどテラの言い方ではここを使っているだろう相手は掃除を自分でしないような言い方にしか思えなかった。なのでもっと汚れていてもおかしくはない……はずだ。
「この辺りは使ってないだけなんじゃないか?」
とはいえ、使用者がどれくらいいるかはわからない。
一人かもしれないし複数かもしれない。
にしたって最上階まで毎回階段を使うのは面倒だと考える可能性は高い。
一階はうっかり虫だとかが入り込む可能性もあるので避けるにしても、周囲は鬱蒼とした森。二階も三階も正直大差ない気がする。四階は……正直窓の外を見る限り、木の上から虫がこちらに飛んでくる可能性はあるし、ぶっちゃけどの階でも虫が入り込まない保証はない。
ここを使っている誰かが虫などどうでもいいというのであれば、もう少し汚れている可能性があるのは下の階だろう。
「あ!」
「どうした? イア」
「あ、あぁああいや、にゃ、なんでもないよ?」
突然声を上げたイアに何かあったのかとそちらに視線を向けてみるが、イアは首をぶんぶんと大きく振ってなんにもありませんよとアピールをする。むしろ何かありますと言っているようなものだが、イアは必死に首を振っている。
部屋の四隅に埃がたまらないようにしっかりと掃き掃除をして、中のごみを廊下へと移動させてそのまま次の部屋の近くに埃の塊だとかを置いておく。家具も何もない部屋の掃除は物を移動させたりする手間が無い分楽ではあった。
「おにい、おにいどうしよう」
ヴァンが次の部屋に入るのを見て、ウェズンがその次に入る前にイアはウェズンの制服の裾を掴んで小声で呼びかける。
「なんだ?」
「ここ戦闘ある。襲撃に気を付けて」
「何かあったのか?」
「ううんなんでもない! 今行く!」
小声でウェズンに告げた直後、部屋の中に入ってこない二人にヴァンが声をかける。それに咄嗟に返して、イアはそれ以上何を言うでもなく部屋の中に入った。
ウェズンもそのすぐ後に部屋の中に入り、先程の部屋と同じように掃除をする。
だがしかし。
襲撃があるとは穏やかではない。
まさか先日の勇者たちがまた……? と思ったが、イアの反応からしてそこまで危険性があるようには思えなかった。もし、あの時男子寮前を陣取っていたようなのがまた来るのであればウェズンだってそいつぁやべぇや! とか叫んだかもしれないが、イアの言い方から死ぬなよというよりは本当に不意打ちとかに気を付けてね、といった程度でしかなかったのだ。
襲撃、ね……
少し考えてみるが、勇者が立て続けに来るとは思いたくないし、だとするならば。
(この旧寮を使ってるって奴か……?)
可能性としてはあり得る。
とはいえ。
そういうのがありますよ、と言われたからとて完璧に対応できる気はしなかった。




