危機的状況
襲い掛かって来たのが一人だった、ってのがまだ救いだったのかもしれない。
……いやどうだろう。男子寮前にいた奴と同じくらいの実力者であるなら一人だったラッキー! とはならないな……や、でも流石にあんなのがそう何人もいるとは思いたくない。
男子寮前にいた奴、一見するとそう強そうに見えなかったけど実力は間違いなく今の自分より上だし……なんて考えながらも、ウェズンはヒャッハー! なんて笑いなのか雄たけびなのかわからない声を上げて襲い掛かってくる男目掛けて武器を発動させた。
魔力次第で形状を変える事はできるけれど、初期状態が鎌、という時点で一般的に扱いやすいかと問われれば微妙なところではあるけれど。
ウェズンの中ではとても雑に、まぁあれでしょ? 曲刀のなんかでっかいバージョンでついでに逆刃刀だと思えば大体合ってる合ってる、という考えであった。
武器職人とかが聞けばお前ふざけてんのかと言われそうな発想である。
武器というのは敵の命を屠るものであり、また自らの身を守るためのものである……と考えているこの世界の住人からするとウェズンの考えは正直ちょっとおかしい。
ウェズンからすれば前世の記憶のせいでむしろ自分がノーマルだと思ってすらいるが、わざわざ口に出して自分は普通でマトモですと言った事はないので、この考えも別段誰かが知っているとかではない。
その、ウェズン曰くのなんかでっかい曲刀で逆刃刀を接近してくる男目掛けてぶん回した。
「っ!? ちぃっ、食らうかよ」
勢いよく突っ込んできた割に、ぎりぎりで回避された。
刃のない外側が男の胴をかすめる。刃があれば多少の切り傷くらいはできたかもしれないが、恐らくは精々ちょっと押されたとか軽く叩かれた程度のダメージしかないだろう。
流石逆刃刀……不殺貫いてんな……この場合はむしろやっちゃって良かったのに……とか思っているが、そういう場合ではない。
「鎌とかまた面白い武器を使ってんじゃん? ま、扱えてるかってーと普通だけど」
少し離れたところに着地して、男はどこか小馬鹿にしたように笑う。
「うん、まぁまだ使い始めたばっかりだからね」
それに対してウェズンもまたにこやかに告げた。
挑発だとわかりきっている言葉に乗ってやる義理はない。
正直な話、刃物部分に当たらなくともとりあえずぶち当てればいいくらいの考えだった。刃物付き鈍器だと思えばまぁ、何も問題はない。
これまた武器職人が聞けば問題大ありだバカヤロウこの野郎! と怒声を浴びせそうな発想だが、口に出していないので誰にも伝わっていないのでセーフである。
ぶん、と振り回しながら、ウェズンは身体を回転させるように移動して男と距離を詰めていく。鎌部分がそこそこ重たいので遠心力とか利用して移動した方が楽なので。だがその場合動きの予測もされやすいので命中するか、となるとまぁしない。こちらの動きが相手の回避速度を上回れば当たるだろうけれど、相手もそれなりに俊敏に動いている。
だがしかし、躱すとわかっているならそれはそれで問題なかった。
自分の攻撃が当たるだろう範囲外に魔術ぶちかませば済む話なので。
「はっは! そんな攻撃があたぶげっ!?」
「当たったな」
「いや多分そいつが言いたいのはそういう事じゃない」
ヴァンから小声で突っ込みが入る。
知ってる。
鎌の攻撃は当たらなくともウェズンの魔術が当たった時点で、ウェズンの攻撃、という点で当たってるのだから別にそれでよくないか? とウェズン本人は思っているが。
「ちょっと威力が足りなかったかな……」
生憎人体に向けて魔術をぶちかました事がほとんどないので、どれくらいの威力でやっていいのかの調整がつかない。一応男の身体は爆発四散してはいないが、それでもそこそこ痛かったのだろう。蹲っているし何か小刻みに震えていた。
とりあえず動けない程度にはダメージがあったらしいので、ウェズンは大鎌をぶんと振り上げて男の頭目掛けて振り下ろそうとした。蹲られているので首をすぱんっ! と切るのは難しいが、刃のない部分で頭ぶん殴ればまぁそれなりにどうにかなるだろうと思っての事だ。
だがしかし男は蹲った体勢のまま転がるようにウェズンから距離をとって、恐らく向こうにも支給されているらしきリングから瓶を取り出し投げつけてきた。
中身が何かはわからないが、咄嗟にウェズンはそれを少し横に移動して回避する。
ぶつかったと同時に瓶が割れて中身がぶちまけられる、というのも中身が何かわからないなら回避したい出来事ではあるし、仮に中身がぶちまけられなくとも瓶とかそこそこの勢いでぶん投げられた物が命中すれば当たった場所次第では結構なダメージである。頭とかに命中したら今度はこっちが蹲って痛みに耐える結果になりかねない。
命中せずにそのまますっ飛んでいった瓶は、ヴァンの近くに落下してそこで割れた。
「うっ……!?」
「ちっ、当たらなかったか……」
「ヴァン!?」
さっきに比べて少しは顔色が戻っていたはずのヴァンが、急速に顔色を悪くして口元を抑えて蹲った。いや、立っていられなかった、が正しいだろうか。けれどもヴァンはそれでもその瓶から少しでも距離を取ろうとしてしゃがみ込んだまま移動しようとしたが、思うように身体が動かないのかそのまま地面に倒れ込んだ。
「何投げた!?」
思わず男に向けて問いかける。毒、だろうか。だとしたら風下にいる場合自分も危険である。いやでも男もその場合風下側なんだよなぁ……と思うと毒と決め打つには早計な気がした。
だが、毒でないのなら何だというのだ。
「大したもんじゃないぜ、瘴気を含んだ水だからな」
こたえなければ毒かもしれない、という疑いは持ったままだっただろうに男はなんてこともなく答えた。
だがしかしその答えは、いっそ普通に毒ですと言われた方がまだマシだったかもしれない。
瘴気を含んだ水。
土地の自浄作用だとか、人体においても一応自浄能力はあるわけだが、それでも世界全体を悩ませているのが瘴気である。その瘴気を含んだ水なんてものを瓶に詰めて持ち込んだ挙句、それを武器にするとか……! とウェズンはちょっと感心していいやら怒っていいやらな気持ちでごちゃ混ぜになっていた。
瘴気濃度がどれくらいかにもよるけれど、そこそこ瘴気汚染された水であるなら、それを瓶詰にした時点で密封されるわけだし瓶の中の水が自浄作用で浄化されるか、となるとそれはない。正直下手な毒より毒だと思える物になり得る。
まぁ、闇が深い話をするなら、そこそこ汚染されていようとそれよりもさらに汚染された場所に行けばまだマシ扱いで有難がられる事だって有り得るのだが。
瓶が直接命中する事はなかったが、それでも近くで割れた際に瘴気を含んだ水はヴァンにも多少かかったのだろう。そして水そのものはダメージを与えずとも、そこに含まれていた瘴気がヴァンへ……といったところか。それでなくとも先程までヴァンはファラムと戦っていた時に魔術や魔法を妨害され封殺され結果その失敗によって発生した瘴気で汚染されつつあった。
先程浄化魔法で多少回復させたとはいえ、それでも今またここで瘴気汚染を食らったというのであれば、倒れてしまっても仕方がない。
仕方がない、で済ませていいわけじゃないのはわかっている。
相当きついのか、ヴァンが浄化魔法を発動させる気配もない。
もしかしたら自力で魔法を発動できる気力がもうないのかもしれない。
そうなると自力回復を待つしかないわけだが、ヴァンの様子からあまり悠長にしていられない気がした。
学園内部の医務室に連れていけば、多少はどうにかなるかもしれない。
前に授業で言っていた。
医務室は治癒魔法だとかを失敗できないし、万一失敗して瘴気が出たら保管している薬品にも影響が出るので医務室全体に浄化魔法の効果があるように魔法陣が展開されているのだと。
床に直接刻まれているわけではないが、故に医務室の中は常に浄化魔法が展開されているようなものなのだと。
浄化魔法が使えてもそこまで得意じゃない生徒が魔法の練習に失敗した場合、とりあえず医務室に駆け込めば大体何とかなるとテラはとても生温い目をしながら言っていた。
とはいえ、毎回医務室に駆け込むのもどうかと思うがな……とも。
(医務室に、行くしかないのか……!)
ヴァンが自力で復活するかはとても微妙。であるならば、医務室に連れて行くしかない。
だがその前に。
「とりあえず、お前は死んどけ」
「ふ、はっ、そんな大ぶりの攻撃が当たるわけ、が――!?」
こいついらん事しおってからに……! という気持ちで一杯だった。
そもそも自分たちを殺そうとしていた相手だ。手加減してやる必要もないし、ましてや相手はこちらの実力を下に見ている節があった。ここに来た時にスコアがどうとか言ってた気もするが、切羽詰まっているようにも見えない。要するにゲーム感覚なのだろう。
できれば殺したくはなかったけれど、それでもこちらが危険な状況になれば手加減して生かすだとかそこまでするわけにもいかない。生きるか死ぬかは半々かな……なんて思っていたが、ウェズンはさっくりと殺す一択になってしまったのである。
勿論できるならば人なんて殺したくはなかったけれど。
一応友人になりそうな相手か、ゲーム感覚でこちらを殺そうとしてくる相手のどちらかをとれと言われればそんなもの、決まり切っている。
だからこそウェズンはさっさと決着をつけるべく攻撃を仕掛けた。
こちらの武器が大鎌である事は見ればわかる話だ。そして男はそれ故に油断していた。
鎌の刃は内側についている。外側ではない。
だからこそ、大ぶりな攻撃を繰り出せば男はあっさりと回避して内側の刃に当たらないようにするだろうと思っていた。
だがこの武器はただの大鎌なんかじゃない。
魔力によって形状を変える事だってできる武器なのだ。
つまりは、鎌の見た目そのままに外側にも刃を形成する事が可能。外側、先程まで鈍器扱いしていた部分なら多少当たっても問題ないと思っていた男はまんまとウェズンの目論見に気付かないまま、外側までもが刃と化した鎌によって切り裂かれたのである。
何が起きたかわからないまま、胴体が地面に落ちる。
魔力次第で切れ味だって増すのだ。人間をすぱっと切断する事が驚く程簡単すぎて人間てこんな脆かったっけ……? とウェズンは半ば現実逃避のように考えていた。
とはいえ、流石に胴体真っ二つになった時点でもう生きてはいられないだろう。
人間以外の種族の血が混じってデミヒューマンが主流であるこの世界ではあるけれど、流石に胴体真っ二つになっても生きてる種族とかいないと思いたい。
念の為数秒確認してみたが、何が何だかわかっていないといった表情のまま男は死んでいた。
「……よしッ! じゃないな……ヴァン、大丈夫か!?」
振り返ってヴァンの方を見れば、相当に顔色が悪くなっている。え、これ生きてる……? と言いたくなるくらいに酷い顔色だった。ついでに呼吸が浅くなっていて、息してる……? という不安もある。
あまり医療に詳しくないウェズンでもわかる。
これは間違いなく一刻を争う猶予もない状態である……と。




