原因は不明のまま
時間というのは早く進んでほしい時には遅くてそうじゃない時にかぎってあっという間である。
翌日放課後。第四調理室にてウェズンたちは集合し、そして各々で簡単な料理を一品作る事にしたわけだが。
表面的に大きな問題は無いように思えた。
それぞれ一応最低限できなくはない、という自己申告の通り、一応見る限りちゃんとした感じではあった。
それぞれが作った料理をテーブルの上に並べてみる。
ウェズンが作ったのはオムレツだった。卵焼きにしようか悩んだけれど、綺麗に巻ける自信がないしどちらかといえばだし巻き卵が食べたいなと思ったら余計きちんと作れるか謎だったのでそこからちょっと移動してオムレツにした次第である。
自分が食べたいものを今作れとなると一品で足りないので。その場合米から炊いて味噌汁だとか他にももう何品かおかず作りかねないし。
むしろ普通に肉焼いた方が余程手っ取り早いまである。
あまり凝った料理は作れないんだがな……なんて言ってたレイが作ったのはアクアパッツァであった。
実際作ってるところを見る限りそこまで凝っていないけれど、名前のお洒落さ加減でやたら凝ってる感じがする――というのはウェズンの偏見である。
レイ曰く、魚介系の料理はそこそこだけどそれ以外はあまり馴染みがないのだとか。
ふぅん、海の近くにでも住んでたんかね……なんて思う。
まぁ、確かにレイはなんというか、山とか海とか大自然が似合いそうな雰囲気ではあった。こいつがこれで俺インドア派だからとか言ったら間違いなくウェズンは嘘だろ!? と叫んでいる。
イルミナの作った料理はその逆で、何というか山の幸が入ったキッシュであった。
家が森の近くでね……よくこういうのは作ってたの。そう言われると納得しかない。
ルシアの作った料理は麻婆豆腐だった。やたらめったら真っ赤で見ただけで辛いのがわかる。これで辛くなかったらこの赤いの何って話である。
本人曰く、ボク辛いの駄目なんだよねとの事。
じゃあなんでこんな見た目からして辛いの作った? そう問えば、駄目なんだけどそこそこ美味しく作れるのが辛い料理だからとの事。
ちょっとわけがわからない。
なんでもルシアの実家の方で料理を作った時に、普通の料理は皆いまいち……みたいな反応したくせに辛い料理だけは絶賛されたらしい。それは、その、ご実家の方々が激辛料理ならなんでもいいとかそういうアレだったのでは……? ウェズンだけではなく他の皆も同じような反応をしていたが、辛いのはそれなりに平気な面々がルシアの作った麻婆豆腐を味見してみれば、意外にも美味しかった。
確かに辛い。
辛いのだけれど、ちゃんと旨味もある。ただ辛いだけの代物ではない。
え、ちょっと他の普通の、その辛くないやつも作ってみてくれない? と言えば、余った材料で一品更に追加して作ってくれた。
が、こちらは普通に美味しくなかった。製造過程を見る限り何も問題はなかったはずなのに。
つまりは、ルシアの実家の方々の反応は辛い料理が好きだからそう、というわけではないという事が証明された。だからなんだという話ではあるが。
そしてヴァン。
彼は料理はそれなりに作れると言っていた。
そしてその言葉はハッタリでもなんでもなく、事実だった。
彼は全員で一品作っている間、手際よく作業を行い野菜と肉を炒めてちょっとおしゃれに見える盛り付けをした後、スープも作っていた。ちなみにスープはオニオングラタンスープである。
他の皆が料理を作り終えた時点で自分も作業の手を止める感じでやっていたようなので、もしもうちょっと時間がかかっているようならもう一品くらい作り上げていたかもしれない。
炒め物の方は料理名がわからなかったけど、何かちょっとお洒落なレストランとかで出てきそうな見た目をしていた。
それから最後にイア。
彼女が作った物はウェズン同様オムレツである。
だが、ウェズンは基本的なプレーンオムレツであるが、イアはそこにいくつかの具材を追加したボリューム感たっぷりなオムレツであった。
同じ料理作んなよ……とか言われるだろうかと思ったが、そもそもウェズンとイアは兄妹であると言っているので、同じようなのを作っても仕方ないと判断されたのだろう。レイあたりから突っ込みが飛んでくる事もなかった。
見た目はとても美味しそうなので、周囲の視線も別に何があるわけでもない。
ないのだが。
それでもウェズンは表情を崩さないよう微笑みを維持していた。
さて、そんな感じで全員が作った料理をそれぞれがスプーンだとかフォークだとかを手に味見する事になったわけだ。ルシアの料理の後は辛さで味がわからなくなるんじゃないか、と思ったので各々手にしたドリンクなどで喉を潤してから他の料理に口をつけていた。
ちなみにウェズンはルシアの料理を食べた次にイアの料理を食べる事にした。
……正直な話、イアの料理だけはできる限り食べたくなかった、が本音ではあるが流石にこの場でそれをするわけにもいかない。
見た目はマトモなのだ。だが――
「ごふっ」
「えっ!? ちょっとレイ!? レイッ!?」
ウェズンの次くらいにイアのオムレツを食べたレイがおもむろに倒れた。ばたーんという音を立てて受け身をとる間もなく倒れたのを間近で見たイルミナの悲鳴が上がる。
あーやっぱりな。
とウェズンは口に出さずに思った。
こうなるって知ってた。
一体何事かとばかりに倒れたレイを見ているルシアとヴァン、ついでに今しがた悲鳴をあげたイルミナはまだイアの料理を食べてはいない。食べていたら多分同じように倒れている。
倒れたレイの横で膝をついてレイの安否確認をしだしたイルミナに、レイははく……と口をかすかに開いて何かを伝えようとして、それに気付いたイルミナは咄嗟にレイの口元に耳を寄せる。
「……まず……」
「え? あの、レイ? レイ!?」
「あぁ、大丈夫だよ死なないから。とりあえず口直しにヴァンが作ったオニオングラタンスープでも流し込めばいいと思う」
「ちょっとウェズン!?」
自分が口をつけたのとは別の綺麗なスプーンを取り出して、そっとスープを一匙掬いレイの口へと流し込む。
「……はっ!? 俺は一体何を……!?」
するとがばりとレイが身を起こした。
「イアの料理の不味さで倒れただけだから、何を、も何もってところかな」
「あれ? やっぱり美味しくない感じ?」
「そうだね」
面と向かって不味いと言われたにも関わらずイアはそこまで傷ついた様子を見せてはいない。
「いやまて、不味いってわかってて作ったのかよ……」
「多分イアは呪われている」
「どういう事だ」
平然と告げれば、レイは眉を顰めて問いかけてきた。
「僕はオムレツをさらっと作っただけだから、真っ先に料理が終わったわけだけど。皆が終わるまでにイアの調理工程を確認してた、というか見てた。言っちゃなんだが、作り方を間違えていたり材料におかしな物を混ぜたりはしていない。
ただ、それでもイアが作る料理はとんでもなく不味くなるんだ」
だからこそ、味を少しでも誤魔化そうとしてルシアの辛い料理の次にイアの料理を食べたわけだ。
辛さで多少誤魔化されてはくれたけれど、まぁそれでも不味かった。
ウェズンが倒れなかったのは、辛さが誤魔化してくれたからとかではない。単純に慣れだ。
「家で料理を教えた時からずっとこうなんだ。別におかしなアレンジをしたわけでもないし、材料を間違えたりしてるわけでもないし、作り方を間違えたりもしていない。きちんと食べれる材料を使って作ったのに、なんでかとんでもなく美味しくない仕上がりになるんだ。
材料こっちで揃えて調味料もわざわざ計測して全部用意して後は混ぜて焼くだけ、とかにして僕とイアが別々に作ってもイアの作ったやつだけがとんでもなく不味くなるんだ」
しみじみと語れば、一同なんとも言えない表情を浮かべて困ったようにイア以外の面々と視線を合わせる。
ちなみに、これが見た目からしていかにも不味そう! っていうかそれ本当に人が食べていい代物!? みたいな見た目をしているならまだしも、見た目だけならちゃんとした料理なのだ。むしろ美味しそうに見えるまである。それが、罠であった。
一見すればとても美味しそうに見えるので、ウェズンも最初の頃は何の警戒もせず口にして、そして盛大にぶっ倒れた。大袈裟な態度、もしくは妹に対する嫌がらせだと思われかけたが、父も一口食べて倒れたし、母は気合で踏みとどまったがやはり不味かったらしく口の中の物を飲み込むべきか吐き出すべきかで悩んでいた。最終的にイアに謝ってから口の中の物は吐き出していた。飲み込んだが最後、耐え切れずに倒れると判断したらしかった。
とはいえ、折角作った手料理を不味いからというだけで捨てるのも忍びない。
前世のおっさんであった頃のウェズンが食べ物を粗末にするのはいかがなものか、と訴えていたので、ウェズンは気合でイアの手料理を完食した。
別に腐った食材を使ったとかではないし、食べられない物のはずがないのだ。ただ、なんでかどうしようもないくらいに美味しくないだけで。
最初の頃はそれでも耐え切れずに倒れたりしていたけれど、何度も繰り返せば人は慣れる生き物である。だからこそ、ウェズンは平然とイアの手料理を口にしても倒れる事がなかったのである。
ちなみにとんでもなく美味しくないだけで、別に毒とかはない。
たまに漫画などで見かける、壊滅的な料理の腕前ヒロインとかが作るようなポイズンクッキングとは異なるのだ。一応父がイアの作った料理を解析したりしたけど、実際毒なんて発生していなかったし、瘴気が料理の中にとんでもなく含まれているとかでもない。純粋に、どうしようもなく不味いだけだ。
そこら辺を滾々と語れば、一同は――いや、レイはお前そういうのはもっと早くに言えよ……と言われてしまったが、食べる前から妹の料理がクソ不味いとか流石にちょっとどうかと思う。
身内ならではのいじりで済めばいいが、事実すぎて色々とアレ。
信じても信じなくてもなんというか、妹の料理をボロクソに言う兄の図である事に変わりはない。
異物混入はされていないという言葉に、ルシアとヴァン、そしてイルミナも正直どんだけ不味いんだろう……と興味を持ったらしい。ものすごく少量スプーンで取り分けて、舐めるようにして口に含んで――
「ぅえっ!?」
「かひゅっ!?」
「うぉ゛え……」
吐きはしなかったがそれぞれ一時的にまともに立っていられなくなったのか、よろけて調理台に手をついて床に膝をつき項垂れる。傍から見れば何か謎の事件が発生した瞬間みたいだった。
「ちょっとまて、ちゃんとした食材使ってこれって……調理実習どうすんだよ」
「あ、別にイアに最後まで作らせなければ問題はないよ。材料切るだけとかの手伝いだけなら問題はない」
過去色々と検証した結果である。
材料を切るのを手伝ってもらうだけ、とか味付けだけ決めてもらう、だとか。
そういう一部分程度の手伝いであれば、イアが手を出しても別に料理は不味くならないのだ。
不味くなるのは最初から最後まで作り切った時だけである。
そう説明すれば、いやお前それ信用しろってか……みたいな顔をレイにされたが、事実なので仕方がない。一体どんな謎のパワーが働いているのかまでは突き止める事ができなかったが、不味い飯を回避する方法はあるのだ。真相究明できずとも、まぁどうにかなっている。
「あ、ちなみにイアが最初から最後まで作り切った上でまともに食べられる料理がないわけじゃないんだけど……」
「あるならそっち作れよ」
「スターゲイジーパイを?」
あれぶっちゃけ好み分かれると思うよ。
そう告げれば。
呆れたような視線をウェズンに向けていたレイは、瞬時にさながら仏のようなアルカイックスマイルを浮かべたのである。




