敵の正体
声がした方へ移動してみれば、そこにいたのは白い制服を着た人物であった。
敵か……と内心でガッカリしながらも、ウェズンは警戒したまま距離を縮めた。逃げるにしてもどこに逃げても結果は変わらない気がしたというのもある。
その人物は何かに足を引っかけたのか盛大にずっこけたらしく、地面に倒れている。
こちらの生徒と戦って負けたとかではないのは一目で理解できた。
「ふぇえ……」
思った以上に勢いよく転んだのが痛かったのか、立ち上がる様子もないまま泣きそうな声である。
敵、ではあるのだろうけれど。
「えぇとその……大丈夫?」
ウェズンはそれでも声をかけてしまっていた。
「っ!?」
声をかけられたことで転んでいた人物はばっと音がしそうな勢いで振り返り、そうして大きな目をぱちくりとさせてきょとんとした顔を晒す。
「起き上がれそ? 手ぇかそうか?」
場合によっては魔法か魔術が飛んでくる事も覚悟していたが、何が何だかわからない、みたいな顔をしている相手がすぐさまこちらに攻撃を仕掛けてくる様子はない。
それになんというか、男子寮の前にいた明らかヤバイ相手と比べるとこちらはまだ話が通じそうなのと、仮に敵対してもどうにかなりそうな気がしたというのもあってウェズンは少女の目の前に回り込むとそっと手を差し出していた。
見た目が小柄で、イアともしかしたら同じくらいだろうか。
そのせいでなんというか、転んだのをそのままにしておくわけには……と思ってしまったのである。
いくらなんでもちっちゃい子が転んで泣きそうになってるのを放置するのはちょっとな……と思ってしまったわけだ。
差し出した手はそっと掴まれたので、とりあえずぐっと力を入れて引っ張り上げる。そうして立ち上がった少女は、やはりどう見ても小さかった。
とはいえ、こども、と言い切るのもどうかと思えた。
何せこの少女、耳が尖っている。先っぽがちょっとだけ尖ってる、とかではなく割としっかり尖っている。それこそアニメなんかで見たエルフみたいに。
制服は少しこちらとデザインが似ている。少女はスカートタイプの制服で、膝のあたりがガッツリ出ていた。見たとこ擦りむいたりはしていない。とはいえ赤くなっている。
「血は出てないから大丈夫だと思うけど……」
大丈夫? と問うように見れば、少女はこくんと頷く。
まぁ大丈夫そうだなと思って手をはなせば、
「なんで?」
その質問は当たり前のように口から出ていた。
「なんでって?」
「だってウィルたちは」
何かを言いかけたものの、少女の耳がかすかに動いて言葉が途中で止まる。
「こっち!」
そうして離したはずの手は少女から再びつかまれて、何が何だかわからないまま引っ張られる。
少女と出会った場所は草原と言われればそうだなと思える場所だったが、そこから離れるようにして走り出した結果、更にその先にある森っぽい場所まで移動することになった。寮も若干そんな雰囲気はしていたけれど、しかしこちらの方が日当たりが悪いせいかどこか鬱蒼としている。
ウェズンからすればここは未知のゾーンであった。
上から学園一帯を見下ろした時に、何か森っぽい場所あるな……とは思っていたけれどそれだっていくつか存在していた。上から見ただけではこんな鬱蒼として……それこそ何か魔物が潜んでそうな雰囲気だとは思わなかった。いやまぁ、学園に魔物が出るはずはないのだが。
そうしてちょっと薄暗いなと思える場所までやってきて、少女は大きな木に背を預けるようにしてウェズンと並ぶ。
「……なんで?」
「だから何が?」
それから、少女は再び思い出したように疑問を口にした。
なんでって何が? こっちがなんでなんだけど? そんな気持ちで一杯である。
「とりあえず、何がなんでなのか聞いても?」
「なんでウィルを助けたの?」
「なんで、って言われてもな……誰かを助けるのに理由って必要?」
誰もが納得できる理由なんて持ち合わせているはずもない。
何かいたし、転んで泣きそうになってるし、ちっこいし。
それを見捨てるのはどうかと思ったから、とハッキリ言っていいのかちょっとだけ悩んだ。
小さいというのを彼女がどう捉えるかわからなかったから。
場合によっては地雷になって相手の怒りを買うかもしれない。
なので前世でプレイしたゲームのキャラのセリフを若干変えて言えば、少女は大きな瞳をまたもやぱちくりとさせた。
「でもウィルたち、貴方たちの事殺しにきたのよ?」
「あー……うん、そうみたいだね……なんでなのかわかんないけど」
「え? 知らないの?」
「うん。なんか放送かかってそれでとりあえず状況知ったって感じ」
「あ、あー、そっか……そう、だよね」
ウェズンの反応から少女は合点がいった、みたいに深く頷いてみせた。
――少女はウィルと名乗った。
改めて自己紹介をしなくとも、自分のことを自分の名で言うタイプだったのでウェズンはとっくに名前を知っていたけれど、まぁそれはそれ。ウェズンもまた名乗った。
ウェズンね、覚えた。
そんな感じでウィルはふんふんと首を振って、上から下まで何かを確認するようにウェズンを見る。
観察されている。
そうと知りながらも、ウェズンもまたウィルを見ていた。
イアと同じくらいのサイズだが、耳を見てのとおりウィルはエルフなのだとか。
とはいえこの世界、様々な種族の血が入り混じりすぎてエルフもまた人間という括りになっているのだが。
ほんのりと緑が混じったような淡い金色の髪は短いが、男に間違う程ではない。菫のような色の目は尚もウェズンを観察していた。
エルフだからか、顔立ちは整っているものの綺麗系というよりは可愛い系だな、なんて思う。思っただけで口に出す事はないが。
「あ、もしかしてこないだファラム助けてくれた人?」
何度目かの視線が往復してこれいつまで観察されるんだろう……と思っていたがその視線が唐突に止まり、ウィルは思い出したように声を上げた。
ファラムという名は覚えている。
少し前に迷子になった森の中で遭遇した相手だ。向こうも待ち合わせ場所を間違えていた挙句、倒れた木に足を挟まれ身動きがとれなくなっていた事で困り果てていたのをウェズンが助けたし、道に迷ったウェズンは何食わぬ顔で町に戻ると言っていたファラムに同行し無事に戻った――というのは記憶に新しい。
さも親切装って利用した相手の名がファラムであった。
「待ち合わせ場所を間違えて別の森の中で立ち往生してたのがその人なら、そう」
「そっか、なんか聞き覚えあると思った」
ファラムという名が世界的にどれくらい一般的かはわからない。けれども同じ名前の人物が一人もいないという事はないだろう、と思う。なので一応わかりやすいエピソードを添えて言えば、ウィルは納得したのか大きく頷く。
聞き覚えというのは恐らくウェズンの名についてだろう。
「そっかそっか、それじゃ手を出せないな。良かったねウェズン、会ったのがウィルで」
「やっぱりそれって……」
「うん、だって殺しに来たもの。今回の特別授業はウィルたちにとっても頑張らなきゃいけないやつだもの」
「……その特別授業なんだけど。結局なんなのそれ」
とりあえず生き残らなければならない、という事しかウェズンには理解できなかった。
敵となる相手の事もよくわからない状態なのだ。
もしここを乗り切って生き残ることができたら後日、教師から説明がくるかもしれない。けれども今それを知ることができるなら一応情報を獲得しておいた方がいいだろう。
そう思ったからこそ問いかける。
ウィルは少し考えた後、まぁいっか、なんて呟いて話してくれることを決めたようだ。
「ウェズンはさ、ウィルたちが何なのかはわかってる?」
「え……? 敵、という感じで認識してるけどそういう意味ではなくて?」
「敵であってる。あってるけれど……うーんと、ウィルたちが所属してるのはね、フィンノール学院っていう……勇者育てるところ」
「……勇者」
「そ、ゆーしゃ」
その言葉を聞いて、ウェズンはようやく合点がいったと思った。
色が違うけれど似た制服から、どこかの生徒だろうな、とは思ったけれどそれがどこかまでは考えられなかった。
だからまぁ、向こうはこちらを殺しにかかってきているし敵という一言で己を納得させていたのだ。
けれども敵の正体を聞けば、なんだかとても納得できてしまった。
勇者が魔王のところに乗り込むのなんて、古来より決まりきった事ではないか。
とはいえ、魔王側が襲撃者の事を知らないまま襲われるというのは無いと思うのだが。
だが、考えてみればその可能性はあったのだから、気付かない方がおかしいと言われるのだろうなぁ……とウェズンは己のクラスの教師を思い浮かべるのであった。




