乗り越えた先
翌日の朝はなんとなく憂鬱さがそこかしこに漂っていた。
無理もない。新入生限定の特別授業だかなんだか知らないが、ちょっと休日を楽しもうとした相手がことごとく殺されていったようなもの。寮の自室は安全だと知っても、どうにか逃げ帰っても寮の入口に敵が待ち伏せしていて帰れなかった奴はかなりの数がいた。
今はもう死体は片付けられたようだが、それでもなんというか……血の匂いがこびりついて取れていないのではないか? という気さえしてくる。実際そんな事はないのだが。
死体がそこかしこに転がっていないだけマシではあるが、それでも何事もなかったわけじゃない。
既に知り合いが死んだという事を知ってしまった者などは、寮から学び舎へ行く道のりで既にわかりやすいくらい顔色を悪くしていた。
知り合いが死んだかどうかがわからない者たちもいるが、そちらもそちらでもしかしたら……という想像が付きまとっているのかどこかそわそわしていて落ち着きのない様子であった。
イールという一応の顔見知りが死ぬ瞬間を見てしまったウェズンであったが、こちらは案外ケロッとしていた。そもそも昨夜の夕飯にヒトが死んだというにもかかわらず焼肉定食食えるだけのメンタルがあれば今更落ち込むも何も……という話だ。
襲ってきた敵を一名仕留めてるわけだし。
一応、それでも昨晩はちょっとベッドに腰をおろして膝の上に肘を立て、頭を抱えるようにして悩んだりもしたのだ。
人を……殺してしまった……と。
まぁその悩みは数秒で終了したが。過ぎた事を悔やんでも仕方がないし、何より眠気が勝ったので。
こいつ本当に前世善良な一般市民だったのか? とウェズンが転生者であることを知っている誰かがいたなら疑問に思ったかもしれない。
だがしかしウェズンの言い分としては、前世は善良な一般市民だったし前科とかそういうのは一切無いのでとても善良な一般市民である。なんだったら殺した男についてはむしろ向こうはこちらを殺そうとしていたので正当防衛だと言いたい。
相手がもうちょっとこう……話し合いで解決できそうな雰囲気であれば良かったのだが、むしろスコアを伸ばしたいとかいう理由で命を狙ってくるような相手だ。どう交渉したところで戦闘は免れなかっただろう。となれば、自分が死ぬか相手が死ぬかだ。
そういう考えに至った時点で、人を殺してしまった……なんてやっちまったー! と言わんばかりに悩んだ内容は一瞬で無かったことにされた。
ま、しょうがないな。それくらいの軽さである。
ちなみに朝一でモノリスフィアのグループトーク画面に生存確認したいから何かメッセージよろしく、という通知がきていた。
そうしてそれぞれが生きてるとか眠たいとかまぁ好き勝手に文字を打ち込んでいたわけだが、ウェズンのクラスに関しては死者はいなかったようだ。
運がいい、と言っていいかは微妙なところ。
ともあれ、そういった事があったので周囲の生徒たちと比べるとウェズンの顔色は大分普通である。むしろ周囲と比べると普通であっても今現在つやつや輝いて見えるかもしれない。
もしこれでクラスメイトの誰かが死んでた、なんて事になっていたら周囲程ではないがウェズンの顔色もそれなりに悪くなっていた事だろう。
さて、そんな感じで教室へ入ってみれば、昨日の話題で持ちきりであった。
元々自室でゆっくり過ごそうと思っていた者たちは何があったの? なんて言ってるし、外にいたけどどうにか隠れてやり過ごしていた者たちは死ぬかと思った、なんてお互い生きててよかった……! と健闘を称えあっていたし、なんだったら死ぬかと思ったけどどうにかギリギリで生き残った連中なんて終戦した直後の兵士かってくらいにお互い肩を抱き合って泣いていたし、中々にカオスである。
そんな中、教室にウェズンが入って来た事に気付いたヴァンが「おはよう」と声をかけてきた。
「昨日は助かったよ。いやぁ、持つべきものは親友だね」
何か知らんが親友扱いになっている。
えっ、そりゃまぁファラムから助ける時に友人って言ったけど。
でもあれどっちかっていうと方便みたいなものだったのでは。
ウェズンとしてはそう思うのだが、ヴァンはそうは思っていないようだ。とてもにこやか。
席は特に決まっているわけでもないので、そのままヴァンはウェズンの隣に座った。
「昨日の事に関してテラ先生がどう話すのか、正直ちょっと怖くもあるよね」
「あぁ、うん」
むしろ昨日の今日でこれだけ距離縮めてくるお前が怖ぇよ……とは言わなかった。
そうこうしているうちに、教室にテラがやってきた。
「お前らにはガッカリだよ!」
そして開口一番これである。
「なんだようちのクラスの大半自室に大人しくこもりやがって! そこは祭りの予感を察知してあえて外に出て自らを危険にさらしつつも敵を撃破して凱旋するべきところだろうが!」
っかー! 嘆かわしい!!
なんて大袈裟に空を仰ぐようにして叫ぶ。
「いや理不尽」
そして思わずウェズンは呟いていた。
再三気をつけろよ、みたいな事を言って匂わせてはいたけれど、その言葉に従って安全策を選んだ結果がこれというなら言いがかりが過ぎる。
「ま、大人しくっていうか昼過ぎまでぐっすり寝てて起きたら既に始まってたから外に出るって流れにならなかった……が大半なんだけどな。休みだろうとなんだろうともうちょい規則正しい生活心掛けろよお前ら……」
言ってることはもっともかもしれないが、何かこう、それ今じゃない方が良かったのでは……? という気がしてくる。むしろ休みの前日に言われていたらまだしも……何というかとても今更すぎる。
「結局外に出て向こう返り討ちにしたの二人だけじゃねーか」
そう言ってちらっとテラの視線がウェズンたちに向いたが、それは一瞬だった。
「まぁ何があったかよくわかってない連中も最初はいたようだが、昨日の夜の時点で大体把握してるな? 連絡いってるわけだし。
じゃ、先に言っとくけど。今後もこういう授業は存在する。しかも今後は無差別だな。新入生がどうとか関係なくなる。来年、また新入生が入ってきたら初回は今回と同じようになると思うしその時はお前らにも事前に情報漏らさないようにって通達が出るとは思うが、それまでは何度かこういう突発的なのがあると思え。油断はするな。
あぁ、あと、学外で向こうの生徒と遭遇する事もあるとは思うがその時に戦うかどうかはお前ら次第だ。今回の一件で知り合いが殺されただとかの敵討ち? まぁそういうのをどうしてもしたいというのなら止めない。そこら辺はお前らに任せる」
なんだろう。なんだか最後割と重要な話なのでは……? と思えるのだがそれがとても雑に投げられたせいで、なんというか重要な話に聞こえてこない。
「大体、お前らくらいの年齢なら教師の言う事に意味もなく逆らって無駄に反骨精神育てて暴れまわるのが常だろうに。何大人しく言う事聞いてんだ。もっと逆らえよ、そしたらこっちも全力で応戦するから。
どうせ社会に出るような年齢になったら歯車か滑車の中で走り回るネズミみたいに延々同じ事ばっかりの人生になるんだから、今のうちだけだぞはしゃげるのなんて」
言ってる事は何となく良さそうに聞こえてこなくもないのだが、しかしその中で聞こえた全力で応戦する、の部分に不穏な何かを感じ取り、誰も何も言わなかった。それどころかそっと目をテラとあわさないように逸らしている。
態度がどう、とかではない。その全力で応戦はきっと間違いなく拳だとか暴力でとかいう意味合いだろう。
拳をボキボキ鳴らしている時点でそうとしか思えない。
「ま、いいや。とりあえずそういう事で。今後の授業はより厄介な感じになるから、死にたくないならそれこそ気をつけろよ。自分の実力に自信を持つのはいいが、中途半端な過大評価は自滅にしか繋がらないからな。自分の実力は常に的確に把握しておけよー」
「また無茶な」
ステータスとか数値で見るものならともかく、そうでもないのに自分の実力を的確に把握しろとかどんな無茶振りだ。しかもその無茶をテラは無茶だと思って言っていないのが余計に恐ろしかった。
とんでもねぇ所に来ちゃったな……と、すっかり今更過ぎるがこの学園に対してもドン引きである。
「あ、そうだ。それからこれから先は授業で組むのクジとかじゃなくなるから。各自で組むように。さしあたって次に組んでやってもらう授業はそうだな……」
こちらの態度も反応もなんかもう全部どうでもいいと思われてるような気がするくらい、テラはこちらに一切視線を向けている感じがしない。いや、一応見てはいるんだと思う。ただ生徒たちの反応はどうでもいいというか、多分景色の中の一つ、くらいにしか認識していないだけで。
だがこの瞬間生徒たちが一斉にテラに襲い掛かるような事をしたとして、多分瞬時に反応して返り討ちにするんだろうなとも思う。
なんて面倒で厄介な大人だろうか。甘やかせとまでは言わないが、もうちょっとこう、優しさを出しても許されるのではないかと思う。口に出したらきっと充分優しいだろとしれっと言いそうだが。
さて、そんなテラは次に行う授業を告げた。
くじ引きなどで組むのではなく、これから先は自分たちで組む相手を選べとまでのたまったのだ。つまりは、これから先はどんどん授業内容も難易度が上がっていくのだろう。そう、信じていたのだが……
「次の授業な、調理実習やるわ」
間違いなく、今日一教室内の空気が困惑した瞬間であった。




