不安しかない
調理実習。
その言葉に思わずウェズンは視線をそっと移動させた。
隣に座るヴァンは正直料理ができるのだろうか……薬の調合ができるのなら、まぁレシピがあればその通りに作るくらいはできそうではある。
そっと視線を移動させた先で、ヴァンもまたウェズンを見ていた。
「さて親友。きみは料理ができる方かな?」
「まぁ一応は。そっちは?」
「そこそこ、かな」
「そうか。それなら」
「あぁ、組もうじゃないか」
流れるように組む相手が決まった瞬間である。
とりあえず、調理実習というのがウェズンの知ってるそれで合っているのであれば、どうにかなるはずだ。
「ねぇイア、一緒に組む?」
「いいよ。先生これって何人で組めばいいんですか?」
ルシアに誘われたイアはあっさりとそれを了承し、ついでにテラに質問を投げかけた。
「何人でもいいけど、教室全員で、とかはやめとけよ。流石に数が多すぎる。あと、大勢になった途端自分は食べるの専門だからとかいう理由でやらない奴出るからその場合は全員の成績マイナスにするからそのつもりでな」
にこっと笑って言うセリフではない。
まぁ、確かにウェズンが思い返す限り前世でも調理実習の授業の時、まったく使い物にならなそうな相手は後片付けだとかに回していたところもあったのでテラの言う事もわからなくはないのだが……
「そっか。じゃあおにい! 一緒にやろ!」
「やっぱそうなるか……」
誘ってきたルシアの了承はそっちのけでイアはウェズンとヴァンのチームに合流した。とはいえ、聞かれずともルシアも特に反対する様子はない。
「念の為聞くけど、ルシアは料理ってやった事あるのか?」
「えー、と、まぁ、一応」
若干言葉を濁しているその反応から、あぁ……とウェズンは察してしまった。
初心者だな。全くできないわけじゃないけど、間違いなくこの反応は初心者である。
なんだか途端に暗雲が立ち込めてきた気がして、ウェズンはどうしたものかと視線をさらに移動させる。
「そこの二人、組む相手いないならこっち来る?」
「あら? いいの?」
「あ? なんで俺が……」
「いやならいいけど」
「ちっ……仕方ねぇな」
「なんだその面倒なツンデレ」
ウェズンが声をかけたのは、まだ誰とも組む様子のないイルミナとレイだった。
イルミナは助かったとばかりにじゃあお邪魔させていただくわ、なんて言っていたが、レイはむしろウェズンの誘いを断るかと思うような態度だった……にもかかわらず最終的に入っているのだから、ウェズンが思わず吐き捨てた言葉もやむなしであろう。
「一応聞くけど料理の腕前は?」
「私はまぁ、普通じゃないかしら。家ではそれなりにやってたけど」
イルミナは間違いなく戦力として数えてよさそうだ。
対するレイは……
「あー、あんま手の込んだ飯とかは作った事ないぞ」
どこか気まずそうな表情をしている。だがしかし、こちらも全くできないわけではなさそうだ。咄嗟に声をかけてしまったが、この二人はそれなりに頼りになりそうな予感がした。
見れば他の生徒たちもそれなりに組んだようだし、一人だけどこにも入れていない、なんていう事もなさそうだ。
だからかテラは満足そうに頷いて、日時は後で連絡すると言う。
あ、別にこれからすぐにやるわけじゃないんだ……と思ったが、まぁいきなり始めますとか言われても困るので特にどこからも文句はでなかった。
じゃ、授業始めるぞー、と今までの話はこれで終わりとばかりにテラは普通に授業を開始する。
そうして、調理実習についての連絡がきたのは、昼になってからだった。
午前の授業を終えて、各々が昼食を食べに食堂へ行ったり他のクラスの友人を誘いに行ったりしている途中で、モノリスフィアに通知が入る。
クラス全員が入っているトークルームに、どうやらテラが概要を載せたようだ。
ウェズンは事前にお弁当を用意しておいたので、そして教室内でそれを食べていたので机の上にモノリスフィアを置いてトークルームを開く。
『調理実習のお知らせ
実習予定日 五日後
材料費は一部負担 領収書はもらっておくこと
買わずに自力調達するのも可
場所は第二調理室
作る料理の指定 無し
不明な点は個別にこたえるのが面倒なのでこのトークルーム内ですること』
もぐもぐと口の中のものを咀嚼しながら読み進めていたそれは、そこまでおかしな文章ではなかった。なかったのだけれど……なんというか所々が自分の知っている調理実習と異なっていて首を傾げそうになる。
実習予定日についてはいい。
前世の授業でやる時だって、来週の技術家庭の授業でやるだとか、そんな感じのお知らせだったし。
材料費は一部負担、であって全額負担ではないらしいが、必要な材料はこちらで用意するらしい。まぁ、これも別にわからんでもない。
授業に使う材料を全部学園負担となるととんでもない事になりそうだし。
一部負担の一部がどこからどこまでかはわからないが、全額負担であったらここぞとばかりに普段食べないような高級食材とか買うような奴とか出そうだし、多分常識の範囲内で用意しろって事なんだろうなと納得させる。
買わずに自力調達。
これもまぁ、わからんでもない。
前世で調理実習やる時だって、班のメンバーでそれぞれ持ち寄る材料相談したりしたし、なるべく安く済まそうとしたりしてたし、家にある材料ならそのまま持ってくるとかやってたし。特に調味料。
新しく買ったって一度で使いきれるものじゃないし、それなら家にあるのを持ってくるとかやってた事もあったのでそういう意味でならおかしくはない。
だが、前世と違いここは異世界。食材そのものを獲ったどー! する可能性も普通に盛り込まれているんだろうなと思える。
場所についても問題はない。
いかんせんこの学園内部、思った以上に広いので調理室とやらが複数あっても驚く事もないし。
だが、作る料理の指定が無いというのはどういう事だろうか。
ウェズンの知る調理実習だと基本的に生徒たちはグループに分かれて作るにしても、皆同じメニューを作っていたはずだ。全員で同じものを作って、それから実食。同じものでも料理ができる奴とできない奴で結構味に差が出る事は知っているし、だからこそそれぞれの班でも同じメニューだというのに交換して食べ比べたりもしていた。
卵とひき肉の三食丼を作った記憶はある。あれも作り手によって卵の大きさが結構違ったものだ。
大雑把にやったところはそこそこ塊になっていたけれど、細かく細かく炒った班は卵もひき肉もさらさらになっていて、見た目はとても綺麗な出来だった。さらさらしすぎて食べづらいって言う奴もいたけど。
あと、卵の味付けを少し甘めにしたりとかしょっぱめにしたりだとかでも差があったような……
そこまで思い出して、懐かしいなぁと浸る余裕はなかった。
作る料理の指定がないという事はつまり、メニューを決めなければならないわけだ。調理実習当日前に。決めた上で、材料も調達しておかなければならない。
実習予定日は五日後と書かれているが、何もせず五日後を迎えるわけにもいかない。
えっ、これ五日以内にメニュー決まって材料調達終了します……?
そんな疑問がよぎる。
いや、大丈夫なはずだ。
そこまで凝ったメニューにしないでさらっと終わるようなものであれば、材料とかそこら辺でそこそこのお値段で入手できるようなやつにして、無難に作れば何も問題はないはずだ。
大丈夫なはず……なんだけど。
不安が消える事はない。
なのでウェズンはそのままトークルームに文字を打ち込んだ。
『作った料理を実食するとは思うんですが、その場合先生も食べるんでしょうか? もしそうならアレルギーなどあったら事前に知らせてください。知らないうちに殺人犯にはなりたくないです』
本来入力したい文章は違ったのだが、考えた末無難にしてこうなった。
もっと明け透けに文章を打ち込むことができればよかったのだが、流石にクラス全員が見るだろうここでそれは不味いと思ったのだ。
ピコン、と軽やかな音が鳴って返信は即座にきた。
『味見で一口程もらう事はあるかもしれないが、基本的には作った班で食べてもらう事になります。あと特にアレルギーはないので作る料理に関してはそういった面を気にせずメニューを決めていい』
あー……とウェズンは声には出さなかったが思わず遠い目をしてしまった。
いっそアレルギーがあってくれれば、最悪どうにかできる機会があったというのに。
味見……味見か……どうにか誘導できればいいんだが。
そんな風に思いながらも、弁当を食べる手は止めなかったので気付けば弁当箱の中はほぼ綺麗に食べ終わっていた。
五日後の調理実習何か色々あって中止になってくれないだろうか。
どうにかするにしても、何にもいい案が浮かばなくて最終的にそんな投げやりな事を考え始める。
単純に現実逃避である。




