無事に帰るまでが授業です
「釈然としない顔をナサッテいますねェ坊ちゃん」
「そりゃするよ。なんでしないと思われてるんだ」
――あの後。
どうにか無事に生き延びる事はできた。まぁ多少の紆余曲折的な何かはあったかもしれないが、五体満足で生きて寮へ戻る事ができたのだから、もういっそこれでハッピーエンドでいいんじゃないかな? という気がしているウェズンであったが、いくら彼の脳内でハッピーエンド! 完ッ!! とごり押したところで現実は非情である。
今回の件が片付いただけで世界の危機は何一つ変わっちゃいない。
倒れて危うくこのまま死ぬんじゃ!? と思っていたヴァンではあるが、どうにか無事息を吹き返した。吹き返すも何も……という話ではあるのだが、意外とギリギリだったのではないかとウェズンは思っている。
倒れたヴァンをどうにか抱えて移動しようとしたものの、脂汗まで流してぐったりしているヴァンを抱え上げるだけでもかなりの苦労だったのだ。
ある程度自分で動ける相手に肩を貸して移動するくらいならともかく、力もロクに入らずにほぼこちらに全てまかせっきりの相手を支えるとなると、正直厳しい。前世と比べて体力とか腕力とかそういうものが大幅にアップしているという自覚はあるけれど、それはそれとしてぐったりしている人間一人を抱えるのは大変だった。
ただ寝ているだけの相手ならともかく、相手は明らかに不調であるわけだし。何かの拍子に悪化するんじゃないかと考えると気が気じゃない。
ぐったりしてはいたけれど、意識までは完全になくしていなかったヴァンはリングから何かを取り出して――受け取り損ねて落とす。小瓶であった。
ウェズンが殺した男が投げつけてきたようなサイズではない。本当に小さな、片手で握り込めるくらいの小さな瓶。
そこそこの高さから落としてしまったけれど割れる事はなく、だがしかしその瓶の中には何も入っていなかった。
それを見て、ヴァンは「そうだった……」と呻く。
一体何がしたかったのか。問えば薬が入っているはずだったと言う。
そろそろなくなるから新しく作るのに材料を調達しに来たのだとも。
何の薬かを問えば、ヴァンは数秒沈黙した後、ものすっごい小声で「浄化薬」と言った。
浄化薬。
一応少し前の授業でちらっと聞いた。
土地そのものの瘴気を浄化する浄化機とは異なり、体内の瘴気を多少浄化させる程度のある種の気休め薬。とはいえ、浄化魔法が使えない者からすればそんなんでもないよりマシといった代物だ。
作り方はそのうち授業で教えると言われているものの、まぁ浄化魔法が使えるここの生徒ならそもそもそう使う事もないだろうから、本当に知識として知っておく程度になりそうなもの……のはずだ。
例えば学外に出かけた時に自分以外の誰かに対してそれを使う事があるかもしれないが、あくまでも可能性としての話で普段からそう使うような物ではない、というのがウェズンだけではなく生徒大半の考えだと言ってもいいだろう。
だがしかし、ヴァンはそれでも確かに浄化薬だと言った。言うまでに多少躊躇いはあったけれど。
息も絶え絶え状態であるが、ヴァンは自分の浄化魔法はあまり効果がないのだという。だからこそ、ここに来る以前から浄化薬に頼っていたのだと。
言われて、何となく思い返す。
そういえば、ヴァンは何かの折にちょくちょく水分補給をしているような気がしていたが、あれはもしかしなくとも浄化薬を飲んでいたのではないだろうか。
単純にこまめに水分補給をする人物だと思っていたが、もしそうではなく浄化薬を飲んでいるところだとするならば。
ヴァンは瘴気耐性がとても低いのではないか。
瘴気を含んだ水は、だからこそ余計にヴァンにとってその身体を蝕んだのではないか。
点と線を結ぶまでもなく気付くしかない。
これは一刻の猶予もない……! と脳内が警鐘を鳴らしていたが、だからといってヴァンを抱えて移動する速度が上がるわけでもない。
それにそろそろこの狩りの時間が終了するとはいえ、まだ完全に終わってはいないのだ。
ヴァンに肩を貸す形で移動しつつ、途中で先程のようにまだスコアを伸ばしたいなんていう相手と遭遇した場合。
次はあれよりも更に苦戦する可能性がある。タイムアップを狙おうにも、それを待ってる間に大怪我またはこちらが死ぬ可能性が上がる。
そこでウェズンは駄目元で、浄化魔法を唱える事にした。
自分の浄化魔法は自分だけじゃなくて一応ちょっとだけなら周囲にも影響するのがわかっていたので。
気休めだろうとなんだろうと、浄化薬に頼っているような相手だ。全く効果がないなんて事にはならないだろう。
天に祈るような気持ちで、ウェズンは教わった浄化魔法を唱える。
「クアリィィィィィクッ!」
それはもう、家族が生き別れる瞬間に相手の名を呼ぶような叫びであった。
結果として。効果はあった。
先程までの絶不調が嘘のようにヴァンは復活したし、信じられないものを見るような目で見られた。
「嘘だろ今までで一番身体が軽い……!!」
とかなんか言ってた気がするが、ともあれ無事に復活したなら今はもう問題ない。
完全に寮の自室に戻るまでは油断できないけれど、それでも一人を守りつつ移動するよりはマシになった。
おかしい……本来なら一人でいるのは危険だろうと思ったから、手を組んでこの状況を乗り越えるための仲間を探しに来たはずなのに、気付けばヴァンを守って結局一人で戦う羽目になってるし、挙句ヴァンを助ける羽目にもなっている。いや、助ける事に否やはないんだけれども。
ともあれ何か絶好調になったらしいヴァンを守る必要はなくなったし、ヴァンと一緒に寮へ戻る事になった。その途中で完全に今回の特別授業とやらは終わりを迎えたらしく、遠くに見えていた白い制服の者たちはその場で強制回収でもされたのか、パッとそれこそ最初からそこには何もいませんでしたよ、みたいに消えて――そうして学園に平和が戻ってきたのである。
ちなみに寮の周辺にはイールだけではなく、それ以外の数名の死体も転がっていたが、この頃にはもうウェズンはいちいちそれらを気にする余裕すらなくなっていた。よかった、寮の入口陣取ってたアイツいなくなってるやったぁ……! の気分の方が大きかったので。
寮でヴァンと別れる時に、
「今日は助かった。この礼は必ず……それじゃあまた学園で会おう。心の友よ」
とか言われた事に関して、聞いてた時は疲れすぎてなんとも思わなかったけど、こうして部屋に戻ってきてからじわじわと思い返して……
「や、ジャ〇アンかよ……」
ととても遅い突っ込みを呟く事になったのである。
思い返すと割と濃い一日であったが、ちょっと学園周辺探検して見て回ろうとか思ってたのは結局まともに達成できていないし、なんか大体逃げまわって終わっただけの一日であった。
部屋に戻ってくればナビが「お帰りナサイ坊ちゃん」と出迎えてくれて、一先ず風呂に入り少し遅めの夕食をとり――ちなみに焼肉定食だった――知ってる顔が死んでるのを見て夢に出るかもしれないとか思っていたメンタルの弱りっぷりが懐かしいとすら言えるくらい、ウェズンは平然としていた。人を一人真っ二つにしておいてその日の夕飯に肉が食えるならむしろなんも問題ないだろうと言われても仕方がない。
そんな感じで外に出てからこうして戻ってくるまでの事をナビに話していたわけである。
「そりゃさ、多分情報漏らすのはいけないっていうのはわかるよ。わかるけど、下手したら死んでるんだしもうちょっとこう、ヒントとかあっても良かったんじゃ? って気はしている」
「アレで結構なヒントだったんですけどネェ。外に出たら何かアルってのは察したデショウニ」
「まぁそうなんだけども」
むしろ何かありますを匂わせすぎて、面白そうで外に出た奴とかいるんじゃなかろうか、そんな気もしている。
ヴァンのように何かあるとわかっていても薬の材料調達のために外に出た、なんて者も他にいたかもしれない。外出理由が薬の材料調達じゃないにしても、他の理由で外に出て結果命を落とした奴もいるかもしれなかった。そこら辺を考えるとちょっとだけ憂鬱になる。
自室に戻ってきて一応イアにはメールで連絡だけ入れた。
生きて帰ってくるって信じてたよおにい! という返信が即座にきた。
まぁこれで確かに死んでいたら、残されたイアは今後の展開を薄っすら知っている身として絶望しかなかっただろう。あれでそれなりに可愛い妹だ。悲しませるのは本意ではない。
「それにしても良かったデスねぇ坊ちゃん。事情はどうあれ、貴方を友と呼んでくれる方がデキタわけですから」
「……利用価値があるって思われただけでは」
正直別れ際のヴァンの眼差しは、自分に合う医師を見つけたような感じだった。
そう頻繁に浄化魔法をせがまれたりはしないだろうけれど、何かの折に頼まれる可能性があるのは間違いないだろう。
「マ、仲良くしといて損はナイですよ坊ちゃん」
「なんだろうその言い方に含みを感じる」
とはいえ、まぁ。
確かに何かあった時に味方になってくれるだろう相手が増えるのはいい事である。敵になるよりは余程。
ウェズンの目的は魔王として選ばれる事、であるわけだし。その時に神前試合に挑むとしても、流石に自分一人だけ、なんてわけにもいかないだろう。勇者サイドが仲間引き連れてくるのはわかり切っている事だし、こちらだって流石に一人で戦う気はない。
信頼できる戦力としての仲間を確保する必要は、確かにあるのだ。
……まぁ、実際のところヴァンがそうなってくれるかどうかはさておき。
そんなことを思いながらも、ウェズンは食べ終わった食器をナビに渡す。
ナビが戻ってくるまでの間に歯は磨き終わってるだろうし、正直ほとんど何もしてないといっても過言じゃないのにやたら疲れたしで、早々にベッドに入ってみれば案の定、ウェズンは一瞬で眠りについたのであった。




