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気分はゲームのチュートリアル



 一応昨日も名乗ったが、と前置いて教室に入ってきた教師は自己紹介を始めた。


「テラ・イグナルード。まぁ気軽にテラ先生と呼ぶがいい」


 いやそれ気軽って言うか普通の呼び方では。

 そう思ったものの突っ込んだが最後、なんだか目をつけられそうでウェズンは平静を装った。


 昨日、殴り合いを宣言した時から終わるまでの間に見た時とそう変わらずだ。そりゃそうだろう。教師は殴り合いに参加していなかった。

 いきなり殴り合えなんていう事を言い出してしかもやるしかない状況に持ち込むような奴だ。

 こいつもいつ乱闘に参戦するかと思われて半ばパニくった生徒が襲い掛かろうとしたものの、その生徒はカウンターを食らいあっという間に昏倒した。


 あまりにも無駄のない一撃に思わず周囲も一瞬だけ動きを止めて見てしまったほどだ。

 そうしてにこりと微笑むと、

「俺様に攻撃を仕掛ける場合は容赦なく沈めるぞ」

 なんて言ってのけたのだ。


 冗談やハッタリではない事はよくわかった。

 なんなら仕掛けた生徒は見せしめにやられたと言っても間違いじゃないだろう。


 死んでなかったらポーションだとかの魔法薬で治せるし、と言うのも透けて見えた。


 これが担任になるのか……と改めてヤバいのでは? としか思えなくなってくる。

 イアは担任に関して特に何かを言っていなかったので、てっきりそこそこ普通の人だとばかり思っていたのに。

 けれども魔王養成学校とも言われるべき場所だ。魔王を育てる相手と考えれば、果たしてそれはマトモだろうか? と思えるわけで。


 なるべく目を合わせないように――目が合った途端絡まれそうな予感しかしない――ウェズンはテラと名乗った男を見た。


 金色の髪といっそ鮮やかなまでのエメラルドグリーンの瞳、ついでにそれなりに整った顔。

 身体つきもそれなりに鍛えられているのがわかるし、全体的に整っている、という感想が浮かぶ。しかし彼の身長はかなり低かった。恐らくイアと同じくらいだろうか。彼が昨日教師であると言わなければ同じ生徒だと信じて疑う事はなかっただろう。

 低身長である事を揶揄うような奴はいないと思いたいがもしそれを言う奴がいた場合、果たしてどんな目に遭わされるのやら……とも思えてしまった。


 彼が自分の身長に関して何のコンプレックスも持っていなければ何事もないかもしれないが、そこがわからないうちは下手に軽口をたたくのも得策ではない。

 イアの話では学園もので魔王として成長するべくなんやかんやする話、ととてもふわっとした感じでしかわからなかったが、ウェズンの前世の記憶で見ただろう漫画やアニメ、そしてドラマなどを思い返すにあたり学園ものの教師というのは頼りになるか余計な面倒事をもってくるかのどちらかだ。どっちもという可能性もあるが、正直初日から目をつけられるのだけは避けたい。



「んじゃまぁ、とりあえず次はお前らの自己紹介といくか」


 自己紹介と言っていいかもわからないくらい手短な挨拶が終われば、テラはとてもやる気のなさそうな声でそう告げる。

 えぇ……? と困惑したような声を上げたのは一部だけだ。

 自己紹介に対してイヤだとかそういう感じではなく、テラがもう少し詳しい自己紹介をするものだと思っていたのにそんな事がなかった、という部分に対して上がった声なのは明白だった。


「とりあえずお前からな」


 なんて言ってテラは端の席に座っている生徒に指を突き付ける。人に指差しちゃいけないってお母さん言ったでしょ! なんて突っ込める奴はこの教室内にはいなかった。




「ウェズリアスノーデン・グラックローム。名前は長いのでウェズンでいいです」


 いよいよ自分の順番がきたのでそれだけを言う。

 正直自分のフルネームを知ったのはなんと学園に入るギリギリ直前であった。

 今まで自分の名前はウェズンであるという事を疑う事すらなかったのに、実はこれが本名である。

 いや長いわ。

 最初に自分のフルネームを知って思ったのはこれだった。


 だがしかし、両親の名前もそういや長かったな、と思い返してもしかしてこれが普通なのか……? とも思うようになったのだ。

 しかし他の生徒の名前はそう長いものばかりではない。となると、一族的なやつとかそういう感じだろうか……? 生憎と考えたところでさっぱりなのでウェズンはその疑問を彼方に放り投げる事にした。


 自分が名乗っていた間、テラはじっとこちらを見ていた。

 その瞳に自分が映っているのがはっきりとわかる程に凝視されていた。


 何事もないかのように装ってはいたけれど、テラの瞳に映る自分の表情はそこはかとなく引きつっていたように思う。

 まぁ人間の目に映ってる自分の姿なんて鏡で見るより小さすぎてもしかしたら気のせいかもしれないが。


 けれども、ほんのり赤が混じった灰色の自分の目は間違いなく困惑の色を浮かべていただろう。

 なんとなく気まずい思いをしながらも、特に何かを言われたわけでもないので自分の次に自己紹介をする相手の声に耳を傾ける。


 そうして自己紹介と言うよりはただ名を名乗るだけの、なんだか下手をすれば儀式めいたようなものを聞いていってウェズンが気になったのは以下の人物たちだ。


 まずは昨日最後に殴り合った男。

 レイ・クルークロウ・レグナストと名乗った彼は金髪碧眼の長身の青年だ。

 手足も長くその身体は適度に鍛えられていた。ついでに人を殴り慣れていたような気がする。

 それ以外に特徴と言えば、左頬に五芒星がある事だろうか。

 最初はタトゥーか? とも思ったけれど殴り合いをして至近距離で見てそうではないと気付いた。


 よく見ればそれはどうやら痣のようで、そんな面白愉快な痣ある!? と殴り合いの最中だというのにウェズンは危うく叫びそうになったのは記憶に新しい。



 次にイルミナ・フィオ・エーデルーン。

 黒髪黒目のウェズンからすればなんとも馴染みのある色合いの娘だ。

 髪の長さは肩のあたりまでで、その毛先は外側にむかって跳ねている。

 イアよりは若干背が高いだろうか。それでも恐らくは平均的だと思われる。

 殴り合いのどのあたりで倒れたかは記憶にないが、とりあえずウェズンが倒した相手ではない。

 ウェズンが気になったのは、彼女の外見だ。

 なんというか、この教室内では恐らく一番の美人と言ってもいい。


 イアによるこの世界は小説――と一部ゲーム――の世界のはずなんだよ! という言葉から判断するならば、クラスで一番の美人なんて間違いなくレギュラーキャラだろう。メタと言われようとも彼女がただのモブであるとは思えなかった。



 その次に気になったのはヴァーンリヒ・ティル・グランゼオンと名乗った男だ。

 こちらは若干赤みがかった金色の髪と青い目の青年だ。眼鏡をかけていて、どちらかといえばその見た目からはインドア派にしか見えない。そして制服の上から白衣を着ている。

 おかげで悪目立ちしている気がする。しかし本人はその視線を何とも思っていませんよとばかりに受け流していた。


 彼はウェズンと同じく名前が長いからヴァンでいい、とも言っていた。

 気になる部分は他にもあったが、流石に今それを質問できる感じではないし、誰も何も言わなかったのでヴァンの自己紹介も早々に終わり、気付けば次の人物が名を名乗っていた。



 ルシア・レッドラム。

 銀髪と灰色がかった紫の目の……少年だった。

 声を聞くまでは少女のようにも見えていたため、性別がわからなかった。

 ヴァンとルシアに関してもやはりメタ読みでこいつらモブではないんじゃないか? というとても雑な判断だ。ヴァンなど見た目で悪目立ちしているというのにこれでモブとかないだろう、という理由だし、ルシアに至っても見た目だけなら性別不明。声を聞く前までは美少女の部類に入りそうだなとすら思ったほどだ。これでモブとか有り得ないのではないだろうか。


 同じクラスとはいえ、彼らが味方になるとは限らない。時にライバルとなって主人公の前に立ち塞がる可能性だってある。

 とはいえ、少年漫画にありがちな展開として普段はライバルであっても強敵が現れた時のみ結託、なんて可能性もあるかもしれない。一応仲良くできそうならしておいた方がいいんじゃないかな、とウェズンは打算たっぷりに考える。



 とはいえ、昨日の殴り合いなどでヴァンはともかくルシアはどのあたりでやられたかは覚えていない。というかこの二人もウェズンが直接殴り合った相手ではないので。

 いかにもモブっぽい相手を何名か殴り飛ばしたのは覚えているけれど、それ以外だとやはり記憶に残っているのは最後まで殴り合う羽目になってしまったレイのインパクトが強い。



 なんてウェズンが覚えている相手とあまり記憶にない相手とを脳内で振り分けているうちに気付けば自己紹介もほとんど終わりに近づいていた。


 最後に名乗る羽目になったのは、


「イア・グラックロームです。よろしくお願いします」


 モブだとか主要キャラだとかを気にするまでもなく、ゲーム版とやらの主人公的立場の妹であった。


 小説は文章で人物の特徴が特に書かれない限りそれが本当に主要キャラなのかモブなのかもわからないけれど、ゲームであるならば。

 自己紹介してるシーンなら間違いなくグラフィックもあるだろう。

 ウェズンが知るゲームはかなり昔のものからそれなりに新しいものまであったけれど、古いゲームじゃなければボイスがついていたり登場キャラの立ち絵でモブかどうかの判断はできるはず。


 とはいえ、肝心のイアはそれすら覚えていないというのだから今のところ判断のしようがない。


 仲良くなった相手が原作で後から裏切る奴でした、なんて可能性もあるので油断ならない。そういう展開が果たしてあるかもわからないけれど。


 後で時間をみつけてイアに誰かしら何となく記憶に残っている相手がいるかどうかを確認しよう。そう決めて、さて次はあの教師、一体何を言い出すんだろうかとほんの僅かながらに身構える。


 連日殴り合いなんて馬鹿げた事は言わないと思うけれど、じゃあ今日はお互い半殺しにしあってもらいまーす、とか突然のデスゲームが始まったっておかしくはない気がしている。


 けれどもそんな物騒な考えは杞憂だったのか、テラは、

「それじゃまずお前らにはこれを渡しておこうと思う」

 なんて言って指をパチンと弾いたのだ。


 すると目の前、机の上に銀色の輪っかが出現した。


「まぁなんだ。お前らは最終的にこの学園で魔王目指してもらうわけだが。現時点じゃひよっこもひよっこ。ケツに殻がついてる程度で済めばいいがぶっちゃけお前らなんぞようやく殻割ってどうにか外に出てきたばっかのたまピヨどもだ。

 いきなり空間収納系の魔術だ魔法だと覚えられるはずもねぇ。仮に使えたとしても、それを常時発動できるだけの実力はないだろう。

 ぶっちゃけ教師陣の中にも未だに使えない奴がいる。

 つまりは向き不向きがあるわけだ。

 だがそんな事を言ってられる余裕もねぇ。そこで、この学園の生徒になった時点で配布されるのが――このマジックリングってわけだな」


「はい先生!」


 びしっと手を挙げて声を上げるイアに、なんだ? とテラは言っていいぞと頷いてみせる。


「つまりどういうことだってばさ」

「要するに、このリングには収納魔術が組み込まれている。ついでに個人認証タイプなので身分証明書にもなるわけだ」


 そう言われると何か凄いアイテムなのでは、と思えてしまってウェズンはまじまじとそのリングを見つめた。


 見た目だけならシンプルなシルバーリングだ。いささかサイズは大きい気もするが。これ手につけたとしてもぶかぶかで何かの拍子にするっと抜け落ちるんじゃないか……そう思える。

 そしてそう思ったのはウェズンだけではなかったようで、レイが机に肘を立て頬杖つきつつも、

「でもこれサイズでかくね?」

 なんて言っている。そうだよな。

 この教室にはびっくりするくらい体格の良い男だとかはいないけれど、それでも男子生徒たちの手にも余裕でぶかぶかそうなリングだ。女子生徒なら間違いなく全員何かの拍子に――それこそ腕を下におろした時点でリングは落下するのがわかりきっている。



「あぁ、それな。とりあえず腕なり指なり装着するようにして自分の魔力流せば個人認証完了で、ついでにその腕輪のギミックも使用可能になる」


 武器やその他アイテム、何なら所持金も全部収納可能だ。


 そう言われてただのシルバーリングだと思っていた物がとんでもないアイテムだと理解して、思わず手で触れるのも躊躇う者が続出した。


 ウェズンも躊躇ったものの、その理由は恐らく他とは少しずれている。


 周囲の生徒たちはそんな凄いアイテム気軽に渡すの……!? という慄きもあるが、ウェズンはといえば、


(つまりアレか? ゲームにありがちな重量無視して荷物大量に持てる感じのやつか? ゲームだと所持金も終盤洒落にならないくらいあったりするけど、あれ現実的に考えたら重さで絶対持ち運べないやつあるだろ。ってか、武器までって事は普段は武器持ってなくても戦闘になった途端当たり前のように武器を持ってるとかそういう感じのやつになるやつなのか……!?)


 という方向で慄いていた。


「あぁ、とはいえ、あくまでも収納魔術だからな。収納できる量は装着者の魔力に準ずる。何を収納するかは個人の裁量に任せる、が! 武器だけは忘れず収納しておけ。場合によってはフィールドワークで外に出る事もあるし、その時に武器が無いと詰む事あっからな」


 成程、武器は必須。

 ウェズンはそれだけはしっかり頭に刻み込んだ。


 確かに魔王を育てると言ってるところで、時として身を守り敵を倒すための手段になり得る武器を所持しないというのはそれだけ自分の命を危険に晒す事に他ならない。


 しかし……武器?


 そこまで考えて、ウェズンはふと思う。


 あれ、ここ来る時に事前に荷物は送ったけれど、それは大半が着替えだとかの生活に必要な物であって、武器なんてそもそもあったかな、と。

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